M-204 俺達で1隻ずつ
「時代が変わったということなんだろうなぁ。だが、俺達は賛成だ」
「カタマランを持てるとなれば、小型でも早くて18歳だろうな。俺達の子供達が早すぎたのだろう。中には25を過ぎても持てぬ者さえいるのだぞ」
リードル漁を頑張ることで、カタマランを手にできる。子供達の多くが親から半額ほど出して貰っているとのことだ。
だが、父親が若くして亡くなった場合は、全額を自分んで作らねばならいないということになるのだろう。
ラビナスも似た環境だったようだが、リジィさんが少しずつ貯金をしていたようだ。それにラビナスの腕が良かったということもあるのだろう。
「長老の考えを進めるなら、早めに嫁を貰えるし、頑張れば次のカタマランは中型を手に入れられるかもしれん。島1つ先の漁場なら、暮らしに困ることも無いだろう」
「ですが、アキロンを考えての措置に思えるのが問題です。トウハの他の漁師に顔向けできませんよ」
「構うことはねぇ。それで助かる連中だっているんだからな。現に、5隻では足りんという話になっている。俺とオルバスで1隻ずつ進呈するつもりだ。次の船はだいぶ先だろうし、買うとしても小型になるだろうからなぁ」
どうやら氏族会議に集まった連中が、諸手を上げて賛成したらしい。
俺の考えすぎということではないと思うんだけどね。ナツミさんは呆れた表情をしていたけど、マリンダちゃんは『辞退して、ちゃんとしたカタマランを買ってあげるにゃ!』
と息巻いていた。
反対派の俺と賛成派のマリンダちゃんの間を取って、ナツミさんが妥協案をだしたぐらいだ。
「長老の考えは理解できなくもありません。若くして動力船を持つならトウハ氏族はますます栄えるでしょう。それに賛同する人達も多いのであれば、アキロンが成人した時には貸与されるカタマランを辞退することで対応しましょう」
「何だと? 俺達の厚意が余計だというのか」
迫力ある表情でバレットさんが迫ってきたから、早めに誤解を解いておいた方が良さそうだ。
「そうじゃありません。俺達も1隻進呈することにします。もっとも、アキロンにですけどね。数年も経たずに2隻目を自分で稼ぐでしょうから簡単なカタマランですよ。魔道機関は1基ですし、魔石は6個です」
「それなら、他の船を同じじゃねぇのか?」
「帆柱を付けてあげます。ヨットとしても使えるようにしますから、他の船よりは広範囲に漁ができるでしょう」
「帆船ということか?」
オルバスさんは吃驚したのだろう。声が裏返っている。
「少しは遠くに行けるでしょう。魔道機関よりも速いかもしれません」
「漁場に早く着いた後は、魔道機関で漁をするんだな。おもしろそうだな。俺達も1隻作っておくか?」
「トリティ達が使わせてくれまい。残念だが、嫁達の対策を考えてからになるな」
2人で唸っている。
嫁さん達に強く出られないのかな? 恐妻家ではないんだが、船に関しては嫁さん達に主導権があるんだよな。
「アオイの話は長老に伝えておこう。たぶん頷くはずだから先行しても構わんだろう。だが、商船に頼む時には3隻にしてくれ。代金は俺とバレットが出す」
「金貨5枚にはならないと思いますが、良いんですか?」
「1隻だけなら取り合いになりかねん。3隻あれば1隻をアキロンに渡せるぞ」
俺達のことを考えているんだか、それとも氏族に渡す前に自分達で楽しみたいのか微妙なところだな。
とりあえず了解を告げると、満足した様な表情でカタマランを下りて行った。これから長老達と話し合うのだろう。
その夜。ナツミさん達にオルバスさんに同じ型のヨットを頼まれたことを話したら、嬉しそうな表情で頷いてくれた。
「やはりオルバスさん達ね。子供達の漁の腕を早く上げたいということに賛成してくれたわ。でもこの段階でヨットを頼んだらトリティさん達が燻製船や大型船に乗らなくなりそうね」
「1回漁をさせてあげれば諦めるにゃ。でも、戻ってきたらアキロンのヨットを取り返しそうにゃ」
「その時は、入り江の小さなザバンで諦めて貰いましょう」
アキロンのヨットを借りられなかったからか、レミネイさんと一緒にトリティさんは入り江内でヨットを楽しんでいた。
それをリジィさんが、呆れた表情で燻製船の甲板から眺めていたんだよな。
「アキロンも明日には帰って来るでしょう。リードル漁だから商船も明日にはやって来るわ。私が頼んでくればいいのよね」
「お願いするよ。だけど、あまり変わった形は困るよ」
俺の言葉に頷いてはくれたんだが、あまり期待はできないかもね。
とりあえず俺の方は、リードル漁でたくさん魔石を取ることになるんだろうな。
翌日。帆を畳んだアキロンのカタマランが入り江に入ってきた。その後ろに商船が見える。
