M-191 アルティ達の嫁ぎ先
明日は、南の海域の調査に出掛けようとしていた、前日の夜のことだ。
バレットさんとオルバスさんが揃ってトリマランにやって来た。
ワインを飲みながらの話しでは、バレットさん達の役目が決まったらしい。
「俺が大型船で、オルバスが燻製船に乗ることになったぞ。これで素潜りから足を洗うことになってしまったが、銛は世話役達に預けることにした。リードル漁には帰って来るからな」
「トリティが呆れたように口を開けていたな。確かに退屈かもしれんが、動力船の上からでも根魚釣りはできるだろう。俺がカタマランで2日の距離、バレットが3日の距離で漁をするつもりだ」
トウハ氏族にその人ありとまで言われているのが、トリティさんとレミネィさんだからね。あまりのことに文句も出なかったのかな?
「お二人とも長らくトウハの筆頭と次席をこなしてきたんですから、その辺りの経験を伝承することになりますね。若手が多いでしょうからよろしくお願いします」
俺の言葉に、バレットさんが笑みを浮かべるとワインをカップに注いでくれた。
「アオイには済まないが、オウミ氏族の南の端までは、調査を続けて貰わねばならん。都合3隻の船団がアオイの海図を頼りにするんだからな」
「その辺りで手抜きはしませんよ。それに残り2年は掛からないでしょう。ナンタ氏族とホクチ氏族の周囲の方は、それぞれの氏族で行ってくれてるんですよね?」
オルバスさんが大きく頷いてくれたから、そこまで俺の仕事が増えることは無さそうだな。
のんびりと家族で漁をして過ごせるのは、もうすぐそこまで着てるってことになる。
組合の運営の方もどうやら上手く行っているようで安心したんだが、その理由はギルドからの人的援助があったことによるものらしい。
かつてサイカ氏族の島にあった王国の出先機関の建物がギルドのニライカナイの拠点になっている。
組合はオウミ氏族に作ったから、2つの氏族間でカタマランを使った行き来が頻繁に行われているようだ。
トリマラン構造にした船体に、魔導機関を3つ搭載した高速船まで作ったらしい。
昼夜兼行で航行すれば2日で島を結べると聞いたから、俺達のトリマラン並に速いんだろうな。
「そんな組合からトウハ氏族に注文がやって来たぞ。一夜干しを燻製にしてほしいとのことだ。その上、燻製を作る日数を1日増やせとまで言ってきたから、ラビナス達が新たに燻製小屋を1棟作ることになったようだ」
「燻製船も少し大きくせねばなるまい。長老も賛成しているから、1年後には今の燻製船は更新だな」
流通経路がしっかり作られ、魚を加工することで付加価値が高まるなら積極的にやってみるべきだろうな。
となると、木材も運ぶことになるのだろう。それは誰の役目かを、しっかりと決めておかないとトウハ氏族の緑が失われかねないな。
「次に会う時には、アオイのトリマランに厄介になるぞ。しばらく続きそうだが、それは我慢して欲しい」
「前にも言いましたけど、それぐらいはお安いことです。大漁を期待してますよ」
改めてカップを掲げるとワインを飲む。
次にこの入り江に帰って来た時には、オルバスさん達のカタマランが無いということになるのだろう。誰にカタマランが渡ったのかは教えてくれなかったけど、トウハ氏族の誰かには違いない。
2人が帰ったのを知ったのだろう。ナツミさん達が家形から出てきた。
明日は早いんだけど、これからのことを話し合おうというのだろうか? 改めて真鍮のカップを2個取り出してきたから、2人にワインを注いであげた。
「数年後にはバレットさん達も長老の仲間入りかしらね」
「母さん達が、漁に連れて行けって言うに違いないにゃ」
カヌイのおばさん達には定員はあるんだろうか? あまりその辺のことは知らないんだけど、前のトリマランを飛ばしているのはカヌイのおばさん達なんだよね。
トリティさん達が、その操船を任せられたら、絶対に水中翼船モードを欲しがりそうだな。
「次の動力船のアイデアは出揃ったの?」
「だいたいできたわよ。今度はカタマランだからね」
ん? 何かまともな船に聞こえるけど、2人で今の船の欠点を是正したに違いないから、次も変わった船になりそうな気もするな。
「マーリルを突くのは、もういいんじゃないかな? 一応2匹は突いたし、トローリングでも釣れんだから」
「ちゃんと考えたわよ。銛でなくても取れるんなら無理する必要はないわ。色々と考えたんだけど、多目的な漁船って難しいのね」
まあ、汎用型と言われる漁船は、向こうの世界にはあったんだよな。爺様が持ってた船もそんな型式だったはずだ。
だけど、いつも使い難いと文句を言ってた気がする。
何にでも使える船は、結局一番使い難い船になってしまうのだろう。ある程度は特化した方が良いのかもしれない。
「次のリードル漁が終わったら頼んでみるわ。このトリマランはカヌイのおばさん達に進呈するつもりなんだけど、長老の意見も聞いてくれるとありがたいわ」
