M-230 漁果を速く運ぶには
夕暮れを迎えても甲板の上は獲物を捌くのにナツミさん達が掛かりきりだ。
邪魔にならないようにと、タリダンのカタマランに俺達男性陣はワインのボトルを預けられて追い払われている。
少しは手伝えるんじゃないかと思っていたんだが、「邪魔にゃ!」のトリティさんの一言で何も言えなかったんだよな。
「一体、どれだけ突いてきたんだ?」
「50を遥かに超えていそうですね。それに、ナツミさんの突いた魚の数も半端ないですよ」
最初は、大まかに数えていたんだが、その内に誰もが数えるのを止めてしまった。後から後から保冷庫より魚が出てくるんだからねぇ。
「アオイ達で船団を組めば、大型船の船団に匹敵するんじゃないか?」
「それはいろいろと問題がありそうです。ネイザンさんの船団とラビナスの船団、それにグリナスさんの船団に分散させれば目立ちませんからね。おかげで俺の存在価値が問われそうですけど」
「アオイさんはハリオを5匹突いてるじゃありませんか! それにフルンネだって」
「だけど、ナツミさんのバルタック23匹に霞みそうだよ」
そもそもそんなに群れる魚じゃないはずなんだけどね。ナツミさんの不思議な力も関係するのかもしれない。
皆でぼやきながらワインを2本開けた時、どうにか夕食にあり付けたんだが、すでに酔いも回ってるんだよね。
料理の味も分からずに食べ終えると、甲板の左右に停めたタリダン達のカタマランが離れていく。
「たくさん獲れたにゃ! 早く帰って驚かせるにゃ」
トリティさんの大きな声が海原に消えていく。
そういうことか。となると、俺はこのまま船尾のベンチで横になっていよう。
心地よい揺れがいつしか俺を眠りに付かせたようだ。
ふと体を起こすと、東の空が白んでいる。それにしても水中翼船モードで進んでいるとはね。タリダン達は付いてこられるんだろうか?
後ろを振り返った途端に、目を見開いてしまったのは仕方がない。あまりの驚きに声も出ないってことなんだろう。
俺達のカタマランの後ろには神亀がタリダンのカタマランを乗せていた。
その後ろに、もう1つ航跡が見えるからラディットのカタマランも神亀の甲羅の上に乗っているに違いない。
操船楼の扉が開いて、身を乗り出すようにしながらナツミさんが家形の屋根に上がると、ハシゴを使って甲板に下りてきた。
「ようやく起きたの? ちょっと待ってね。今お茶を作るから」
「驚いたよ。神亀がすぐ後ろにいるんだからね」
「アルティ達が呼んだみたいね。氏族の島に近づいたら下りると思うよ」
昔のアルティ達を知るなら問題は無いだろうけど、場合によっては商船が来ていることも考えられる。俺も、その方が良いと思うな。
神亀の存在を知る者はネコ族に限られているからね。
その日の夕暮れ前に、氏族の島に到着したところをみると、30ノットは出てたんじゃないかな。
俺達の漁果を運ぶために商船が桟橋に停泊していた。
商船と反対側に、タリダン達から順にカタマランを留めて獲物を運び出す。
世話役が慌てて浜の店を飛び出して桟橋に駆けて来るのが見える。さて、タリダン達はどれだけ突いたんだ?
背負いカゴ2つ分のグルリンを運び出して、次はラディットのカタマランの番だ。桟橋の荷下ろし場をタリダンが譲ると、すぐにマルティ達が背負いカゴに入れたグルリンを運び始めた。
今度は3つ分か……。やはり70近い数なんだろうな。
最後は漏れたちのカタマランだ。
すでにマリンダちゃん達が背負いカゴに魚を放り込み終えたようだ。停泊すると同時に、トリティさんを先頭に歩いていく。
「まだまだ、たくさんあるにゃ!」
一度にを運んだところで、再びトリティさんが獲物を背負いカゴに放り込み始めた。
次のナツミさんが汗を拭きながらマリンダちゃんと保冷庫から魚を取り出している。
大きなハリオは3匹が1カゴという感じだな。
「これを大漁というのだろうな。これほどの漁果は俺も久しぶりだ」
「オルバスさんを始めとして、銛打ちが5人乗船してたんですからね。漁果が少なければ問題ですよ」
今夜は宴会かな?
