M-199 南の漁場に出掛けよう
俺達がカタマランに引っ越した翌日。バレットさんやオルバスさん達は船団を組んで入り江を出て行った。
次に帰って来るのは、雨期明けのリードル漁になるのだろう。
トリティさん達が、次に帰って来る時には乗せて欲しいと、ナツミさんにお願いしてたけど、ただ乗るんでは無くて操船したいってことに違いない。
早めに帰ってくれば、1度ぐらいは一緒に漁に行けるんじゃないかな?
一列に伸びた船団が入り江から消えるまで、俺達は手を振り続ける。あの2人が責任者なら不漁は無いだろう。
長老達も安心して見送っていたに違いない。
「南に出掛けてみないか?」
ネイザンさん達がカタマランにやってくるなり、俺達を漁に誘ってくれた。
「ネイザンさんは残った中堅を率いるんじゃないのか?」
「次席がいるからな。もっとも自称次席が多くて困ってるんだが、その次席達が率いてくれる。たまにはのんびり漁をさせてくれるらしい」
グリナスさんの問いに、笑みを浮かべてネイザンさんが話してくれた。次席とは、ネイザンさんの昔からの友人達に違いない。神経をすり減らさないように、1,2回船団を率いる重責から解放してくれたんだろう。
「いいですね。俺達は一緒に行けますよ。となると……」
「ラビナスにも声を掛けたぞ。アルティ達も一緒に行けると喜んでたな」
なら、絶対行くことになるだろうな。
となると、曳釣りということなんだろうか?
「この季節は曳釣りだ。たぶん今夜から雨だろう。だが、どうせなら素潜りをしたいところだ。オルバスさんが率いているカタマランの連中に聞いたんだが、短くて起伏のある割れ目があるらしい。彼らは根魚釣りをしたらしいが、だいぶ錘を取られたようだぞ」
海底の起伏が大きいということなんだろうな。カタマランを停めてもアンカーのロープの範囲内で潮流の影響を受けてしまうから、10mほどの範囲を移動しながらの釣りになってしまうのだ。
「溝が短掛ければ曳釣りはできませんね。だからと言って根魚釣りでは、海底の起伏が大きすぎるのが難点だと……。それで素潜りですか!」
「それほど大きくはないと言っていたが、おもしろそうだろう? あまり獲れない時は、東に向かえば大きな溝が東に延びている」
そこまで考えてるなら、筆頭としての資格は十分だろう。頼もしい兄貴に、グリナスさんと顔を見合わせて頷いた。
「アルティ達を誘うなら、この船に乗せて行けるよ。魔道機関を強化してないカタマランでしょう?」
「確かに魔石6個の魔道機関だ。俺達のカタマランは8個つかってるから、速度がだいぶ違うだろう。喜んでやって来るだろうが、良いのか?」
「実家に帰って来るんだから、問題ないでしょう。アオイ君もいいよね?」
「ちゃんと暮らしてるんだから、そっとしといてやりたいところだけどね」
とりあえず頷いておく。『小さな親切、大きなお世話』とも言われてるからねぇ。
嬉しいことは確かだけど、向こうにだって都合はあるだろうな。
「銛と釣り竿を忘れないように伝えてください。食料は、ナツミさん達がたっぷりと仕入れてくるはずです」
「果物は、ラビナス達が集めて来るだろう。子供達を引き連れて今朝早くに出掛けたからな」
確かに、俺達3人が揃って漁に出掛けるのは久し振りに違いない。ラビナスも動力船を手に入れた当時を懐かしがってるのかな?
ネイザンさん達が帰ったところで、ナツミさん達と次の漁について話をすると、食料を買い出しに行ってしまった。
新たに4人が乗り込むとなれば、手持ちの食料では不足するのだろう。若い連中だからね。たっぷりと食べさせてあげるつもりのようだ。
アキロンに水汲みを任せて、操船楼に上ってみた。自分の船なんだが、操船することは少ないんだよな。
操船楼は奥行60cmほどのカウンターが船首方向に取り付けられている。その一角が切り取られて舵輪と魔道機関の出力を調整するレバーが並んでいる。レバーの数は4つあるが、小さな舵輪が別に2つあるのが理解に苦しむところだ。
4つ並んだレバーから、少し離れた位置にもレバーが付けられている。目盛り盤が
すぐ横にあるんだが、これは何のためなんだろう?
舵の角度を表示する目盛り盤は大きな舵輪の前にあるから、変なギミックを付けたんだろうな。
操船はカタマランの中心線より左側で行うようだ。右手にはカウンターに海図がのせられているし、定規と俺の持っていたコンパスやオペラグラスが乗っていた。
ここはマリンダちゃんの定位置になるのかな?
左手のカウンターの下にある開口部は、家形の中にあるハシゴで繋がっている。そのハシゴで俺も上って来たところだ。
船尾側の壁にはハシゴがある。このハシゴを伝って上部操船楼に上がるんだろう。天井にハッチが付いているけど、豪雨で雨漏りはしないんだろうか?
