M-220 俺達は北へ進む
小さなカタマランの集まりに、中型のカタマランが2隻近寄って行った。直ぐに船団が作られ、入り江を一列になって出ていくのを皆で見送る。
言葉は出ないけど、氏族の皆が豊漁を願っているに違いない。
「今度は私達の番ね。あれかな?」
「10隻以上集まってるにゃ。あの旗はバレットさんにゃ」
操船楼に赤い旗を翻しているカタマランが、入り江の中央に向かって進んでいる。
桟橋の反対側のオルバスさんのカタマランも動き出したから、俺達も早いところあ埋まらねばなるまい。
慌ててアンカーを引き揚げに船首に向かう。
操船楼に向かって、片手を上げた途端にカタマランが動き出した。桟橋のロープはマリンダちゃんが解いてくれたのかな。
入り江の中ほどに出たところで、オルバスさんのカタマランが近づいてくる。
「13隻だ。殿を頼んだぞ」
「了解です。何かあれば、合図の笛を使います」
俺の言葉に頷いたオルバスさんが操船楼に合図を送ると、大きくカタマランが回頭して船首を入り江の出口に向けた。
鋭い笛の音が2回聞こえてきたところで大きな法螺貝の音が入り江に響くと、ゆっくりと1隻のカタマランが入り江を出ていく。
赤い旗を翻しているから、バレットさんのカタマランなんだろう。その後を1列になって老人達のカタマランが続く。
オルバスさんはそんな列から少し離れて並行して進んでいる。老人達の動きを見ているんだろう。先導する船よりも大変なんじゃないかな。
最後は俺達のカタマランだ。船団より少し離れて後を追うことにしたようだな。
島から離れるにつれて船足が速まる。
北に回頭を終えると、一段と船団の速度が上がった。皆のカタマランは魔石6個の魔道機関が2基搭載されているはずだから、2ノッチで15ノットに届かないはずなんだけどねぇ。
「どうやら、2ノッチ半で航行してるにゃ。でもこのカタマランは、1ノッチ半で並んでるにゃ」
「レミネイさんが操船してるんだろうね。できれば押さえて欲しいよ」
「遅いと感じたらお母さんが文句を言いに向かうにゃ。でも前を走ってる船のお爺さんは嬉しそうにゃ」
いつまでも少年の心を持った人物ということなんだろう。その嫁さんもトリティさんと似た性格なんだろうな。
昼食時にもカタマランは止まることが無い。このまま北上して夜まで船を進めるのだろう。
ナツミさん達が昼食を作って先に食べる間は俺が舵を握る。
このカタマランの操船楼はかなり広く、小さなテーブルまで備わっている。海図が広げられているから、ナツミさん達は現在地を確認しながら操船していたんだろうな。
1時間ぐらい舵を握っていると、マリンダちゃんが舵の横にある開口部から操船楼に入って来た。
「今度はアオイの番にゃ。島が変わってるから、だいぶ進んでるにゃ」
「いつでも交替するからね。それじゃあ、後をお願い」
どちらかというと、舵輪から追い出された感じだ。
操船は女性の仕事ということになってるから、あまり俺に舵を握らせたくないのかな?
操船楼の右手にある扉を開けて、家形の屋根に乗りハシゴで甲板に下りる。
昼食が木箱の上に乗っていたから、お茶を飲むナツミさんを前に昼食の団子スープを頂く。
「今頃が漁を始めたのかしら?」
「アキロン達? そうだね。昼食を終えて、根魚釣りかな」
ラビナスに率いられたアルティ達は、まだカタマランを走らせているのかもしれないな。いつも豊漁だとラビナスが言ってたけど、アキロン達はどんな効果をもたらすのだろう。
「豊漁にはなるんじゃないかな? あまり格差が出ないことを祈りたい気分よ」
「一応、2日間の漁になるんだから、50D以上になれば十分じゃないか? あまり突出するようなら、グリナスさんが気をつかうだろうから心配ないさ」
漁の腕は各人バラバラだ。それを統一しようなんてことはできないだろう。それに、ネコ族の人達は漁の腕が良い人達を尊敬する気風を持っている。
妬みとは無縁の種族なんだよな。
大漁ならば酒を買い、皆に振舞うのは日常茶飯事だし、困窮した家族には救いの手を差し伸べるからね。
ナツミさんの心配は、俺達の基準で物事を考えてのことだろう。
「それより、夕暮れでも船を進めると言ってたけど?」
「前ならマリンダちゃんが頼りだけど、今では私達もそれなりよね」
俺達の視力がネコ族並みになったからね。今では満月が眩しく思える時もあるぐらいだ。
食事が終わった俺に、お茶のカップを渡したナツミさんは食器や鍋を【クリル】できれいにすると操船楼に上がって行った。
のんびりとパイプを使いながら、お茶を頂く。
今度の漁は釣りが主体らしいから、午後は仕掛けの釣り針を研いで過ごそうかな。
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氏族の島を出て2日目の昼下がり、俺達は目的の漁場に到着した。
