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M-193 アルティ達の嫁入り


 アルティ達のリール竿と、彼女達の丈の長さであつらえた銛を作り終えたのは、ネイザンさん達が嫁入り話を持って来てから4度目の調査が終わった時だった。

 後、3回の調査は必要ないだろうと、これまでの事をナツミさん達と振り返っていたんだが、氏族の入り江に戻って来た時にいくつかの真新しいカタマランが目に入ってきた。


「これは……」

「ひょっとするかもね。私達の船はないようだけど、グリナスさんの船が泊まってるから桟橋に着いたら確認お願いね」


 いよいよなのかな?

 まだ俺の心の準備が出来ていないんだけど、月日は無慈悲なものだな。

 入り江の南から2番目の桟橋が俺達の係留場所だ。

 操船をアルティ達からナツミさんに代わったところで、ゆっくりと桟橋に接岸する。

 アキロンが桟橋とトリマランの間に緩衝用のカゴを落とし込み、俺は船首でアンカーを投げ入れる。

 

 係留作業が終わったところで桟橋を歩き、グリナスさんの船に向かった。

 グリナスさんは俺が来るのを待っていたみたいだな。

 俺に甲板に上がるように言って、直ぐに俺の疑問に答えてくれた。


「彼らのカタマランが届いたぞ。俺が最初に手に入れたカタマランと同じものだ。魔道機関も通常型だから、島から2日程度の漁なら問題なさそうだ」

「となると今夜にでも出かけないといけませんね」

「夕食時で良いんじゃないか。ネイザンさんとラビナスの船に行けばいい。それと、これは俺からのお祝いだ」


 グリナスさんがベンチの蓋を開けて取り出したのは上等のワインだった。2本あるから、各々に持って行けということなんだろう。

 

「ありがたく頂いていきます。でも、ちゃんと暮らしていけるでしょうか? ちょっと心配ですよ」

「だいじょうぶにゃ。私達も似た歳でグリナスのところに来たにゃ。御飯が焚ければ、スープは適当でいいにゃ。煮れば何でも食べられるにゃ」


 カリンさんが家形から出てくると、笑顔で話をしてくれたけど、そんな料理をカリンさんは作ってたんだろうか?

 トリティさんがグリナスさんのところにあまり出入りしないのはカリンさんの料理の腕にあるのかもしれないな。

 とはいえ、ナツミさんも最初はすごかったからねぇ。でもだんだんと上手になったんだよな。

 アルティ達も、ナツミさん達やトリティさんに色々と教えて貰ったはずだから、あまり心配しないでも良いのかもしれない。

 

「それじゃぁ、出掛けてみます!」と言って、グリナスさんの船を後にした。

 トリマランに戻ってくると、すでに真新しい背負いカゴが2つ用意されていた。釣り竿が2本飛び出しているのはご愛敬というところだろう。


「向こうの準備は出来てるらしい。アルティが最初だ。マルティはちょと待っていてくれよ。それと、グリナスさんからワインを頂いた。2本あるから、1本ずつ背負いカゴに入れてくれないかな」


 マリンダちゃんが俺からビンを受け取ると、背負いカゴに中にごそごそとしまい込んでいる。

 アルティが俺達1人1人にハグをして、最後にナツミさんにギュッと抱きしめられていた。

 いつも明るいナツミさんだけど、今日はしんみりとした表情で目を伏せている。

 

「これでアルティも巣立つんだから、がんばりなさいな。それと、むやみに神亀を呼んじゃダメよ」

「母さんもお元気で、父さんも頑張るにゃ!」


 俺とナツミさんで分かれの挨拶に差があるように思えるんだけど、ここは笑顔で頷いておこう。

 屋根裏から、アルティ用の銛を取り出す。

 銛先は通常なら丸棒なんだけど、特注の銛先は断面が四角になっている。その面の1つにタガネで文字を刻んでおいた。『ATA』アオイからアルティだ。

 あまり潜る機会はないかもしれないが、銛を使う時には俺達を思い出して欲しい。


 ヨイショ! と声を出してカゴを背負い、銛を持つ。

 

「さて、出掛けるぞ。トリマランが帰ってきたことは向こうも知ってるはずだ。あまり待たせるのもかわいそうだからね」


 俺の言葉に、アルティが小さく頷くと、もう1度マルティとハグして甲板から桟橋に足を踏み出す。

 ゆっくりと桟橋を歩き、もう過ぐ砂浜というところで後ろを振り返ったら、ナツミさん達が桟橋で俺達をジッと見つめていた。

 俺の視線に気が付いたアルティが家族に手を振ると向こうも手を振っている。

 別に今生の別れではないんだから、笑顔で送り出して欲しいのだが、そこは家族なんだろうな。やはり辛いと思う気持ちが心の片隅でうずいている。


 砂浜を歩き2つほど北の桟橋に足を踏み入れた。

 アルティの輿入れだと知った、氏族のおばさん達が興味深い目で俺達を見ているから、小さく頭を下げると、向こうも頭を下げてくれた。

 氏族は家族同然の付き合いだからね。アルティが困った時には、あのおばさんも助けてくれるんじゃないかな。


 桟橋の先にネイザンさんの姿があった。

 どうやら俺達をずっと待っていたようだ。後ろを振り返ると、すぐ後ろをアルティが顔を伏せて歩いていた。

 嬉しさと不安が同居しているのだろうか?

