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M-202 まさか!


 氏族の島に戻って2日後には、ラビナスの率いる船団の一員としてアルティ達も入り江を出て行った。


「ちゃんと漁が出来るんだから、心配はいらないわね」

「たまたまかもしれないにゃ。不漁の時には、マルティと汲んで神亀で漁をすればいいにゃ」


 アルティ達のカタマランを家形の屋根で見送っていたナツミさん達の会話が聞こえてくる。

 そういえば、この頃神亀を見なくなった。

 アルティ達が嫁に行ったからかな? 一緒に遊べなくなったのを残念に思っているのだろうか? だけど、まだアキロンだっているんだよな。


 そのアキロンは朝早くにヨットで入り江を出て行った。アキロンが戻ってきたら、俺達も漁に出掛けよう。

 食料や水、それに炭の準備も出来ている。今夜遅くか、明日の昼には戻って来るんじゃないかな。


 特に、今日は依頼された仕事もないから、甲板に銛を並べて手入れをしていたのだが、いつも手入れをしているから軽く銛先を研いで、油をしみこませた布で拭くだけで済む。

 アキロンも銛の手入れは、言わずともしているようだ。

 いくら腕が上がっても、使う道具で獲物を逃すことはあるはずだ。それを少しでも減らせるなら、道具の手入れはきちんとしておくべきだろう。


「あら。終わったの? 今、お茶を入れるわね」

「仕掛けの方も見といて欲しいにゃ。最後に水で軽く洗ってあるにゃ」

「ああ、見ておくよ。そう言えば、針もしばらく研いでなかったね」


 これで、お茶の後の仕事が出来た感じだな。

 釣り針を研ぐのは、それほど苦ではないけど餌木の針は面倒なんだよね。

 

「それで、次も素潜りをするの?」

「この前は、タリダン達の腕を見たかったからね。俺達だけなら曳釣りで良いんじゃないか? 場所は、この前の漁場の2日先だ」

「あの溝ね。今度のカタマランなら2日は掛からないんじゃないかしら?」


 ん? 通常のカタマランで3日半だぞ。それを2日掛からないというのは、前のトリマランよりも早いということか?

 だけど、魔導機関は大型を左右に1基ずつの筈だ。バウスラスタを使っているとしても、左右へ水流を送るためのものだし、走りには使えないだろうに。

 待てよ……。


「魔道機関は10石を使ってるんだよね?」

「長く使えるように12石だよ。スクリューの構造を変えたから、効率は良くなったんだけど、馬力が必要になったの」


 減速歯車でトルクを稼ぐと回転数が落ちてしまうから、動力源そのものを大型化したのか。だけど、それほど魔道機関が大きくなったように見えないんだけどね。


「前のトリマランは少し右に沿って走るにゃ。今度は舵の調整が楽になったにゃ」


 スクリューの回転方向は左右とも時計周りだからね。どうしても右に動いてしまうのはベクトル合成の力が働くのだろう。

 それを打ち消す仕掛けを取り入れたのか?

 考えられるのは整流器と左右のスクリューの回転方向を逆にすることなんだが……。

 一度、船底をよくよく見ておかないといけないだろうな。

 ナツミさんのことだから、突拍子もない仕掛けを付けたんだろうけど、それが何かを知っておくぐらいのことはやっておいた方が良いに決まってる。


 夕暮れになっても、アキロンは帰って来なかった。

 何年ぶりだろう? 3人で夕食を取るなんて。

 新婚時代に戻った感じだったが、食事が終わって3人でワインを飲んでいると、話題はアキロンに行きついてしまう。

 3日分の食料は持っているようだから、夜釣りを楽しもうと考えてるかもしれないな。いつの間にか一人前になってしまったけど、トウハ氏族では名目上半人前となっている。

 

「ヨットを作ってあげたのは失敗だったかな?」

「だいじょうぶよ。アオイ君も昔の自分を考えてみたら? かなり色々とやってたんでしょう」


 夜遊びは普通だったな。中学生辺りから、友人達と交互に泊まることもあったことは確かだ。だけど、他人の迷惑だけはしなかったはずだ。それが俺達仲間の暗黙の了解事項だったからね。

 母さんにはだいぶ怒られたけど、父さんは笑って見ていてくれた。

 それが、少年のある種の通過儀礼だと分かっていたのかもしれない。


「はしかの様なものだと思えばいいのかな? 男なら一度は罹ってしまう。軽い重いの別はあるんだろうけどね」

「運のいい人は、死ぬまで運がいいにゃ。母さんが教えてくれたにゃ」


 マリンダちゃんの言葉は、俺の思いと似た感じがしないでもない。

 それにしても、死ぬまで運が良いというのも問題だな。いつ死んだとしても、運が良いということになってしまう。


「何かを探してるようね」

「誰かが呼んでる気がすると、前に言ってたことがあるな。ヨットを作ってあげるずっと前だった」


 俺の言葉を聞いてしばらくは無言でワインを飲んでいたのだが……。

 同時に3人が顔を上げた。


「「「まさか!」」」


 考えることは同じということか?

