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M-190 新たな大型船の責任者


 大型船団の漁場の調査を開始してすでに3年が経過した。

 トウハ氏族の島の北部を通過して、現在は島からカタマランで3日の距離を南に向かって漁場を探しているところだ。

 この辺りは、かつての調査区域でもあるから、ナツミさんは少し東に足を延ばした調査を行っている。次のリードル漁が終われば、今度は西に向かって調査を行うことになるのだろう。


「このトリマランも、もう直ぐ更新ね」

「子供達がいなくなったら、大きな動力船だと寂しくなるにゃ」


 ん? ナツミさん達が家形を眺めながら、不穏な話をしているぞ。


「まだま、だアルティ達は嫁には行かないんじゃないかな? しばらくは6人で暮らせると思うんだけど」

「もう、15歳よ。来年は成人するから、あちこちから貰い手が来るんじゃないかしら?」

「父さん達が動いてるかもしれないにゃ。きっと早いと思うにゃ」


 まあ、一応義理の父親なんだから、アルティ達にはお爺さんに当たるのだろうが、本人達の望む相手が一番だと思うんだけどね。

 とはいっても、少し早すぎると思うんだよなぁ。


「少なくとも3年待つことにはならないわ。意外とアオイ君って子離れができないんだから」

「いや、そこは一般常識という奴で……」

「ここはニライカナイなのよ。成人は16歳なの。とはいっても、少しは2人の暮らしに協力しなければならないでしょうけどね。だけど、干渉過ぎるのも良くないと思うの」


 とくとくと説教をされてしまった。

 ナツミさんは理論がきちんと整理されているから、感情論で訴える俺は簡単に論破されてしまう。

 それに、あまり反対してると長老が中を取り持つことになるんだよな。

 あまり反対してると、トウハ氏族の笑い者になりそうで怖くなる。

 操船楼を見上げると、アルティ達が前方を見据えて舵を握っているようだ。

 ナツミさんの様な過激な操船は行わないんだけど、トリティさんとナツミさんが操船の手ほどきをしているから、将来が少し心配になってくる。

 まだ見ぬ2人の旦那さんに、少し同情してしまうところがあるけど、同じ境遇だから慰め合いながらワインを飲めるかもしれないな。


「この辺りは、結構大物がいたんだよね?」

「カタマランでは少し遠くなるから、漁をしている連中に会わないんだよな。後1日、足を延ばせば良いんだけどね」


 とは言っても、されど1日ということなんだろうな。カタマランで2日の航程で、俺なりの漁ができるんなら無理はしない方がいい。


「アキロンが独り立ちするときに、このトリマランを代えるのは俺も賛成だ。だけど、次はおとなしいのがいいな。それとこのトリマランはどうするの?」

「前のトリマランはカヌイのおばさん達が使ってるから、これもそうするわ。丁度向こうのトリマランも寿命でしょうし」


 速度が出るから、カヌイのおばさん達の連絡用になってるんだよな。案外、俺達の動力船よりも酷使しているのかもしれない。

 漁に使うような変な仕掛けは取り除いて、カヌイのおばさん達に進呈しよう。

 マーリルを突こうなんてトウハ氏族の若者は、俺以外にはいなかったのがちょと残念なところだけど、三分の二ほどの大きさのマーリルを毎年のようにトローリングで釣り上げている。

 数は1、2匹だがトウハ氏族の名を高めるには十分だろう。ちゃんと最後に銛を打って引き上げているからね。

 

「マーリルが釣れる船なら十分でしょう。少しずつ素潜りの頻度も少なくなるでしょうし、釣りを主眼に置いた方が良いのかしら?」

「後10年は続けるよ。トウハ氏族は銛の民だからね」


 うんうんとマリンダちゃんも頷いている。

 その視線は、家形の上に銛をもって仁王立ちしているアキロンに向けられていた。

 数年後なら絵になるんだろうけど、生憎と12歳だからね。まだ銛を作ってあげていないので、アルティの銛を貸してもらっているみたいだ。

 周囲のサンゴの状況を見てるのかな? ちゃんとサングラスはしているみたいだけどね。


「今日はこのまま、南に下がって、明日は北西に進路を変えるわ。明後日は漁になるけど、雨期でも今のところは天気が持ってくれてるね」

「それって、フラフを立てるようなものだぞ。土砂降りになっても知らないからね」


 雨期なら天気が3日も続かないんだけど、晴天が4日も続いている。周囲を見渡しても、雨雲なんかどこにも無いから、明日も晴れるに違いない。


 その夜だった。家形の屋根が壊れるぐらいの豪雨が襲ってきた。トリマランが揺れているのは、風で波が立っているのだろう。

 とりあえず、窓の戸板を下ろしたのだが、雷鳴と豪雨の音で家形の中で会話もできないくらいだ。

 これで帳尻を合わせてるのだろうか?

