M-197 大きなカタマラン
雨期前のリードル漁を行うために、続々とカタマランが入り江に集まってくる。
バレットさんやオルバスさんも、昨日に10隻ほどのカタマランを率いて入り江に入ってきた。
これで、トウハ氏族の漁師が揃った感じだな。
燻製船から、俺のトリマランに移って来たオルバスさんと一緒に、船尾のベンチに腰を下ろして、賑やかになった入り江を眺めていると、入り江の入り口からヨットが入って来たのが見えた。
「帰って来たよ! ちゃんと期日を守って帰って来たわ」
「最初から送れるようなら、次は漁を行わせないよ。さて、ちゃんと獲物を運んできたのかな?」
「なんだ、あの船はアキロンが乗ってるのか?」
「そうなんです。ねだられて作ってあげたんですが、結構、ちゃんと操船してますね」
「帆船を操船できるなら、動力船は簡単にゃ。でも男だからにゃぁ……」
家形の中から出てきたトリティさんが、近づいてくるヨットを見ながら呟いている。やはり操船は女性の手で、ということなんだろう。
「明日載せて貰うにゃ! あれで近くの島を回るのも面白そうにゃ」
前向きなトリティさんらしい話だけど、自分でも操船したいという思いが入っていそうだな。
オルバスさんが苦笑いを浮かべてマリンダちゃんと頷いている。
やがてヨットが舷側に近づいたところで、ヨットの前後をロープで結んでおく。間にはしっかりと緩衝用のカゴを入れておいたから、互いに接触して破損することは無いはずだ。
「どうだ? 少しは突いてこれたか」
「ちゃんと突きましたよ。これが結果です」
保冷庫の蓋を開けると40cmほどのブラドがたくさん入っている。
マリンダちゃんが1匹ずつ摘まみ上げて背負いカゴに放り込んでいるから、マリンダちゃんが運んで行くのかな?
「それで、どうだったの?」
「声は聞こえるんだけど……」
ナツミさんとアキロンの短い会話が小さく聞こえてきた。
声の主には会えなかったようだな。そう急ぐこともあるまい。向こうがアキロンに会いたければ、その内出て来るんじゃないかな。
「すっかり一人前だな。リードルも狙うのだろう?」
「小さいのを突いてみろと、銛を1つ渡しました。長さは俺達と同じですから安全に突けると思います」
オルバスさんが、パイプを咥えながら頼もしそうな表情で、アキロンが銛をヨットから下ろす姿を見ている。
「今年15にゃ。来年には2本銛を作らなくちゃならないにゃ」
「リードル用はアオイが作ってやれ。普段の漁には俺が1本作ってやろう。今使ってる銛は少し短いぞ」
いつの間にか大きくなっていたようだ。
アルティ達のお下がりを改造して渡したんだけどね。
「申し訳ありません。いつもお世話になってしまって」
「容易いことだ。俺の銛を1つ打ち直して貰おう。アキロンに使ってもらえるなら、こっちこそありがたいと思わねばなるまい」
オルバスさんやバレットさんはアキロンを過大に評価してるんじゃないかな。
俺には至って普通の少年に見えるんだが。
「父さん、だいぶ突いてきたよ。やはり、南に島2つ先は、魚がたくさん泳いでた」
「泳いでいても、突けるものは少ないんだ。アキロンの歳で素潜りで魚をあれだけ付けるのは、ネコ族ではアキロンだけだ」
俺達の近くにベンチを持って来て腰を下ろしたアキロンに、リジィさんがココナッツジュースを渡している。
自分の孫のように可愛がってくれるのだが、トリティさんと一緒で少し甘やかすところがあるんだよな。
「ヨットの扱い方は何とかなったかな?」
「もっと遠くにも行けると思うけど、雨が問題だよね。こんな感じに小屋を作れないかな?」
アキロンが腰の袋から取り出した紙には、ヨットの横梁の下に竹を渡して帆布を張ったようなものが描かれていた。
昔の家型テントに似ているな。
足を延ばすことはできないけど、中で丸くなることはできそうだ。
「これなら、私にでも作れそうね。竹を貰ってきなさい。布の真ん中に竹を渡して何カ所か結わえておけば、すぐにテントが張れるわ」
原理はこの甲板のタープみたいなものだからね。長方形に帆布を切るだけだから、確かにナツミさんでもできるだろう。
「ほう、今度は雨期を考えているな? だが、あまり遠くに行かずに漁をするのだぞ」
「行先と、この島から島2つまでと決めてるからだいじょうぶだよ」
笑みを浮かべたオルバスさんの注意は、アキロンにはあまり効いていないようだ。
桟橋から足音が聞こえてくると、トリティさんとマリンダちゃんが甲板に上がってきた。
「ちゃんと世話役を通してきたにゃ。これが報酬にゃ。2割の上納は一人前じゃないからいらないと言ってたけど、無理に押し付けてきたにゃ」
「ブラドを1匹ずつ、アルティとマルティに届けてきたにゃ。アキロンが突いたと言ったら驚いてたにゃ」
オルバスさんが苦笑いを浮かべている。確かに半人前の漁師の獲物にまで上納を期待するのも考えものだ。
それよりも驚いてたのは、アルティ達じゃなくてタリダン達じゃないのかな?
