M-206 不思議少女?
ナツミさん達がカヌイのおばさん達の元から戻ったところで、アキロンと女の子を連れて長老達のログハウスを訪ねた。
数時間ほど前の異変を知って、氏族の男達が大勢詰め掛けていたけど、軽く頭を下げていつもの席に座る。俺の後ろにアキロン達が座ったのだが、やはり女の子の姿がアルティ達と一緒だからだろう。皆の視線が俺の後ろに向いている。
「アキロンよ。神亀と一緒とは、姉達と変わりがないのう。今回初めて神亀を見たものもおるようじゃ。トウハ氏族は龍神と共にあるという自覚を得たことが何よりじゃな」
「隣が、一緒に来た娘じゃな。大陸からの落人ではないとなれば、アルティ達と同じ容姿を持つことで、我等氏族に加わるに何の不都合もありはせぬ」
基本は、氏族に加えて貰えるということだな。
少しほっとしたところで、長老がアキロンから俺に視線を移した。
「それで?」
「ナツミさん達が、真っ先にカヌイのおばさん達を訪ねたのは、まだ俺としても理由が飲み込めないところです。アキロンが言うには、神亀に乗ってヨットに近づいてきたと言っていましたから、アルティ達と同じように何らかの龍神の接点があると思ってのことだと推測しています」
長老達が互いに顔を見合わせ、男達は周囲のを巻き込んで小声で話を始めた。
だんだんとログハウスの中が賑やかになったところで、長老が大声を上げる。
「静まらんか! まったく、ここは氏族会議の場でもあるのだぞ。意見があるなら、はっきりと我等に伝えよ」
「まあ、そう目を剥かずともよかろう。アオイの先例もある。あの時は我等が騒いでいても長老は笑みを浮かべていたぞ」
「アオイの元に神亀がもたらした者じゃ。我等が裁可を下すことは恐れ多いであろうよ。ところで、その娘は我等のしきたりが分かるのじゃろうか?」
「言葉も怪しいところがあります。生活するとなれば、昔トリティさんの世話になったナツミさんが同じように世話を焼いてくれるでしょう。たぶん、見ていられないとトリティさんやリジィさんが手を出してくれると思っています」
「うむうむ、そうじゃな。その時の話はオルバスから色々と逸話を聞いておるぞ。だが、その甲斐あって、今ではナツミはトウハ氏族を代表する女性でもある。その言にカヌイの婆様達すら聞く耳を持つとまで言われているからのう」
長老達が機嫌が良いのは、ずっとカヌイのおばさん達にやり込められてきたということなんだろうか?
だけど、油断してると立場をひっくり返されそうだから、注意はしといた方が良いんじゃないかな。
「アキロンの嫁にするかは、本人達の気持ち次第。とはいえ、何も知らなければナツミやマリンダが仕込むことになるじゃろう。アオイには、また1つ課題が出来たが、トウハ氏族の将来を見据えて上手く立ち回ってほしいところじゃ」
「あまり力になりませんで、申し訳ありません」
俺の言葉に笑みを浮かべたところで、ここは引き上げた方が良さそうだ。
まだナツミさんの話しを聞いていないからね。氏族会議よりもカヌイのおばさん達の結論の方が気になってしょうがない。
早めの退席を長老に告げたところで、カタマランに戻ったのだが今夜はごちそうみたいだな。アキロンの漁果を少し頂いたのかな?
「ただいま。問題なくトウハ氏族の一員だ。アルティ達と同じ容姿だから問題ないとまで言ってたな。それと、神亀が運んできたことが決定的だったようだ」
「でしょうね。さて、夕食にするわよ。色々とあったから、貴女も早く休んだ方が良いわ」
「ところで、名前は何ていうのかな?」
「ナディ……」
小さな声で女の子が呟いた。ナツミさんがその言葉に頷いているけど、どんな意味があるんだろうか?
