M-192 嫁入り道具を作らねば
アルティ達を嫁に出すとなれば、色々と準備が必要だ。
背負いカゴに荷物を満載して、俺達のところにやって来たマリンダちゃんの嫁入り道具が参考になるんだが、生憎と忘れてしまったらしい。
本人も嬉しさで舞い上がっていたから、トリティさんが何を詰め込んでくれたかを、そもそも確認してなかったのかもしれないな。
ナツミさんが、トリティさん達に教えを乞いに出掛けたのも頷ける話だ。
「とりあえず恥は掻かないで済むけど、アオイ君は何を?」
「根魚用のリール竿に、銛を1本と考えてるよ。今までのように神亀で漁にはいかないだろうから、カタマランの舷側で釣りができるようにね」
場合によっては一緒に素潜り漁をするかもしれない。中型が突ける銛があれば重宝するんじゃないかな。
「もう一つ、シメノン用の竿もお願い。マリンダちゃんが絶賛してたもの」
「スピニングリールだね。だいじょうぶ作っておくよ」
ティーアさんが嫁に行く時も、背負いカゴから竿が飛び出してたんだよな。あの時のオルバスさんの後ろ姿が蘇ってきたぞ。
何となくユーモラスだったけど、少し寂し気な感じもしてたんだよな。
「姉さん達の銛を貰っても良いかな?」
購入品のリストを作っていたら、アキロンが聞いてきた。そう言えば、来年は14歳だ。半人前として父親が銛を渡すことになるのだが、アルティ達が嫁に行けば2本銛が残ってしまう。その1本を貰いたいということなんだろう。
「心配するな。アキロンにはアキロンの銛を作ってやるよ。銛の長さはアキロンに合わせなくちゃならないからね。姉さんの銛だと、アキロンには短いはずだ」
俺に似て、身長はトウハ氏族の若者よりも頭1つ丈がある。俺と同じ銛を使っても、そこそこ使えるんじゃないか。
「楽しみにしてる!」
そう言ったかと思うと、屋根裏から俺の釣竿を持ち出して出掛けて行った。
おかずを釣りに行ったのかな? この頃は俺よりも釣り上げる時もあるからね。成人になったら嫁さんに行くっていう娘さんに右往左往する姿を見せて貰えそうだ。
だが、ナツミさんが気になることを言ってたんだよな。
確か『アキロンが誰を選ぶか想像ができない……』とか言ってたはずだ。アルティ達のことはおぼろげながらも島の誰かということだったに違いない。
そうなると、グリナスさんのところの長男のように、他の氏族から迎えるということなんだろうか?
まあ、その内に分かるだろう。誰を貰うことになっても、それが2人の望みなら、親として祝ってあげるのが一番に違いない。
さて、商船に行って、道具を買い込んでくるか。
すでにカタマランの製作を頼んでいるのだろうから、早めに作ってあげないといけないだろう。
硬めで身長ほどの長さのリール竿を4本購入し、太鼓型のリールとスピニングリールを2個ずつ、それに銛先が2本になった銛や、アキロン用の銛先が1本のシンプルな銛を買い込んだ。
細々した品を背負いカゴに入れて、炭焼きの爺さんのところに出掛け、銛の柄になる棒を3本手に入れる。
「アオイには、少し細いんじゃないか?」
「アルティ達の嫁入り道具ですよ。それにアキロンにも銛を渡す歳になりましたから」
「てっきり成人してると思ってたんだが、まだ先じゃったか! お前さんに似て体格が良いからのう。トウハの銛はアキロンが伝えてくれるじゃろう」
いつも炭代以上の代金を受け取ってくれないから、タバコの包とワインを爺さん達の傍らにそっと置いたのだが……。
目ざとく見つけた爺さん達と一緒になって、ワインを飲むことになってしまった。
「アルティ達が嫁に行くとはなぁ。それで、誰のところに?」
そんな話で盛り上がる。
いつもは爺さんの嫁さん達の方が情報が早いのだろうが、今回は自分達の方が早かったと喜んでいるのも平和に思える。
あまり長くいると、どんな質問が舞い込んでくるか分かったもんじゃない。適当なところで腰を上げるとカゴを背負って、3本の棒を担いで帰ることにした。
トリマランでは、夕食の支度が始まったみたいだ。
トリティさん達も来ているところをみると、夕食は一緒ということなんだろう。
「遅かったな。その棒は、銛の柄だな? 昔は嫁入り道具に銛など無かったものだが、時代は変るものだな」
「そんなことを言ってると、炭焼きの爺さん達と一緒ですよ。オルバスさんだってトリティさん達に銛を作ってあげたじゃないですか。後で作るよりは最初に持っていた方が役立つでしょう?」
「まあ、例の2割増しの話しもあるからな。2人で漁をするなら暮らしに困ることはない。それに、2人とも神亀の覚えがめでたい娘だ」
それを言ったら、トリティさんだって、めでたくなると思うんだけどね。
家形の入り口近くに背負いカゴを下ろして、棒はまとめて屋根裏に入れておく。
終わったところで、オルバスさんの隣に腰を下ろすと、マリティがお茶のカップを渡してくれた。
笑みを浮かべて受け取ると一口飲んでみる。
思わず、首が横を向くほどに渋い代物だ。カップを渡す前に味見をしなさいと、教えなければなるまい。
「残りはアキロンだな。どんな娘が嫁いでくるのか楽しみだ」
「反対はしませんが、長老達が動く前に見つけて欲しいと思ってます」
「そうだな。18を過ぎたらバレットが動きそうだ。それまでは俺も注意しておこう」
押しかけ女房があるかもしれないってことかな?
