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M-223 トロッコだって?


 俺達の船団は、南に向かって進んでいる。

 昨夜は、シメノンの回遊に出会ったことから、3人で20匹を越えるシメノンを釣り上げることが出来た。

 ちょっとしたアクシデントはあったものの、売値は銀貨2枚近くになったんじゃないかな?

 バレットさん達や老人達もそれなりの漁をしたに違いない。帰路の船足が速く感じられるほどだ。


 その日の夕刻にカタマランを留めた小島に、数隻のカタマランがアンカーを下ろして俺達の焚き火に加わって来た。

 どうやら、2日ほど北西に向かった船団らしい。


「まさかバレットさん達とは思いませんでした。2YM(60cm)ほどのシーブルをたくさん釣り上げてきましたよ」

「こっちは、ブラドにバヌトスだな。見ての通りの船団だが、昨夜はシメノンの回遊に出会ったぞ。北の漁場は賑わうかもしれんな」


 バレットさんと船団を率いていたのは、タルネスさんと言ってネイザンさんの友人らしい。ネイザンさんに誘われて、俺と一緒に漁をしたこともあるそうだ。

 どこかで見た顔だと思っていたのだが、ネイザンさんの友人だとは気が付かなかったな。


「ネイザンも多くの船を率いているからなぁ。俺達も少しは手伝わないと友人でいられなくなりそうだ」

「他にもいるってことか?」

「もう1つ、船団がある。どちらかというと延縄漁をしてるんだ」


 標準的な中堅漁師はmネイザンさんが率いて、素潜りがあまり得意でない連中を彼らが面倒見てるということかな?

 ネイザンさんの仲間も色々と大変だな。グリナスさんやラビナスの友人達も指導を手伝っているようだから、俺だけが浮いているように思えるんだよなぁ。


「それで、どうだったんだ?」

「フルンネを突けなくともブラドは十分に突けるし、曳釣りの腕は俺より上ですからね。率いていく俺達より数を上げてます」


 上手そうに酒を飲んでるタルネスさんを、笑みを浮かべたバレットさんが見ている。隣のオルバスさんも似た感じだな。

 ネイザンさんが出来ないことを、友人達がしているのを見て嬉しくなったに違いない。


「曳釣りより、素潜りの方が簡単に思えるがのう?」

「お前さんだって、この歳までに突いたハリオは片手で足りるんじゃないかい? 銛は奥が深い。先ずはブラド、次にバルタック、その上にフルンネがいて、ハリオに続く。カイト様はグルリンすら銛で突いたらしいが、さすがにワシ等ではそこまで腕を上げることは出来んかったな」


「それを言うなら、アオイも大したものじゃ。何といってもマーリルを突いたんじゃからなぁ。あれを桟橋で見たその後は、すぐに銛を研いだものじゃった」

「お前さんもか? ワシもそうじゃったなぁ」


 酒を飲みながらの漁の話はおもしろい。

 老人達の昔話もそれに加わるとなおさらだ。色々と経験してきたようだけど、その反省は後を継ぐ者達に伝わっているのだろうか。

 漁を行う上での失敗談ほど、俺達が一番知りたいところなんだけどね。

 今回の漁で顔見知りになったのを幸いに、お爺さん達のカタマランを訪問して、昔の漁に付いて聞き取り調査をしてみるのもおもしろいかもしれない。

 現在のトウハ氏族の識字率は三分の一程度だから、将来を見越して伝説や漁の話を纏めておくことも必要なんじゃないかな。


 自分達のカタマランに戻り、寝る前にココナッツのジュースを頂く。

 いつもはワインだけど、だいぶ飲まされたからね。それでも昨日の醜態に懲りてカップ2杯でやめておいたんだよね。


「アオイ君の考えは悪くないわ。古事記みたいなものになるのね。日本だって、文字が大陸から入ったことで、それまでの口伝を記録したと歴史の先生が言ってたぐらいよ」

「2つ出来るはずだ。カヌイのおばさん達の言い伝えと、漁の成功と失敗談の集大成かな」

「それに、毎年の大きな出来事を別にすれば歴史書としても役立ちそうね。お店に頼んで道具を取り寄せてもらうから、それまではメモ書きで作っておいてね」


 さすがに日本語で書くことはできないな。

 どうにか覚えた、この世界の文字で書いていくか。待てよ、ラビナスやアキロンに筆記を頼むのも有かもしれない。昔話は人気があるからね。案外気持ちよく協力してくれるかもしれないな。


 北の漁場を出て2日目の昼下がり、俺達はトウハ氏族の島へと無事に帰島することが出来た。

 浮き桟橋に2隻ずつ接岸して漁果をおばさん達が背負いカゴで運んでいる。その場で世話役が引き取ると、リヤカーのような荷車で浜へと運んでいるようだ。浜から倉庫や燻製小屋には別のおばさん達が運ぶんだろうな。