マリンダちゃんがてきぱきと木箱の上におかずを並べると、アキロンが皆に食器を配ってくれる。
ナディは初めてスプーンを手にするのだろうか? 不思議そうな表情で渡されたスプーンに映る自分の姿を見つめている。
「こうやって食べるんだよ」
アキロンが隣に座って、食事の仕方を教えているけど、大陸に住んでいたとしても食事の仕方が分からないということは無いだろうに……。ちょっと不思議な女の子だな。
何時もなら簡単に終わるアキロンの食事は、隣の女の子の面倒を見ながら結構時間が掛かっているようだ。
どうにか食事が終わったところで、お茶を頂きアキロン達は家形の中に入って行った。
客用のハンモックがあるから、それを使うんだろう。
次に商船が来た時には、ナツミさん達が色々と揃えてあげるに違いない。
しばらくして、マリンダちゃんが出てきたところで、いつものようにワインを3人で飲む。パイプに火を点けて、ナツミさんの話しを聞き始めたのだが……。
「済まない。もう一度、今のところを話して欲しいんだけど」
「そうね。大事なところよね。……ナディは私達と異なる人種よ。人種と言っていいのかどうか、少なくとも龍神の眷属と言った方が良いのかもしれない。アキロンの『聖姿』は、これのことだったんだわ」
余計に分からなくなってきた。
神の使いってことなんだろうか? そうなったら新たな宗教が起きてしまいそうに思えるな。
「カヌイのおばさん達は上を下への大騒ぎ。少しは相手の心が読めるのかもしれないわね。ナディの本来の姿を見たのかもしれない」
「ん? あの姿が仮なの」
「さっきも名を教えてくれたでしょう? 『ナディ』と言ったわよね。向こうの世界で父さんから教えて貰ったんだけど、東南アジアに住む人達の信仰の対象に龍神がいるそうよ。その名は『ナーダ』。似てるでしょう?」
確かに似てるけど、俺にはちょっと変わった女の子にしか見えないんだけどね。
「だけど、トウハ氏族で暮らすなら、普通の女このにできることを教えないといけないよ。ナツミさんがトリティさんに教えて貰ったように、今度はナツミさんが教えないとね」
「それは十分承知してるわ。マリンダちゃんとも役割分担をしないとね。だけど……」
「トリティさんも参加するだろうし、リジィさんだって見てられないかもしれないよ。それは頼るべきじゃないかな。長老もトリティさん達ならと言ってたぐらいだ」
いつまでたってもトリティさんには、ナツミさんが危なっかしい娘に見えるんだろうな。それは上手く利用すべきだろう。立ってる者は、親でも使えというぐらいだ。
「最後に1つ。ナディのこめかみを見てごらんなさい。鱗が3枚両側共にあるわ。髪で隠れてるけど、間違いなく鱗よ」
「私の尻尾と同じにゃ。きっと何か役に立つにゃ」
ネコ族は尻尾があるからねぇ。アルティが残念がってたんだよな。となると、同じ尻尾を待たない者同士、アルティ達とは仲良くなれるかもしれないな。
「あの子が、アキロンを呼んでいたのかな?」
「案外そうかもしれないわ。龍神だって、自分の眷属を託すなら、よくよく相手を確かめるということなんでしょうね」
ナツミさんが、アキロンのお相手は想像できないと言っていたけど、こういうことだったんだろうか?
とりあえず俺達は、アキロン達を支えてやろう。
ナディだって、親、兄弟が一緒ではないんだからね。もっとも、アルティ達は妹が出来たと喜んでくれるかもしれないな。
・
・
・
ナディが俺達のところにやってきて10日も過ぎると、周囲に少しずつ融け込んでいるのが良く分かる。
何と言っても、食事を1人で取れるようになったからね。
どうしてよいか分からずに首を捻っているのが分かればナツミさん達がその都度教えているみたいだ。
商船で、若者向きの服と水着、それに素潜り用の装備も一揃い買い込んだようだ。ちょっとスレンダーな姿はナ、ツミさんよりもマリンダちゃんに似ているな。
初めて一緒に漁に出た時には、昔の俺の銛を使ってアキロンよりも数を突いていた。
ナツミさんが対抗心を燃やして頑張ったから、銀貨3枚近くを1回の漁で稼いだ感じだ。
問題は操船なんだが、あまり上手いとは言えないんだよな。
カタマランの舵を預けたら、いつの間にか神亀が俺達を甲羅に乗せていた。
「先が長いけど、神亀が動いてくれるなら魔道機関も必要ない感じね。私以上に神亀と話ができるみたい」
「いくら何でも、神亀で漁場に向かうのは問題だと思うよ。ゆっくりと慣れさせないと」
オルバスさんがいたら、空いた口が塞がらないだろうな。トリティさんも残念がるに違いない。何と言っても神亀の速度は速いからね。
トリティさん達の順位が3番手になってしまった感じだな。
そんな漁を続けていた時だ。
氏族の島に戻ると、燻製船が停泊している。1か月ほどの航海を終えて島に戻ってきたみたいだな。
今夜は宴会が決まったようなものだけど、ラビナスのカタマランは見つかったが、ネイザンさんのカタマランはないみたいだ。
俺達とそんなに出漁期間が長いとも思えないから、明日には戻ってくるのだろう。
ナディを見たら、なんていうかな?
ちょっと宴会が楽しみになってきた。
何時もの桟橋にカタマランを停めようとしたら、桟橋にオルバスさん達が並んで待っていた。
長老から話を聞いたんだろうか?
桟橋にロープを結ぶのを手伝ってもらい、その間に船首でアンカーを投げ入れる。
甲板に戻って来た時には、ベンチでお茶を飲みながら、背負いカゴに一夜干しを入れているナディを見ている。
ナツミさん達と一緒にカゴを背負って甲板を下りようとした時には、ちゃんとオルバスさん達に頭を下げていたから、リジィさんが感心した表情で見送っていた。
「あの娘がそうにゃ?」
「ええ、神亀がアキロンのところに連れてきたそうです」
「長老が認めているなら、何ら問題はない。それにしても大漁じゃないか?」
「あの娘の名は、ナディというんですが、銛の腕はナツミさんと互角です。問題があるとすれば、物を知らなすぎます。それに操船がまるでダメですね。頑張ってナツミさん達が教えようとしてるんですけど……。上手く動かせないと、神亀がやってきて動かしてしまうんです」
「「何だと(にゃ)!」」
「そんなわけで、現在は単独で漁をしてます」
そんなことが起こるのだろうかと、オルバスさんは改めてカゴを担いで浜を歩き始めた3人の姿を眺めている。
確かに驚くよなぁ。俺だって最初は開いた口が塞がらなかったもの。




