M-194 ヨットが欲しいと?
アルティ達の嫁入りが一段落すると、再び漁場の調査に出掛ける。
次のリードル漁の前には調査が全て終わるだろう。2年以上掛かったけど、海図に漁場の位置と状況を記載できたのだから、俺達の生きた証としてネコ族に末永く使ってもらえる違いない。
海人さんほどにはなれないけど、俺達3人の名を知る人が多くなるかもしれないな。
それにしても、アルティ達の婚礼の祝いは深夜まで浜をの焚き火が焚かれていたし、翌日はハンモックから出られなかったからな。
タリダンとラディットもふらふらになって帰って行ったけど、だいじょうぶだったんだろうか?
まあ、しばらくは酒を見るのも嫌になるに違いない。
操船楼にはナツミさん達が上がっているから、甲板には俺とアキロンだけになってしまった。アルティ達がいなくなると、大きなトリマランだけに寂しくなるな。
アキロンは根魚用の仕掛けを作っているみたいだ。
いくつか用意しておけば、サンゴに仕掛けを取られても漁を続けることができる。できれば3個以上作っておいた方が良いだろうな。
青物用の仕掛けは、目立つ浮きを手に入れればそれほど難しくはないが、棚を変える工夫をどのようにするか楽しみではある。
太いタコ糸の様な糸で遊動が可能なウキ止めをアキロンは教えずともできるだろうか?
思わず笑みが浮かんだところで、銛を研ぐ手を休めてパイプに火を点けた。
「父さん、俺の船を作っても良いかな?」
「アキロンはまだリードル漁はしてないだろう? 動力船は手に入らないと思うんだが」
「母さんがヨットという船があることを教えてくれたんだ。氏族の島から島1つ離れて漁をするぐらいはできると思うんだけど……」
ヨットなら、それぐらいは可能だろう。だが、帆走には練習がいるだろうな。ナツミさんなら指導できるかもしれないけど、出来れば補助として小型の魔道機関を乗せておきたいところだ。
「母さん達と相談してみよう。ナツミ母さんは、アルティ達の年代の時にヨットの操船を指導していたぐらいだから、何度か一緒に行けばアキロンにだって動かせるはずだ。
だけど、最初の船ならカタマランなんじゃないのか?」
「う~ん、俺もそうしたいんだけど、誰かが呼んでるような気がするんだ。それなら、早い方がいいよね」
カタマランを作るのは早くても17歳になるだろう。アキロンはどうにか13歳だからな。その前に自分の船が欲しいとは……、マリンダちゃんと俺の子だけど、ナツミさんに似てるんじゃないか?
賑やかさは無くなったけど、父と子の会話は良いものだな。
数年は、こんな暮らしが続くのかもしれない。
その夜。島の近くにトリマランを停めて一夜を明かすことになった。操船の人数が少なくなったから、ナツミさんも無理はしないようだ。
夕食を終えると、甲板でワインを楽しむ。
アキロンは、明日の早朝の操船をナツミさんから任されたのが嬉しいのか、すでに家形に入っている。
俺達が目を覚ますころには、南の水路近くまでトリマランを進めているかもしれないな。
「ヨットが欲しいと言ってたの!」
昼のアキロンの望みをナツミさんに伝えたら、ちょっと驚いているようだった。
子供は何にでも興味を持つからねぇ。入り江にある動力船とは異なる船だと教えれば、欲しくなるに決まっているようなものだ。教えたのはナツミさんだから、少しは責任を感じて欲しいな。
「アオイ達が乗ってた船にゃ。でもあれは風で進むと父さんが教えてくれたにゃ」
「氏族の島から島1つ離れて、一人で漁をすることを考えてるみたいだな。動力船では牛刀だし、ザバンでは少し遠すぎる」
「小型のヨットなら、確かに使えそうね。それで、アオイ君は望みをかなえてあげるの?」
「アルティ達の後ろを付いて歩くような少年だったけど、姉さん達が嫁に行ったから、急に大人びた感じなんだよな。できればかなえてあげたいところだ」
マリンダちゃんも、口数の少ない実の子の願いはかなえてあげたいのだろう。俺の言葉に頷いている。
「そうなると作ってあげることになりそうだけど、それなりの値段になってしまうわよ」
ナツミさんの言葉は、お金では無くて作るなら動力船ということになるのだろう。
確かに数年も使わずに桟橋に繋がれそうだ。
だけど、年長の子供達には良いおもちゃになるんじゃないかな。島の周囲を巡るだけでも、操船に自信がつくだろう。
漁をしたかったら、氏族の島から見える島の裏側に行けばいいんだからね。
「その時は、ナツミさんがヨットを子供達に教えてあげればいいんじゃないか? ヨットが扱えたから、ナツミさんが動力船を扱うのに苦労しなかったんだろう?」
「良いわ。考えてあげる。でも小さな魔道機関は搭載するわよ」
ナツミさんの言葉に、笑みを浮かべて頷いた。考えることは俺と同じってことだろう。
だけど、アキロンはヨットで漁をしたいということではないんだよな。
島1つ分先に向かって、アキロンを呼ぶ存在が分かるのだろうか?
