M-203 長老達の思惑
俺達と一緒に、漁を1回楽しんだところでオルバスさんは再び船団を率いて出掛けて行った。
次に帰って来るのは、リードル漁の直前になりそうだな。
新しいカタマランが甲板の真下にザバンを収納していると知って、ポカンと口を開けたままだった。よほど呆れたってことなんだろうな。
だけど、使い勝手は中々良い。
魔道機関で水流ジェットを作って進むのだが、最速にしても人が歩くより少し早いぐらいだし、水流ジェットの噴出口が360度回転するから、バックも簡単なんだよな。
トリティさんも、このザバンを気に入っていたぐらいだ。
次のカタマランには、ヨットか水流ジェット推進のザバンを乗せると言って、オルバスさんを困らせたっけ。
「次は、もう少し南に行ってみない?」
「水路を超えた先なら、ナンタ氏族の島に漁果を下ろすことになりそうだけど」
「水路の手前を東にには行ってなかったよ。私達の海図に少し空白があるの」
水路近くで漁をしたことが無かったに違いない。
魔道機関が強化されたカタマランなら、水路の手前で漁をするより越えていくからね。
ある意味、長期間にわたり誰も漁をしたことが無い場所になるってことかな?
「俺達の海図に新たな漁場を加えると?」
「それが、私達の役目じゃなくて」
「ずっと、誰も漁をしていないなら大漁間違いなしにゃ!」
もう少し、漁場を考えるべきなんだろうけど、ナツミさんの言う俺達の役目というのも、何となく理解できる。
海人さんのようにネコ族を導くことができないなら、せめてネコ族の人達が漁場に苦労しないように、新たな漁場を開拓するぐらいは協力できるんじゃないかな。
子供達も、自然にトウハ氏族の中に溶け込もうとしている。
まったく異なる世界からやって来た俺達だけど、安心して老後を暮らせそうだ。
「出発は明後日になるにゃ」
「アキロンも明日には帰って来るわね。アオイ君も長老に場所を知らせた方がいいんじゃなくて?」
ネイザンさんがいたら伝えるだけで済むんだけど、生憎と船団を率いて北東で漁の最中だ。しばらく行ってないから、長老達の元気な姿を見てくるか。
翌日。朝食を終えたところでカタマランを下りると、浜に向かって桟橋を歩く。
すでに日が高いから、麦わら帽子は必携になる。いくつも浜から突き出した桟橋に残された動力船は両手に足りる。
いずれも老朽化した船で、再び入り江を出ることはないんじゃないかな。
老いて漁が出来なくなった人達が住んでいるのだが、あの船が浮かんでいる限りそこで住むつもりなんだろう。
船に住めなくなった人達には、氏族が小さなログハウスを作ってあげているのだが、やはり住むなら船と考えている人達が多いんだよね。
寿命の来たようなカタマランを譲り受けて、ログハウスから逆戻りという話も聞くことがあるくらいだ。
浜を北に向かって歩き、島にたった一つの雑貨屋の裏手にある道を内陸に向かって歩く。
津波被害に逢ったこともあって、少し小高い場所に長老達が住むログハウスが出来ている。
小さな広場を挟んで、老人達が住むログハウスがあり、炭焼き小屋や畑に続く道も伸びていた。
開け放たれた入り口から、ログハウスに入ると長老が3人のんびりとパイプを楽しんでいた。
「アオイではないか! あまり顔を見せぬが、元気で何よりじゃ」
「まだまだここに来るには、早い気がします。たまに顔を出すぐらいで丁度良いかと」
長老の左手にある円座にあぐらをかいて、俺もパイプを取り出した。
長老は5人の筈だから、2人はオウミ氏族の族長会議に出掛けたのかもしれないな。
「ニライカナイの方は、今のところ順調じゃ。商会ギルドの影響もあるのじゃろう。王国側は今のところおとなしくしておる」
「騒ぐ漁師は獲物が少ないとも言うぞ。おとなしいというのも気になるところじゃな」
俺がやって来たからなんだろう。3人の長老が色々と話をしてくれた。一々頷く俺に、笑みを浮かべながらさらに話が続く。
「船団の方も順調じゃ。バレット達は文句たらたらじゃが、ネコ族全体を考えればそれぐらい我慢すべきことじゃろうな」
「その豊漁も、アオイが先行して海図に漁場を落としてくれたおかげに違いない。我等はアオイに大きな贈り物を受けたかもしれんな」
「それに、ナツミにも感謝せねばなるまい。廃れた帆走の技を、子供達に伝えてくれておるのじゃからのう。ワシも、子供であったなら、あの中に入っていたに違いない」
「子供達も、生き生きしているように見えるのう。まして、アキロンはヨットを操って島2つを越えた漁をしておる。我等の祖先も、きっと同じように漁をしていたのじゃろうな」
不思議と、入り江でのヨットの操船を誰も文句を言わないのは、かつてのネコ族の暮らしを思い浮かべられるからということだったのかな?
