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M-186 版図の守りは永続する


 次の出漁に備えて、ナツミさん達が食料を大量に買い込んできた。

 育ち盛りの子供が3人もいるし、大人だってトリティさん達が加わったから5人になると言っても、少し買い込みすぎなようにも思える。

 ワインを5本に、柑橘系の香りのする蒸留酒が2本、タバコに包みが3つも入ってたし、アルティ達用に飴玉もあるようだ。果物や野菜は魚用の保冷庫にまで詰め込んでいる。

 いくら大型の魚用の保冷庫が両舷にあると言っても、限度があるように思えるんだけどねぇ。


「たくさんあると安心にゃ。余ったら次の航海に使えるにゃ」

 唖然とした表情で積み込みを眺めていたのだろう。トリティさんが理由をおしえてくれたけど、隣にいたリジィさんも頷いていたから、危機管理に前向きということなんだろうな。

 

「よろしく頼むぞ。10日もすればバレットが帰るはずだ」

「何事も無いように祈ってます。トリティさん達が一緒なら俺達も助かりますから、かえってありがたい話です」


「だが、グリナスが選ばれるとは思わなかったな。カエナルと一緒なら上手くやれるとは思うのだが……」


 5つの氏族が出資して作られた大型船に、各氏族から動力船が2隻ずつ随伴する。

 トウハ氏族からは、グリナスさん達が派遣されることになったようだ。若手の指導者がラビナスのなったのは、グリナスさんを派遣させるためだったらしい。

 ある意味、トウハ氏族の代表者でもあるんだから、レミネィさん達は喜んでいるけど、トリティさんは心配で仕方がないようだ。

 確かに、漁が上手いとは言えないけれど、下手とも言えない腕なんだよね。

 トウハ氏族の中堅の中間の腕になるんだろうか。俗に言うなら、トウハ氏族の標準的な腕とも言えそうだ。

 長老達は、意外とそんな評価をして選んだんじゃないかな?


「トリティさんが心配してますけど、素潜り、根魚釣りにシメノン釣り。トローリングに延縄まで一通りのことができますからね。カエナルの指導も出来そうですし、他の氏族と漁の方法を教え合うことだってできます」

「アオイの言う通りには違いないが、あの性格だからなぁ」


 オルバスさんの嘆きは、父親ならではのことだろう。

 ちゃんとやれるとは分かってるんだろうな。それでも……、と心配するんだからね。


 その夜は、ガリナスさんの家族も一緒に夕食を取る。レミネィさん達は、ラビナスのところで厄介になると言っていたが、操船の上手な義理の母親だから安心して若者の指導ができるんじゃないかな。


「大型船の漁場を見付けるにゃ? 私達も行きたかったにゃ」

「レミネイ達には若手の指導があるにゃ。ラビナスだけに任せられないにゃ」


 若手の嫁さん達の目標は、トリティさんにレミネィさんだからねぇ。それに素潜りだってそれなりというんだから、若手もうかうかできないな。


「まぁ、極端な操船を教えない方がいいぞ。その内に自分で覚えるものだからな」

「ナツミほど過激じゃないにゃ。あれを見て、誰もナツミを超えようなんて考えを起こさないにゃ」


 たぶん、南の水路を強引に走った時のことを言ってるんだろう。半ば伝説化しているみたいに、たまに話に出てくるんだよね。


「あれは過激でも何でもありませんよ。船の動きを自分なりに知ったところでのことですからね」


 ナツミさんが自己弁護をしているけど、俺とグリナスさんは顔を見合わせて小さく首を振った。

 しばしの別れの宴を兼ねているんだけど、賑やかな話が続く。本来ならしんみりするところなんだろうが、常に前向きなネコ族ならではのことだと、この頃はあきらめがついてきた。


 翌日。早朝に桟橋を離れた商船を見送る。

 商船の舷側に立つオルバスさんは、桟橋の俺達が見えなくなるまで手を振るつもりなんだろう。

 そんなお爺さんにアルティ達が賢明に手を振っている。


「出掛けたにゃ。ネイザンが氏族会議では戦の話がまるでないと言ってたけど、づっと続くのかにゃ?」

「ネコ族の版図が続く限り続くと思いますよ。もう少し、対応する者達を考える必要があるでしょうけど、それはかなり先になると思います」


 トリティさんの横顔はいつもの様な明るさが無いんだよな。

 場合によっては、先ほどの別れが今生の別れになるかもしれないと思っているのかもしれない。

 王国の海軍と対峙したとしても、海戦等を起こさずに、示威行動だけで済ませて欲しいところだ。

 相手に圧倒的な戦力を見せつけるということでは、この世界の大砲は極端な部類に入るのかもしれない。海人さんも大砲の威力を見せつけることで大きな戦になることを避けたかったのかもしれないな。