「とりあえず、族長会議の話題にはなるだろうな。俺も必要ないように思えるが、他と同じに納めるのであれば、15歳と言えども成人として認めても良さそうに思える。バレットは賛成するだろうが、長老次第だ」
「あまり先例は作らない方が良いかと思います。とはいえ、次の乾期が終わる前には16歳ですから」
トウハ氏族の漁を考えるよりは、ちょっとした息抜き的な話題にはなるだろう。
あまり紛糾しそうなら、1年は単独の漁を止めさせればいいことだからね。
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雨期前のリードル漁をつつがなく終えて帰って来ると、真っ白なカタマランが商船の隣に停泊していた。
そのカタマランを見た途端に、ナツミさん達が喜んでいるところをみると、あれが次の動力船ということなんだろう。
今度のカタマランには、船尾の両側から中心線に向かって傾けた大きな柱があった。
上部の操船楼を堅固に作りたいということなんだろうが、三角形に立った柱の後ろに向かって太い梁が出ているから、何となく戦艦の艦橋の後ろに立つ櫓のようにも見えるな。
左右の船体はかなり長い。20mはあるんじゃないか? 横幅は5mほどだから、全体としての形はまあまあだな。
「このトリマランは船首のギミックだけを取り除いてカヌイのおばさん達に引き渡すことで良いんでしょう?」
「長老は、カヌイのおばさん達が使うなら、と言っていたよ。前のトリマランは廃棄するのかな?」
「船体を補修してオウミ氏族のカヌイに引き渡すそうよ。翼が無いけど、通常のカタマランよりは早いのが魅力ね」
トリティさん達も、早く乗ってみたいと思っているのが態度で分かってしまう。
ワクワクした表情でカタマランを見ているからね。
「若者達のカタマランから比べれば倍近い大きさだが、ナツミもようやく奇を狙わなくなったな」
「分かりませんよ。これまでで一番制作に時間が掛かってます。どんなギミックがあるか見当もつきません」
そうだなと、オルバスさんが声を出さずに頷いている。
何時もの桟橋にトリマランを停めたところで、ナツミさんがマリンダちゃんと一緒になって桟橋を走っていく。
魔石の売買を行ってからなんだろうけど、これまでの貯えが一気になくなりそうだ。
まあ、それも漁を安全に効率よく行えるなら、必要な出費ともいえるだろう。
取り合えず引っ越しに備えて、漁の道具を纏めておけばいい。
「アオイ、今度はまともだな!」
桟橋からバレットさんが甲板に飛び乗って来た。
その後ろには、ネイザンさんやグリナスさんまでいるみたいだ。ナツミさん達が戻るまでは、酒を飲んで待っていよう。ココナッツを割ろうと立ち上がったら、トリティさんがポットとココナッツのカップを持って来てくれた。
俺達に酒の入ったカップを渡したところで、家形の中に入って行ったから、トリティさん達も引っ越しの準備をするのかな?
「形はカタマランですが、大きいですね。次はマーリルを本当に釣るつもりなんですか?」
「ネイザンさんもマーリルを釣ったじゃないですか! とはいえ、ナツミさんが操船しやすいようにと考えたものですから、漁のことも考えてくれたんじゃないかと思ってます」
「アオイのカタマランを中心に船団ができるかもしれんな。ネイザン、アオイに負けないようにするんだぞ!」
バレットさんがネイザンさんの肩を叩いて応援してるけど、結構良い音がしたんだよな。痣になってるんじゃないか?
「アキロンも一人前だな。ティーアが俺より突いてきたと言ってたよ」
「そんなことないです。小さなものばかりですし……」
ネイザンさんに褒められて、アキロンはちょっと恥ずかしそうだ。
皆も、そんなアキロンに顔を向けて笑みを浮かべている。
「まあ、あれだけ突けるなら、問題ねぇ。長老は1年早く成人を認めているぞ。とはいえ仲間から浮いてしまうだろうと、表面上は半人前だ。だが、獲物を納める時は俺達と同じ扱いになる」
「まったく、あんな船で島を渡れるんだからなぁ。何隻か作っておけば俺達も楽しめるんじゃないか?」
「そうですね。基本はザバンで良いんでしょう? 舳先に帆柱を立てて帆を張れば俺達でも何とかなりそうです」
アキロンのヨットはカタマランであることがヨットの横滑りをある程度防いでくれている。ザバン単体なら、キールを船底に付けなければ流されてしまいそうだ。
試行錯誤で操船を行えば、それが大きな問題であることに気が付くだろう。
「持ってきたにゃ! 明日は引っ越しにゃ」
マリンダちゃんが横滑りしながらトリマランに寄せてくるカタマランの甲板から大きな声で教えてくれた。




