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M-221 いくつになっても競争心を忘れない


 3時間ほど根魚を釣ったところで竿を畳む。20匹は釣り上げたから、お茶を飲む俺達に笑みが浮かぶ。幸先が良さそうだ。明日の素潜りも期待が出来そうだ。


「型は良さそうね。バルタックが2匹もいるなら、明日は頑張らなくちゃ」

「隣のカタマランから距離があるから、カタマランの周りで素潜りをするなら迷惑にならないにゃ」

「そうなると、昼過ぎには場所を変えることになるよ」


 素潜りで散々場所を荒らしては夜釣りは難しそうだ。ナツミさんが周囲を眺めているのは船団がどんな形で船を停めているのかを、船の灯りで確かめているのだろう。


「弧を描いてるわね。あの真ん中に移動しても良さそうに思えるわ」

「大きな穴でもあるのかな?」

「行ってみれば分かるにゃ。それじゃあ、始めるにゃ」


 マリンダちゃんがお茶のカップを置いたところで、俺達の休息が終わる。獲物を捌いてザルに並べるのはナツミさん達の仕事だし、漁具の後片付けは俺の仕事だ。


 リール竿は軽く水拭きして、竿から外したリールを水桶に入れて軽くゆすぐ。海水を含んだ道糸に塩が付いたら、リール竿のガイドが摩耗してしまうからね。リールも錆びには弱いから。海水を流しておく。後で分解して油を注げば長く使えるはずだ。いまだに向こうの世界から持ち込んだ道具は錆も出ていないほどだ。


 道具を片付けたところで、パイプを使う。

 老人達も漁を終えたんだろう。パイプの灯りが蛍のように見えるからね。

 

 獲物を背開きにしてザルに並べたところで、甲板にベンチを置いてその上に重ねる。

 そんな作業をしていると、いきなり豪雨が襲ってきた。


「凄い雨ね。船首で一汗流してくるわ」

「私も一緒にゃ!」


 豪雨ではあるが、シャワー代わりにも使えるってことかな?

 だけど浴びる前に【クリル】で汚れを落とすんだから意味は無いように思えるんだけどなぁ。

 

 2人が家形に入って行ったのを見送りながら、パイプの残りを楽しむことにした。

 豪雨で少し気温が下がったのだろう。涼しい風が吹いている。湿度は余り変化しないのかな? 湿度が上がるようなら、甲板での一夜干しは無意味にも思えてしまう。


 2人がシャワーを浴びたところで、俺も船首で豪雨に打たれることにした。

 なるほど、いつもとは違って体が洗われる感じがするな。【クリル】の魔法が手に入らなかった時代には、こうやって体を洗っていたに違いない。


 数分間シャワー代わりの豪雨に打たれたところで、家形の中に入って衣服を着替える。

 ナツミさんがワインのカップを渡してくれたところで、家形の中で静かに3人で味わう。


「たまに行水も良いわね」

「行水という感じじゃなくて、滝に打たれた感じだよ。でも、火照った体が納まった感じだ。今夜はぐっすりと眠れるんじゃないかな」


 ちょっとした、いつもと違った時間が俺達には心地よい。

 雨音が激しいけど、海の上だから浸水の心配はまるでない。ハンモックに揺られながら、明日の漁に思いを寄せて目を閉じた。


 翌日はからりとした晴天で、昨夜の豪雨が嘘のように思えるほどだ。

 早起きしたナツミさん達が一夜干しを片付けたようで、ベンチや大きなザルは家形の壁に立て掛けてあった。


「もう直ぐ朝食よ。私達も交代で素潜りをするからね」

「久しぶりにバルタスが突けるにゃ。先の2本の銛は私達で使うにゃ」


 獲物の受け取りの為に、甲板に1人残っていないといけない。本当は2人で漁をしたいのかもしれないな。でも俺が残ると言ったら、2人で反対するに決まってる。何と言っても、銛はトウハ氏族の男達の誇りでもあるのだ。

 嫁さん達に漁をさせて、俺が甲板にいたなんてことになると、バレットさんどころか長老達からも叱責を受けかねない。


「俺一人でも良いんじゃないかな?」

「今夜は、あの島で宴会らしいわよ。少しはおかずを取らないといけないわ」


 ナツミさんが腕を伸ばした先には、広い砂浜を持つ小島があった。


「朝方、トリティさんが知らせてくれたの。トリティさんも張り切ってたから頑張らないとね」

 

 マリンダちゃんと顔を見合わせて笑みを浮かべ頷いている。

 要するに挑戦を受けたということになるのかな?