 ナツミさんは南に顔を向けて遠くを見始めたし、マリンダちゃんは目を閉じてうんうんと頷いている。

 

「覚悟はしとかないと……」

「アキロンが気に入ったなら反対は出来ないにゃ」

「俺達の件もあるからね。長老も無下にはできないだろうけど……」

 再度、顔を見合わせると、深くため息を吐いた。

                ・

                ・

                ・

 翌日の昼下がり。アキロンは良い型のブラドとバヌトスを持って帰って来た。

 根魚釣りの腕も銛の腕もそれなりに育っているな。

 ナツミさん達が獲物を担いで出掛けた後で、しっかりと銛の手入れも行っている。俺の子供だけあって、同年代の男子達より頭半分ほど大きいのだが、マリンダちゃんの遺伝子をしっかりと受け継いでいるから猫耳と尻尾があるんだよね。

 

「それで、声の主には会えたのかしら?」

「会えなかったよ。でも前よりは近くなってる感じがする」


 海域としては合っているのだろうが、いったいなんだろうな?

 長老は『神亀ではないか?』と言っていたが、どうも違う気がする。それにアキロンに尋ねたナツミさんは笑みを浮かべていたな。

 ナツミさんには、アキロンを呼ぶ存在に薄々気が付いているということなんだろう。

 それなら教えてくれたらいいと思うんだけど、まだまだ判断に悩むということなのかもしれない。


 アキロンの漁果は86Lになったらしい。1割を納めた77Lをマリンダちゃんから嬉しそうに受け取っていた。

 12歳ごろから頑張っていたからね。竹筒貯金もだいぶ貯まってるんじゃないかな?


「無駄遣いはしてないみたいだから、だいぶ貯まったみたいね」

「前回のリードル漁が初めてだから、まだまだ動力船は買えないんじゃないかな?」

「ヨットで十分にゃ。でも16歳を過ぎたら近場の漁をしないように言っといたにゃ」


 16歳は成人でもある。近場で漁をするのは、満足な動力船を持たない連中に限定しているからなぁ。簡易なカタマランや引退真近の漁師なら構わないんだろうが、俺の長男でもある。

 マリンダちゃんのアキロンへの教えは、俺の立場を意識したものなんだろう。俺としてはヨットを使うのならそれでもいいんじゃないかと思っているし、長老も、あのヨットで漁ができること自体を、トウハ氏族の誇りとして感じているようにも思える。

 アキロンがヨットを操り、入り江を出入りする姿を見入っているそうだ。


「他の子供達にも教えてはいるんだけど、ザバンを改良したものだからねぇ。結構難しいのよ」

「俺達で作ってあげたらどうだい? ザバンの値段は銀貨1枚。それにちょっとした改造をするなら銀貨3枚にはならないはずだよ」

「作ったら、母さん達が離さないにゃ」


 ナツミさんも頷いているし、俺も自信がないな。

 なら、2艘作ったらいいんじゃないか? ちゃんとした構造なら、ナツミさんも教えやすいと思うんだけどな。

 

 結局、ヨットを2艘作ることになったのだが、1艘の費用は氏族から出してくれるそうだ。ナツミさんが描いたヨットは2人乗りの物で、高校時代にナツミさんが操っていたヨットに極めて似ている。

 これなら違和感なく教えることができるだろう。

 銀貨5枚とヨットの図面を世話役に渡して、商船が氏族の島に寄った時に発注してもらう。


 雨期の中で、俺達の漁が続く。

 基本は曳釣りだけど、延縄漁を一緒に行えば、夜釣をして根魚を狙わずに済む。

 何回か漁に出て帰って来ると、入り江に燻製船を中心とした船団が帰っていた。


「父さん達が帰ってるにゃ!」

「それと、あれはトリティさん達だよね。アキロン、取れれちゃったぞ」

「子供達がヨットを使ってるからでしょうね。明日は一緒に漁に出掛けたら?」


 ナツミさんの言葉に、アキロンが嬉しそうに頷いた。

 トリティさんが一緒なら、問題はないだろうな。若いから、俺達みたいにのんびり過ごすのは苦痛だろう。

 そういう意味では、トリティさんも落ち着く年頃なんだろうけど、相変わらず活発に動いてる。


 いつもの桟橋にカタマランを停めると、桟橋でオルバスさんが待っていた。隣にいるのはグリナスさんやないか! 大型船の方も休暇に入ったのかな?

 ナツミさん達が獲物を背負いカゴで運び出すのを横に見て、オルバスさん達がカタマランの甲板に上がって来た。

 ナツミさん達が用意してくれたお茶を2人に渡したところで、俺もベンチに座ってパイプに火を点ける。


「相変わらず獲物が多いな。シーブルの良型ばかりだ」

「南東に3日程先の溝で曳釣りです。曳釣りと延縄はアキロンにきちんと教えねばなりません」

「そうだな。きちんと教えればそれを吸収できる歳だ。成人後には直ぐにカタマランを手に入れられるだろう」

「だいぶ貯め込んでますよ。でも、小型でもカタマランは高価ですからね」


 簡易型という手もあるんだが、ナツミさん達が反対しそうだな。

 それにしても、竹筒が3個目だ。いったいどれぐらいになってるんだろう?


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