M-181 先ずは根魚釣り
トウハ氏族の島を発って1日半。右手に大きな島が見える。
島は大きいけれど、標高が低いんだよな。確かに目立つ島だけど、水は期待できそうもない。
マリンダちゃんが上の操船楼に上って、漁場を確認している。深場は海の色が黒いから直ぐに分かるようだ。
慎重にナツミさんとマリンダちゃんが連携してトリマランを停船させると、4隻のカタマランが下りマランの周囲に集まって来た。
「ここが溝の東になる。南西に溝が延びているから、50FM(150m)は隣のカタマランと距離を取るんだぞ。日が落ちたら一度集まってくれ。カエナルにザバンを下ろすように伝えてある」
大声で伝えると、手を上げて了解を示してくれた。
夜になれば甲板をランプで照らすはずだから、夜でもカタマランの位置が分かるだろう。
俺達が一番手前になるようだ。もっとも南西に向かったのはカエナルになるんだろうな。
「まだ、夕暮れにはだいぶ間があるにゃ」
「子供達にも頑張ってもらいましょう。大きいのはおかずになるし、小さいのは餌に丁度いいわ」
用意した餌は、昨夜の残りと、塩漬けした切り身だからね。新鮮な方が食いも良いに違いない。
操船楼の下に作った倉庫の開けて、リール竿を取り出す。胴付き仕掛けを3個取り出して、リール竿に取り付けているとマリンダちゃんが保冷庫から餌を入れたザルを持って来てくれた。
3本バリに餌を付けて底を取ってリール竿を舷側に立て掛け、端をベンチを裏返して挟み込んだ。竿尻の組紐を伸ばして舷側に縛っておく。後はアタリを待てばいい。
残りのリール竿も同じように舷側に並べたところで、倉庫の扉に取り付けたタモ網を外した。ナツミさんは、深いザルを甲板に用意している。
「アルティ達が待ってるよ!」
「そうだな。どれどれ……」
屋根裏からサビキ仕掛けの竿を砦してアルティ達に預けると、船尾のベンチ越しに竿を動かし始めた。
さて、最初に掛かるのは何だろうな?
家族総出でワイワイ言いながら漁をするのは、楽しくもあるし何と言っても幸せを感じる。
俺の竿をナツミさんに渡してるから手釣りになるんだが、30cmを少し超えたブラドが掛かってくる。
アルティ達は、夕暮れ前に釣りを止めて釣り上げた魚を3枚に下ろしているようだ。リジィさんに教えて貰ったのかな? 釣り上げたカマルが小さかったから、今夜の根魚用の餌に丁度良さそうだ。
「後はお願いね。アルティ達もご苦労様。夕食を作るから場所を譲ってくれないかな?」
「母さんの釣竿を貸してくれるならいいよ。アキロンはマリンダ母さんと父さんの釣った魚をザルに入れる係ね」
しっかりと姉さんをやってるな。アキロンも自分の役目があることに満足したようで、アルティに向かって嬉しそうに頷いている。
だけど、俺の後ろでジッと待っているから、ちょっとプレッシャーを感じるんだよな。
マリンダちゃんが竿をマルティに預けるとランプの準備を始めた。ナツミさんと2人で魔法を使って光玉を作ると帆柱の上とカマド近くの帆桁に吊り下げた。
いよいよ本格的な夜釣になる。
夕食が出来たところで、仕掛けを一時引き上げた。
船が停まっている時には皆で夕食が取れるからね。育ち盛りの子供達は俺と同じくらいのご飯を美味しそうに食べている。
かなりカロリーは高いんだろうけど、海での生活はそれなりにエネルギーを消費するんだろうな。太ったネコ族の人をあまり見かけないことも確かだ。
「皆、ちゃんと夕食を取ってるのかしら?」
「ランプの灯りが4つ並んでるよ。今頃は仲良く食べてるはずさ。夕食が終われば、ここにやってくるはずだ。状況を確認しとかないとね」
「なら、お酒を作っておくにゃ。真鍮のカップならそれほど入らないから酔うことはないにゃ」
早めに確認して、夜釣を続けて貰おう。それならカップ1杯の酒で十分に違いない。
オルバスさん達と一緒だと、夜は宴会になることが多かったな。
漁の次第では最後の夜に宴会をするもの良いかもしれない。
夕食が終わったところで、子供達の竿を屋根裏にしまい込んでいると、カエナル達が嫁さんと一緒にザバンでトリマランにやって来た。
カエナルにピストン輸送してもらおうと思ってたんだが、彼等も自分の嫁さん達に俺達の根魚釣りを見せたかったのかもしれないな。
輪になって座ってもらい、ココナッツの酒を飲みながら、簡単にリール竿と仕掛けの説明をする。
トウハ氏族の根魚釣りは手釣りが殆どだ。俺も一時は手釣りに挑んだんだが、やはりリール竿の方が大型でも対処し易いんだよな。
とはいえ、マーリルに再び挑む時には、手釣りで挑戦することになるだろう。この世界で大型のトローリング竿とリールを作るのはさすがに無理がある。