それはそれで、少し奥手なアキロンには良いのかもしれないけど、せめて20歳を過ぎてからにしてほしいところだ。
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雨期が始まったのだろうか?
いつもなら雲1つない早朝なのだが、西空に大きな黒雲が浮かんでいる。
昼過ぎには降り出しそうだから、早めに朝食を済ませてトリマランを出航させることになった。
入り江を出る俺達に手を振っているのはオルバスさん達に違いない。
次に氏族の島に戻ったら、オルバスさんやバレットさんの姿を見ることができないだろう。
オルバスさん達の船団は1か月単位、バレットさん達の船団は3か月単位で漁をすることになるからね。
「次に会うのは雨期明けのリードル漁にゃ」
「カタマランを手放したけど、今度は終の動力船になるのね」
終と言ってもカタマランにはなるんじゃないかな?
トリティさんの要求に、どれだけ応えられるかになるんだろう。案外、中型のカタマランの魔道機関を大型化した様なものになるかもしれないな。
それよりも、俺達の次の船が気になるところだ。変わった仕掛けは設けないと言ってたけど、何をもって変わっているかという判断基準がナツミさんと俺ではだいぶ違っているからねぇ。
「ところで、俺達の動力船は?」
「この間、頼みに言ってきたにゃ!」
それだけ俺に答えたマリンダちゃんが、操船楼に上がっていく。
アキロンが操船をしてるから早めに代わってあげるのだろうけど、どんな動力せんなのかは、運ばれてくるまで秘密のようだ。
そんなサプライズは嬉しくないんだけどねぇ。
「今度は、それほど変わってないわよ」
ナツミさんの感性は俺の斜め上を行くからなあ。慰めにもならない言葉を俺に掛けたところで操船楼に向かった。
弾かれたように、アキロンが下りてくると俺の隣で餌木を作り始める。
俺の餌木を真似してるようだけど、ちゃんとできるんだろうか? まあ、ダメな時は修正してあげることになるのかな。
俺も始めるとするか。工具をベンチの蓋を開けて取り出したところで、今度は家形の屋根裏から釣り竿を持ち出した。
先ずは、根魚用のリール竿になる。竹ヒゴを束にしたような釣り竿は、弾力性に富んでいるが、全体としては固めの竿になる。
2YM(60cm)ほどのバヌトス相手でも十分に使えるはずだ。
リールの座を取り付けて、ガイドを竿先に向かって取り付けていく。
木綿糸でしっかりと固定したところに樹脂を何度も塗って乾かす作業を繰り返す。
「それって、姉さん達の竿だよね。俺にも欲しいな」
「そうだな。アルティ達の竿が終わったら作ってあげるよ。竿に注文はないのか?」
「少し長くて、ガイドは大きい方がいいな。リールを取り換えて使えると思うんだ」
根魚とシメノンを1本の竿で釣ろうということか?
根魚は直下の釣りだし、シメノンは遠くに餌木を飛ばして手元まで泳がせるから、別の竿で対応してたんだけど、出来ない話ではない。
ナツミさんなんて、シメノン用の竿で根魚を釣ってるからね。だけどスピニングリールは底釣りに適しているとは言えないから、手で道糸を手繰ることもままあるようだ。
リールそのものを替えるなら、その問題も無くなるのだが……。
「何とかなるが、リールは頑張って手に入れるんだぞ」
「もう手に入れたんだ。竿は自分で作ろうかと思ってたけど、父さんの竿は皆の憧れだからね」
思わずアキロンの頭をグリグリと撫でてやった。
褒められるのは、たとえ自分の息子でも嬉しくなる。そういうことなら長く使える竿を作ってやらねばなるまい。
昼食は、簡単な団子スープだった。
名もない島の近くにトリマランを停めて食事をしていると、いきなり豪雨がやって来た。
きちんとタープを張っているから慌てることはないのだが、ナツミさん達はトリマランの速度を上げられないのが不満なんだろう。恨めしそうに波立ってきた海原を眺めている。
この調査も終わりが見えてきてるんだから、急ぐこともないと思うんだけどねぇ。




