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M-234 一方的な軍事同盟?


「ネダーランド王国は、ニライカナイ国に宣戦を布告した。ということですね。俺にはそのように聞こえましたが、商会ギルドに議事録にはどのような記録がなされるのでしょうか?」

「ネダーランドのトンピドール男爵によって、神歴570年青の月25日の夜、ネダーランドから宣戦をニライカナイ国に告げられた。なお、ノルーアン王国、ソリュード王国の4か国交渉会議の席でそれを確認した。と書かれています」


 顔を赤くして俺達を眺めている男爵だったが、それを面白そうに眺めているのは2つの王国の交渉人達だった。


「そうなると、ニライカナイに同盟を結びたくなりますわ。海戦で敗北したところを南から攻めあげればかつて切り取られた領土を回復できそうですね」

「おもしろそうじゃな。北から一気に騎馬隊を王都に向けるのも一興じゃろう」


 2人でワインのグラスを掲げながら笑みを浮かべている。

 それを見た男爵は急に頭を下げているんだが、何か弱みでもあるんだろうか?


「平和条約の交渉中に相手国に攻め入るなど、条約締結に動いてくれた教団が黙ってはおりませぬぞ! 民衆の支持を無くすお考えか」

「おや? おかしな話をしておられる。かつての海戦で敗れたネダーランド王国とニライカナイの平和条約は期限のない条約。それを破る王国がまだ締結もしていない条約の話を持ちだすのも……、ねぇ」

 

 最後の「ねぇ」は北の王国の交渉人に向けたものだった。頷いているところをみると、考えるところは同じらしい。


「破るのであれば、それなりの覚悟は必要でしょうな。しかも勝てる戦では無いようだ。あの大きなウミガメをご覧になったか? あの大きさの甲羅で軍船に体当たりされたらと思うと、背中が寒くなる。アオイ殿は、あえて我等にその姿を見せてくれたようですな。我が王国は、王弟ザフィードの名をもって、一方的な軍事同盟を宣言しますぞ」


 思わず首を傾げてしまった。王様の弟というんだから、かなり偉い人なんだろうけど、軍事同盟を一方的に宣言するというのが理解に苦しむところだ。


「ニライカナイに害なすときは、害する国に一方的に戦を起こすと?」

「それだけの価値があると思うが?」

「私も同意いたしますわ。炎の神殿の巫女ラミネスの名において署名しても構いません」


 南の王国は貴族じゃなくて巫女だったのか。だけど姿を見る限り、巫女装束じゃないんだが……。


「ニライカナイを相手にして男爵とは……。まあ、宣戦を布告するならどうでも良い肩書だな」

 

 男爵は顔を白くしてアワワ状態だ。自分の男爵としての肩書ではかなり不足すると感じたのかもしれない。


「それで、ネダーランドは本気なのか? かつて、ガリオン王国を滅ぼして千の島を版図に加えんとしたことがあるが、その結果を忘れたわけではあるまい。軍船を破壊されて溺れた兵士は数知れず。あまりの不甲斐なさに、ネコ族の者達が救助していたと記録にある。もし今一度、版図を広げようとするなら、我等は仲介の労を取らぬつもりだ」

「我等が負けると……」


「負けるでしょうね。軍船はかつての物と同じもの。数を増やしただけではねぇ。それにニライカナイには神が付いているのですよ。あのウミガメを何て呼ぶのか、貴方は分かっているのかしら? あれは、『神亀』と呼ばれる龍神の使いなの。あの姿を見る機会を得たことを、私は炎の神サラマンディ様に感謝の祈りをささげました」

「我等俗界の者が、神を相手に戦などできるものか! 神の力で我等は平穏を得ておる。神は捧げられた祈りを、魔石の形で我等にもたらしてくれるのだ。その神に武器をむけるなど……。良いか、神に逆らう愚かな王国に攻め入るのは聖戦となるのだ。ネダーランドの領民も我等に呼応してくれるに違いない」


 そこまでするのか? と疑いたくなる話だが、2人ともまじめな顔で話しているんだよなぁ。

 この世界に神はいる。神の恩寵を受ける者もいるのだから、その怒りをかう者もいるってことかな?

 ここは妥協案を早めに出した方が良さそうだ。

 どんな戦にせよ、困るのは領民なんだからね。


「ネダーランドの要求をなかったことにして、我等とニライカナイの同盟を王宮に知らせるがよい。ここまでは我等の一方的な判断、ニライカナイの連盟は必要としない。ヨーレル殿もよろしいかな?」

「一方的な同盟宣言として私も署名できますから問題はありません。よろしければ、巫女長ラミネス殿もサインを頂けますか?」


「ソリュード国王より全権を頂いております。それに、同盟は国王の望みでもありますから」

「相変わらず、先を読む。炎の神殿には良い預言者がおられるようだ」


 何やら一方的に物事が動いている気がするけど、不干渉を維持してくれるなら問題はあるまい。


「これで、ニライカナイに軍船を進めることは出来まい。ここからが交渉になる。そうだな?」


 ノルーアン王国の交渉人は国王の弟だと言っていたけど、かなりの難物だぞ。

 そもそも、今回の交渉は漁果の更なる増加なんだが、3王国がそれぞれ2割増しを言い出したら、もう1つの同盟が出来かねない。


「戦を未然に防いでいただきありがとうございます。確かに今回の集まりは漁果の交渉でしたね。こちらからの落としどころを先に言っておきます。漁果の1割増しを3年先に、そのために大型商船並みの船を2隻、中型カタマランを3隻、小型を30隻程度贈与していただきたい」

