M-231 予想通りの要求
「やはり、2割を要求してきおったぞ。アオイの言う通りじゃったな」
「それで、返答は?」
「アオイの言うた通りを答えたそうじゃ。王国の使いが返答に窮して帰ったと言うておった。さて、落としどころが問題じゃな」
やはり荷役の革新であるトロッコ輸送は、魚の需要を増やしたようだ。
便利になれば不平が出ることを、商会ギルドの連中は理解していたんだろうか?
津波の災厄からどうにか立ち直った俺達は、どうにか津波以前の漁果の水準に達したところでもある。
半人前の連中を、以前より早く一人前の漁師に育てるための仕組みが、どうにか軌道に乗ってきたところだからね。
「最初から2割ですか?」
「アオイは1割の増産を予想していたが、2割ときたからのう。大型商船を2隻に中型カタマランを20隻譲渡してくれれば、と答えておいた。これで良かったかのう?」
「交渉はお任せしますよ。向こうも1割まで落としてくるでしょう。場合によってはそれ以下、出来るだけたくさんということも考えられます」
最初から2割は、いくら何でもねぇ。
それに固着すれば、交渉決裂は見えている。向こうが今後は魚を買わんと言えば他国にその分を回せるから俺達が困ることは無い。
そんな交渉結果を報告した貴族は、降格では済まないかもしれないな。領民の反感をかうことは国王が一番恐れることに違いない。
「どうじゃろう。族長会議の長老の指導をしてはくれまいか? 交渉事は我等ネコ族の不得意とするところでもある。族長会議の長老達にアオイの交渉を見せてやってはくれんか?」
「ちょっと待ってください。いくら何でも、俺はトウハ氏族の一介の漁師ですよ。それは大役過ぎませんか!」
長老の決に氏族は従う。交渉を俺に任せるということは他氏族の長老の上に位置することになってしまいそうだ。
「それほど卑下することも無かろう。トウハ氏族のアオイは聖痕を持ち、我等に豊漁をもたらすもの。言い伝えの通りじゃな。なら、我等の指導を行う上で何も問題は無かろう。それに、族長会議の総意でもあるのじゃ」
丸投げってことか! 俺がいなくなったらどうするんだろう?
海人さんが亡くなった後に、漁法が少しずつ簡略化されていったのは、後継が十分じゃなかったんだろう。
あまり俺達が関与しすぎると、ネコ族の将来が不安定になりかねないということかもしれないな。
とはいえ、長老の指示は絶対だから、明後日にオウミ氏族の島に向かうことになってしまった。
急な長老からの呼び出しということで、夜も遅い時間なのだがナツミさん達が待っていてくれた。
簡単に長老からの依頼を説明したんだけど、ナツミさんは俺の話を聞きながらだんだんと笑みが浮かんできた。
マリンダちゃんが驚い他表情をしているのに比べると、ちょっと不謹慎にも思われかねないところだ。
「漁に出掛ける準備が出来てるから、オウミ氏族の島に行くぐらいは簡単にゃ」
「交渉が長引かないようにしないといけないわね。アオイ君に何か考えはあるのかしら?」
こんな話を甲板でするのも問題だろうと、家形の中に入ってワインを頂きながらの密談になる。
「一番考えないといけないのは、今後ともそんな要求が出ないようにすることだろうな。自然な漁果の増加であれば問題も無いんだろうけど、現状ではねぇ。要求する漁果は燻製品として遠洋漁業で対応したいところだ」
遠洋と言っても、現状の大型船団の漁場の外側を想定すればそれほど大きな問題にはなるまい。片道5日以上の漁場での操業ならば一夜干しで氏族の島に持ち込むことは鮮度的な問題も生じかねないからね。
「そうなると大型商船が2つ欲しいところね。保冷船と燻製船になるわ。小型のカタマランは10隻以上ということになるけど」
ナツミさんの話しでは、、2割増しを実現するには船団が2つ必要になるとのことだった。商会を通して、全ての漁果を金額に換算して状況の監視を、カヌイのおばさん達がしているらしい。
ナツミさんはカヌイのおばさん達と度々意見を交換しているから、漁果の話はかなり信頼できる数値なんだろうな。
それにしても、船団を2つというのが問題だな。
「人口を考えると2つの船団は無理なんじゃないかな。それに、前にこの話をした時に言ったと思うけど、船団を率いるのはサイカ氏族になる。津波と大陸からの公害で二重の痛手をまだ回復しきれていないだろう」
「となると、バレットさん達のような引退ちょい前の漁師さん達かしら? 自分の好きに漁をしてる感じだから、案外手伝ってくれるかもしれないわよ」
船団のルールに、どれだけ従ってくれるかが問題だろうな。
「若手の指導を兼ねても良いんじゃない?」
老人1人に若手を3人。そんな編成をサイカ氏族を除いた氏族が1チーム出してくれれば16隻で漁が出来る。それも1つの方法だろう。