 早いところ、リフトを作ってあげれば喜ばれそうだ。


「背負いカゴ2つを運んでいるが、1つと三分の一というところだろうな」

「オルバスさんのところは2つというところですか?」

「2つには少し足りなかったが、バレットもそれぐらいだろう。老人達も喜んでるんじゃないか。さすがは聖痕の加護と昨晩も騒いでいたぞ」


 トリティさんがカタマランを寄せたところで、俺達のカタマランの甲板に飛び乗って来たオルバスさんとベンチに腰を下ろして浮き桟橋を眺めている。

 バレットさんは、浮き桟橋の奥にカタマランを寄せて状況を見ているようだ。


「アキロン達は戻っていないようだな」

「次の漁に出掛けたんでしょう。アキロン達の漁は3日と聞いてます。1日休んで出掛けたとすれば、明日か明後日には戻ると思いますよ」


 順番待ちが長く感じる。船団で漁をするときの唯一の欠点が、戻って来た時の順番待ちだ。これを改良すれば楽なんだけどねぇ。


 どうにか俺達の順番がやってきて、ナツミさん達が漁果を背負いカゴで運び始めた。背負いカゴに3回運んでいるから、無理せずに運んだんだろう。一夜干しを入れた背負いカゴは結構な重さになるからな。

 運び終えたところで、世話役から代金を受け取ったようだ。笑みを浮かべてカタマランに乗り込むと操船楼に上がっていく。


 桟橋にカタマランを留めたころには、だいぶ日が傾いていた。俺が停泊作業をする傍らで、ナツミさん達は夕食を作り始めた。

 漁からの帰りだから、今日はおかず釣りはしないでも良いらしい。一夜干しのシメノンがおかずに出てくるのは間違いないだろう。


「相変わらずだな」

 桟橋から声を掛けてきたのはオルバスさんとネイザンさんだった。

 甲板に乗ってもらい、船尾のベンチと家形の壁際に重ねたベンチを持ち出して腰を下ろして貰う。


「2日目は素潜りが出来ない状況でしたからね。でもナツミさん達に助けられました」

「銛跡が突いた魚の大きさが不揃いだったのはそれが理由か。ナツミの銛の腕は相変わらずだな」


 ネイザンさんが苦笑いを浮かべたのは、ナツミさんの素潜り漁の腕を知っているからだろうな。ティーアさん達はそんなことはしないんだろうけどね。

 マリンダちゃんがお茶を運んで、2人に挨拶している。嬉しそうな表情は今回の漁が予想よりも漁果が多かったからに違いない。


「オルバスさん達の漁はもう少し近場、ということだと思ってましたが?」

「氏族の島から2日以内ということだから問題はあるまい。ほとんどネイザン達の漁場に近かったのは確かだ」

「1日と少しでは、グリナスさんと調整しなければなりません。その先で中堅の人達の漁場の間を巡ろうとしてるんですが」


 俺の言葉にネイザンさんが笑みを浮かべる。

 ラビナスやグリナスさん達の漁場を荒らしたくない、ということが分かったんだろう。ネイザンさん達なら、どの漁場に行ってもそれなりの漁果を得ることが出来る。とはいっても、大型船を中核にした船団や燻製船を中核にした船団と漁場を調整しているはずだ。

 その調整は出漁方向だけでなく、氏族の島からの距離も重要になってくる。ネイザンさん達の出漁は、氏族の島から2日以上3日以内というところじゃないかな。


「今のところは順調だ。近場でヒヨッコ達が漁を学んでいるが、一番気になるのは彼らの漁果だ。グリナス達なら1回の出漁で銀貨を手にする連中が半数以上いるらしい」

「ほう! グリナスの指導でそこまで漁果を得るのか」


 ネイザンさんの話しに、オルバスさんが感心しているけど、長男なんだからもう少し評価してあげても良いんじゃないかな。

 

「浮き桟橋の様子を見てましたけど、やはり昔のような石の桟橋が欲しいですね。荷揚げも大変ですが、雨期桟橋からの移動も苦労しているようです」

「距離があるからなぁ。俺もそれが気になってたんだ。店からは坂道だろう? 上の広場からも、倉庫までは距離があるんだ」


 浜のお店からはリフトが使えそうだけど、桟橋はそうもいくまい。トロッコでも作れれば良いんだけどねぇ。


 その夜に、ナツミさんに相談してみたら、線路を鉄では無くて木で作る方法があるらしい。木道というのだろうけど、そんなんで荷役が出来るんだろうか?


「確かに盲点だったわ。この島の地形を考えればリフトを使うよりもトロッコが一番よ。少し考えてみるわね。長老にはリフト計画を一時棚上げにするよう伝えた方が良いかもしれない。同じ目的の物が2つあってもねぇ」


 検討してダメならリフト計画に戻すということらしい。

 だけど、木で線路なんて作れるのかな?

 ナツミさんは嬉しそうな表情でテーブル代わりの木箱の上で、スケッチを描き始めたけど、どう見ても俺が知ってるトロッコには程遠い代物だ。

 パイプに火を点けて夜の入り江を眺める。

 カタマランの甲板を照らすランプで入り江が明るく見える。波間で跳ねる魚はその光に釣られて入り江に入って来たのだろう。

 明日のおかず釣りが楽しみだな。


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