明日はリードル漁だから、入り江にだいぶカタマランが並んでいる。
昼前には、カタマランの水瓶にたっぷりと水を補給を済ませ、オルバスさん達がやって来るのを待つことにした。
アキロンのカタマランから獲物をマリンダちゃんが下ろして、ナツミさんと一緒に買い出しに出掛ける。
「アオイ達だけなのか!」
甲板の右手にグリナスさんのザバンが横付けしてくる。たっぷりと焚き木を積んでいるから、途中で薪取りをしないで済みそうだ。
「だいぶ量がありますね」
「ラビナスも運んでくるぞ。これと同じぐらいありそうだから十分だろう」
焚き木を甲板に上げると、すぐに引き上げていく。次はラビナスがザバンを横付けしてきた。
同じように焚き木を甲板に下ろしたところで、ザバンを漕いで戻っていく。
ん? オルバスさんのザバンはどうするんだろう。
ふと、大きな問題に気が付いてしまった。
「オルバスさんのザバン? グリナスさんが甲板に乗せて行くそうよ。カレンさんが教えてくれたわ」
「甲板に? まあ、大きいからねぇ。横に乗せて行けば良いってことか」
意外と答えは簡単だった。
そうなると、このカタマランが皆の集会場に確定ってことになるんだろう。ナツミさん達の背負ってきたカゴには野菜や果物が満載だった。たぶんカゴの中にはお酒も入っているに違いない。
「蒸留酒が3本にワインが2本。タバコは3包で、お菓子も買い込んであるわ」
嬉しそうにナツミさんが話してくれたけど、まるでピクニックに行くようにはしゃいでいるんだよね。
家族ともいうべき連中が集まって来るし、マルティも帰って来る。アルティはネイザンさんと一緒に行動するのだろうが、島では会えるかもしれないな。
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雨期明けのリードル漁を無事に終えると、オルバスさん達は再び船団を従えて入り江を出て行った。
早めに、次の世代に責任者の任を渡したいようなことを言っていたけど、長老達の思惑もあるんじゃないかな?
少なくとも3年間は続けさせるつもりに違いない。
「俺も明日には出発するつもりだ。これが船団での最後になるんだから、頑張らないとな」
「グリナスさん達は2年で交替ですか。次の雨期は俺達と一緒ですね」
「ところが、そうもいかないみたいだ。『ラビナスが面倒見ている連中よりも、若い連中を頼みたい』と長老から仰せつかった」
なるほどね。俺も賛成したいところだ。
グリナスさんは腕はそれなりだけど、決して無理はしない。カリンさん達が後ろで煽っている感じに見えるのは、俺だけではないだろう。
そんな性格だから、ヒヨッコ達の漁の監視と指導には最適だろうし、トウハ氏族の漁師として十分に手本になれるはずだ。
自分のカタマランを持てる歳になったら、指導をラビナスに引き継ぐことになるだろう。義兄でもあるグリナスさんと長い付き合いだから、ラビナスも安心できるんじゃないか?
「トウハ氏族は大きく動いてますよ。早く帰ってきてください」
「ああ、アオイも大変だろうが氏族を頼んだぞ」
今夜は子供達を交えて宴会をするらしい。マリンダちゃんがアキロンが突いてきた大きなブラドで料理を作っているから、出来次第届けてあげるんだろう。
「あら、帰ったの?」
「それなりに忙しいみたいだね。次のリードル漁からは別の連中が出向くみたいだ」
「それで、指導の任の内示があったということね。グリナスさんなら適任だわ。カリン達は不満かもしれないけど、アキロンと同じようなザバンを作ってあげれば何とかなるでしょう」
アキロンと同じようなザバンとは、若手の漁の状況を巡回指導する小型船ということらしい。
ザバンで漁をしてるんだったら、カタマランで動き回るのは危険な行為だ。ザバンを2艘繋げたものに、水流ジェット機関を乗せれば広範囲に動けるということなんだろう。
操船場所を少し高めに設定してもカタマランの安定度は極めて高いからねぇ。
「カタマランモドキと一緒に手配したの?」
「全て織り込み済み。簡易型だから次の雨期前には届くと店員さんも言ってくれたわ」
「今回の魔石が全て無くなったにゃ。頑張って漁をしないといけないにゃ」
それで事足りたなら十分だ。
まだまだ手元には上級魔石が残っているし、カタマランだっておろしたてだからね。
それにしても、カタマランモドキが10隻近く入り江に増えるんだな。入り江を見渡し、リードル漁が終わった時の入り江の賑わいを思い浮かべる。
やはり、桟橋は必要だろう。
老人達の船を係留する桟橋の手前あたりに、10隻ほどが泊められる桟橋を早めに作らないとならないぞ。