「これがリール竿だ。仕掛けは3本バリの胴付き仕掛け。餌の付け方は、短冊に切ったカマルの片方にチョン掛けするから、水中で上下させればひらひらと踊るだろう」
俺の言葉に合わせてマリンダちゃんが餌を付けると舷側から竿を出してリールをフリーにする。
カラカラとリールの糸が出ていき、やがて海底に達して道糸の出が止まった。
次に竿先を上に上げ、竿が水平になるまでリールを巻く。
「これで、重りが海底から竿の長さ分上がったことになる。根魚は海底にいるんだけど、海底に着けたままだと根掛かりしてしまうからね。俺達は少し上に仕掛けを保つんだ」
俺の説明を若者達がうんうんと頷きながら聞いている。
リール竿を持つ者はまだいないんだろうが、便利に使えると思えば次のリードル漁で手に入れればいい。
「来たにゃ!」
マリンダちゃんが大声を上げると、巧みに竿を操りながらリールを巻き始めた。
ナツミさんが席を立つと、タモ網を持ってマリンダちゃんの隣に位置する。
どうなることことかと、皆で見守っていると……。
「えい!」
ナツミさんが大声を上げてタモ網を引き揚げた。
バタバタと暴れるバルタスの頭を棍棒でポカリとやっておとなしくさせたのはマリンダちゃんだった。釣り針を外してザルに投げ込んでいる。
「まぁ、こんな感じだな。俺達は3人とも竿を出す。夕食前に15匹以上釣り上げたぞ」
彼らが一斉に俺達を見たのは、夕食前の時間でそれだけ釣りあげたことに驚いているのだろう。
「俺達も同じような竿を手に入れれば、それだけ釣れるんでしょうか?」
「手釣りよりは、バラシが少ないと考えた方がいいな。釣りは意外と奥が深いんだ。他の氏族の中では釣りを漁の中心としている連中も多いからね。俺よりも釣果が上を行く者もたくさんいると思うな」
釣りの上手下手ということもあるだろう。手釣りよりはリール竿の方が扱いが容易であることは確かだけど、オルバスさん達は今でも手釣りだ。トリティさんは便利にゃ、と言いながら俺達のリール竿をを使うことも多いんだけどね。
「どうだ? 1つ貸してあげるから、交代で使ってみるか」
「良いんですか?」
「4組なんだから、2組貸してあげれば? 1組残るし、アオイ君は手釣りもできるでしょう」
それもそうだな。最初の組はカエナル達で決めればいい。2晩も使えば少しは使い方が分かるだろう。
喜んで帰っていく若者に手を振ると、俺達も根魚釣りを再開する。
今度は手釣りだから、ちょっと緊張するな。
船尾のベンチに腰を下ろしながら腕だけを外に出して道糸を上下させる。
夜更けまで根魚を釣り、開いた魚をザルに並べると、家形の屋根に乗せた。
30匹を超えたけど、カエネル達はどうなったかな?
最後に【クリル】で体の汚れを落として、ハンモックに横になった。
明日は、素潜りになるな……。
翌日は、朝から素潜りをして銛を使う。
大型がいないのが残念だが、ブラドやバルタスの魚影が濃い場所だ。若手には良い漁場なんじゃないかな。
ナツミさんとマリンダちゃんが交代でザバンを操ってくれるから、俺達は大漁になることは確実のようだ。
嫁さん1人の若手では、ザバンを使った広範囲の素潜り漁ができないのが難点だ。
夜釣りで漁果を補填できれば良いのだが、2人で手釣りではおのずと限界がある。
「全部で16匹にゃ。夜に期待にゃ」
捌き終えた魚を保冷庫に放り込みながらマリンダちゃんが教えてくれた。
「まあまあ、ってところかしら。大きいのがいないのが残念ね」
道具をしまって一息入れている俺に、ナツミさんがお茶を入れてくれる。マリンダちゃんが屋根裏から子供達に竿を下ろしているから、おかずと餌を期待したいところだ。
カエナル達も、プレゼントしたおかず用の竿を出しているから、夜釣りの餌も何とかなるんじゃないかな。
「ところで、カエナル達も崖近くで漁をしてたんだろう?」
「そうねぇ……。どちらかというとサンゴが多いところを狙ってたみたい。浅いからなんでしょうけど」
崖伝いに深場まで潜ると8m近くなってしまう。
だけど、サンゴの裏を探るのに苦労しないで済むんだよな。それだけ銛を使うチャンスが増えるのだが、サンゴの繁茂した海域では、獲物を見付けても一旦息継ぎに上がると目標を見失うことも多い。
慎重に狙いすぎて、息苦しさに慌てて浮上することもあるんだろう。
そんな話をグリナスさんがしていたけど、それには慣れも必要だ。
まだ日が高いけど、夜釣りの準備を始めることにした。
子供達が釣り上げたカマルをマリンダちゃんが捌いているけど、その後に2つのカゴに分けているのはおかず用と餌用ということなんだろう。
ナツミさん達が夕食を作り始めたところで、アルティ達は満足した様な表情で竿を畳む。漁は遊びじゃないことをトリティさん達が教えてくれたのかな。