炭焼きの爺さん達も、たまに浜でヨットの帆走を眺めていると聞いたことがある。
「トウハは平穏ですか。何よりです。俺達は南の水路を東に向かってみようと思っています。水路手前は良い漁場ですが、あまり漁をする者はおりません。水路を越えて南に向かう者がほとんどでしょう」
「なるほど、この辺りじゃな。水路が出来たおかげで、この海域で漁をする者はおらんようじゃな」
「そもそも、海図に漁場が示されておらん。仕方のないことじゃ」
「カタマランで2日の距離を考えると、漁場が分からんでは問題じゃな。水路が出来たことで冒険をせなんだか……」
海図を広げて、長老達が呟いている。
会話なんだか、独り言なんだかよく分からないけど、俺の意図することは理解してくれたらしい。
「済まぬな。筆頭は中堅を率いておるし、次席も若手を鍛えておる。漁場が見つからねば、我等で補填しようぞ」
「それには及びません。リードル漁が続く限り、生活に支障はありませんから。1つ気になるのはサイカ氏族ですが」
「アオイのおかげで、持ち直しておるぞ。サビキ漁はかつての延縄仕掛けを上回るようじゃな。哨戒をしておる砲船の連中も小遣い稼ぎができるようじゃ」
小魚の回遊場所を上手く見つけたんだろう。
大陸近くの漁場は放棄せざるをえなかったか、持ち直したなら十分じゃないかな。魔道機関を1基搭載した小型のカタマランが活躍しているようだ。
「各氏族の長老が常時集うことで、族長会議での課題が持ち越されることが少なくなったようじゃ。カヌイの婆さん連中との話し合いも、リードル漁の時期に合わせて行われるようになったぞ。漁に口を出すことが無いのが分かったことが一番じゃな」
とはいえ、からめ手の用意ぐらいはしているんじゃないかな?
表面上は、長老を立ててくれてるんだろうけど、経済を握ろうとしているんだから動向には注意が必要だろう。
ナツミさんも、この頃はカヌイの集まりの中での話を、あまり教えてくれないんだよな。俺を通して長老にリークすることを懸念しているのだろうか?
「アキロンも一人前じゃな。成人の年齢には達しなくとも、嫁を迎えて独り立ちさせることは考えぬのか?」
「まだカタマランを手にできませんよ。あのヨットで独り立ちは難しいでしょうね。相手については、俺も興味があるんですが今のところは特定していないようです」
「アルティ達を嫁にしたタリダン達は不漁が無いということじゃ。それは一緒に漁をする者達にまで及ぶとネイザンが言っておったぞ。アキロンがカタマランを直ぐに持てぬならば、我等で用立てることも考えねばならんな」
長老の話を聞いて、残った長老が笑い声を上げながら頷いている。
早めに持たせないと、長老達が動くということか。ちょっと問題だから、バレットさん達に横やりを入れて貰おう。
そんなことになったら、他の若者達が黙ってないだろうな。
だが、島1つ以上2つまでの距離で漁をするのは、若者と老人に限定されているはずだ。そこでの漁なら、サイカ氏族で使っている小型のカタマランでも十分だろう。
リードル漁で得た魔石でカタマランを購入できるまでに限って、若者にそんな船を貸与することを考えているのだろうか?
小舟が増えそうだが、10年を過ぎた船は家形を大きくして老人に渡せば終の住まいには最適だろう。
長老に顔を向けると、俺を見て笑みを浮かべている。
「アオイの考えたカタマランを5隻も作れば十分じゃろう。魔石6個の魔道機関なら、この辺りで、色々と漁ができるに違いない。親の援助も受けられるなら十分に暮らせるじゃろう。自分でカタマランを手に入れたならば、すぐにも船団の中に入って漁ができるはずじゃ」
成人前から漁をさせる、ということなんだろうか?
アキロンなら、問題なく自立はできるだろうが、料理はできないだろうな。せいぜい一泊二日の漁になるだろう。温めるだけの調理なら小さなカマドが1つあれば十分じゃないか。
「長老のお考えは、良く分かります。ですが、実行となれば長老全てが揃い、バレットさん達の帰還を待って決断すべきかと」
「意外と慎重じゃな。長老内では結論が出ておる。じゃが、バレット達次期長老達の意見も確かに確かめる必要がありそうじゃな」
長老には従うということがネコ族のしきたりだ。だが、大きく暮らしを変えるような事態ともなれば、広く意見を求めて再考することも大切なんじゃないか?
俺もネコ族の一員だから、長老の裁可には従うにやぶさかではないが、あまりにもアキロンを考えての措置だからなぁ。
バレットさんやオルバスさんに、少しでも異を唱えて貰った方が良いと思うんだけどね。