「かなりの出費を伴いますね。それで2割まで増やすことはできませんか?」

「約束できるのは1割ですが、それより増えた分を同額で買い取って頂ければ幸いです」


 確約は出来ないが1割を超えることは確かだろう。

 南北の王国の交渉人は俺の言外の意味を理解してくれたようだ。

 男爵は俯いて顔を青くしている。交渉に失敗したわけではないと思うんだけどねぇ。


「先ほど、これが最後の増産になる旨のお話をしておいででしたが、10年後、20年後には今回と同じような対応を図ることは可能でしょうか?」

「申し訳ありませんが、これが最後になるでしょう。これから後は、自然増加に期待することになります。ニライカナイの住民であるネコ族の人口は他の王国と比べれば比較にもなりません。国を名乗るのが恥ずかしくなります。今回の対応なら、大陸沿岸の漁が出来なくなった我等の氏族の一部を使うことができます。ですがそれ以降の大規模船団を作る人材がおりません。これがどんな意味を持つのか……、大陸の王国であればご理解いただけるかと」


 南北の交渉人は小さく頷いているが、男爵は何のことかと左右の交渉人をきょろきょろしながらみているだけだ。

 やはり、ネダーランドの王宮は歴史の勉強が足りないようだ。


「百年前とあまり変わらないと? 残念な気持ちと安心感で複雑な心境です」

「長く同盟を続けられそうです。となると、先ほどのアオイ殿の言葉が落としどころに違いありませんね」

「分配交渉は我等で十分だろう。明日にでも我等だけで行うとして、せっかくの機会だ。1つアオイ殿にお聞きしたいのだが……」


 北の王国の交渉人の話は、サイカ氏族が大陸沿岸部の漁を止めた理由だった。

 確か商会には知らせておいたはずだったんだが、途中で消えてしまったのかな?


「沿岸部の魚に毒素が入り込んだためです。原因は大陸の河川に金属精錬の工房が並んだためでしょう。銅、金の精錬で出た排水は特に危険です。よって、沿岸部から半日ほどの距離にニライカナイの線引きを行い、領海から西での操業を禁止しました」

「河川の周囲は危険だと? だが、我等の王国は金属の精錬工房は内陸深い場所にある。河川は農業の為にあるのだからな」

「私の王国も似たところがありますね。そもそも金属製品のほとんどを輸入しておりますから、あまり金属を精錬することはありません」


「それなら、小さな漁村があるのではありませんか? サイカ氏族のかつての漁法を用いて小魚を獲るのは容易に思えるのですが」

「ネダーランドの風土病を聞いて、漁村は全て閉鎖したのだがだいじょうぶなんだろうか?」

「少なくとも国境から出来るだけ離れた場所が望ましいでしょうね。ヨーレルさん、海図はありませんか?」

「直ぐに用意いたします」


 海流を考えねば、何とも言えないからね。もう1人の交渉人も嬉しそうな表情を見せている。


「原因はネダーランドの産業にあるということか……。漁業と金属精錬では、民の収入が格段に違うぞ!」

「それも1つの選択でしょう。俺にも判断できないところです。ですが1つだけ、忠告しておきます。1度海を毒で汚染したからには、数百年以上その海域の魚を食することが出来ない。その選択をしたのだとね。現時点では利益が出るでしょう。ですがとんでもない負の遺産を子孫に残しているのだと考えることも必要です」


 土壌汚染の話をしていると、商会の職員が海図を運んできた。テーブルに広げて海流の状況を確認する。


「ソリュード王国は、ほとんど問題がないでしょう。気にするのであれば、国境に一番近いこの港町より南で漁をすれば良いと思います。ノルーアン王国の場合は、海流が北に流れますからかなり問題があります。とはいえ、この半島で北東に流れているようですから、半島の北側以北であれば影響は少ないかと……」

「その影響だが、どのように判断すれば良いのだろうか?」

「イヌやネコに1年ほど獲れた魚を食べさせて、行動を見ることになります。他の獣と比べて異常な行動をとることが無ければ、無害と判断してもよろしいかと」


「そうなると、我等の王国に漁業の指導者を派遣して欲しいところだね。これも交渉に入りそうかな?」

「残念ながら、俺にはその権限がありません。ですが長老に提案することはできますから、長老の考え次第となるでしょう」


 向こうから、サイカ氏族の島にやって来ることだって可能だろう。これは将来的な構想として長老に提案しておけばいい。


「やって来た甲斐があったかな。少なくとも小魚漁が出来そうだ。豊漁なら、商会のトロッコ便の線路が延びそうだね」

「ですが、トロッコの線路を作っているのがネダーランドですから、線路の大量製作は海域汚染につながりかねません」


「う~む。難しい問題だね。領民の生活向上を考えると、その結果が領民の不幸にもなりかねないということなんだろけど、私の王国だけで解決できる問題でもなさそうに思えてきたよ」

「3王国の上級会談を定期的に行うべきでしょう。少なくとも国政の要職にある人物でなければそのような課題に答えを出すことも出来ないと思います」


 3つの王国でそのように動いてくれるなら、俺達の漁業への影響は少なくなるんだろうな。ニライカナイの海域を早期に決めておいて助かったな。沿岸漁業が拡大されると面倒なことになりそうだ。


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