M-182 銀貨1枚にはなったかな
3日間の漁を終えた翌朝、俺達は漁場を離れて帰島する。
カエナル達の漁果は、ブラドだけで30匹を超えているようだから、とりあえずは大漁ということになるんだろうな。
そうなると気になるのは、グリナスさんとラビナスの船団になるんだよな。
なるべく平均化するように、漁に出掛ける度に連れて行く若者を変えることにはしてるんだけどねぇ。
明日は、氏族の島に着くという前夜。小さな島の近くで船団を停めると、のんびり夜を過ごす。
「兄さんの率いた船団が心配にゃ。次は兄さんが率いた船団を連れて行くにゃ」
真剣な表情を北に向けながらマリンダちゃんが呟いている。
俺とナツミさんは顔を見合わせて苦笑いだ。アルティ達はキョトンとした表情で俺を見ている。
体を乗り出してアルティの頭を撫でてあげると、頭を振ってイヤイヤをしている。
今回は、素潜りができなかったから残念そうにしてるんだけど、オルバスさん達がバレットさんと交替すれば、トリティさん達がトリマランにやって来るからそれまでの辛抱だ。ちゃんと言い聞かせれば楽しみに待っててくれるだろう。
「1か月で銀貨3枚が目標だからね。このままなら1か月で3回は出漁できるわ。1回の出漁で銀貨1枚以上手に入れられれば目標達成よ」
「ブラド10匹は欲しいにゃ。でないと暮らしに苦労するにゃ」
それぐらいなら、どうにかなってるんじゃないか?
何と言っても、果物は取り放題だからねぇ。贅沢さえしなければ飢えることはないはずだ。
それにグリナスさんだって、中堅の仲間に入っているし、動力船だって2隻目を手にしている。2隻目を10年以内に手に入れたんだから、マリンダちゃんも少しは見直してあげれば良いと思うんだけどね。
「明日には分かるわね。きっとグリナスさん達も大漁の筈よ」
「そうだと良いにゃ……」
まだ心配しているみたいだ。
優しい性格だから兄さんが心配なんだろうな。
トウハ氏族の島に帰って来ると、入り江で船団を解いた。いつもの桟橋にトリマランを停めると、ナツミさん達が保冷庫から背負いカゴに一夜干しを入れ始めた。
商船が来ていないみたいだから、氏族の大きな保冷庫に入れておくんだろうな。
氏族の世話役に獲物を渡せば、魚種と大きさに応じて買い取ってくれる。ついでに1割の上納もその場で行えるはずだ。
「行ってくるにゃ!」
「子守と留守番をお願いね」
アルティ達に手を振ってナツミさん達が桟橋を歩いて行った。
まだグリナスさん達は帰って来ないようだけど、今夜中には帰って来るに違いない。
しばらくしてマリンダちゃんだけが帰って来た。
再び保冷庫から獲物を背負いカゴに入れている。どうやら3カゴ分あったらしい。
「今度はシメノンにゃ。少し残してあるから今夜のおかずにするにゃ」
「シメノンは1晩だけだったからね。それでも十数匹は上げたんじゃないか?」
ニコリとマリンダちゃんが笑みを浮かべながら保冷庫に蓋をした。どうやら全部カゴに入れたらしい。足を速めて世話役達の小屋に向かって行った。
「トリティおばさん達が帰って来たよ!」
マルティがいつの間にか家形の屋根に乗っていたようだ。まだまだ暑い日中だから、そんなところに長くいると熱中症になってしまうぞ。
タープの横から家形の屋根を見ると、ちゃんと麦わら帽子は被っているようだ。海からの風は涼しいから、何とかなりそうだな。
トリティさんの操船するスマートなカタマランがトリマランの隣に横付けされた。急いで船首と船尾をロープで結び、舷側の間に緩衝材であるココナッツの繊維がぎっしりと詰まったカゴを挟み込んだ。
「早かったな。それで?」
「何とか銀貨1枚にはなったようです。1回ですが、シメノンの群れに会いましたから」
オルバスさんが笑みを浮かべて頷きながら、トリマランの甲板にやって来る。
船尾のベンチに座って貰って、アルティにお茶を頼んだ。
家形の屋根にいたマルティも下りてはきたんだけど、アキロンと一緒に隣のカタマランにいるトリティさんをジッと見ているからな。トリティさんも気が付いているようで、たまに手を振ったりしている。
「もうちょっと待ってるにゃ。これを運びながら浜に行くにゃ」
そんなことを言うもんだから、アルティまで俺達にさっさとお茶のカップを渡して、マルティ達と一緒になってトリティさんの作業が終わるのをじっと見てるんだよね。
「魚影はそれなりですが、中型揃いでしたね。もう少し大きければいいんですが」
「カタマランで漁を始めたばかりだ。大型を狙うよりは数を狙う方がいい。アオイ並みに銛がまだ使えんだろうからな。リードル漁以外の銛は、まだ1本だけなんじゃないか?」
「となると、ハリオ用の銛は俺達で作ってあげるべきなんでしょうか?」
「それぐらいは、自分達で何とかするだろう。アオイはだいぶ銛を作っているが、元々のトウハ氏族の銛は種類が少なかったらしい。カイト様が種類を色々と作ってくれたから、その恩恵を今でも受けているのだ」
グリナスさんは3本だと言ってたな。ラビナスはそれより2本は多いんじゃないか?
