M-207 ナディを助ける存在
トリティさんとリジィさんは、まるで自分の孫のようにナディを可愛がってくれている。
「魔道機関が必要ないにゃ! 私はトウハの3番手で我慢するにゃ」
アキロンのヨットに無理やり便乗して漁をしてきたときには、トリティさんがヨットの甲板に立って、高らかにそう宣言したぐらいだ。
リジィさんが笑ってたけど、ヨットの保冷庫にはそれなりの漁果が入っていたみたいだ。ちょっと驚いてたぐらいだからね。
「それにしても、ヨットでこれだけの漁果を得られるんですから、アキロンの将来は明るいでしょうね」
「ネイザンの次に筆頭となるやもしれんな。タリダンやラディットも狙っているらしいが、動力船での漁並みに獲物を揃えられるのだから驚きだ」
2人の誉め言葉が耳に痛いところではある。
「あまり、褒めると碌なものになりませんよ。それに漁果が多いのは周辺で誰も漁をしていないことにあるのでしょう。動力船なら半日も掛からない距離ですから」
「昔は、その辺りでも漁をしていたのだ。あの頃は、魚の型が小さくなって数も出なくなった。氏族の島から2日の距離で漁をするようになったから、魚も戻って来たのだろう。あの時に、アオイの話が無かったらと思うとぞっとするぞ」
まだ20歳になったばかりの頃だったかな?
色々とあったけど、皆で頑張ったんだよね。今では良い思い出になってきた感じだ。
「ところで、あれは何なんだ?」
オルバスさんが南の方の工事場所を腕を伸ばして問いかけてくる。
「あれですか! 例のカタマランの停泊桟橋ですよ。何と言っても10隻ですからねぇ。浮き桟橋を作っているようです」
「長老が桟橋を作っていると言っていたのは、あれのことか……。だが、次のリードル漁の前には出来そうにもないな」
「そうでもないですよ。津波の被害に逢った時も、10日程で作ったじゃないですか。あれよりは大きいですけど、何とかなると思ってます」
全体的には『H』型に作られているようだ。グリナスさんも一緒に停泊することになるようだし、ザバンを2艘連結した運搬船も増やすらしい。
だんだん入り江が狭く感じるようになってきたけど、子供達がヨットで帆走を楽しめる場所は確保されている。
「アオイ達とのんびり漁を楽しみたいところだが、後2年は頑張らねばなるまい。バレットも似たような話をしていたな。『こんなことならケネルと替わるんだった』と愚痴を言っていたよ」
そろそろ限界ということなんだろうか?
とはいえ、オルバスさん達はカタマランを手放しているからね。直ぐに、今の職を辞することはできないだろう。
新しいカタマランを買うのだろうか?
もう直ぐやって来るカタマランモドキの出来具合では、同じものを手に入れるかもしれないな。トリティさんが帆走を気に入っているようだし、何と言って値段が安いからね。
「ケネルさんのその後が気になりますね」
「族長会議にそんな話を持ち込めば、答えてくれるだろうがそうもいくまい。俺達が南に向かえば出会えることもできるとは思っていたが、生憎とナンタ氏族の漁場とは距離を置いているからな」
無用な諍いを起こさぬようにとの配慮なんだろう。一応、他氏族の漁場で漁をしても問題はないことを確認してはいるのだが、氏族にはいろんな人がいるからねぇ。
「俺が様子を見てきましょうか? 前回ナンタ氏族を訪ねたときより、もう少し南の様子も見てみたいところです」
「火山のその後……、というところか。確かに気になるところだ。アオイの目で見てきてくれれば長老も安心できるだろうな」
少し長期の航海になりそうだが、カタマランは大型だから積み荷は問題ないだろう。長老には、オルバスさんに伝えて貰うことにして、俺達は出発の準備に取り掛かるか。
「火山を見てこよう、ということね。楽しみだわ。準備は任せて。アオイ君は、水と炭をお願いね」
「果物もたくさん買っておくにゃ。保冷庫が大きいと便利にゃ」
夕食が終わったところで、火山を見に行きながら漁場を探すと言ったら、ナツミさん達が大喜びしてくれた。アキロンは隣のナディに火山を説明しようとしてるけど、相手が首を傾げているぞ。
俺にも火山を簡単には説明できないからなぁ。火を噴く島では少し言葉が足りないだろう。
翌日は手分けして、準備を整える。
水はアキロンが運んでくれたから、俺は炭を手に入れるだけで済んでしまった。
ベンチでパイプを楽しんでいると、ラビナスがココナッツをたくさん差し入れてくれた。
「良いのかい?」
「若手連中に、漁の途中で果物を手に入れる場所を教えましたから、たっぷりとあるんですよ」
礼を言って、ありがたく頂いた。
ナツミさん達も買い込んでくるのだろうが、ココナッツはカゴに入れとけば長く持つんだよね。
「ナンタ氏族の島にも寄るんでしょう? ケネルさんによろしく伝えてください」
「もちろんだ。だけど、ラビナスだって、単独で行けるんじゃないか?」
「若手の指導をしてますからね。グリナスさんが最初の指導をしてくれるのが楽しみです」
「そう先の話しじゃないな。ケネルさんに楽しみに待つように伝えるよ」
たぶん、俺達と一緒に漁をしている時に、自分とケネルさんの立ち位置が似てると感じたんじゃないかな。親戚関係ではないんだが、ケネルさんもラビナスをかわいがっていたところをみると、昔の自分を見ている気がしたのかもしれない。
翌日。朝食を終えてたところで、俺達は氏族の入り江を出た。
先ずは、南の水路を目指して進む。15ノットほどの速度だから、ナツミさんにしては抑えた操船だな。
俺とアキロンはタープの下で漁具の手入れを始める。乾期だから豪雨が襲ってくることは稀だからね。安心して甲板に店開きができる。
「ナディは操船楼に上がったのかい?」
「この速度ですから、ナディに操船を教えようとしてるんでしょうが……」
思う様に操船ができないと、神亀がやって来るんだよね。
速度を上げずに、少しずつ慣らしていこうと思っているのかな?
