M-212 リフトを作ろう
ナンタ氏族の長老に空席があった。
聞けば、オウミ氏族の族長会議へと長老を送っているそうだ。それだけ族長会議が常態化したということになる。
5つの氏族の調整だけでなく、ネコ族全体の未来が話し合われているのだろう。穏やかな連邦制のように機能してくれると良いんだけどね。
「よく来てくれたのう。生憎とグリゴス、ケネル共に若手を率いて漁に出ておるが、明日にも帰ってくるじゃろう。ゆるりと休息して行くが良いぞ」
「ありがとうございます。ところで、だいぶ海から離れてしまいましたね」
俺の言葉に、長老を始めとして、小屋にいた男達も溜息を吐いている。やはり、その辺りに課題があるのだろう。
「前の津波でだいぶ氏族の者達を失ってしもうた。南の崖の上に見張り台を置いてはおるのじゃが、津波の速度はカタマランでは逃げきれんほどじゃと聞いたぞ。そこで住居を高台に移したのじゃが、桟橋までの移動はともかく、荷の上げ下ろしに苦労しておる」
「途中で、荷揚げの仕掛けを見ましたよ。良く考え付いたと思ってました」
頷いているところをみると、ナンタ氏族の皆で考え付いたんだろうな。
工夫が苦手な種族なんだけど、それでもあそこまで考えて作ったんだからたいしたものだ。
「作ったは良いが、背負いカゴに満載すると持ち上げるのに苦労しておるようじゃ。その後に、保冷庫や燻製小屋に運ぶのも問題じゃな」
「荷運びに年寄りを動員する始末じゃ。豊漁だと聞くと恨めしくなってしまう者さえ折る始末。まったく、あの火山島が無ければと思わぬ日が無いほどじゃ」
高低差がある場所の荷役を人力で行っているのでは大変だろう。まして、島に残って漁の帰りを待つ人たちの多くが老人達となればなおさらだ。
そういえば、俺達トウハ氏族の島も多くの建物を島の奥に移動してるんだよな。
津波の再来を考えてのことだから、不便だとは思ってもそれを口に出すことが無いのだろう。
何とかしてあげたいものだが、1つのアイデアだけで解決できるとも思えないし、長期間の使用に耐えて、なおかつ安易な使用方法であり、工事費も安上がりということになるんだろう。
そんなものがあるんだろうか? 安易に引き受けることもできないな。
「少し考えてみます。トウハ氏族も高台に住居を移動してますが、元の場所から比べれば身長程度の高さですからね。不便を感じても口に出すことがありませんでした」
「あの被害を考えれば、高台移動をしていない氏族はホクチ氏族ぐらいであろうよ。やはり、商会ギルドを通して考えて貰うことになりそうじゃ」
大陸の文化が問われそうだけど、あまり発展してないんじゃないかな? スクリューだって軍船にしか使ってなかったし、3枚羽根のスクリューを海人さんに提案された時にはドワーフ職人達に衝撃が走ったらしいからね。
俺達の船に付けた水中翼についても同じだろうけど、ナツミさんのことだからいくつかの秘密をドワーフの職人さんに教えていないんじゃないかな?
高速の軍船なんか作られた日には、俺達が困ってしまう。
ナツミさんのことだから、俺達のカタマランを作らせることで大陸の文化を推測しているのかもしれない。
ドワーフの職人さん達も、いくつかの特許を得ることができたからかなり協力的なんだよね。
それらを通して分かったことは、加工技術は進んでいるが応用技術はお寒いものだということだ。
となれば……。この解決を大陸の連中ができるとも思えないな。
「商会ギルドに依頼することも解決の糸口になるでしょうが、もう少し皆で考えることも必要だと思いますよ。海人さんが作った大砲は、100年以上前の代物ですが、いまだに大陸で同じ物を作ることができないようです。技術を組み合わせるということが大陸の連中はあまり考えることが無いようですね」
俺の言葉に長老達の目が大きく開かれた。男達は周囲の連中と小声で話をしている。俺の言葉の意味が理解できなかったのかな。
「まさしくその通りじゃ。あまり大陸に刺激を与えるのも問題じゃな。聞けばアオイ殿の嫁御殿は色々とドワーフ職人の腕を試しておるとのこと。それを通して大陸の連中の腕を見ているのじゃろう。であるなら、アオイ殿の嫁御殿に依頼をすべきかも知れぬ。アオイ殿から我等の難題を聞いてもらえぬか?」
「ナツミさんに聞いても直ぐに答えが出るとは限りませんよ。それに俺達がナンタ氏族の島に滞在するのは3日程度ですから」
「それでもじゃ。直ぐに答えが出ずとも、その難題に挑んでおるのがトウハ氏族の将来のカヌイの長老となり得る人物であれば、誰もが前を向くことが出来よう。いずれはこの仕事から解放されるとな」
何か、とんでもない難題を押し付けられた感じだな。早めに帰って、ナツミさん達と相談した方が良さそうだ。