 となると、バレットさんのところの嫁さん達も張り切っているだろう。まったく、困った嫁さん達だな。


「おばさん達も潜ると言ってたにゃ。止めといたほうが良いと思うにゃ」


 更に競う相手がいるってことのようだ。

 その辺りは、バレットさんでも止められなかったということなんだろうか? ある意味、昔世話になった兄貴や姉さん達なんだろうから、無理ということなんだろうけど。


 溜息を吐きながら朝食を頂く。

 美味しいんだけど、今夜の宴会を思うと素直には慣れないなぁ。


「聖痕の保持者と漁が出来るのが、それだけ嬉しいんだと思うわ。おじさん達に負けないようにしてね」

「仮にも聖痕の保持者としての腕を見せろということ?」

「そういうこと。ようやく、その機会が巡ったと思っているに違いないわ」


 力説してるところをみると、それが爺さん連中の本音ということなんだろう。長年漁をしてきた自分達が、どこまで俺に迫れるかを見極めたいということかな?

 あまり頑張ってほしくないけど、その気ならば俺も応える必要がありそうだ。


「小さなのを突いたら笑われそうだ。となれば、この銛かな?」


 最初から中型以上を狙う。昨夜の釣果を考えれば、50cm越えの獲物が突けそうだ。


 食事を終えたところで、お茶を頂きながら素潜りの準備を始める。

 ザバンが何隻か動いているのを見ると、すでに始めた人もいるようだ。

 

「最初は私で良いよね。3匹突いたら交替するね」


 ナツミさん達の会話を聞きながら、マスクを被り銛を手にする。


「先に潜るよ。近場を狙うつもりだ」


 2人が俺に顔を向けたところで、手にした銛を上げると海に飛び込んだ。

 俺達のカタマランはサンゴの穴の端にアンカーを下ろしていたようだ。それほど鋭角な落ち込みではないが、そこの方で何度か銀色の光が見えたから、バルタスが泳いでいるのかもしれないな。


 銛のゴムを引き絞って、左手で握る。

 浅い呼吸を何度か行い、息を整えたところで海底にダイブした。

 フィンを使ってゆっくりと潜っていくと、なるほどバルタスが群れている。

 その中の大きな魚体に向けてゆっくりと銛を持つ手を伸ばしていった。


 狙った獲物は1mほどの泳ぎを繰り返している。2秒に満たない停止時間があるのが付け目だな。

 タイミングを見計らって左手を緩めると、スイっと銛が手の中を滑って前方に延びる。

 銛は狙いたがわず、魚体の鰓の左上に深く突き立った。


 後は力任せに群れから離して、海面に向かって泳いでいく。銛の柄の後方を持っているから左手に魚が暴れている感触が伝わるけど、海面に浮びあがるころにはほとんど抵抗がなくなった。

 カタマランを探して泳いでいき、甲板に獲物が刺さった銛を下ろす。


「大きなバルタックにゃ。……はい、外したにゃ!」

「次も大きいのを運んでくるよ」


 頑張ってと声を上げるマリンダちゃんに銛を持つ手を上げて答える。

 さて、俺の矜持も掛かってるんだよな。


 7匹目をカタマランに運んだところで、小休止を取る。

 船尾にあるハシゴを使って甲板に上がると、その場に寝転んで疲れを癒した。


「マリンダちゃんが上がってきたら、お茶にするからね」

「ナツミさん達も順調なの?」

「大きくはないけど、それなりよ。昼食は遅くなりそうだけど、昼食を取ったらカタマランを移動するわ」


 今夜は宴会じゃなかったかな?

 あまり動かしても意味が無さそうに思えるけど、夕暮れ前に少しでも漁果を得ようと考えているらしい。


「これで3匹目にゃ!」

 

 元気に声を上げながら獲物の付いた銛を甲板に乗せたところで、俺と同じように船尾のハシゴを使ってマリンダちゃんが上がって来た。

 突いてきたのはブラドだけど30cmは超えている。ナツミさんが銛から外して保冷庫にポイっと放り込んでいる。


「群れを作って移動してたにゃ。あの辺りにいるから、ナツミも頑張るにゃ」


 船尾から西の方角だ。そんな話を聞くと俺も行ってみたい気もするな。


「まだまだ漁を続けられるね。もう1回ずつ潜ろうね」


 お茶のカップとポットを運んできたナツミさんがマリンダちゃんと相談してるけど、ナツミさんの言う1回は、獲物を3度運んだらということなんだろう。

 そうなると、俺は数匹突かなくちゃなるまい。

 まだまだ、今日の漁は終わりになりそうもないな。


 夕暮れが近づいたところで、法螺貝の音が聞こえてきた。

 どうやら宴会が始まるらしい。アンカーを上げて、ゆっくりとカタマランを島に向かって動かし始める。

 今の内にと、ココナッツを割ってポットにジュースを入れ、最後に目分量で蒸留酒を入れる。これぐらいは用意しておかないとね。


 水深が2mほどの場所にカタマランを留めると、船体の下からザバンを引き出した。

 魔道機関が付いているから、あまり岸辺には近付けないのが問題だな。リードル漁の時にはもう1艘のザバンを引き出すと言ってたけど、奥に入れてあるから引き出すのが面倒のようだ。


 2回ほどカタマランと小島を往復して、ナツミさんが食材と俺達を運んでくれた。

 すでに焚き火が作られ、焚き火の周りには串に刺した獲物が並んでいる。

 俺を見付けたオルバスさんが手招きしているから、一足先に宴会に加わることになってしまった。


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