「だいぶマシになって来たにゃ。帰るころには私達と同じになってるかもしれないにゃ」
操船楼から下りてきて、俺達にお茶のカップを渡してくれたマリンダちゃんが感想を聞かせてくれたけど、何となく先は長いように思えるな。
「あまり無理はさせないで欲しいな。まだまだ俺達の暮らしに馴染んだとは思えないからね」
「直ぐに慣れるにゃ。でないとアキロンと一緒に漁が出来ないにゃ」
そんなことを言いながら、竹筒に入れたお茶を持って家形に入って行った。家形の中から操船楼に上がるのだが、甲板から出入りした方が簡単に思えるんだよね。
濡れるのが嫌だというのも分かるけど、豪雨でなければその方がずっと早いはずだ。
お茶を頂いたから、作業を休んでベンチに腰を下ろしながらパイプを楽しむ。
アキロンが操船楼を見上げてるのは、ナディを心配してるんだろうか?
ナツミさんだから、スパルタ教育はしないんじゃないかな。
他のカタマランを追い抜くことも無いから、海原に俺達のカタマランだけが航跡を引いて南に進む。
昼食は、朝食の残ったご飯を炒めたものだ。少し酸味があるスープを掛けて頂く。
ちょっと栄養的には問題だから、慣熟マンゴーの切り身が食後に出てくる。ちょっと甘すぎるから、いつもより渋めのお茶に良く合う感じだ。
夕暮れ前に、近くの島の砂浜にカタマランを停泊させる。直ぐにアキロンが釣竿を持ち出したから、夕食は期待できそうだ。
「先は長いんだから、のんびり行くわね。それでも明日の夕暮れ前には水路を抜けられるわよ」
「先ずは、火山島を見てみよう。その後はナンタ氏族の島に向かいながら、途中で漁をしたいな」
「ナンタ氏族は素潜りで魚をあまり突かないから、たくさん突けるにゃ!」
「足りなければ、根魚を釣ります!」
マリンダちゃんの話に、アキロンが話を繋げる。
おかずを釣ってるんだけど、俺達の話をちゃんと聞いてるようだな。
「どれぐらい釣れたの?」
「片手を過ぎたところ……」
アキロンの隣に座ったナディにナツミさんが問い掛けてる。相変わらず口数が少ない娘だけど、数を数えることはできるようだ。
「両手になったら、料理を始めましょう。ナディにも手伝ってもらうわ」
ナツミさんの言葉に、ナディが振り返って小さく頷いた。まだまだ1人では料理が無理らしい。これも早めに覚えて貰う必要があるだろうな。
すっかり日が暮れた海の上で、夕食の準備が始まる。
ランタンが2つも甲板を照らしているから、食事作りも順調のようだ。魚を捌くのは昔のナツミさんよりも上手だし、調理もマリンダちゃんが付きっきりで指導している。
意外と早く、覚えられるんじゃないか?
グリナスさんの率いる初心者船団の漁場は氏族の島から島2つほどの場所だし、日帰りだって可能な海域だ。せいぜい海上で一泊するぐらいだろう。となれば、料理はしても2回程度になる。
それだって、バナナを蒸かすことを覚えたなら、十分な話だ。
「出来たよ! ナディ、食器を準備して」
ナツミさんの声と共に、美味そうなスープの匂いが漂ってきた。
今夜は、カマルのスープに炊き込みご飯のようだ。
木箱のテーブルに御飯の皿とスープ鍋が乗せられ、俺達に皿とスープのカップが渡されると、マリンダちゃんがご飯の上に焼いたカマルの身を解して乗せる。
軽く皿をかき混ぜたところで、皿に取り分けてくれた。
皆に御飯が行き渡ったところで、「頂きます」の俺の声で食事が始まる。
焼いたカマルと炊き込んだカマルが絶妙だな。リジィさんに教えられた料理のようだけど、マリンダちゃんはしっかりとその技を自分のものにしたみたいだ。