それに比べると俺の銛の数は異常ともいえるだろう。
ナツミさんやマリンダちゃん用の銛まであるし、今度はアルティ達の銛まで作らねばならないからね。
「若者達には、漁を教えるだけで十分だ。仕掛けや銛を自分達で考えられるならトウハ氏族はますます栄えるだろう」
「そうですね。工夫は大切と教えましょう」
そんな話をしている俺達の前を、トリティさんとリジィさんが背負いカゴを担いで通り過ぎる。その後をアルティ達が付いて行った。途中でナツミさん達と合流できるんじゃないかな。あまりトリティさんに頼っては申し訳ないところもあるし……。
「どうやらトウハ氏族の大型船が、族長会議で話題になってるらしいぞ。各氏族が資金を出し合ってもう1隻造るような話を長老がしていた。となれば、各氏族から動力船を2隻ほど出さねばなるまい。本拠地はオウミ氏族の西の島となるようだな」
かつてのトウハ氏族が暮らしていた島と聞いたことがある。
俺の話を各氏族の族長が評価してくれたということなんだろう。サイカ氏族は簡易型のカタマランになるんだろうが、それはあまり問題にはなるまい。せいぜい母船から島1つ離れるぐらいだからね。
となると、残った計画は共同組合ということになりそうだ。
ナツミさんがカヌイのおばさん達と一緒になって、色々と考えをめぐらしているから、そっと見守って行けば十分だろう。
「それで、2割増しの方は何とかなったんですか?」
「今のところは問題がないようだ。サイカ氏族の小魚釣りも、あの仕掛けで子供まで竿を握っていると聞いたぞ。俺達の融通する魔石を使って簡易型の動力船もだいぶ増えたらしい」
昔は小さな動力船だったらしい。家族の全員が家形に入れずに、雨期の豪雨をゴザのような代物を被って凌いだと聞いたことがある。
今では中型の外輪船が主流となっているようだが、基本は家族が家形で寝られるということになったらしい。
近場ではなく、少し離れた漁場で漁をすることがそうさせたのだろうけど、皆喜んでいるんじゃないかな。
「となると、また人選ですか?」
「そうなるな。だが、一生ということではなく、帰還を1年と限るようだ。中堅と若手の2組になるらしい。とはいっても、アオイの出番は無いぞ。アオイには自由に漁をさせて若手を鍛えて貰おうと長老達が望んでいるからな」
他の氏族は後回しということなんだろう。トウハ氏族はトウハ氏族ということかな?
「そうだ! マーリルを突いた銛を預からせてくれないか? 長老が一度は皆に見せるべきじゃろうと言っていた。次にマーリルを突きに出掛けるまでは、長老の部屋に置いてくれるとありがたい」
「構いませんよ。そうそう突けるものではありませんし、若手を指導するなら来年までは用がありませんからね」
次はトローリングで捕らえたいところだ。
銛は無理でも、トローリングならネコ族の人達でも何とかなるんじゃないかな?
船首に行って、屋根裏から銛を引き出した。途中の金具で長いロープと連結してあるから、その部分を解けばちょっと変わった大きな銛ということになる。
長さだけで4.5mはあるんだけど、氏族会議の部屋は1辺が7m近いから十分に納められるだろう。
場所取りだから、船尾からもう一度屋根裏に入れておいた。
オルバスさんが氏族会議に出掛ける時に取り出せばいい。
「その大きさだからなぁ。やはり俺達には突けんだろう」
「釣りなら何とかなると、あの時言いましたよね。次は釣りで何とかしたいところです。仕掛けを作っておきますから楽しみにしといてください」
俺の話を嬉しそうな表情をしながら頷いている。何度か一緒に行くことになるんだろうな。当然、バレットさんも連れて行かなくちゃ怒られそうだ。
どっちが先に上げるか、今から楽しみになってきた。
「オォ~イ!」
グリナスさんの声だ。ベンチから俺達が後ろを振り返ると、グリナスさんのカタマランがトリマランの後ろに停まろうとしていた。
「帰ってきたようだな。ラビナスはまだのようだが、今日中には帰って来るのだろう?」
「その予定です。皆大漁だと良いんですけど」
オルバスさんは苦笑いだ。それが難しいことも知っているのだろう。50L近い収入があるなら十分じゃないかな。
それに、グリナスさんと友人達の船団が不漁だったという話も聞かないんだよね。
カタマランを桟橋に固定すると、グリナスさんがトリマランにやって来た。
3人集まればワインでも良いんじゃないかな?
家形の中に入って、ワインと真鍮のカップを持ち出す。
先ずは、無事な帰還を祝って盃を掲げよう。漁の話はそれからで十分だ。




