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M-232 このままだと戦になりそうだ


 ネダーランド王国のトンピドール男爵は、それはふくよかな人物だった。体もふくよかだが顔までふくよかだ。

 そんな人物だが、軍の要職に就いているんだろうな。佩剣しているし、足はブーツだ。

 その随行人の若者が2人に護衛の兵士が3人。

 立派な交渉人だな。

 それにひきかえ、俺は余所行きのTシャツに短パン姿にサンダル履きだし、商会ギルドのヨーレルさんは、綿の薄い上下だ。爺さんが夏に良く着ていたステテコ姿に見えなくもないんだよね。


「さて、ニライカナイの全権大使がやってきましたから、ここでの交渉はそのままネダーランド王国とニライカナイ国の取り決めとなります。両国の取り決めのは、商会ギルドの理事である私が見届けを行います」


 先ず、口を開いたのはヨーレルさんだ。鷹揚にふくよかな男爵が頷いたから了承してくれたのかな?

 俺も、頷くことで了承を伝えておく。


「まったく過去に我が王国と戦をしたとは思えん姿だな。そんななりでは王宮に上がることも叶わぬだろう」

「別に王宮に出向くようなことは無いでしょうから、この姿で問題はありません。まさか容姿で交渉を有利に出来るとも思えませんからね」


 俺の言葉に笑みを浮かべて、注がれたワインを飲んでいる。

 隣の若者はキツイ視線を俺に向けているんだよな。別に宣戦布告の交渉をしているわけではないのだが。


「なかなかおもしろい男だ。それで、我等の漁果を2割上げるということは検討して貰えたのかな?」

「検討した結果を伝えましょう。大型商船が2隻、中型カタマランが40隻。それを贈って頂ければ数年で漁果を2割上げることは可能です」


「何だと! その予算はどこが出すんだ。まして数年かかるとはどういうことだ!!」

 

 ふくよかな顔を赤く染めた男爵が大声を上げて俺を睨んでくる。

 テーブルが大きいから、物をぶつけられても避けられそうだな。ふと、そんなことを考えてしまった。


「まさか男爵は隣国と戦をするときに兵士を2割増やそうとした場合、武器を2割増やせば兵士も増えるとは思っていないでしょうね? 兵士を募集し訓練をせねば戦には使えないでしょう。漁も戦に同じことです」

「漁師を増やせば良いだけではないか! そんなことも考え付かんのか」

「我等ニライカナイの民は生まれながらの漁師です。親から漁を教え込まれ、長じて動力船を手に入れて一人前の漁師となります。それに老いては漁が出来ません。ニライカナイの漁師の数を急に増やすことなどできませんよ」


 ますます顔を赤くしている。あまり興奮するとぽっくり行きそうな感じだな。


「それは、お前達の都合ではないか。我が国王の命でもあるのだぞ。それに従わぬということか?」

「はて? いつから我等ニライカナイの民はネダーランド王国の民になったのですか? 頼みとあればそれに応えることも出来るでしょうが、命に従うなど、そもそもあり得ぬことです」


「うぅぅぬ。構わぬ。こやつを斬れ!」

「お待ちください! 今の言葉は、ギルドの会見録にしかと記録いたしました。護衛の方々も気を付けてください。このお方は、ニライカナイの単なる漁師ではありません。聖痕の持ち主でもあるのです。万が一にも、危害を加えたなら、ネダーランド王国の商業活動が全て止まりますよ。私共にとっては男爵とアオイ殿を天秤に掛ければアオイ殿が遥かに重いのですからね」


 部屋の隅にいたドワーフ達が男爵の護衛を素早く止めたようだ。ちょっと止め方が乱暴だったのか腹を押さえている兵士もいる。


「何だと! わしは男爵だぞ」

「ネダーランドの貴族のお1人ということはわきまえております。ですが、アオイ殿はニライカナイの聖痕の持ち主なのです。影響力を比べるなど最初から意味を持ちません」


 俺に視線を向けたまま、顔を真っ赤にして苦しそうに息をしてるんだけど、このまま交渉を続けてもだいじょうぶなんだろうか?


「先ほど、アオイ殿が言った数を揃えれば2割の漁獲は可能なのでしょうか?」

「何とかできる数字だよ。だけど、これが最後になる? 急激な漁果の上昇は資源を枯渇しかねない。増加する2割は全て燻製で渡すことになるんじゃないかな」

「より遠方で漁をするということですね」


 長年、ネコ族と係わってきただけに俺達の内情が少し分かるようだ。こういう相手と交渉するのは難しいときいたことがある。


「その半分だ。それぐらいならワシの一存で構わんぞ」

「なら1割増しを燻製ということでいいでしょう。大陸沿岸の漁業をあきらめざる終えなかったサイカ氏族が有効に活用してくれるはずです」


「ん? ワシは2割増しを望んでいる。1割ではないぞ」

「要求を半減するなら、得る物も半減するのでは? 羊1頭からは1頭分の肉が取れるだけでしょう。それを2頭分取る方法があるのなら教えて頂きたいものです。更に付け加えるなら、以後の漁果の増加はニライカナイは行いませんし、そのような交渉に応じることはしません。他の2つの王国にきちんと説明をお願いします」


 今度はヨーレルさんが顔を青くしている。

 男爵と違って俺の言葉に意味が分かったのかな?


