M-208 噴煙を目印に
氏族の島を出て2日目の夜は南の水路を抜け出たところにある小島で迎えた。
マリンダちゃんが、カタマランの上にある操船楼でオペラグラスで眺めた結果では、遥か南に小さくて黒い雲があると教えてくれた。
たぶん、その黒雲が火山島なんじゃないかな? 海上の見通し距離は十数kmというところだろうが、噴煙は高く昇っているようだ。まだまだ掛かりそうだな。
「このまま南に進むわ。マリンダちゃんの観測では西寄りなんだけどね」
「海図があまり当てにならないってことだろう? 回頭は、真西に見えた時で良いんじゃないかな。それと良い目印なる島があることが条件になるけどね」
迷った時には、北上すれば良い。俺達が調べた海域に出るだろう。
「そんなことになったら神亀が出て来るわ。あまりお世話にならないようにしないとね」
「神亀が小さくなってるにゃ。アルティ達と乗った時にはもう少し大きかったにゃ」
マリンダちゃんの言葉に、俺とナツミさんが同時にマリンダちゃんに顔を向けた。吃驚した様な表情をしてるけど、隣にいたアキロンが小さく頷いてるのも気に掛かる。
ひょっとして、神亀は何匹かいるってことなんだろうか?
夫婦なのかな? それとも親子だったりして。
「私には同じ神亀に思えたんだけど……。そう言えば、思念が少し違ったような気もする」
「少なくとも2体ということかな? もっと多いのかもしれないね。そうなると龍神もそうなんだろうか?」
「ちょっと違うようにも思えるけど、何らかの世代交代があるのかもね」
世代交代ということは、繁殖相手がいるってことになるんだろうな。
かなり長寿のようにも思えるから、俺達には今の龍神がそのまま見守ってくれると思っていれば間違いが無いのかもしれない。
そんなことを考えて不興をかうのは避けたいものだ。
とはいえ、2体の神亀か……。
翌日。カタマランは予定通り南に進む。
気のせいか、少し速度が上がっているようにも思えるが、前のトリマラン程の速度は出していない。
相変わらず、ナディに操船を任せているのかな?
まぁ、舵を大きく切ることは無いだろうから、神亀も遠くで見守っていてくれるに違いない。
「それで、次のリードル漁から暮らしていけそうなのか?」
「何とかなるんじゃないかな。今使っているカタマランよりも大きいと聞いたし、島2つ先に行って漁をするなら、それほど変わることが無いと思ってるけど」
船尾のベンチに腰を下ろして、アキロンとココナッツジュースを飲む。
1人1個だから、結構飲みごたえがある。パイプを楽しみながらのんびりとアキロンと会話をするのも久しぶりに思えるな。
「グリナス叔父さんが指導してくれるんでしょう? 母さん達が教えてくれたよ」
「ああ、昔はラビナスを交えた3人で、どこで漁をするかと相談したもんだ。俺達の兄貴だからな。いつも楽しく漁をすることができたよ」
漁の腕はそれなりだったけど、俺達のムードメーカー的な存在だ。
長兄ともいえるネイザンさんが少し控えめなところがあるからね。グリナスさんの存在は、ネイザンさんも助かったに違いない。
長老達も、そんなところをよく見ていたんだろう。ヒヨッコの扱いには一番適していると誰もが頷ける人事だからね。
「正直言って、漁の腕はアキロンの方が上になるかもしれない。それに自惚れてはいけないぞ。グリナスさんにお前達を預けるのは、お前達にグリナスさんを見習ってほしいからだ」
何を見習うかは、ヒヨッコ達に考えて貰おう。漁の腕を見習う者もいるだろうし、カリンさん達の料理や操船の腕を見習う嫁さんだっているだろう。
だけど、グリナスさんの持つあの雰囲気を見習えるものは何人いるんだろうか?
「マリンダ母さんが、見習うならラビナスが良いと言ってたけど、ナツミ母さんは首を振ってたんだよな。やはり、先ずはグリナス叔父さんを目指してみるよ」
アキロンの言葉に、思わずアキロンの頭に腕を伸ばしてぐりぐりと撫でてやる。
ちゃんと学んでくれないと、氏族の人達が困ってしまうぞ。皆、アキロンの将来を期待してるんだからね。
南の水路を抜けて3日目。
途中の島で果物を仕入れることにした。
マリンダちゃんが木登りが得意で助かった。アキロン達が回収したところで、再び南に向かって進む。
だいぶ速度が上がったようだ。今では15ノットは出てるんじゃないかな? このカタマランはもっと速度を上げられるんだろうが、ナディに操船を教えているならナツミさんは無理をしないはずだ。それに急ぐ旅ではない。
次のリードル漁はずっと先だからね。それまでに氏族の島に戻れば良いことだ。
どうにか、甲板でも火山島の噴煙が見られるようになってきた。ほとんど西寄りになっているから、回頭も真近じゃないか?
