M-213 ケネルさん達の悩み
太いロープと滑車にロクロ仕掛け。リフトはフックを付ければ十分だろう。コンベアも考えてみたけど、リフトを使うことで十分に代用できそうだ。
「なるほど、大きな滑車を2つ作ってそれにロープを張れば良いのですな。ロクロ仕掛けで大きな滑車を動かせばロープが回る。そのロープにフックを付けておけば背負いカゴを掛けることもできるということですか」
「どれだけ長くできるかが問題です。最初から長くするのではなく移動する場所に応じていくつかに分割すべきでしょうね」
150mほどで試してみるべきだろう。最初は浜から長老達が住んでいるログハウスの前にある小さな広場までを考えるべきじゃないかな。その後は倉庫や燻製小屋に向けて設置することになるんだろう。
「下の浜からこの前の広場でも十分に役立ちます。途中の腕木に付ける滑車も含めて商会と話し合ってみましょう」
俺が持参したリフトのスケッチを見て長老達が目を細めている。
1つの課題が解決しようとしているのが嬉しいに違いない。
「俺からのお願いが1つ。特許は族長会議にしたいです。俺達の島でも同じような問題がありますから、上手く使えるなら俺達の島にも広めたいですから」
「サイカやオウミ氏族も同じであろう。元々がアオイ殿の案じゃからワシ等がとやかくいうことはない。照会にはその旨、きちんと話しておくぞ」
ニライカナイの5つの氏族に安値で売ってくれるなら、それで十分だ。
次の課題が出ない内にと、早々に長老達に頭を下げて小屋を出る。次にナンタ氏族を訪ねるのはいつになるか分からないけど、きっとリフトが完成しているに違いない。
俺達のカタマランに戻ってみると、ケネルさんとグリゴスさんが来ていた。アキロンが相手をしているところをみると、ナツミさん達は家形の中で女子会の真最中のようだ。賑やかな笑い声が甲板にまで聞こえてくる。
「しばらくだな。もっよ頻繁にやってくれば良いものを、バレット達が船団を率いているとなれば、アオイがトウハの顔になるんだからなぁ」
「息子もだいぶ大きくなったな。俺の子供達も伴侶を持ったが、残っていたならアキロンに嫁に出すのだが……」
2人ともすでに酔ってるみたいだな。
俺が甲板に座った途端に、ケネルさんが酒の入ったカップを突き出した。
受け取ったカップを一息に飲んだところで、ケネルさんのカップにポットの酒を注いであげる。
「おお、すまんな。トウハ一番の銛打ちに酒を注いでもらえるんだから、人生はおもしろい」
「長老のところに行っていたのか?」
「ええ、そうです。漁果を上の広場に送る方法を教えてきたところです。直ぐには出来ないと思いますが、1年は掛からないでしょう。おばさん達が苦労してるのを見れば、獲物を少なく獲ろうなんて考える者もいるでしょうからね」
「何だと! それじゃぁ、頑張らないといけないな。確かに氏族中でそんな雰囲気になってたんだよな」
ネコ族は同族に対して優しいからね。トウハ氏族に加わった俺やナツミさんに対してもそうだし、ナディに対してもそうだからな。
「それこそ、本末転倒ですよ。だいたい嫁さん達が苦労して運んでるんですから、少しは手伝うのが男じゃないんですか?」
「アオイの言うのも分かる。分かるんだが、やらせてくれねぇんだ。『私達の役目にゃ!』ってな」
分業が明確だからねえ。だけど、そんな分業をナツミさんやトリティさんは破ってるんじゃないか? 一緒に銛を使ってるし、釣りだってそうだ。
「確かに昔から比べて、男女の分業が少し乱れてはいるな。だが、それは例の2割増しって奴のせいだと俺は思うぞ」
「俺達の領分に手を出しているんですから、こっちも少しは……」
俺の言葉に、顔を赤くしながら頷いている。
要するに、理論武装が出来なかったということなんだろう。お互い様ということなら荷運びを手伝う理由になりそうだからね。
「店で聞いたんだが、背負いカゴに3つ分とは相変わらずの腕だな」
「島の南西1日半のところで漁を2日行いました。途中で会ったファンデさんに良い漁場を教えて貰ったんです」
ケネルさん達が互いに頷きあっているのは、俺が言った漁場を知っているということなんだろう。
「2隻ほどなら丁度良いんだが、数隻を率いるとなればあの漁場は小さい。とはいえ、あまり漁をする者がいなかったからということでもないようだ。アキロンも良い漁師に育ってるようだ」
「この間、娘を連れてきたんです。長老がトウハ氏族に加えることを認めてくれましたので、次のリードル漁には晴れて動力船を手にできるようです」
ん? と2人の顔に疑問が浮かんでいるようだ。元々トウハ氏族の娘と思っていたんだろうか?