「アオイ殿は大陸に戦を起こすおつもりですか!」

「ネダーランドと交渉して、俺達の出来うる範囲を教えたつもりですが?」


 ますます顔色を青くしている。腕までが小刻みに震えだした。


「ん? 何を怯えておる。ワシ等の交渉で戦が起きるとなればこ奴等の言うところのニライカナイではないか! かつては敗れ去ったが、今では軍船も数を増しておるぞ」


 ジッとテーブルを見て震えていたヨーレルさんだったが、男爵の言葉に、キッと鋭い視線を向けて話を始めた。


「男爵殿は何も分かっておらぬご様子。ご説明いたしましょう。もし、ネダーランドだけに2割増しの漁果を届けることになれば、北と南の王国も同じ条件を出すでしょう。ですが、ニライカナイの漁師の数は急に増えることがありません。となればその矛先はネダーランドへの外交的制裁となりかねませんぞ。場合によっては武力的な解決がなされるやもしれません」

「それは他王国のことで我等の王国の話しではない。ワシが拝命したのは漁果の増加だからな」


 ほう、2割増しはこの男爵の言い出したことか。それなら俺の要求に応えるのはかなり難しくなるんじゃないか。


「少し漁果を増やすなら問題はあるまい。だが俺達の努力代の中での話だ」

「要求は、2割増し! それ以下の漁果等欲しくもないわ」


 男爵の言葉を聞くと、すぐにヨーレルさんに顔を向けた。

 俺の視線に気が付いたのかしっかりと頷いてくれたぞ。


「さて、交渉はこれで終了ですね。ネダーランド王国は漁果を必要としないと明言しました。北と南の王国には少なくとも5割増し以上の漁果を渡せるでしょう」

「はい。しっかりと議事録に記録しております。ネダーランドは2割増しとならなければ漁果を必要とせず……。両王国が喜ぶでしょうねぇ」


「待て待て! ワシはそんな話をしておらんぞ。それは言葉のあやだ。まったく漁果が得られないとなれば領民の反感が王宮に及ぶではないか!」

「俺達には関係のないことです。ニライカナイの漁果は商会ギルドの手を経て大陸の3王国に分配される。先ほどの発言とその対応は商会ギルドに任せますのでよろしくお願いします」


 俺では話にならないと、男爵とヨーレルさんの間で何度か言葉のやり取りが行われたが、笑みを浮かべたヨーレルさんと男爵の苦い表情が交渉結果を教えてくれる。


「男爵殿。ニライカナイの交渉人が手ごわいと御理解いただけましたかな?」

「王国に逆らう人物であることは確かだ。始末すれば本当にネダーランドに災いが訪れるのか?」

「大陸沿岸の船による物資の流通は阻止されるでしょう。海沿いの町村は全て破壊。南北の王国は国境を閉じるでしょうから、王国は3方向を閉鎖されますな。西が開いておりますから遊牧民との交易は可能でしょう」

「あ奴らは盗賊と同じじゃ! だが、ネダーランドは大国でもある。閉鎖されても十分に暮らしていけるじゃろう」


 この男爵、全く経済を理解していないんじゃないか?

 まさか、武力を匂わせて俺達に2割の増加を要求しにやって来たんじゃないだろうな。


「このまま交渉を継続しても、お互いに歩み寄ることはできませんね。ネダーランド王国からの提案は無かったことに出来ませんか?」

「それも1つの方法ですな。それで今まで通り魚を分配することができます。男爵殿はいかに?」

「ネダーランド王国へ供給される魚を2割増やすこと。その要求は変らん。そのための援助であれば相談できると思っていたのだが」


 その援助では、そもそも2割にはならないんだよなぁ。

 

「交渉は継続するとして、1晩頭を冷やしましょう。そろそろ他の王国の交渉人も到着するでしょうから、再開は3王国の交渉人が揃ってからということで……」

「何だと! 誰が他の交渉人を呼び寄せたんだ。これはネダーランドとニライカナイの話しではないのか!」


 あの体で椅子から飛び上がったんだから、見ていて思わず目を見開いてしまった。

 かなり興奮してるんだろうな。顔を赤くしたり蒼くしたりしてるんだけど、自分達だけで交渉できるはずはないことに気が付かないんだろうか?


「私達商会を束ねるギルドは3つの王国に根を下ろしています。ニライカナイからの漁果は全て商会を通しての販売となれば、ネダーランドだけを優遇することは出来ないのですよ。男爵殿がアオイ殿の要求する船団の船を用意できないとなれば、他の王国の分配を切り崩してネダーランドに贈ることになります。どれだけ削ることができるかは、男爵殿の交渉になるのでは?」


 ますます顔を赤くして黒く見えるほどだ。脳の血管が切れなければ良いんだけどねぇ。

 だが、今のヨーレルさんの話しでは、一度集荷した漁果を3つに分配しているとのことだから、男爵の要求は俺達の漁果全体の2割増しではなく、3等分の内の1つを2割増しにすれば良いのかな?

 それなら案外簡単に思えるけど、他国との協調もあるだろうからね。

 ここは3つの王国の交渉人が揃ったところで、改めて交渉を始めれば良いだろう。


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