M-187 淡い予知夢
トリマランの午前中の操船はナツミさん達が行い、昼食後はトリティさん達のようだ。
水中翼船モードで水面を滑空しているように進んでいるから、トリティさんがご機嫌でハミングしているのが甲板まで聞こえてくる。
船尾のベンチに腰を下ろして、周囲の島を眺めるだけだからのんびりしたものだ。
たまに舵は握らせてもらえるんだけど、30分にも満たないんだよな。バレットさんが男は漁だけを考えろと言ってはいたんだけどね。
「あら? 餌木の制作は終わったの?」
「2個作ったよ。スピニングリールを付けた釣竿は2本あれば十分だろうし、横軸リールを付けた根魚用の竿は3本あるからね。アルティ達のリール竿はもう少し先になるかな?」
「嫁に行く時には持たせてあげなくちゃ。リール竿2本に仕掛けがいくつか、それに今使ってる銛を直してあげなくちゃね」
ナツミさんが俺の横に腰を下ろすと、嬉しそうな表情で嫁入り道具の話を始めた。
確か背負いカゴに入るだけだったんじゃないかな?
まだまだ続けているから、ザバンに積み込んで持って行く感じだ。
だけど、まだまだ嫁にやる気はないからな。このままこの船でずっと暮らしていきたいところだ。
「……という感じかな。いっそのこと、カタマランを付けて上げたいけど、トリティさんが呆れたんだよね」
「カタマランを嫁入り道具にはさすがにしないんじゃないかな? あまり変な先例を作らない方が良いと思うんだけどね。それに、まだまだ先の話しじゃないかな」
俺の言葉が終わらない内に、キリっとした表情で俺に顔を向けた。あまり見ない表情なんだけど、怒ってるのかな?
「まったく、男の人って皆同じなんだから。母さんが同じようなことをリビングで行った時の父さんの言葉が、今のアオイ君とまったく同じよ。
私達がこの世界に来たのは、アルティ達より少し年上の時だったじゃない。それを考えると、早いなんて言ってられないわ」
「そうだね」と短く答えてると、笑みを浮かべながら頷いてくれた。腰を上げてカマドの方に向かったからお茶を入れてくれるのかな?
今思えば、17歳の時だったからな。すでに十数年の年月が流れている。
結婚をあまり反対すると、長老が間を取り持ってくれると聞いたけど、アルティ達の時に俺が反対すると、バレットさん達が取り持ってくれるんだろうか?
何となく、その時の光景が目に浮かんでしまう。バレットさんのことだから、賛成するまで酒を飲まされかねない。
ナツミさんのことだから、自分達と同じ年齢を1つの目安にしているのだろう。
となると、17歳ということなんだろうか?
アルティ達は今年13歳の筈だから、4年先ということになる。果たしてどんな相手を捕まえてくるのかな?
ナツミさんが操船楼に水筒を持って行く。その後でポットに入ったココナッツジュースを家形の中にいるマリンダちゃんに渡している。
まだお昼寝はしてないのかな? この頃あまりしなくなってきたんだよな。やはりそれだけ大人に近づいているんだろう。
ナツミさんが再び俺の隣に腰を下ろしてココナッツジュースの入ったカップを渡してくれた。
「ありがとう」と礼を言うと、カップをカチンと合わせる。
「やはり数年は先になるよ。反対したら、バレットさんにたっぷり酒を飲まされそうだ」
「数年なんてすぐ経っちゃうよ。反対するの?」
そう言って口元に手を添えながら笑いだした。やはり簡単に想像できるんだろうな。
「結局、一緒になるのが常なんだから、笑顔で許してあげなさい。でもアキロンはどうなるのかな……」
「アルティ達は賛成してもアキロンには反対するつもりなの?」
「ううん、そうじゃないの。アキロンが誰を選ぶのか、想像できないのよ」
ナツミさんの脳裏には、アルティ達の相手がおぼろげに見えているのだろうか?
神亀と意思を通じ合えるなんて、俺にも想像できないからな。俺達とは違った想像力を持っているのかもしれないな。
だいたい、木造の水中翼船なんて俺には想像すらできなかったからね。この先、何隻か動力船を作るんだろうけど、皆と同じようなカタマランに乗ろうなんて全く考えてはいないんじゃないか。
「アキロンの場合は更に先だ。まだまだ銛を使うのは早いからね」
「銛を覚えて、自分のカタマランを持った時が楽しみではあるわ」
ん? 最初の船を手に入れる前には、あらかた相手が決まっているはずだ。
ネイザンさん、グリナスさん、それにラビナスだって相手が決まってから船が届いたんだよな。
今のナツミさんの話しでは、アキロンが船を手に入れてからになってしまう。
予知能力があるのかな? 今までの漁で外れがないというのも、ナツミさんが漁場で一番良い場所を見付けられるということだろうか?