入り江を見渡したんだが、バレットさんのカタマランが見当たらない。老人達と一緒に、どの辺りで漁をしてるんだろうな。
どうにか荷下ろしを終えたところで、トリティさんの操船で一足先にいつもの桟橋へと向かう。
アキロンに手伝ってもらいながらカタマランを桟橋に固定すると、オルバスさんがカタマランを下りて桟橋を歩き始めた。
今回の漁の結果を長老に報告するのだろう。
船尾のベンチに腰を下ろすと、マリンダちゃんがお茶のカップを渡してくれた。
ありがたく頂いて、パイプを取り出す。
「久しぶりの漁果だったね」
「私もバルタックを突いたにゃ。でも数はナツミが上にゃ」
それでも、久しぶりに突けたのが嬉しいんだろうな。満身の笑みを俺に見せてくれた。
北に目を向けると、砂浜を歩くナツミさん達の姿が見える。
トリティさんと一緒に何を話してるんだろう。たまに2人して笑いあっているんだよね。
ナツミさんが戻ったところで、俺達の漁果を教えてくれた。
グルリンが73匹にハリオが10匹、フルンネが12匹にバルタックが30を超えていたそうだ。
「グルリンの御祝儀価格が上乗せされたから銀貨53枚になったわよ。2割を氏族に納めて、残った4240Dを5家族で分配するから、1家族当たり845Dになるわ」
「2か月分にゃ。浜で遊んでられるにゃ」
1か月の生活費は銀貨3枚とも言われているからねぇ。
大喜びのトリティさんだけど、すぐに飽きて漁に出掛けるんじゃないかな? 隣でリジィさんが笑みを浮かべてトリティさんを見てるから、たぶん俺と同じ思いなんだろう。
夕食の手伝いにやって来たアルティ達にトリティさんが分配金を手渡している。ナディも受け取ったんだが、すぐにアキロンに手渡している。お金の価値観がまだあまり無いんだろうな。
「明日にはバレットさん達が帰って来るでしょうから、宴会はその時にしようということになったの。今夜はアルティ達の家族と一緒に食べましょう」
「グリナスさんも見えないから、帰ってきたら誘ってあげよう。ラビナスはどうかな?」
グリナスさんは近場の短期間の漁だけど、ラビナスやネイザンさんは漁に6日程の期間を取っているんだよね。
明日にでも帰ってくれば良いのだけれど……。
やがてオルバスさんが帰って来た。
商船の出航の様子を眺めながら、俺達の夕食が始まる。
「積む物を積んだから、さっそう出掛けるようだな。まったく、商人達も苦労をすると見える」
「どんな仕事も苦労はつきものですよ。少しでも苦労せずに……、と考えを巡らせるから世の中は良くなっていくんです」
オルバスさんの呟きに俺が答えると、ナツミさんも同意したのか頷きながら言葉を繋げる。
「前を向いて歩けば良いんです。仕事に貴賤はありませんからね。自分の仕事に誇炉を持って努力する。それが一番だと思います」
「そうだな。バレットやケネル達とも競ってきたが、それで自分達の腕を磨いていたのも確かだ。アオイ達には敵わぬが、自分の分をわきまえた上での向上心はいつまでも持ち続けたいものだ」
オルバスさんの話しはタリダン達へ向けた言葉でもある。2人とも真摯に頷いているところをみると、ラビナスもうかうかしていられないぞ。
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グルリンを50匹という依頼をどうにか終えると、俺達はいつもの暮らしに戻ることになる。
オルバスさんとバレットさんが漁のたびごとに俺達のカタマランに同行してくれるのも楽しみの1つになっている。
大物狙いの漁だから、たまには不漁の時もあるけど、そんな時には根魚釣りで漁果を上げることにしている。
いまだに漁果の売値が1回の漁で50Dを下まわらないのは誇りにも思えるぐらいだ。
今回も、数隻のカタマランを率いて曳釣りを行い、4YM(1.2m)近いシーブルをお見せに運ぶことになった。
同行している漁師達が中堅の役目を終えている連中ばかりだから、腕は確かなんだよね。場合によっては俺達は達の漁果を上回る時もあるぐらいだ。
そんなときは、ワインのビンを持って俺のカタマランに自慢しにやってくるのが問題なんだよね。
ナツミさんが次は絶対に勝つのよ! と帰った後で必ず口にするんだから。
昔から負けず嫌いではあったけど、だんだんとそれが強まって来たみたいだ。
「シーブルが20を超えてるし、グルリンも4匹混じってる。今回は俺達だけでワインを飲めそうだね」
「前回も、その前もワイン片手にお祝いだってやって来たにゃ。安心は出来ないにゃ」
さて、どうなるんだろう?
2人がカゴを背負って桟橋を歩いていくのを、パイプを咥えながら見送ることにした。
砂浜を歩き始めたところで、船尾のベンチに腰を掛けようとした時、入り江に入ろうとしている船団の姿が目に入る。
大きなカタマランに率いられた数隻の小さなカタマランは、グリナスさんの船団のようだ。
家形の屋根に上って、操船楼のテーブルの上に置かれた双眼鏡を手にすると、やって来た船団を確かめる。
やはりグリナスさんだな。俺に手を振っているぞ。
こっちも手を振ったのを気付いたようだ。今度は両手を振っている。
嬉しそうな表情がレンズの視野から見て取れる。どうやら、思いがけない漁果を手にしたのかもしれないな。
今夜は別な宴会になりそうだ。