 マリンダちゃんの時は嬉しそうだったけどねぇ。乙女心は複雑なんだろう。

 ネイザンさんの前で立ち止まる。

 

「アルティを連れてきましたよ」

「上がってくれ。先ずは乾杯だ!」


 カタマランの甲板にはティーアさん達家族が全員揃っている。

 ネイザンさんの後に続いて俺達が甲板に上がったところで、背中のカゴを下ろした。

 アルティを前に出して、タリダンの前に立たせる。


「アルティだ。上手く面倒を見てやってくれ。ティーアさん、よろしくお願いします」


 俺の言葉にタリダンが頷くのを見て、ほっと胸をなでおろす。

 アルティはティーアさん達のところに向かうと、ティーアさんと一緒に甲板に座った連中に酒のカップを配り始めた。


「立ってないで座ってくれ。今までは義理の兄弟だったが、これからは同じ父親同士になるんだからな」

「ネイザンさん達が後ろにいてくれるなら安心できます。あまり仕込めなかったとナツミさん達が言ってましたけど、その辺りは大目に見てください」


「なんでもできる人なんていないにゃ。だから夫婦になるにゃ」

 ワインの入ったカップを俺に渡してくれたティーアさんが呟くように話してくれた。


 なるほどね。互いを補完するってことなんだろう。

 だけど、アルティが苦手な料理は、タリダンが補完することにはならないだろうな。お腹を壊さずに笑顔で食べて欲しいところだ。


「乾杯だ!」

 ネイザンさんの声に、甲板の全員がカップを高く掲げた。

 簡単だが、これで新たな夫婦が誕生したことになる。


「本来なら、明日の夜にこの船で宴会なんだが、もう一組あるからな。ラビナスと相談して浜で行うことにした。ちゃんとナツミ達にも伝えてくれよ」

「了解です。……それじゃぁ、アルティをよろしくお願いします。タリダン、頼んだぞ!」


 ネイザンさんとタリダンが大きく頷いてくれたのを確認したところで、腰を上げると改めて甲板の皆に頭を下げる。

 甲板から桟橋に足を掛けながらもう一度甲板を見ると、アルティが笑みを浮かべてタリダンの隣に座っていた。

 あれなら問題なさそうだな。


 あまりのんびりともしてられない。もう1件あるからね。

 とはいえ、走って帰ったなんてことになれば他の連中からどんな目で見られるか分からない。気は焦るばかりだが、ゆっくりと足を動かして歩くことにした。


「送り届けたよ! さて、次はマルティだぞ。準備は良いのかな?」

「このカゴを担いで銛を持てば良いだけにゃ」

「同じ桟橋なんだから、忘れ物があってだいじょうぶよ」


 それも問題だろうけど、荷物が多いからなぁ。アルティが明日の朝に忘れ物を取りに来ないか心配になってきた。

 甲板の真ん中に置いてあるカゴを背負って銛を持つ。

 マルティに顔を向けた途端、アキロンをハグしている。家族全員にもう一度は具したところで、俺のところにやって来る。

 改めてハグしてきたんだけど、背中のカゴがちょっと邪魔だな。


「さて、出掛けるか。ラディットが待ってるぞ」

 甲板から桟橋に下りて、マルティに声を掛けた。

 小さく頷いたマルティが、再度ナツミさん達に顔を向けて頷くと、俺の後に付いてきた。

 連れて行くと言っても、30mも無いんだよな。

 グリナスさん達が甲板で見送っているんだけど、声を掛けないのが礼儀らしい。

 甲板の先端付近に留めてあるのがラビナスのカタマランだ。俺達が向かうのはすでに分かっているのだろう。ネイザンさんと同じように桟橋で待っていてくれた。


 

「マルティを連れてきましたよ」

「上がってください。先ずは乾杯ですよ!」


 ネコ族の婚姻は簡素以外の何ものでもないけど、要は新たな夫婦が出来たことを確認すれば良いことだからね。

 ラビナスの船の甲板で、再びカップの酒を飲んだところで俺の役目は終わりになる。


「明日の夜は宴会ですよ」

「さっき、ネイザンさんから聞かされた。浜で新たな門出を祝うのなんて滅多にないんじゃないか?」

「ネイザンさんの話しでは初めてだそうです。ですが長老も賛成してくれたそうですよ」


 それだけ長老も気にしてくれてたんだな。ありがたい話だ。

 新婦の父親は余り長くいるものではないらしい。

 改めて、マルティをよろしくと頼んだところで、ラビナスの船を後にした。


「ご苦労様!」

 トリマランに着いた途端、ナツミさんがカップを渡してくれた。

 当人達はいないけど、俺達4人で2人の門出を祝うことにしたらしい。アキロンのカップにも半分だけワインが入っている。

 まだ14歳だからね。半人前には半分で良いということらしい。


「それじゃあ、乾杯! 今度はアキロンだからね。期待してるわよ」

「美人で気立てが良くて、料理上手で漁が上手い娘を探すにゃ。浜にもたくさんいるから今の内にちゃんと目を付けておくにゃ」


 アキロンの嫁さんとなるための要求事項は中々難しそうだな。

 ナツミさんも顔を伏せて笑いを堪えているようだ。


「俺の気に入った人じゃダメなの?」

「そうね。それが一番なんでしょうけど、アキロンはどんなお嫁さんが良いの?」


 ナツミさんの質問に首を捻って考えている。

 さてどんな答えが出るんだろう? 


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