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M-219 小さなカタマランの船団


 リードル漁を終えて3日後。

 アキロン達は南に作られた浮き桟橋に集められ、グリナスさんから1隻ずつカタマランを受けとることになった。

 金貨5枚の値段らしいが、アキロン達の支払いは金貨2枚ということらしい。2年間はこの船でグリナスさんの指導を受け、5年もリードル漁行えば本格的なカタマランを手に入れることが出来るだろう。

 2年後に、金貨1枚を氏族に支払えばそのままこのカタマランを自分の物に出来るということだから、リードル漁で十分に対応が出来るはずだ。

 10年以内に、魔導機関を2基用いたカタマランを手に入れた時は、金貨1枚で氏族に売ることも出来ると聞いたが、それをサイカ氏族に格安で譲るつもりなんだろう。氏族の島から2日以内の距離で漁をするサイカ氏族であれば有効に使ってくれるに違いない。


 俺達のカタマランの舷側にナディがゆっくりと借り入れたカタマランを横付けにすると、引っ越しが始まった。

 小さくとも一通りの装備が付いているから、漁を始める初心者には丁度良いのかもしれないな。

 背負いカゴで2つ分の荷物を運ぶのは、その後の片付けを含めてナツミさん達が手伝っている。

 俺も、何本かの銛や竿を運んであげた。アキロンが甲板に運ばれた銛を屋根裏にしまい込んでいるけど、きちんと並べておかないから後で苦労するのがみえみえだな。


「タモ網はここで良いし、仕掛けは船尾のベンチの中で良いと……」

「銛の柄に印を付けとかないと、区別がつかないぞ。父さんは、切れ込みを入れて区別してるんだ」

「う~ん……、そうだね。俺も何か目印を付けとこう!」


 屋根裏から1本ずつ銛を取り出して、ヤスリで柄の手元に刻み目を入れているけど、どれがどんな刻み目なのか分かってるんだろうか? 何とも、先が思いやられるな。


 朝早くに手に入れたはずなのに、昼を過ぎても荷物の整理が続いている。

 その原因はナツミさん達の、親切心が原因のようだ。『小さな親切大きなお世話』の典型的な例を見ているように思えるんだよな。

 いつまでも、子供だと思って世話を焼いてるんだろうけど、傍から見ると子離れできない母親を見る感じだ。


「いくつになっても、子供は子供にゃ」


 そんな独り言を言いながら、お茶を渡してくれたのはトリティさんだった。先ほどまではグリナスさんのカタマランに出掛けて様子を見ていたようだが、グリナスさんの方は一段落したのかな?


「グリナスが、だいぶ気負っていたにゃ。一度に全部教えるのは無理があるにゃ」

「それだけ使命感に燃えているということなんじゃないですか? それに、グリナスさんは面倒見が良いですから、考えすぎなと事もあるかもしれません。何度か漁に出れば普段のグリナスさんに戻りますよ」


 俺の話を聞いて溜息を吐くほどだから、相当気合が入ってるということなのかな?

 後で、少し話をしてみるか。


「ところで、アオイの船を貸して欲しいにゃ。今夜は宴会にゃ!」

「アキロン達の新しい船もそうですけど、トリティさん達も新しくしたんですよね。明日は出航ですけど、オルバスさん達はどこに向かうんですか?」

「バレット達と相談してるにゃ。今夜には教えてくれるにゃ」


 久しぶりに自分達の船で漁をするんだから、オルバスさん達もはやる気持ちで一杯なんだろう。生憎と雨期の漁で素潜りを引退する人達を連れて行くんだから釣りが主目的にはなるんだろうけどね。

 それでも、どの漁場にするかは、悩むところではあるんだよな。


 夕暮れ近くになって、グリナスさんにオルバスさん、バレットさんまで嫁さんを引き連れて俺達のカタマランに集まって来た。

 広い甲板だけど、さすがに十数人は多い気がする。料理を持ち寄ってくれたから、今夜は腹いっぱい食べられそうだ。


「それで、グリナス達はどこに向かうんだ?」

「最初だからねぇ。南に島2つ行ったところにある溝を狙うつもりさ。半日も掛からないだろうから、素潜りと夜釣りの両方が出来る。3日目の午後に帰路につけば夕暮れ前には入り江に入れるはずだ」

「1隻で50Dが目標ですか……。無理をさせないでくださいよ。それと、グリナスさんも、状況を確認するぐらいにしといた方が無難だと思います」

「そうだな……。銛の使い方や、釣りがまるっきり出来ないわけじゃないはずだ。ありがとう、それで行くよ」


 嬉しそうにアドバイスを聞いてくれたんだが、オルバスさんの目はちょっときつめだな。それぐらい自分で気付けということらしい。


「だが、漁果を確認して、いつも漁果が思わしくない者には、きちんと漁の仕方を教えるんだぞ。アオイやネイザンだっているんだからな」

「ルビナスにも聞けるから、それは心配していないよ。俺にだって分からないところは一杯あるからね。先ずは連中の状況をよく見ておくことに専念するさ」


 だいじょうぶなんだろうか? そんな思いがバレットさんとオルバスさんの顔に浮んできているけど、もう少しは信用してあげた方が良いんじゃないかな。


「ところで、オルバスさん達はどこに向かうんですか? 俺も一緒に行くことを長老から申し付けられているんですが?」

「そうだったな。北に2日だ。ネイザンの話しでは、大型のバヌトスがいるらしい。昼は適当に銛を使って、本命は夜になる。2日漁をして帰るが、昼夜でカタマランを進めるぞ。そうすれば、1日半も掛からんからな」


 行き帰りを半分にしたいってことかな? 嫁さん達に負担が掛かりそうだが、それは了承済みということなんだろうか?