「無事に帰ってきますよ。そろそろ明日の準備をしましょう。早朝に出掛けるんでしたよね」

「そうにゃ。夕食を早めに取って、家形に入るにゃ。明日は日の出と同時に出発したいにゃ」


 急に元気になった感じだな。トリティさんはいつも通りが一番だと思う。

 桟橋からトリマランに戻ると、漁具の点検を始めた。ナツミさんはアルティ達と保冷庫に氷を追加している。 

 原始的な冷蔵庫だけど、結構冷えるんだよね。今は野菜や果物だけど、両舷にある保冷庫を魚で満載にして戻ってきたいところだ。


「トリマランで1日半夜も進むなら、カタマランなら3日は掛かるにゃ」

「その航程で漁場を探します。今のところ、島から2日程度の距離で各氏族とも漁をしてますからね。大型船はそれより遠くで漁をするなら諍いを起こすことはないでしょう。もっとも、この海域は、オウミ氏族とトウハ氏族の3つの島についてです。ナンタとホクチの外側は別途考えることになるでしょうね。それにサイカ氏族の島の周囲には大物はいないでしょう」


 オウミ氏族が反対するかと思っててけど、トウハ氏族の島を譲ってもらった恩義を忘れていないらしい。

 将来もう1隻大型船を使った船団を作る時には、再度漁をする海域を調整しなければならないだろうな。


 日が傾いたところで、ナツミさん達が夕食作りを始めた。アルティ達が自分の竿を持って桟橋の突端に歩いていく。数匹釣り上げたら直ぐに帰って来るだろう。

 トリティさんが、自分達のカタマランから荷物を運んでいるから、今夜は魚のスープになるんだろうな。トリティさんがカマドに立てば、唐揚げが食べられるんだけどね。


「最初は北西で良いのかしら?」

「トウハ氏族が昔リードル漁をしていた島の北が狙い目かな。少し遠いけど、トリマランなら2日は掛からないと思うんだけど」


「2日目の夕暮れ前には確実にゃ。夜も走れるし、昼間は2ノッチ半は出せるにゃ」

「夜間は1ノッチでお願いしますね」


 夕食を取りながら、明日の行先を再確認。

 ナツミさんが夜間の速度を制限したから、トリティさんが残念そうな表情をしている。

 夕食の片付けが終わると、ランプので海図を開く。

 新しい海図を手に入れたようだ。漁場が1つも描かれていないから、今回見付けた漁場をこの海図に描いていくのだろう。

 ナツミさんが粗末な鉛筆を使ってオウミ氏族の東の島に北東からぐるりと大きく船を描く。

 トウハ氏族の島を一周して、ナンタ氏族の海域にまで続くUの字を横にしたような線だ。


「この線がカタマランで3日の線になるわ。この外側に沿って漁場を探すことになるのね」

「外側をどれぐらい探すにゃ?」

「三角形に動きましょう。外側に半日、東に半日、2日目に最初に戻って、見付けた漁場で漁をすればいいわ」


 調査と漁を含めて、およそ4日ということか。航行は最初の海域だとすれば、昼夜を通して進むなら3日も掛からないだろう。

 調査の最初と最後が一番長い航海になる感じだ。

 真鍮のカップに入れたワインを飲みながら、ナツミさん達の話し合いが続いている。


 海域と大まかな航程が分かったから、輪から離れてパイプを楽しむ。

 結構細かなところまで事前に詰めてるけど、献立まで決めておく必要があるんだろうか?

 いつもその日の気分で料理を作っているように思えるんだけどなぁ。


「これで、十分にゃ。後は出掛けるだけにゃ」

「それじゃあ、明日はよろしくお願いします」


 どうにか纏まったようだけど、子供達はすでに寝てるんじゃないかな?

 俺達も、ハンモックに入り穏やかな潮騒の音を聞きながら目を閉じた。

                 ・

                 ・

                 ・

「父さん。皆起きてるにゃ!」

「んん……」


 お腹をポンポン叩いていたのはマルティだった。

 たまに語尾に「にゃ」が付くのは、この島で育ったからなんだろう。

 大きな欠伸をしてハンモックから足を降ろしたけど、まだ周囲は薄暗い感じだ。いくら日の出とともに出発だと言っても、俺まで起こすことはないんじゃないかな。

 マルティに手を引かれて甲板に出ると、ランプの灯りの下で、マリンダちゃんとリジィさんが朝食を作っていた。

 トリティさんは水筒にお茶を入れてるところだったし、ナツミさんは操船楼に上がっているみたいだな。


「水の容器が1つ空にゃ。汲んできて欲しいにゃ」

 マリンダちゃんの頼みに頷くと水の容器を持ってトリマランを下りる。

 起きているカタマランはないようだな。薄暗い渚を歩きながら水場に向かって、水を容器に入れる。

 この容器は10ℓぐらいしか入らないんだけど、いつ見ても花瓶に見えるんだよね。

 空を見上げると、少しずつ星が消えていく。

 日の出までには2時間ほどあるんだろうけど、ナツミさん達は気が早いからねぇ。さっさと朝食を終えたところで出掛けるんじゃないかな。


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