M-200 アルティ達の料理の腕は?
アルティ達がやってきた翌朝。俺達は南東に向かってカタマランを走らせる。
入り江を出ると直ぐに、ネイザンさんのカタマランが速度を上げるとグリナスさんとラビナスのカタマランがそれに続いた。
俺達は最後尾を走っているのだが、速度を上げると同時に船体が浮かんだのには驚かされた。
最初のトリマランと比べて、少しずつ低速でも水中翼船モードに変わってきてるんじゃないか?
最初は25ノット近くで水中翼が作用したんだが、今度のカタマランに至っては10ノットを少し超えたぐらいだ。
頻繁に動力船を代えた理由が少し分かって来たぞ。翼の角度の最適化を計算してたのかもしれないな。
俺達の前を走るカタマランで、ラビナスが驚いてる姿が目に浮かんできた。
これ以上の低速では無理だろうから、これで一応完成したんじゃないかな?
でも、誰も水中翼船を付けようなんて考えはしないと思う。それだけで金貨が数枚上乗せされるんだから、次の動力船の為にキープしようとするんじゃないか。きちんと資料を残しておけば、後の世代で作ろうとする者もいるかもしれない。
「久しぶりに浮かぶ船に乗りました。小さい頃はいつも乗ってたと、父さんに教えて貰ったんですが、あまり実感が無くて……」
「トリマランは大きかったから、小さい子がいつも大勢いたね。子供が出来たらいつでも預かるから、遠慮はいらないぞ」
俺の言葉に、タリダン達が苦笑いを浮かべている。まだまだ漁が思うようにいかないのかな?
アルティ達は操船楼に上っているようだ。大きな操船楼だから4人で女子会でもしてるんだろう。
開け放たれた窓から、ナツミさん達の笑い声がたまに聞こえてくる。
ナツミさんも最初から船速を上げることはないようだ。
15ノットぐらいの速度を保ったまま、南東に向かってカタマランを進めている。
昼食はナツミさんとアルティが作ってくれたけど、少し塩気の多いスープを飲んで、昔の俺達の生活を思い出すことになった。
ぶつ切り野菜と解した焼き魚の身を乗せたご飯に、スープを掛けると丁度いい感じだな。
「次はちゃんと作るね」
「先は長いけど、頑張るんだよ。母さんもトリティさんやリジィさんに色々と教えて貰っていたぐらいだからね」
「ティーアさんも苦労してるのね。リジィさんに習ってたんでしょう?」
「順番は覚えたけど……」
調味料の微妙な加減までは自分のものにできなかったのかな? だけど、ナツミさんに比べればかなり上達してると言っていいんじゃないかな?
マリンダちゃんの隣に座ったマルティが俯きながら食べているけど、夕食はマリンダちゃん達と一緒に担当するから緊張してるんだろう。
ある意味、慣れもあるんだろうから、これから頑張れば良いと思うんだけどね。
色々と変化にとんだ食事を味わいながら、2日目の夕暮れ前に漁場にやって来た。
海底の溝に沿って走ったのだが、30分も掛からずに終点に着いたところをみると、溝というよりは大きなサンゴの穴とみるべきだろうな。
それでも横幅は100mを超えているから、カタマランが4隻アンカーを下ろしても、互いの間隔は十分に開けられる。
「これなら十分に漁が楽しめそうだ。アキロン! おかずを頼んだぞ」
アキロンが自分の竿と一緒に俺の竿も取り出したから、タリダンが手を伸ばして俺の竿を受け取っている。2人で頑張ってくれるのかな?
「ジギングで狙ってみたら?」
「どうかな? 持ってはいるんだけど、使ったことが1度も無いんだよね」
宝の持ち腐れという感じなんだが、重量のある錘そのものだからなぁ。根掛かりしやすいサンゴ礁で使うのは考えてしまう。曳釣りの下針として使ってみるか。
「アキロンが釣り上げるのを待ってるよ。それで、ナツミさん達も釣るのかな?」
「捌く方を頑張るわ。アルティ達も釣るみたいだから」
なるほどアルティ達が背負いカゴからリール竿を取り出している。それも2本ずつだからタリダン達も一緒なんだろう。総勢6人となると餌の確保も大変だぞ。
「掛ったよ! 結構引きが強いな」
「こっちもだ。カマルなら大物だぞ」
群れが近づいたのだろうか、アキロン達がたちまち10匹近い良型のカマルを釣り上げた。
マリンダちゃんがザルで魚を回収すると、折り畳みの調理台でたちまち3枚に下ろして短冊形の切り身を作ってくれる。
「はい。餌はこれでいいでしょう? アルティ達も夕食を手伝って」
「「は~い」」
ちょっと残念そうな返事をしてるけど、夕食は簡単なものになるんじゃないかな?
俺達男性だけで、リール竿に根魚用の胴付き仕掛けを付けて、切り身を餌に根魚を狙う。
4人が仕掛けを下したのは、ほとんど同時だったはずだ。
さて、誰が何を最初に釣りあげるのだろう。
錘が海底に達したところで、素早く糸フケを取り、竿を真上に上げて糸を巻きながら竿先を水平に戻す。これで、海底から1.5mほどの棚を取ったことになる。
ゆっくりと竿を上下させて餌を躍らせていると、グン! と竿先が絞り込まれる。
腕を手前に畳むようにして竿を立てて合わせを行うと、グイグイと竿を絞り込み、ドラグの緩みで道糸が出ていく。
ドラグを絞り、リールを巻いて道糸の出を押さえるのだが、かなり引きが強い。これは大物じゃないか!