ナツミさんの頼みに、頷くことで答えておく。
カヌイのおばさん達には長老達も一目置いているからね。二つ返事でOKしそうな気もするけど、一応確認しておいた方が無難だろうな。
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雨期を前にしたリードル漁が終わり、再び調査に出掛けようとしていた俺達にとんでもない知らせが舞い込んできた。
その知らせを持ってきたのはネイザンさんとラビナスなんだけど、グリナスさんがオウミ氏族の大型船に向かう前の宴会にやって来たのかと、最初は思ってたんだよな。
2人で高そうなワインを1本ずつ持ってきたから、グリナスさんが嬉しそうな表情をしていた。
「義兄さんまで、見送ってくれるとは思わなかったよ」
「そうか! グリナスも明日には出掛けるんだったな。それなら一緒に飲むのもやぶさかじゃないが、本当はちょっと違うんだ」
ネイザンさん達が甲板にあぐらをかいたのを見て、俺達もベンチを下りる。
夕食はとっくに終わっているから、ここで飲んでいてもナツミさん達に文句は言われないだろう。
真鍮のカップを用意していると、オルバスさんが焼いたシメノンの乗ったザルを持って現れた。
「やってきたな。中々手ごわいぞ」
オルバスさんが声を掛けたのは、ネイザンさんとラビナスに対してなんだよな。俺の隣に腰を下ろして、酒の肴を真ん中に置いた。
ひょっとして、不漁続きということなんだろうか?
俺達が調査している限りでは、かなり有望な漁場がたくさんあることが分かったから、その一部を先行して教えて欲しいということかな?
「実は……。アルティ達を嫁に迎えたいと思ってやってきたんだ」
ネイザンさんの尻つぼみな話の切り出しに、ラビナスが何度も頷いている。
いくら何でも、歳の差がありすぎるんじゃないか?
そんなことをしたら、ティーアさんやレーデルさんが大反対しそうなものだけどね。
「勘違いしないでくださいよ。俺達の子供にです!」
「俺の長男タリダンにアルティを娶らせたい」
「俺の長男、ラディットにマルティを頂けませんか!」
「何だってーー!」
何の冗談かと思ってたんだが、来るものが来たってことか!
俺の大声と同時に、家形の中が騒がしくなってナツミさんとマリンダちゃんが飛び出してきた。
「やはり、来たでしょう? アルティ達の様子を見てれば分かることなんだけどねぇ」
「どうするにゃ? 断るのかにゃ?」
ナツミさん達の様子だと、俺だけが知らなかったということになりそうだ。
確かにこの頃大人びては来てたんだが、この世界の成人は16歳ということだから、来年には大人として扱わねばならないんだが……、でも、少し早いんじゃないか?
「断ったりしたら、長老が日替わりで説得に来るはずよ」
中々答えを出さない俺を見て、呆れた様な口調でナツミさんが脅迫してくる。
そんな話をオルバスさんが言ってたな。
どうせ一緒になるんだから、反対なんぞしなくとも良さそうなものだ。とも言ってたな。
「それで、アルティ達はどうなんだ?」
家形に向かって声を掛けると、扉から顔だけ出した2人が嬉しそうな顔をして頷いている。
ここで反対したら、俺一人が悪者になってしまいそうだ。
「子供達同士が好き合っているなら、俺が反対できることではありません。ですが、まだ16歳にも足りませんから、2人の動力船に向かうのは来年としてください」
「頑張って漁をするように伝えよう。ラビナスも安心できるな」
「そうですね。マルティと一緒になれないなら生涯独身だと騒いでましたから、俺も安心できます」
苦労してるなぁ。
そんな2人にワインを注いであげると、成り行きを見守っていたらしいトリティさん達がやって来た。
ナツミさんが家形に案内してるから、中で宴会が始まるのかな?
ネイザンさんが持ち込んだワインの蓋を開けると、俺達のカップに注いでくれた。
来年には誕生する新たなトウハ氏族の家族に、先ずはカップを掲げる。
「そうなるとグリナスのところはどうするんだ?」
「実は、ホクチ氏族から迎えることになるんじゃないかな。ホクチ氏族の漁師の娘さんと仲良くしているからね。ナンタ氏族から嫁を迎えるトウハ氏族の男は結構いるんだが、ホクチ氏族となるとあまりいないのが気にはなるんだけどね」
「ホクチ氏族は上物釣りの名人が多い。トウハ氏族もカイト様が曳釣りを始めたが、ホクチは昔から行っている。漁法を上手く伝えて欲しいところだ」
オルバスさんは賛成みたいだけど、カリンさんの父親であるバレットさんはどうなんだろう?
先ずはレミネィさんにカリンさんから伝えて貰った方が良いんじゃないかな。
だけど……。娘と別れることを考えると切なくなってしまう。
ナツミさんは嬉しそうだけど、これは父親だけの感情なんだろうか……。




