M-226 長老達の思惑
やはり神亀は2体以上いるようだ。
アルティの乗るカタマランに近寄って来たとネイザンさんが教えてくれた。
同じ日に、ナディが神亀の背で漁をしていたらしい。
「話を聞く限りにおいて、アルティの前に現れた神亀の方が大きいということだな。神亀にも雌雄があるんだろうか?」
「あってもおかしくはねえだろうよ。となれば、龍神も2体いるんじゃねぇか?」
夕暮れ時に俺達のカタマランに現れたバレットさんとオルバスさんは神亀で話がはずんでいる。
やはり、大きなウミガメなんだろうな。長命らしいから知性を持ったのかもしれない。
龍神は滅多に俺達の前に現れないから、2人の疑問に答えられる者はいないはずだ。
「雨期が終わってしまったな。やはりマーリルは難しかったか」
「次があるだろうに。まだ数年は続けられるぞ。爺さん連中を見てみろ。いまだに銛を研いでいるんだからなぁ」
60歳を超えても、まだまだ素潜りを行う元気な連中もいるんだよな。さすがに、長時間は無理だし、突く獲物も1YM半(45cm)に届かない。
とはいえ、午前中だけで10匹近いブラドを突くんだから、グリナスさんが率いているヒヨッコ達よりは遥かに腕が上だ。
「今度は南西に行ってみますか? 午前中は素潜りをして午後は曳釣りが出来ますよ。大型のフルンネがいるらしいです」
「シーブルも2YM(60cm)を越えれば引きが違う。今度は俺の番だったな」
オルバスさんの言葉に、残念そうな顔をしてバレットさんが酒を飲んでいる。
南西の漁場なら、途中でアキロン達の漁の様子も見られるだろう。
大物狙いの漁師ばかりの船団だが、ちょっとした寄り道は許してくれるに違いない。
「頑張れよ。そして俺の分も残しといてくれよな」
「出来たらで良いかにゃ?」
バレットさんの要求に、ジョークで答えるトリティさんもいつもの風景だ。
全員で笑い声を上げて互いの肩を叩きあう。
「まあ、オルバス達が豊漁なら、場所を変えるだけだ。ナツミの海図には大物狙いが出来る場所がたくさんあるはずだからな。頑張って来いよ。明日は出漁だから俺は早めに寝るよ。まったく爺さん連中は早起きだからなぁ」
バレットさんが帰ったところで、ナツミさん達も家形から顔をだす。
寝る前にワインを1杯というところだろう。
「南西に向かうよ。南の水路の西側だ」
「同行するカタマランは?」
「5隻になる。大型の魔道機関を乗せた大型だ。2ノッチで進めるぞ」
20ノット近く出せるということか。ナツミさんがトリティさんと笑みを浮かべて頷いているから、マリンダちゃん達が呆れた顔をしてるんだよな。
「2家族が乗り込むから昼夜を進める。およそ、2日の距離というところだろう」
「水路から少し距離がありますから2日半は見た方が良いでしょうね。2日半漁をして、7日目には帰島できます」
「食料は十分にゃ。明日の朝早くに出掛けられるにゃ」
「まてまて、まだ連中に話していない。出航は明後日の朝、日の出とともにということで伝えておく。足りないものはないのだろうが、明日1日は、準備が出来るぞ」
ワインを飲み終えたところで、オルバスさん達が帰っていく。
俺達も寝るとするか。
明日は、銛を研いで過ごそう。
翌日は果物と野菜を買い込みにナツミさん達が出掛け、俺はいつもの水汲みだ。
昼過ぎには暇になったから、銛を研いで過ごす。
ナツミさん達はトリティさんの指導で、チマキを作り始めた。残った米粉は今夜の団子スープになるに違いない。
少しでもおかずを増やそうと、桟橋の突端でおかず釣りの竿を出す。
数匹のカマルが釣れたところで、カタマランに戻りトリティさんに手渡したから、団子スープに魚の切り身が入るに違いない。
夕食前に、保冷庫に魔法で作った氷を入れる。「たっぷり頼むにゃ」というトリティさんの頼みで、6個の氷を入れる。
その後で、ザルに入れたチマキを保冷庫に入れたところをみると、明日の朝食はチマキで我慢ということになるんだろう。
蒸かした後だから、悪くならないんだろうな。明日に再度軽く蒸かして頂くことになるんだろうが、誰もお腹を壊さないんだよね。
それなりの衛生観念があるってことなんだろうな。
「明日の早朝に白い旗を出して入り江の出口付近に集合だ。先導はアオイに頼むぞ。殿はウリーズだから安心できるだろう。ウリーズは中堅では上位に位置する。何かあれば笛で合図をしてくれるはずだ」
「出航の合図も笛で良いんですよね?」
「アオイはブラカを持たないからなぁ……。ブラカの合図も俺達で最後になるかもしれん。笛で十分だ。笛を短く2度吹けば出航の合図になる」
そんな感じで俺達の漁暮らしが過ぎていく。
明日は早起きになろそうだな……。