まさか龍神が呼んでいるとは思えないんだけどね。聖姿が左肩に背にだんだんと大きくなっているように思えるし、色も濃くなってきた。
カヌイのおばさん達にも聖姿がどんな意味を持つのか、いまだに分からないらしい。
1人で旅に出たいのかもしれないけど、ちゃんと戻って来るなら、黙って見送ってあげよう。ナツミさん達に伝えたら心配するだろうから、俺とアキロンだけの胸に仕舞っておけばいいだろう。
調査に2日程余分に掛かったのは、アルティ達がいなくなったためだろう。
氏族の島の入り江にトリマランが入ると、マリンダちゃんが上の操船楼に上って、アルティ達の乗った船を探している。
「桟橋に停泊してるにゃ。近場で漁をするなら問題ないにゃ。アキロンに様子を見に行ってもらうにゃ」
「ちょっと安心したね。でも、そんなことをしたら過保護と思われないかしら?」
「ならグリナス兄さんに様子を聞くにゃ」
確かに漁の方は気になるな。
さすがに神亀を呼び出して漁はしてないと思うけど、そうなると神亀が寂しくならないか?
その辺りのことも、合わせて確かめておいた方が良いのかもしれない。
何時もの桟橋にトリマランを停船すると、マリンダちゃんが屋根の上で南の桟橋に向かって手を振っている。
何だろうと視線を向けると、アルティ達が手を振っていた。軽く手を振って答えたところで、アキロンと一緒になって、トリマランを桟橋にロープで結びつけた。
「まだ日が高いから、商船に行ってくるね」
「結局ヨットは俺が作ることになるの?」
「組み立てだけよ。材料までは無理でしょう? 魔道機関は舳先のからくり用を取り外すけど、もうマーリルが突けなくなるね」
結局、1匹突いただけだったんだよね。
とりあえず、ナツミさん達は満足してくれたんだろう。曳釣りで年に1匹程度水揚げされているようだが、12YM(3.6m)を超えるマーリルはいなかったようだ。
氏族会議をする小屋の壁に、マーリルの吻が数本飾ってあるのだが、俺の突いたを見るたびに男達の腕が振るえるとバレットさんが言っていた。
トウハ氏族は銛の腕を誇る氏族だからねぇ。やはり曳釣りでは満足できないんだろうか?
「次は手釣りで頑張ってもらいましょう。あの老人だって、手釣りだったんでしょう?」
苦笑いで応じたけど、ナツミさんもあの小説を読んだのだろう。
俺の三日三晩の死闘を、ナツミさんは予知しているのかもしれないな。
マリンダちゃんが獲物をカゴに入れ終えたところで、2人がカゴを担いで商船に出掛けて行った。
俺もグリナスさんのところに行ってみるか。
「やってきたな。まあ、こっちに来て1杯飲んでくれ」
「上手くやってるみたいですよ。心配してるだろうとレーデルが言ってましたけど、やはり言った通りですね」
「まあ、皆も娘を嫁に出す時には、俺と同じ気持ちを味わうさ。ありがとう。それが聞きたかったんだ」
「タリダンのところも心配ないとネイザンさんが言ってたぞ。タリダンよりも漁が上手いと言って笑ってたよ」
少しは相手を立てることを教わらなかったのかな? ナツミさんに相談してみよう。
グリナスさんが渡してくれたカップの酒を苦笑いを浮かべて飲むことになってしまった。
「ところで、アオイの方はまだまだ続くのか?」
「もう2、3回というところです。次のリードル漁までには終えると思います」
「なら、また俺達で漁をしないか? タリダン達も連れて行けるだろう。あのカタマランなら2ノッチでかなり遠くまで行けるからな」
昔は俺のトリマランで、そんな話をしてたんだよな。
オルバスさんやバレットさんがやってきて、無理やり同行してくることが度々だったぞ。今度は、ネイザンさんがそうなるのかな?
「ナツミさん達にも話しておきます。きっと喜んでくれるでしょう」
「ネイザンさんの話しでは、氏族の島から1日は若手に任せるということだ。アオイが調べてるのはオウミとトウハ氏族の島から2日から3日の距離ということだろう? 親父達が大型船でその海域の漁をするんだろうが、カタマランで昼夜を進めば2日はそれほど遠くはない」
要するに、ネイザンさん達が率いる船団と、バレットさん達の率いる船団の間で漁をするってことなんだろう。
そうなると、アルティ達は俺の船ってことになるのかな?
筆頭であるネイザンさんは、さすがに俺達と同行はできないだろう。
「おもしろそうだな。リードル漁が終われば雨期が始まる。この辺りなら、大型船や燻製船と漁場が重なることはないでしょう」
大型船の漁は、拠点を構えてその周辺の漁場で漁をする。数日そこで漁をすると、他の漁場に移っていくのだ。
漁場の調査だけで4年近く掛かったんだから、漁場の数はそれこそ星の数ほどある。
氏族の島から少しばかり先に向かっても問題はないだろう。