南の水路を出てから5日目の昼食事に、ナツミさんが西に向かうと俺達に告げた。
「左手に見える南が少し高い山が目印になるわ。西に砂浜があるのも都合が良いから、東の果てを探った時のように目印を作ってくれないかしら?」
「砂浜に石かサンゴを積めば良いかな? なければ丸太を組み合わせて三角を作るよ。石運びは手伝って欲しいね」
食事が終わったところで、カタマランを渚近くまで移動させて、ザバンで砂浜を目指す。
くだけたサンゴが腰の深さにたくさんあるから、これを運べばいいだろう。
夕暮れまでサンゴを運んで砂浜に積み上げる。
1m以上の高さになったし、流木を真ん中に立てたから、全体で2mは超えている。沖からでも十分に目にすることができるに違いない。
カタマランに戻って、ザバンを格納したところでアキロンが釣竿を持ち出す。
数匹釣れれば、おかずが増えそうだな。少し離れたところでパイプを楽しみながら彼の釣りを見守った。
「まだまだ先なのかにゃ?」
「噴煙が見えるから、2日は掛からないんじゃないかと思うんだけど……」
寝る前の一時は皆でワインを楽しむ。アキロン達にもカップに半分ほど注いだワインをナツミさんが渡したから、2人とも少しずつ飲んでいるようだ。
大酒飲みにならなければ良いんだけどね。
「島に上陸はしないだろうね。離れた位置から様子を見るだけにしといて欲しいな」
「それぐらいの常識はあるつもりよ。島の形が分かる距離なら、双眼鏡で詳細が分かるわ。それに学者じゃないんだから見ても状況は分からないでしょうし」
興味本位ということなんだろうか? まあ、それならそれでいい。
少なくとも溶岩を噴き出していたり、周囲の海水温が高いということになれば、俺もちょっと考えてしまうけどね。
翌日は、アキロンまで上の操船櫓に上って行った。
狭いけど、親子仲良く前方を監視してくれるに違いない。広い甲板に残ったのは俺一人になってしまった。
しょうがないから、延縄の仕掛けを作って時間を潰すことにした。アキロンがこのカタマランから独立した時に渡してあげるつもりだ。
曳釣り用のリール竿は自分で作ったと言っていたから、不足するのは延縄仕掛けだけだろう。
ナツミさん達は食器を贈るだろう。
「やはり、包丁は大事よね!」と俺に力説してたから、良い包丁なら良い料理ができると思ってるのかな?
そういえば、ナツミさんも最初に包丁を買い込んだんだよね。魚を上手く捌くのは包丁が大事だと今でも思ってるのかもしれないな。
銛は1本あるし、リードル用の銛もオルバスさんが作ってくれた。婚礼の航海には長老から銛先を頂けるから自分で作るだろう。
出来上がりぐらいはチェックしてやるぐらいは父親なんだから許される範囲だと思う。それに、ラビナスの婚礼の航海の時には俺が作ってあげたんだよな。
あの頃は、親が作るか自分で作るか半々だったらしいが、この頃は自分で作るものだということが定着しつつあるようだ。
待てよ……。ナディの銛の腕はアキロンを凌ぐんだよな。となれば、ナディに多目的な銛を作ってやるか。
獲物の大きさが1.5YM(45cm)ほどになると、中型の銛ということになる。
俺の場合は、小型用には向こうの世界から持ち込んだ銛先が2本の物を使っているが、獲物が大きくなると銛先が1本の銛に変えている。さらに3YM(90cm)を越えるとなれば銛先をパラロープで結び、魚体に打ち込んだ後は銛先が魚体内に残り、ロープが引かれることで銛先が回転し、外れないような仕組みにしている。
トウハ氏族の漁師ならば少なくとも3本の銛は持っているはずだ。
アキロンも例外ではないだろう。俺が作ってやった銛とは別に、中型を突く銛をその内に作るはずだ。
だが、小型から中型……、とはいっても、2YM(60cm)が目安だろうな。そんな獲物が1本の銛で突けるなら、かなり楽に素潜り漁が出来ないか?
少し考えてみるか。
何本か試作してもおもしろそうだ。
延縄仕掛けが出来たところで、保冷庫からココナッツを取り出して割って飲む。
タープがあるとはいえ、海面からの反射でけっこう肌がジリジリする。
日焼けが日常的だから、ココナッツミルクを日焼け防止に肌に塗ってはいるんだが、あまり効き目は無いのかもしれないな。
だけど、ナツミさん達は信じているようだから、飲み終えた殻はカゴに入れておかねばならない。後でスプーンで掻きとるみたいなんだけど、調理にも使ってるんだよね。
ココナッツは万能な果物ということが、この世界に来て初めて分かったことの1つだ。