そうなると、俺の左腕の聖痕が霞んでしまいそうだ。
待てよ。ナツミさんの能力を隠すために、俺が聖痕を持っているのかもしれない。
「どうしたの?」
「いや、ちょっと考え事さ。ナツミさんは俺を超えた能力があるんじゃないかとね」
「神亀と話せること? それとも少し先が見えることかな?」
やはり、予知できるということか……。
となると、ナツミさんはたくさんある未来の選択肢の中で、一番自分達に都合の良い方に俺達を導いてくれるということになる。
この世界での発言力は余り無いから、聖痕の保持者としての俺を通して長老達に提案しているということなんだろう。
男女の役割がかなり極端だからねぇ。それは仕方のないことなんだろうな。
「となると、この先の漁場も分かってるの?」
「それは無理! 私は夢でそれを知るの。それもかなりおぼろげだから……」
ひょっとして、ナツミさんはこの世界に来ること、そしてこの世界から帰れないことをずっと前から知っていたんだろうか?
ヨットの練習にはそぐわないような父親の趣味の用具なんかも積んであったぐらいだし、水着だって練習に5着も用意するはずがないからね。友人の荷物から見つけたと言ってたけど、全て自前なんじゃないか?
まあ、いまさらなんだけどねぇ。すでに俺達はトウハ氏族に根を下ろしている。
この世界で子供達を育て、老いては氏族の為に貢献することになるんだろうな。
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2日掛けて目的地に到着すると、トリマランは北に向かって進みながら、家形の中の大きな箱メガネを使って海底を探る。
歩く速度よりも少し早いぐらいだから、子供達も飽きずに眺めているが、ナツミさんはメモをしながらの観察だ。一緒にいるマリンダちゃんがたまに家形の屋根に上って偏向レンズのサングラスを使って広い範囲で海底の様子を調べている。
操船楼の上では、トリティさんが速く走れないのが不満なんだろうな。マリンダちゃんが屋根に上る度に色々と文句を言っているようだけど、マリンダちゃんは無視しているようだ。
「今度はアオイに代わるにゃ。少し休憩にゃ」
「良いですよ。今上に行きますから」
やはり飽きたようだ。ゆっくりと進んでいるから俺にだって操船できるだろう。
サングラスを掛けて操船楼に上ると、トリティさんが舵を代わってくれた。
やはり、舵を握ると緊張するな。
魔道機関の出力は半ノッチというところだ。これは触らずに舵だけ握っていよう。
夕暮れが近づくと、ナツミさんが操船楼に上がって来た。
そろそろ近くの島に船を寄せるんだろう。舵を代わったところで甲板に下りると、トリティさんがアルティ達と一緒に夕食の準備を始めるところだった。
「船を停めたら、おかずを釣るにゃ。たくさん釣れたら今夜は唐揚げにゃ!」
やる気が出る指示だ。
笑みを浮かべながら屋根裏からおかず用の竿を取り出して船が停まるのを待つことにした。
翌日は、東に向かって進み。海域到着の3日目には南西に向かって進んだ。
簡単だがこの海域の調査がこれで終了する。
4日目は、漁ということなんだが……。
「やはりこのサンゴの穴が狙い目かもね」
「こっちの海底の溝の方が良いにゃ。カタマランが10隻なら、サンゴの穴は漁場には小さいにゃ」
直径20mほどのサンゴの穴が半径1kmほどの場所に集中している。数隻なら確かに良い漁場になりそうだ。
リジィさんお勧めの漁場は浅い溝が南北に続いている。溝の底までは数mも無いのだが、崖の部分はかなり鋭角だ。
ブラドがたくさん見えていたからねぇ。俺もこっちが良いと思っている1人だ。
「今日、戻って来た時には溝が消えてたわよ。それほど長い溝じゃないみたい。それに、獲物がたくさんいることは分かってるんだから、こっちの穴にいる魚を調べた方が良いんじゃない?」
サンゴの穴の方は結構深そうだ。ぼんやりと底が見えてたから10mはあるかもしれない。
大型の根魚も期待できそうなら、やってみるべきだろう。
リードル漁で懐は温かいし、無駄な努力というのも調査には必要なんだろうな。
「俺も、こっちが良いと思ってたけど、見えない獲物を探した方が調査の目的にはなるんじゃないかな? ザバンを使えば素潜りが2人はできるし、トリティさん達には根魚を狙ってもらえるんじゃないか?」
「リジィとアキロンに任せるにゃ。私はアルティ達と素潜りをするにゃ」
また神亀を使うんだろうか?
呼べばやって来るだろうけど、トリティさんがいつも乗ってるんだよな。自分のザバンと勘違いしてるんじゃないか?




