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M-196 アキロンのヨット


 氏族の島に戻ってくるなり、ナツミさん達はカヌイのおばさん達が住む小屋に向かって走って行った。

 アキロンは銛を持っておかずを取りに出掛け、俺は海図を持って長老の住む小屋に向かう。

 十数枚の海図が俺達の最後の調査結果を示したものだ。

 これからはのんびりと漁に勤しもうと考えてるけど、果たしてそれが許されるのだろうか?


「しばらくじゃのう。まだ昼前じゃから、漁師達は席にはおらんのじゃ」

「先ほど帰ってきました。残った区域を全て調査しましたから、これで大型船を中核と下船団の漁場に迷うことはないでしょう」


 長老に海図を差し出すと、受け取りながら俺に席を指差した。座って話をしようということなんだろうな。

 ちょっとナツミさんの方も気になるけど、直ぐに帰って来ることはないだろう。

 示されるままに、席にあぐらをかくと目の前の囲炉裏でパイプに火を点けた。


「さては、ご苦労じゃった。遠い将来には、この海図の先の漁場も探ることになるじゃろうが、100年はこれで十分じゃろうな。それで次は何をする?」

「調べた漁場で漁をしようかと。大型船団の数が少ないですから、俺が漁をするぐらいで魚が減ることも無いでしょう」

 

 ワハハ……。と長老達が笑い出した。

 俺達が行った調査は、ネコ族全体の為に行ったわけではないと分かったらしい。


「少しは見返りも必要じゃな。我等もそれが良いと思う。だが、この海図はありがたく使わせてもらうぞ」

「大型船を停泊する目安も出来ますし、そこから1日範囲の漁場も抑えられるでしょう。バレットさん達には有効に使えると思います」


「今も有効に使っておるようじゃ。ナンタとホクチも氏族の島から遠く離れた漁場の調査を始めると聞いておる。トウハ氏族だけに漁場の調査をさせるわけには行かぬと言っておったな」

「次は、ナンタとホクチが大型船を持つであろうよ。中堅を使えば2割増し以上に漁果を上げられそうじゃ」


 大きな問題はないようだ。

 ネイザンさんは筆頭として頑張っているのだろう。となると、グリナスさんとラビナスを誘ってみるか。

 それとも、アルティ達と一緒に出掛けてもおもしろそうだな。


 長老に深く頭を下げて部屋を出る。

 高台に作られた場所だから、入り江が一望できる。ベンチがいくつか置いてあるから、木陰で長老達が入り江を眺めて過ごすのだろう。

 まだグリナスさんもラビナスも帰っていないようだ。

 トリマランに戻って、銛でも研いで過ごそうかな。


 昼食時をすっかり過ぎたころに、ナツミさん達が帰って来た。

 その前に、アキロンが数匹の少し小振りなブラドを突いて戻って来た。入り江の出口付近まで出掛けたようだな。そろそろ本格的に銛の腕を磨いてやるか。


「お待たせ! 直ぐにお昼にするからね」

「ブラドが数匹あるよ。アキロンが突いてきてくれた」


「へ~ェ。今度はアキロンにおかずを任せられるね」

「2人で頑張れば近所に配れるかもしれないにゃ」


 そんなことを言いながら、ブラドを捌いて焼き始めた。

 どんな料理になるんだろう? スープにチャーハンみたいなご飯が定番なんだけどね。

 しばらく待っていると、出てきたのはチャーハンにスープを掛けたものだった。ブラドの焼いた切り身がトッピングされている。

 ここは毎日が夏だから、香辛料の効いた料理が多い。スープをちょっと飲んでみると、案の定、辛口だった。


「カヌイの長老も興味を持ってたわ。呼びかけには答えるべきかもしれないと言っていたけど、島から遠ざかるのは止めた方がいいとも言ってたの」

「竜神の島なら安心ということだな。となれば島から1日なら……、とも言えるんじゃないか。昨日、アキロンを呼んだ場所はトリマランなら3時間も掛からないけど、外輪船なら半日以上は確実だ」

「目安は島2つ分というところかしら。島3つは行き過ぎね。そうそう、売店に頼んだ物が届いてたわ。アキロンにヨットを教えたげるからね」


 うんうんと大きく頭を上下してるのは、口に御飯を詰め込み過ぎたからに違いない。

 これで、アキロンも近くの島で漁ができるな……んっ!

 まさかヨットで探そうと言うんじゃないだろうな?

 思わずナツミさんに顔を向けると、笑みを浮かべて頷いてくれた。


「カヌイのおばさん達は、私の案が絵に賛成してくれたわ。動力船を使わないと言ったら、その方が良いだろうとも話してくれたの」

「でも、ほんとにザバンで島を渡れるのかにゃ? そっちの方が驚いたにゃ」


 確かに、ネコ族の連中は魔道機関を使わない船はザバンしか見たことが無いだろうからね。


 翌日。浜で2艘のザバンを横梁で繋いでいると、大人達が俺の仕事を覗いていく。

 たまたま漁を休んでいたラビナスは近くに腰を下ろして、ずっと俺の仕事を見てる。やはり興味津々ということなんだろうな。


「それって、トリマランですよね。入り江で漁をするんですか?」

「いや、入り江の外で漁をするんだ。島を2つ越えるなら若手も漁をできるだろう? ナツミさんがヨットという魔道機関を使わない船をアキロンに教えたいらしい」


「魔道機関が無くてもザバンをそれほど遠くまで動かせるんですか?」

「風次第なんだが、ナツミさんはそんな船の指導をしていたこともあるんだ。長老も感心してたよ。ネコ族がこの地で暮らし始めたころには使われていたと教えてくれたぞ」


 ふ~ん、という目で俺を見ている。

 まあ、動かすまでは信じられないだろうな。


 このカタマラン型のヨットは左右の船の長さが7m近い。それでいて横幅は50cmも無いんだよな。左右2カ所に長さ60cmほどの保冷庫が付いているけど、それ以外は上面が板で閉じられている。