同じような開口部が右端の甲板側にあったんだが、そこはカマドのある調理場から登れるようだ。
開口部の大きさは1辺が1mほどの大きさだ。落ちないように普段は横木を下せるようにしてあるけど、ナツミさんは意外とそそっかしいところもあるからね。マリンダちゃんに操船楼に上がった時には、開口部を全て確認するように伝えておこう。
軽く眺めてみると、大きくはなったけどトリマランの操船楼とそれほど相違はないようだ。1つだけ謎のレバーがあるけどね。
だけど、ザバンはどこにあるんだ?
家形の中にも無かったし、屋根や船首甲板にも無かったんだよな。ゴムボートでも作ったんだろうか? ゴムボートは漕いでもあまり進まないから漁には適さないけど、魔石4つの魔道機関を使った船外機というのがあるんだよね。だけど、漁具を納めた倉庫にはそんなものはなかったんだよな。
「水汲みは終わったよ。2回運んだら満杯だった。前のトリマラン並だから、長期の漁には水汲みの容器にも入れとかないといけないね」
「それなら、容器にも汲んどいてくれないか? アルティ達が乗船してくるから、多い方が母さん達も安心できるだろう」
船尾のベンチに腰を下ろしていたアキロンが直ぐに容器を2つ持って桟橋を歩いて行った。
昔は俺の仕事だったんだが、アキロンが代わってくれたんだよな。アキロンが自立したら再び俺に仕事が戻ってくるんだろう。
ベンチに腰を下ろしてパイプを楽しんでいると、ナツミさん達がカゴを背負って帰って来た。
カマドが置かれた調理場にカゴを下ろすと、床下収納庫を開いて戦利品を入れている。
「ワインとタバコも買い込んできたわ。アルティ達は夕方にやってくるそうよ。マルティ達は果物を採りに出掛けたんでしょうけど、顔を見せた時に伝えればいいわね」
「となると、おかずを釣らなくちゃならないな」
今夜は宴会になりそうだ。あまり飲まないようにしないと、明日はハンモックの中になってしまっては、アルティ達の面目が立たないだろうからね。
「ところで、アキロンのヨットを曳いていくの?」
「あれは置いてくわよ。ちゃんとザバンは積んだから心配しないで」
2人とも笑みを浮かべてるところをみると、やはりどこかにゴムボートをしまってあるんだろう。漁の前にゴムボートを膨らませることになりそうだ。
釣竿を担いで桟橋の突端に向かう。しばらく竿を出してなかったけど、何匹かは釣れるんじゃないかな。
途中からアキロンとラビナスが一緒になって釣竿を出す。
群れが入り江に入って来たのだろう。いつもより釣果が多いとラビナスが教えてくれた。
「果物は届けたみたいですよ。明日が楽しみですね」
「一緒の漁は久しぶりだね。先ずは銛を使ってみるか」
俺の話に笑みを浮かべる2人は間違いなくトウハの伝統を引き継いでいるのだろう。
アキロンの銛の腕も、すでに一人前と長老が言っているぐらいだ。それをその目で見てみたいというのが、ラビナスの気持ちなんだろうな。
カタマランに帰ると、すでにアルティ達が来ていたようだ。アキロンの手渡した釣果を見てマリンダちゃんが頭を撫でているから、当の本人は嫌がっているぞ。
「お久ぶりです。妻共々厄介になります」
「元気そうで何よりだ。ちゃんと銛は持って来たかい?」
「中型用を持ってきました。アルティの銛も一緒です」
家形の入り口に置いてある背負いカゴには銛や釣り竿が飛び出しているな。危なくないように、細いロープで固定してある。
「もう直ぐ、マルティ達もやって来るわ。やはり甲板が大きいと助かるね」
俺とアキロンにお茶のカップを運んできたナツミさんはタリダンのカップにポットのお茶を注いであげている。
夕食の準備は女性達だからね。俺達はのんびりと待っていればいいだろう。
やがて、マルティがラディットを伴ってカゴを担いできた。
これで全員かな? 男だけで4人いるんだから、かなりの漁果を上げられるだろう。
甲板に車座になって夕食が始まる。アルティ達の漁の暮らしが良いおかずになるな。結構、おもしろい漁をしているようだ。それに無理に漁をしていないことに一安心出来たことが嬉しくもある。
若い連中は、体力にものを言わせた漁をする傾向にあるとネイザンさんがこぼしていたからね。
そんな時期もあるのだろうが、そんな漁を長く続けるのは問題だ。
俺達の暮らしは俺達の体が資本でもある。素潜りが出来なくなるようなことになったら、大変では済まされない話だ。
「あのヨットは私達にも貸してくれるんでしょう?」
「良いけど……、慣れない内は入り江で練習して欲しいな。俺の大事な漁船なんだからね」
早速、アルティ達がアキロンのヨットの使用許可を求めている。
そんなにおもしろいんだろうか? 俺としてはまっすぐに進める船外機をザバンに取り付けた方がいいと思うんだけどねぇ。