「2割なら船団を2つ。1割なら船団を1つというところかな。全てを船団に任せずに俺達も頑張ることになりそうだけどね」
「更に要求してくるかもしれないにゃ!」
「その時は断れば良い。出来ないことはできないんだからね。ネコ族の人口増加はかなり緩やかだ。動力船の数が増えない限りこれ以上は無理だろうね。いくら動力船を貰っても、それを使って漁が出来る人がいないんだから」
その考えの行く先は、大陸の連中が沿岸漁業を開始する事態になりかねない。
領海をきちんと定めてはあるが、その領海を犯すことはたとえ漁船でも許されないことだと明言しておいた方が良さそうだな。
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1日半でオウミ氏族の島に入り、族長会議の長老達に挨拶をしたところで、更に西にある昔からのオウミ氏族の島に移動する。
氏族の中で一番人口が多いから、海人さんの時代に氏族の住む島を2つに分けたらしい。
到着した島の奥行きのない広い入り江には、いくつかの建物が入り江に浮んでいた。
砂浜に立てられたログハウスと比べると数倍の大きさがある。
あれが、商会ギルドの水上構築物に違いない。その隣にあるスマートな軍船は、交渉人の貴族を乗せてきたんだろう。
「アオイ様ですか?」
ザバンを2つ合わせて魔道機関を搭載したカタマランが俺達に近づいてきた。
「そうだ」と答えると、桟橋に案内してくれたんだが、それは商会ギルドの建物に隣接した浮き桟橋の1つだった。
カタマランの停泊を手伝ってくれたのは、若い人間族だ。商会の使用人なんだろうな。
そんな若手の後ろで作業を見守っているのが商会の職員に違いない。
俺達の作業が終わったとみるや、俺に声を掛けてきた。
「アオイ様ですね。商会ギルドの理事、ヨーレルと申します。会談は今夜からということでよろしいでしょうか?」
「なるべく早くに交渉を終わりにしたい。俺の方はそれで良い」
俺の答えに笑みを浮かべると、日没後に迎えにくると言い残して去って行った。
どんな連中がやって来るのか楽しみでもある。
早めに夕食を済ませて待つことにするか。
「相手の言うことを肯定して、こちらからの要求を伝えれば良いのよ。話は向こうからでいいわ。私達は困った人達の要求を叶えるのが目的なんだから」
「要求に応えるには……、という感じで行けば良いんだろう? それぐらいなら何とかなるけど、2割で船団2つ、1割なら船団1つで良いんだよね」
「カタマランは中型から要求しなさい。数は船団に20隻からでいいわ」
先ずは大きくでて、交渉で削減という感じだな。向こうの要求が変わらなければそのままで良いはずだ。交渉決裂は俺達にまったく問題はない。
かなりおもしろい交渉が出来そうだぞ。
家形の中で内緒話をしていると、浮き桟橋から俺を呼ぶ声が聞こえてきた。
「それじゃあ、行ってくるよ。先ずは様子見になるんだろうけどね」
「言い分はきちんと聞いておいてね。できれば商会の議事録を貰っておくと良いかもしれない」
議事録ねぇ。商会ギルドならそんなこともするんじゃないかな。ナツミさんに頷いたところで小屋の扉を開けると、浮き桟橋に少年が立っていた。
案内人ってことなんだろうけど、まだ成人してないんじゃないかな? 商会ギルドも人を育てるために若い内から人を育てているんだろう。
「アオイ様ですね。ご案内します」
「お願いするよ。それにしても大きな建物だね」
「1階が全て商店なんです。会議室は2階になりますから、商店の中を通らねばなりません。少し分かり難い場所なので申し訳ありません」
商店の中は品揃えが豊富のようだ。明日はナツミさんがマリンダちゃんと色々と買い込むんじゃないかな。
棚の列を何度か曲がったところに、2階に上る階段があった。
少年の後ろに付いて階段を上ると、通路の片側にいくつかの扉があった。
その中の1つの扉の前で少年が立ち止まると、小さく扉を叩く。
どうやら中から鍵を掛けているらしい。カチャリと小さな音が聞こえたところで、扉が内側に開いた。
「ニライカナイのアオイ様をご案内いたしました」
円卓に腰を下ろした壮年の職員が俺を席に案内してくれる。先ほどまで案内してくれた少年は部屋の中に向かって軽く頭を下げると去って行った。
「まだ、トンピドール男爵が到着しておりません。今回の提案は大陸のネダーランド王国からの単独要請です」
「確か北と南にも王国がありましたね。そちらからは?」
「様子見というところでしょうか。ネダーランドが可能であったならということではないかと」
運ばれてきたグラスのワインはかなりの上物だ。今回の交渉にはヨーレルさんの評価にも繋がるんだろうな。