 完全なフロート構造になっているから、沈むことだけは無いだろう。

 左右の桁の間は竹を横に並べたスノコが置いてあるだけだけど、これなら大人3人は安心して乗れるに違いない。

 船尾に付けた舵は、パドルに横棒を付けた様なものだし、帆柱は5mほどあるが船首側の横桁の穴に納まるように付けられている。左右に回転できる帆桁はスノコの上1mほどの高さで3mほどの長さがある。

 帆は三角帆だが人力で上げなければならない。帆柱の天辺にある滑車が頼りだな。

 帆の制御は、滑車をいくつか組み合わせているが、基本は自分の腕で帆が受けるに耐えなければならないだろう。

 動滑車を使っているから、力は半分で済むかもしれないな。

 

 初日は、左右のザバンを連結してスノコを張り終えたところで終了した。

 2日目に帆を付けた帆柱を見学者に手伝ってもらいながら桁の穴に入れて、船尾に舵を付ける。

 3日目に、ナツミさんがやってきて入り江に浮かべて試験帆走を楽しんでいた。

 4日目以降はアキロンにヨットの操船をレクチャーすることになったのだが、年長組が何人か乗り込んでいる。

 さすがにヨットで漁をしようとは思わないだろうけど、入り江の外に出るのが楽しいみたいだな。


「頻繁に航路を変えるんですね?」

 ラビナスが、カタマランヨットをの帆走を眺めながら呟いた。

 動力船とは、操船が異なるからねぇ。


「風を呼んで目的地に行こうとすると、あんな感じでジグザグに進むことになるんだ。風は一方にしか吹かないだろう? だけどあんな走り方をすると、風上にも進める」

「長老達も、たまに眺めているそうですよ。動力船と違って優雅だと言ってました」


 まあ、俺もそう感じるな。

 だけど、動力船があるなら、あんな面倒な操船をせずに、目的地に向かって真っすぐ進めるんだから欲しいとは思わないけどね。

 アキロンが魔道機関を乗せたカタマランを手に入れたら、氏族の子供達の良い遊び道具になるんじゃないかな。

 子供達が、桟橋で順番を待っているみたいだ。


 その夜。ナツミさん達と船尾でワインを飲む。

 次の漁場の場所を早々に決めたところで、話題はトリマランの傍に停めたヨットの話になるのは仕方のないことだろう。


「カタマランは転覆した時の対応を教えないで済むから簡単ね」

「本当かにゃ?」

「転覆しないことはないけど、どちらかというと転覆させる方が難しいわ。それに転覆しても帆柱を外せばカヌーとして使えるわよ」


 安全性が極めて高いということなんだろう。

 動力船を手に入れるまでは、アキロンの良いおもちゃってことだな。

 ザバンを漕ぐよりも速度がでるから、島2つほどの航海もできるんじゃないか?

 漁を終えての休養時に、アキロンと友人達で十分に漁を楽しめるだろう。まだ半人前だが、アキロン達の漁果はそのままアキロン達で分ければいい。


「今度の漁が終われば、またリードル漁ね。マルティは私達と一緒なんだよね」

「アルティはネイザンさん達の家族と一緒だ。まあ、これは仕方がないけど子供が出来たら戻って来るんじゃないかな」


 それほど遠くはないだろうな。

 俺達もこの世界で暮らす年月の方が、向こうの世界で暮らした年月よりも長くなっている。

 故郷はどこかと聞かれたら、やはりトウハ氏族のこの島と即答できそうだ。

                 ・

                 ・

                 ・

 北の漁場で2日の漁を終えて、帰って来た。

 大漁旗を掲げたいくらいの豊漁だ。やはりカタマランで3日の距離を、2日掛けずに行けるというアドバンテージは大きいということなんだろう。

 

「それじゃあ、行ってくるね!」

「3日後には帰るのよ」


 ナツミさんの確認に、アキロンが頷きながらマリンダちゃんからお弁当を受け取っている。

 小振りなカゴには、コッヘルに入れたチャーハンモドキが入っているようだ。それ以外に熟れたバナナとマンゴウが入っているみたいだな。

 すでに少し大ぶりな水筒とココナッツも入っているから、数日は食べて行けるだろう。

 口の広いガラスビンを密閉容器代わりにして、マッチや干し肉の包までいれていた。

 最後に、自分の銛を屋根裏から引き出して、カタマランの舷側に結わえ付けている。


「行ってきます!」

 全て積み込みが終わったところで、俺達にもう一度挨拶してきた。

「頑張るにゃ(って)(ってこい)」

 語尾が微妙に異なるが、俺達の気持ちだからね。


 トリマランを蹴るようにしてヨットを引き離すと、帆を引き上げて竹のスノコに座って帆に風を捉えようとしている。

 やがて帆が大きく開いて南にヨットが動き出した。


「さて、どうなるかな?」

「たくさん突いてくるにゃ」

「でも、それだけかしら?」


 思わずナツミさんに顔を向けたけど、ナツミさんは入り江を出ようとしているヨットをジッと見つめたままだった。


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