「拾った……。ということか?」
「どちらかといえば、神亀がアキロンの元に運んできたようです。ナツミさんもかなり驚いてましたからね」
いつのまにか、俺からアキロンに2人の視線が移動している。
そんな視線を受けて、アキロンはきまり悪そうな表情をしてるんだが、ケネルさん達にしてみれば驚くよりも大きな疑問になったようだ。
「カヌイの婆さん達のところに挨拶してあるなら問題ないだろうが、アオイの周りは驚く限りだな。それで、アキロンの姉達は元気でやっているのか?」
「ラビナスが若手を率いてます。その中に加わってますけど、どうにか魔石を切り崩さずとも暮らしているようです」
「腕の良い旦那のようだな。誰の息子だ?」
「ネイザンさんとラビナスです」
ケネルさんが目を閉じて頷いている。その瞼の裏に映ったネイザンさん達の子供は、浜で遊ぶ子供達だったに違いない。
父親を知れば、およそのことが分かるということなんだろうか? 隣のアキロンに視線を移したらグリゴスさんをジッと見ているようだ。
「俺も歳をとるわけだな。だが、まだまだ腕は持っているつもりだ」
「ケネル殿のおかげでナンタ氏族も銛を使うし、アオイ殿に教えられた海中での釣りで獲物を選ぶこともできるようになった。おかげで俺達も燻製船を持つことも出来たのだ」
「その上、5つの氏族が共同で行っている船団には2家族を出しているからな。あいつらが帰ってきたら、他氏族の漁が俺達にも伝わるはずだ。アオイはそれを狙ってたんだろう?」
「例の2割増し対応ですよ。トウハ氏族にだって銛が不得意な人もいます。それなら他の漁法を考えれば良いのですから、他氏族の漁法を学ぶ機会を与えるべきだと思ってました。でも、ナンタ氏族は早くからそれが出来たんじゃないですか?」
「確かに……。ケネル殿のように優秀な漁師を各氏族が送ってくれたからな。おかげで俺達の孫は古くからの漁ではなく、漁場に合わせて漁法を変えることを覚えたようだ」
嬉しそうな表情でカップの酒を飲んでいるから、それなりの効果はあったということなんだろう。伝統漁法を伝えるのも大切だろうが、それに固執するようでは良い漁師とはいえないだろうからね。
「ところで、若手をラビナスに鍛えさせるのは理解できるところだ。ラビナスを鍛えたのはアオイのようなものだからな。だが、少し無理があるんじゃないか?」
この場合の無理は、教えられる方ではなく教える方だとケネルさんは思ったようだ。腕の良い漁師に若手を始動させるのは、指導者にとってはストレスがつのるばかりだと思ったに違いない。
俺も最初は、長老達も考えているなと感心したんだけどね。
「トウハの長老達は、ラビナスの前にもう1段階置くことを考えているようです。先ほどの5つの氏族の船団には、トウハ氏族からグリナスさんが参加しています。そろそろ次の漁師を送るでしょうから、グリナスさんが戻れば、最初に動力船を手に入れたヒヨッコの面倒をみて貰うと言ってましたよ」
「なるほど、それなら十分にラビナスは指導ができるだろう。グリゴス、俺達も似た指導体制を考えるべきなんじゃないか?」
「そうだな。動力船を手にしても、しばらくは親と共に行動するのが常だが、指導者がいるなら親達も安心できるだろうし、同じ境遇の連中で競うこともできそうだ。だが、1つ教えてくれ。ラビナスが腕の良い漁師であることはケネル殿から聞いたが、グリナスはどうなのだ?」
「トウハ氏族では中間の腕を持ってます。悪くはありませんが、良くもありません。のんびりした性格ですから嫁さん達が背中を押す場面も度々です。でも俺の良い兄貴ですよ」
「長老は、人柄で選んだようだな。オルバスが散々こぼしていたが、長老はちゃんと見ていたということだろう」
「その辺りは長老に選んでもらうのが得策だが、何人か俺達で選んでおかねばなるまい」
「デルフィンも加えて話し合う必要があるな。生憎と漁に出てるから今日は来れなかったが、ホクチ氏族が良く送ってくれたと感心してしまうぞ」
ケネルさん達が何人かの名前を出して話し合っている。たぶん長老の諮問機関的な役目を負った人物なんだろうな。
昔からのナンタ氏族で会った連中だけでなく、ケネルさんのような他の氏族から移民してきた人達もその中に入っているようだ。
うかうかしていると、ナンタ氏族がニライカナイのリーダーシップを取りかねないぞ。
これは帰ってから報告する必要がありそうだ。
「ところで、今回は若手を指導してくれないのか?」
「俺が教えられることは、ケネルさんがすでに伝えているはずです」
「そうは言ってもなぁ……。前にお前の娘達と一緒に神亀に乗った子供達が成人した時はこの島でひと騒ぎあったぐらいだ。あれほど長老の慌てた様子は見たことが無かったなぁ」
その時の騒動を思い出して笑みを浮かべたケネルさんがグリゴスさんの顔を向けると、同じように笑みを浮かべて頷いている。
「そういうことだ。神亀と接しただけであの騒ぎだ。アオイ殿と漁に出ることで神亀を見ることができる可能性があるなら何とかできないものか」
グリゴスさんが俺に向かって頭を下げた時、家形からナディが顔を出した。
「神亀を呼ぶの? ……直ぐここに来る」
そう言って家形に消えたけど、まさかこの水路に呼んだんじゃないだろうな?
アキロンに目を向けると、首を振って我関せずを決め込んでいる。
溜息を吐きながらケネルさん達に顔を向けた時だ。大きくカタマランが揺れたので慌てて甲板に立ち上がった俺達の前に、神亀が姿を現した。