 そうだとしたら、明日は晴れるに違いないんだが……。


 豪雨は、翌朝になっても止むことが無かった。

 さすがに雷鳴は聞こえてこないけど、50m先も見えない感じだから、今日はこの島の砂浜で過ごすしかなさそうだな。


 昨夜眠れなかったんだろう、アルティ達はハンモックでお休みしている。雨音が小さくはなったけど、かなり降ってるんだよな。

 ナツミさん達は、マリンダちゃんと海図を書き写しているようだ。今回の調査が終われば氏族の島の東の海域が終了になるからだろう。

 外の様子を探ろうと、家形の扉を開けてタープの下で空模様を見ながら、パイプに火を点けた。

 カマドは濡れなかったから、どうにか朝食を取れたけど、睡眠不足だから食欲が無いんだよね。


「アオイ君、暇ならおかずを釣ってくれない?」

 扉越しのナツミさんのお願いに、家形の屋根から釣り竿を引き出して糸を垂れる。

 トリマランを停めた時に下ろしたアンカーのロープは水深3mにも満たなかった。こんな浅い砂地に魚が寄り着くんだろうか?


 夕暮れの様な明るさの海は、豪雨と風でいつもよりも波立っている。

 赤く塗られた丸い浮きは、ともすれば波に隠れてしまうけど、魚が掛かれば釣り竿に辺りが届くはずだ。

 しばらく待っていると、竿先を引き込む当たりがきた。軽く合わせて竿を上げると30cmほどのカマルが掛かっていた。

 これなら数匹釣れば今夜のおかずになりそうだ。獲物をザルに入れて、再び仕掛けを投入する。


 西が明るくなってきたと思ったら、テーブルクロスを引き取るように空が帆が死に向かって晴れていく。

 どうにか豪雨が納まったみたいだな。

 扉を開けてナツミさん達に豪雨が去ったことを告げると、真っ先にマリンダちゃんが出てきた。


「たくさん釣れたにゃ! これで唐揚げが作れるにゃ」

「それなら、これで終わりにするよ。時間は昼前だよね」

「そうにゃ。今から北西に向かうにゃ」


 直ぐにマリンダちゃんが操船楼に上ると思ったら、先ずはカマルを降ろすことから始めるようだ。

 大きな欠伸をして出てきたナツミさんが、カマドでお茶を沸かし始める。

 眠そうな目をしてるからねぇ。先ずは苦いお茶で目を覚ます気なんだろう。


「10時を過ぎてるわ。今日はできる限り調査開始の島に向かうけど、場合によっては明日も進むことになりそうね」

「無理は禁物だよ。先は長いんだからね」


 調査期間が半日延びるということは、漁も半日延びるということになる。晴れれば素潜りができるし、雨なら根魚を狙えばいい。見付けた漁場の魚影も調査の対象だ。


 3人でお茶を飲み終えたところでナツミさん達は操船楼に上がり、俺は船首に行ってアンカーを引き上げる。

 ゆっくりとトリマランが島から離れて、舳先を北西に向ける。

 明日の昼ぐらいまでは掛かるのかもしれない。海底が見えない夜は調査の対象外だ。

                 ・

                 ・

                 ・

 いつもより1日遅れで、氏族に島に戻るとオルバスさんが心配そうな表情でトリマランにやってきた。

 ナツミさん達が背負いカゴで漁果を運び出すのを見て、オルバスさんの表情が和らぐ。


「それなりに漁ができたようだな」

「全員で漁ができますからね。数年もすれば、トリマランが寂しくなりそうです」

「俺とバレットも次の役目をせねばなるまい」


 雨期の前に長老が1人亡くなったからなあ。長老の予備軍が長老になるのだろう。その前に亡くなった長老の欠員も拾足してなかったんだから、かなりの移動があるんじゃないか?


「カタマランを離れることになれば、今のカタマランを手放すことになるだろう。氏族の島に帰って来る時があれば、アオイのところを頼っても構わんか?」

「いつでも歓迎しますよ」


 となると、大型船もしくは燻製船に乗ることになるんだろうな。

 一度出航すると、1か月以上は帰って来れないからね。確かにカタマランが邪魔になってしまいそうだ。

 大型船の役目がいつまで続くか分からないけど、その役目が終われば小さな船でトリティさん達と暮らすのだろう。

 長老となって漁から足を洗ったら、トリティさんのストレスが溜まりそうだな。

 その時は、たまに誘ってあげよう。


「なんだ早速、こっちに来てたのか!」

 バレットさんとグリナスさんがやって来た。

 4人集まれば、酒を飲んでもいいんじゃないかな?

 ココナッツの実を割ってジュースを取り出しポットに入れる。最後に目分量で蒸留酒を入れれば出来上がりだ。

 グリナスさんが、ココナッツのカップを甲板に並べたので、俺もポットを持って甲板にあぐらをかく。

 

「オルバスに聞いたかもしれんが、俺達が氏族の島にいるのはそれほど多くは無いだろうな。たぶん、オルバスはアオイのところで厄介になるんだろうが、俺達はグリナスのところで世話になるつもりだ」

「それならたまには俺達と一緒に漁ができますね」


「まだマーリルを釣っていないからなぁ。元筆頭として、それだけが心残りだ」

「あの大きさを見て、釣ろうと思わん奴はいないだろう。俺もだが、アオイと一緒ならバレットよりも先に上げられそうだ」


 まだまだ、現役でいたいみたいだな。

 互いの成功を祈って、オルバスさん達が酒のカップを合わせている。

 俺とグリナスさんは顔を見合わせて首を振る。どちらかが先に釣るか、いや、2人ともマーリルを釣り上げるまでは諦めないだろう。

 本当に、困った人達だよな。だけど、俺はそんな2人が大好きだ。


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