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アルティ達の子供が3歳になった時、タリダン達は2人目の嫁さんを貰った。嫁さんはナンタ氏族の重鎮に納まったケネルさんの孫になるんだよなぁ。
バレットさんやオルバスさんは喜んでいるし、トリティさん達も見ず知らずの女性でないことに満足しているようだ。
「数年も経てば、若手を率いて漁に出るだろう。将来の筆頭候補でもあるぞ」
「ラビナスは無理でも、その子供はですか……」
筆頭の交代が20年近い間があるのが1つの問題でもある。
とはいえ、そんな筆頭が率いる船団が各氏族の誇る漁業集団でもあるのだ。筆頭の重圧は、氏族の島で暮らすほどに納得できる。
バレットさんが飲兵衛になったのは、その重圧から逃れるためだったのかもしれない。
商船を改造した母船を中核とする船団や、燻製船を中核とした船団を作ったことで、ネイザンさんはかつてのバレットさんよりも負荷が少ないはずだ。
ラビナスやグリナスさんの若手指導の船団もあるから、さらに重圧が軽減されたに違いない。
「まあ、タリダン達も直ぐに2人目が生まれるだろう。氏族の仲間が増えるのは嬉しい限りだが……」
そう言ったバレットさんがオルバスさんに顔を向けた。その視線に頷いて、オルバスさんが俺に顔を向ける。
「長老が心配しているぞ。2人目を早く貰えと、アオイもアキロンを煽ってくれないか?」
「長老に心配を掛けるのは申し訳ないところですが、ナツミさんの言うには色々と問題があるようです。俺もマリンダちゃんを娶ってますから、勧めたいところではあるんです」
「ん? 理由があるってことか?」
あまり他人に話してよいのか、判断に迷うところではあるんだが、元筆頭と次席だからねぇ。長老でさえ、その言葉は重く受け取っているぐらいだ。
「カヌイのおばさん達によれば、龍神の眷属ではないかと。新たな嫁を迎えた場合は、その眷属と同格となってしまうのが問題の様です」
「眷属だと! そんな噂を聞いたことはあるが、あくまで噂ではないのか?」
俺も、かつてはそう思っていた1人だ。
だが今では本当に眷属なんだろうと考えている。
ナツミさんが教えてくれた、ナディのこめかみの鱗をたまに見ることがある。虹色に輝く鱗は、それ自体が命を宿しているようだった。
「風が強い時にナディのこめかみを見れば分かりますよ。それを見た時に、どんな思いが浮かぶかが問題ではあるんですが」
「急に長老達が、アキロンの嫁の話題をしなくなったな。それが理由なんだろう。カヌイの婆さん達が告げたに違いない」
このままアキロンが子供を得られないなら、俺の直系の子孫がいなくなってしまうのを心配しているのだろう。
そういえば、海人さんの直系はいないんだよな。生まれた子供は、皆女の子だったらしい。
トウハ氏族の男性と結ばれたことで、トウハ氏族の多くが海人さんの血を受け継いでいるのを誇っているように思える。
「氏族の風習に染まらない者がいても、問題はあるまい。長老が無理強いしなければ、他の連中も少し考えるだろう。だが、そうなると……」
「ナツミさんも、予想がつかないと言ってました。けれど、何か大きなことがあるような話をしてくれましたが、それを知ることは出来ないだろうと……」
2人がギョッとした表情を俺に向けた。
大津波の脅威を知っているから、それに匹敵することが起きると思ったんだろう。
「俺達の生活に影響はないようです。そう言う意味では災厄ということではなく、俺達の常識を超えた何かが起きる、それを目の当たりに出来るということではないかと思っているんですが、良く分かりませんし、それを見るのは遥か先の話しでしょう」
「それが起きると分かっても、アオイ達が何も対策を考えんのは、自分達が死んだ後だからということではないんだな?」
「そうです。対策は必要ありません。ただそれが起きると……」
2人が深く考えこんでしまった。
それでも、たまに酒のカップに手を伸ばすから眠ったわけではないんだろうな。
「カヌイの婆さん達も、そこまでの話は長老にしていないかもしれんな。となると、俺達はその事態に備える必要が無いわけだ」
「大陸の王国が軍船を出してくるのかと思っていたが、備えが必要ないとなれば別の話になる」
「だいぶ後の話しですし、氏族の生活に影響が無いのであれば、その異変の証人となれば良いように思えます」
龍神や神亀が多数姿を現すとかじゃないかと思ってるんだけどね。
1体しかいないと思っていた神亀が別の海域で同時に目撃されるぐらいだ。龍神が複数いてもおかしくはないと思うんだけど、ネコ族は1体だと信じているようだ。
だが、そうなると多数現れる理由が分からないな。
ナツミさんはずっと後のことだから、あまり深く考えないようだけどね。