長老に、相談してみますと言ったところで腰を上げ、早々に引き上げる。
ログハウスを出ると小さな広場の海沿いに設えたベンチに座りパイプを取り出す。マッチに似た小箱を取り出して火を点けたんだが、マッチの棒の先に付いているのは日の魔石の粉末らしい。こんなところにも魔道具が使われている世界なんだよな。
パイプを楽しんでいると、御婦人方がカゴを背負って海から広場に上がって来た。いくつか並んでいるベンチに腰を下ろして一休みということらしい。
「たいへんですね。保冷庫はまだ先なんですか?」
「もう少し先にゃ。ここまでが大変にゃ。ここからは距離はあるけど坂は緩いにゃ」
汗を拭きながら、トリティさんに似たおばさんが教えてくれた。
急斜面と距離が問題か。いくらネコ族の女性が働き者ばかりとはいえ、何とかしてあげたいところだ。
おばさん達に頭を下げて、浜に下りる階段を歩いていく。上って来た時も急だとは思っていたが、なるほど斜度があるな。
これなら津波の心配も少しは軽減されるだろうけど、日々の暮らしに支障が出てしまう。
カタマランに戻ると、ナツミさん達も帰っていたようだ。
お茶のカップを俺に渡したナツミさんが、ナンタ氏族の課題を早口に話し始めた。
「……というわけなの。いくら津波の被害を軽減したいとは言っても、日常生活に支障が出るようでは本末転倒よ!」
「ナンタ氏族の長老から、何とか方法をナツミさんに考えて欲しいと言われたよ。問題であることは分かっていても、解決策が見つからないようだ」
さてどうするか、お茶のカップをベンチの傍らに置いてナツミさんに目をやると、おもしろそうな表情をして俺を見ている。すでに答えを持ってるということなんだろうか?
「私達の世界ならどうするかな? それが答えじゃないかしら」
「船から漁果を下ろしてトラックで倉庫に運ぶんだろう?」
「その倉庫の中は?」
「いや、真っ直ぐに冷凍庫じゃなかったな。一旦、分別して小分けにするんだった。おばさん達が並んでいたんだよね。あれって捌いてたんだろう? その後は箱をローラーコンベアが運んで行った気がする」
小学生の時の工場見学は、ナツミさんの会社である水産加工場だったんだ。
大きな機械や、たくさんの人達が働いていたのが印象的で、加工の流れなんてあまり覚えていないんだけどね。
「そこまで分かってるなら簡単でしょう? コンベアを作れば解決するわ」
「いや、問題はそれだけじゃないんだ。浜の店の右手にある階段を上った先に小さな広場がある。その広場から倉庫や燻製小屋までは長い緩斜面らしい。距離的には200mも無いんだろうけどね。少なくとも広場から建物は見えなかったよ」
ナツミさんのアイデアだけでもかなり楽になりそうだが、その先もあるんだから苦労が半分というところだろう。もう1つ考えてあげたいところだ。
「緩斜面だけど距離がある……。真っ直ぐで良いのかしら? 途中に邪魔な建物が無ければ良いんだけど」
「出来るの?」
「スキー場にあるリフトのようなものに背負いカゴをぶら下げればどうかしら? 人を運ばないなら十分に思えるけど荷重も問題ね。まあ、荷重だけならリフトのゴンドラの間隔を広げれば良いだけなんだけど」
生憎と俺にはスキーの経験はない。生まれ育った町は日本でも南の方だからね。スキーをするとなるとかなり遠方に出向かねばならないのだ。スキーの経験者はクラスで数人もいなかったんじゃないか?
ナツミさんの場合は、お嬢さんそのものだからねぇ……。夏は外国の海だし、冬はヨーロッパ辺りに出掛けていたのかもしれない。
「生憎と俺にはスキーの経験が無いから、リフトがどんなものか分からないんだ」
「原理は、ロープをぐるぐる回しているだけよ。こんな感じになってるんだけど……」
すでにイラストを描いていたらしい。ひょっとしてトウハ氏族で試そうとしていたのかもしれないな。
話を聞いていると、町の裏山にあるロープウエーにも似ているようだ。ナツミさんが言うにはその簡略版がリフトということらしいけど、正式名は違うんだろうな。リフトというとフォークリフトを思い浮かべてしまう。
その日の午後一杯は、おかず釣りから帰って来たアキロン達を交えて、コンベアとリフトをどのようにして作ろうかと話し合う。
さすがにナディは議論に加わることは無かったけど、アキロンの隣で俺達の話をジッと聞いている。
理解できない話だろうけど、それが問題を解決する手段となりえることは分かるようだ。今夜のアキロンはナディの質問攻めにあいそうだな。
待てよ、そうなると明日は俺がアキロンから質問されそうだぞ。
頭に思い浮かべることはできるけど、それを説明するってことは別だからな。俺も少し考えておかねばなるまい。