中堅の連中が漁をするのはさらに先になるから、この辺りで漁をする者は少ないらしい。水深3mほどの海域には大小様々のサンゴの穴が点在している。
船団を解いた俺達は各人の好みの場所にカタマランを進めてアンカーを下ろすことになった。
「なるべく大きい穴が良いにゃ!」
「そうなると、ここよりもあっちかな? でもあまり深くなさそうよ」
操船楼から2人の船頭の会話が聞こえてくる。
サンゴの穴で漁をする時には、ちょっとした穴の違いが漁果に大きく影響するからね。その辺りは2人とも熟知しているはずなんだが……。
あちこちとカタマランを動かしていたが、どうにか妥協点に達したようで、俺にアンカーの投入指示が下された。
船首に急いで、アンカーを下ろすと、水深は8mほどあるようだ。
黒々と見える穴は楕円形で長手方向に20mを越えている。これなら回遊してくる魚の休憩所にもなりえるだろう。
根魚だけとは限らないんじゃないかな? 上手く行けばシメノンの回遊も期待できそうな感じに思える。
ナツミさん達が少し早い夕食の準備を始めたところで、俺は夜釣りの準備に入る。雨期に入っているのが少し心配だけど、一夜干しはタープの下にザルを広げれば良いだろう。ザルを重ねても周囲が高く編んであるから、風通しも問題ない。
「根魚狙いで良いんだろう? 一応、スピニングリールの竿も出しておくけど、青物は余り期待しない方が良いかもしれないよ」
「1本流して様子を見ようよ。餌木も出しておいてくれないかな」
竿を取りだしたところで、家形の壁に押し付けるようにベンチを移動し、その上に餌木と仕掛けを置いておく。
準備が出来たところでパイプを取り出し老人達のカタマランを眺めると、同じように夜釣りの準備に余念がない。
甲板の真下を覗いているのは、水深を確かめているのだろうか?
すでにランプを掲げている船もあるけど、まだ夕暮れには間があるんだけどなぁ。とはいっても、いずれはランプを掲げることになる。魔法で光球を作れば一晩は持つからね。今から準備しといても問題は無いってことなんだろう。
夕暮れを見ながらの食事は、俺達だけの特権に違いない。
水平線の上に少し雲が出てるのが気になるな。
「今夜は雨が降りそうにゃ。家形の屋根に干せないにゃ」
「甲板が広いから、ここに干せるよ。ベンチの上に干せば甲板が濡れてもだいじょうぶだ」
意外とベンチは役に立つ。商船から買い込んだ4つのベンチは2人掛けだけど、ひっくり返せば竿を押さえる竿掛けにもなるし、背もたれが無いから2つ並べてテーブルにもできるし、雨が降った時の魚を干す台にもなるからね。
お茶を頂く前に、ナツミさんが2つあるランプに光球を入れる。家形の屋根裏から棒を伸ばして、甲板の左右に吊り下げれば夜釣りの灯りには十分すぎるほどだ。
「始めたみたいにゃ! 向こうで魚を取り込んでるにゃ」
「それじゃあ、俺達も始めようか? ナツミさん達は甲板の左右でお願いするよ。俺は船尾で釣るからね」
お茶のカップをテーブル代わりの木箱の上に置いて、胴付き仕掛けの付いたリール竿を持つ。向こうの世界から持ち込んだものだが、今でも十分に使える品だ。2本の枝針にカマルの切り身を付けて、同軸リールのストッパーをフリーにし、仕掛けを下ろす。
それほど深くはないな。重りが底に着いたところで竿1本分仕掛けを巻き上げた。
ゆっくりと竿を揺らして餌を躍らせる。
ググッと竿が絞り込まれ、腕に引きが伝わる。
竿を下げるようにして送り込むと、再び引きが腕に伝わって来た。
竿を持つ左手を返すようにして合わせた途端、腕が引き込まれるように獲物の引きが強まった。リールのドラグがギィーと悲鳴を上げる。
大物だぞ! ドラグを締めこんでリールから出ていく道糸にブレーキを掛けながら、獲物の引きに合わせてリールを巻き込んでいく。
少しずつ手元に獲物を引き込んでいくと、いつの間にか隣にマリンダちゃんがタモ網を構えていた。
「バヌトス?」
「いや、ちょっと違うな。ヒラを打って引き込むからバルタスだと思うんだが……」
50cmを越えてるんじゃないかな?
中々に良い引きだ。石鯛を専門に狙う釣師がいるぐらいだからね。この引きに魅せられるんだろうな。
「もう少しだ。タモを頼む!」
マリンダちゃんが下ろしたタモ網に滑りこませるように竿で獲物を誘導すると、「エイ!」と大声を上げながらマリンダちゃんがタモを引き上げる。
バシャバシャと獲物がタモ網の中で暴れるから中々引き上げられそうにない。竿を足元に置いて、マリンダちゃんと一緒になって甲板引き上げた。
甲板を叩いているバルタスの頭にマリンダちゃんが棍棒を振るうと、急に辺りが静かになる。
「大きなバルタスだねぇ。こっちはバヌトスばかりだよ」
ひょいと、今釣り上げた魚をナツミさんが見せてくれたけど、30cm越えの立派な奴じゃないか。
バルタック1匹で満足してるわけにはいかないみたいだな。
タモ網から仕掛けを外して、再び仕掛けを下ろす。今度は何が釣れるかな?