 

「ネイザン達は1ノッチ半で航行している。俺達は2ノッチで行こうとしているから、夜半には船を停められる。それほど嫁達の負担にはならんだろう」

 

 少しは嫁さん達を考えられる年齢になったということなんだろうな。なら、トリティさん達も反対派しないだろう。


「俺が先導する。アオイは殿を頼んだぞ。退屈かもしれんが、老人達の漁でもある。あまり漁果は出ないだろうが、老人の生きがいにはなるからな」

「昔話が楽しみです。それに長らく漁をしていたなら魚の習性だって教えて貰えそうです」


 リジィさん達が感心しているし、ナツミさんは目を輝かせている。きっと料理を色々と教えて貰えそうだと思ってるんだろうな。


「まったく、頭が下がる奴だな。中堅の中には左遷だと騒いでる連中もいるぐらいなんだが」

「古きを訪ねて新しきを知るという奴です。過去を知らねば発展はありませんからね。長老はそれを俺に考えさせようとしてるんでしょう」


 発見は経験の裏打ちでもある。何もない状態では発見のしようも無いからね。発見を発展に置き換えれば、トウハ氏族の将来を考える上で一番役立つのは、老人の知恵という奴だろう。

 単なる知恵ではなく、それは長年の経験で培われたものだ。それを実践を通して知ることが出来るんだからありがたい話だと思ってるんだけどね。


「長老にそこまでの考えは無かったんじゃねぇか? だが、アオイがそれを生かせるというなら、問題はねえが」

「かつての筆頭に繋がる者達だ。バレットもそれぐらい考えられないと俺達が困ることになってしまうぞ」

「まあ、そん時には、アオイを左手に置いとくさ。それほど先じゃねぇと思うんだがな」


 積極的に辞退しておこう。まだまだ現役だからね。海人さんだって漁に出られなくなるまでは漁を続けたに違いない。


 祝いの席が終わると、それぞれのカタマランに皆が戻っていく。

 今夜からアキロン達も小さなカタマランで過ごすことになる。明日の朝食が終わればグリナスさんに率いられて漁に出掛けるんだろうが、ちゃんと食事が取れるかは疑問が残るんだよな。


 翌日は、綺麗に晴れている。

 すでに雨期なんだろうが、今のところはどこにも雨雲は見当たらない。

 絶好の出漁日和だから、アキロンも朝から水汲みを頑張っているようだ。すでに俺達のカタマランまで終えたようで、今度はオルバスさんのカタマランに運んでいる。


「頑張ってるね。もう少しで朝食だけど、アキロンの保冷庫に昼食を入れとくわ」

「少し多めに入れといた方が良いよ。保冷庫に入れとくなら悪くはならないだろうからね。スープだけ作れば夕食にもなるんじゃないかな」


 まったく【アイレス】は便利に使える魔法だ。1回の使用で腿ほどの大きさの氷柱が2個出来るんだからね。周囲をココナッツの繊維で断熱した保冷庫は、冷蔵庫と同じように使えるぐらいだ。


「魚肉団子と米団子をたくさん持たせたにゃ。味を見ながら煮るだけだからナディにも簡単にゃ」

「ひょっとして、俺達もそうなの?」

「もちろんにゃ。炊き込みはお母さん達が作ってくれるにゃ」


 今夜の食事を思い浮かべながら、朝食の席に着いた。

 何時ものカマルの開きに野菜スープだけど、これはこれで美味しく頂ける。

 

「アキロン達は漁の腕はあるだろうが、友人達と一緒なんだからグリナスさんの言いつけを守るんだぞ」

「だいじょうぶだよ。素潜りが2回に根魚釣りが1回だからね。笛の合図で漁をするって教えて貰ったよ」


 本来なら法螺貝を合図にということなんだろうが、あまり法螺貝を吹く漁師はいないようだ。

 オルバスさん達の年代なら間違いなく吹けると思うけど、ネイザンさんは吹けたのかな?

 筆頭が吹けないんじゃ問題かもしれない。頑張って練習したかもしれないな。


 食事が終わると、ナツミさんから真鍮の容器を受け取ったアキロン達が、隣のカタマランに乗り込んでいく。

 ナディが操船楼に上がり、アキロンがアンカーを引き上げる間に、舷側のロープを解いてあげた。

 すでに小さなカタマランが入り江の出口付近に集まっている。

 

「行ってきます!」

「「頑張れよ(頑張るにゃ)!」」

 

 手を振る俺達に、笑みを浮かべてアキロンが片手を上げる。

 いよいよアキロン達の漁師暮らしが始まるのだ。


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