「こっちも掛かりましたよ! 大物ですね、タモを用意してください」
「ちょっと待つにゃ!」
マリンダちゃんが介添え人をしてくれるのかな?
だが、俺の獲物は中々上がってこないんだよな。かなりの大物かもしれないぞ。
タリダンの隣でタモを下ろすと、「エイ!」と声を上げてタモを引き上げ、腰に差した棍棒でポカリ。動かなくなった魚を甲板に転がして」俺のところにやって来た。
「まだかなり下だ。もう少し待ってくれ!」
「今度はこっちだ! タモを頼む」
アキロンの声を聞いてマリンダちゃんが飛んで行った。忙しそうだな。これを釣り上げたら俺が替わってやろう。
3匹目を甲板に取り上げたところで、俺のところにマリンダちゃんが戻って来た。
どうにか仕掛けが竿先にまで届いてるんだが、ともすれば竿を海中に持って行きそうな感じだ。
「もう少しにゃ。今のところラディットが一番にゃ1.5YM(45cm)もあったにゃ」
「これはどうかな? そろそろだ。タモを入れてくれ!」
タモが沈められた場所にカーボンロッドの弾力を生かして無理やり獲物を誘導する。
ヒラを打った獲物の大きさは2YM(60cm)を超えてる感じだ。
「エイ!」と大声を上げたマリンダちゃんだが、獲物が大きくて持ち上げられないようだ。竿を放り出して加勢に加わると、ドサリ! と甲板に獲物が転がった。
バタバタと暴れる魚の頭に、うなりを上げて棍棒が振り下ろされる。
「大きいにゃ。2YMを超えてるにゃ」
「こんなバッシェもいるのね。夕食の方は火が通るのを待つだけだから、私も手伝えるえわよ」
「なら、俺の竿をお願いできるかな? マリンダちゃんと交互に釣ってくれれば、俺もギャフで応援できそうだ」
獲物を捌くのはアルティ達に任せよう。リジィさんがちゃんと仕込んでくれたようだからね。
すでに、何匹か捌かれているようで、保冷庫にマルティが氷を入れている。
夕暮れが終わり、甲板を2つのランタンが照らしている。
他の船からの声がたまに聞こえてくるから、どの船も数を上げているに違いない。
中型の根魚はタモですくい、大型はギャフで引き上げる。
夕食は取らずに、このまま釣りを続けることは暗黙の了解だ。夜食を取る前にもう一度料理を温めればいい。
夕暮れ後3時間ほどで当たりが遠くなる。
ここらが潮時だろう。釣りを止めて、道具を片付ける。
最後に桶で海水を汲み、甲板の血のりを流したところで、ナツミさんが【クリル】の魔法を使って甲板の汚れを取る。
俺達も、自分自身を【クリル】の魔法を使って汚れを取ると、夜食の準備が始まった。
俺が船尾のベンチでパイプを使っていると、アキロンが木の箱とベンチを持ってくる。
アルティ達がお茶のカップを配ってくれたので、男達は適当に座って一息入れることにした。
「30は行ったんじゃないですか!」
「それに、大型ばかりでしたよ。明日の素潜りが楽しみです」
しょっぱなから大漁を予感させる釣果だったからね。アルティ達の旦那達の機嫌は良いようだ。
「とはいっても、今は雨期だ。明日が晴れるとは限らないぞ。雨でもやってみるが、捗らなければ再び釣りで頑張るしかない」
「2日間釣りでも、これだけ釣れるなら十分にゃ。バッシェだけで8匹もいたにゃ」
食器を運んできたマリンダちゃんが教えてくれた。
バッシェがそれだけいたなら、明日の素潜りも楽しみだな。ブラド並の値段だが突くのは格段に容易くなる獲物だ。
「ハイハイ、場所を空けてね。今夜は具沢山のスープよ」
スープを入れた大鍋が木箱の上に乗せられた。御飯はちょっと焦げた感じのする魚醤で味付けされた焼き魚が混ぜ込んである。
ナツミさんが鍋の蓋を開けると、大きなバッシェの頭が俺を向いていた。
空きっ腹には堪えられないな。
食事が始まると、先ほどの漁を肴に話が途切れることはない。
それでいて、見る間に鍋のスープが無くなるんだから、お腹が空いてたのは皆同じらしい。
食事が終わると、ワインのカップが配られる。
大漁だったからだろう。笑みを浮かべながらワインを飲み、明日の漁の話しで互いの肩を叩き笑いあう。
やはり、家族は良いものだな。
アルティ達も笑いながら自分達の暮らしを話してくれる。タリダンやラディットの失敗談は俺にも経験があるものだし、アキロンだって笑い転げているけど、きっと同じような失敗をするに違いない。
いつの間にか2杯目のワインが注がれる。
俺を酔わせて、明日の漁で自分達が一番になろうとしてるのかな?
それなら俺の実力をしっかりと見せてやらねばなるまい。




