M-179 先ずはクジ引きだ
夕食を早めに終えると、グリナスさんとラビナスが酒の入ったお茶のポットを持ってやって来た。
カゴに入ったココナッツのカップは俺のところだけではカップが足りないと考えてくれたみたいだ。
そんな準備をして、3人で待っていると2、3人連れの若者が続々とトリマランを訪ねてきた。
「確か13人と聞いたんだが、全員揃っているか?」
グリナスさんの声に若者達が顔を見合わせている。何度か視線を交わして2人が「揃っています!」と答えたところをみると、大きく2つのグループになっていたようだ。
「トウハ氏族の長老からの指示で俺達が、お前達の漁の指導をすることになった。次の乾期のリードル漁までになるから、それまでは俺達の指示に従ってくれ。
指導するのは、俺グリナスとアオイにラビナスだ。アオイはネコ族に2人いる聖痕の保持者になる。本来はアオイが適任なんだろうが、アオイの指導を長年受けた俺とラビナスにも声が掛かった。
一応、アオイの漁については自分なりに納得したつもりだが、アオイと漁をすればその違いも見えるだろう。
アオイの漁はかなり変わったところがあるからなぁ。アオイの漁をそのまま俺達ができるとは思わないことだ。
そこに自分達の工夫が入る。俺達も工夫したつもりだが、お前達だってそれを考えなければならない。お前達が中堅に育った時には、それを若手に教えるんだからね」
普段のグリナスさんとは思えない言葉だ。
思わずラビナスと視線を交わしてしまったほどだが、たぶんカリンさんの指導があったのだろう。
「先ずはお前達を3つのグループに分ける。漁を1回行うごとに、指導者を交代すれば、お前達の不満も無くなるだろう。それでだ。この筒に入った竹の棒を引いてくれ。1人1本だぞ。
先端に黒い横棒がある。1本が俺で、2本がアオイ、3本がラビナスということで最初の漁に出る。2回目は俺がラビナス、アオイが俺、ラビナスがアオイという風に指導員を変えるからな。
それじゃぁ、始めるぞ!」
ラビナスが取り出した竹筒に入った割り箸ほどの竹の棒を神妙な表情で、若者達が引いていく。
引いた竹棒の先を神妙な表情で眺めているのが印象的だな。
とりあえず全員が引いたところで、棒の先の汁に従って甲板の座る位置を変えることにしたのだが、かなり席を立って入れ替わっているから、クジを使ったシャフリングは成功ということになるんだろう。
「それぞれ、1班、2班、3班と名を付けるぞ。そうなると、班で一番年上になるのは?」
グリナスさんの言葉に、仲間達の顔を眺めて1班ずつ名乗りを上げてくれた。
「1班は俺だな。ハレーズだ」
「2班は、カエナルになる」
「3班は、エルバンだ」
班毎の名簿をラビナスがまとめているから、後で見せて貰おう。
「一応、班長ということになる。仲間を上手く纏めてくれよ。次に漁に出掛ける時には、休みの中日にこの船に集まってくれ。明日は俺達の船に班ごとに集まってくれよ。そうだな……。朝食後でいい。一応、俺達3人とも素潜りをするつもりだが、3方向に分かれて出漁する」
最後に、質問が無いことを確認したところで今夜は解散ということになった。
彼らが立ち去ったところで、残った酒をカップに注いでいると隣からオルバスさんがやって来た。
やはり心配だったに違いない。
「まあまあ合格点だろうな。明日は3つに別れて漁の詳細を確認し合えば十分だろう」
「すでに何度か漁をしているでしょうから、あまり細々と注意を与えるのも問題だと思います。たぶん嫁さんは1人でしょうから、ザバンを使わずに漁をするんでしょうね」
「となると、カタマランを停める場所から教えないといけませんね。どこでもいい話ではありますけど、何度も往復しますから距離が長いと午後の漁に響きます」
ラビナスの言葉にオルバスさんが頷いている。その辺りは、経験もあるんだけど早めに教えておくのも良さそうだ。
俺達3人の中では、一番指導に向いてるのはラビナスかもしれないな。
まぁ、それも明日の話だ。
頑張ろうと、互いに声を掛け合っったところで、皆が帰って行った。
だいぶ夜も更けた気もするけど、ナツミさん達が家形から出てくる。
アルティ達は昼の遊びで疲れ果てて眠ったんだろう。
「グリナス兄さんはちゃんと教えられるかにゃ?」
ワインを改めて飲んでいると、素朴な疑問をマリンダちゃんが聞いてきた。
「だいじょうぶ。オルバスさんやバレットさんと一緒に、長い間漁をしてきたんですもの。乾期の終わりにはハリオを突けるようになると思うな」
失念してた。そういえば、そんな風習があったんだよな。
時期については雨期の前あたりになりそうだけど、こればっかりはオルバスさんとも調整する必要があるだろう。
「ところで、どこに向かうの?」
「昼間、グリナスさん達と話し合ったんだけど、ラビナスが南西に1日半も行けばいい場所があると教えてくれたんだ。目印は大きな島らしいんだけどね」
直ぐにマリンダちゃんが操船楼から海図を持ってきた。
氏族の島を中心にカタマランで5日の距離を示したものだ。それを見ると、ラビナスが教えてくれた漁場はこの辺りになるな。
「大きな島って、これになるのかな? 真っ直ぐ南西に向かえば右手に見えるのね。確かに小さな溝があるわ。でも溝というよりは長く伸びたサンガの穴みたいなものかな?」
首を傾げてしまうな。
溝と言われる海底の谷間は、あまりサンゴが発達していないのだが、サンゴの穴ともなればテーブルサンゴが幾重にも周辺を取り巻いている。
どちらにしてもブラドはいるはずだ。それと氏族の島に近いというのも考えるもものがある。ブラドの大物でも40cmを超えるものが少ないんじゃないかな。
漁場はナツミさんも初めてだけど、目印があるから何とかなると言ってくれた。
これで安心して眠れそうだ。
翌日、いつもよりも少し早めに朝食を頂く。
朝食後に、若者達がやって来るからね。早いに越したことはないはずだ。
朝食の後は、マリンダちゃんが子供達を連れて浜に出掛ける。背負いカゴを担いでいったから、ついでにおかずを取ろうというのだろうか?
「ココナッツジュースを冷やしておくね」
「そうだね。ちょっとした顔見せだからマリンダちゃんにも残ってほしかったんだけど」
「少し遅れて、トリティさん達が出掛けたから、もう直ぐ帰って来るわ。子供達は後で紹介してあげるつもり」
改めてナツミさんが入れてくれたお茶を飲みながら、パイプに火を点けた。
マリンダちゃんが戻ってくるのが早いか、それとも若者達かな?
「これで全員だね。カエナルが年長者だから、航行時は最後尾を頼む。何かあれば笛で合図してくれ」
「了解です。それで……、俺達のカタマランの魔道機関は魔石6個なんですが」
一番の心配事に違いない。
海面から浮いて進むと、皆に知られているからねぇ。その後に続こうとしても、魔導機関を強化したカタマランでさえ不可能なんじゃないかな。
「だいじょうぶよ。ちゃんと注意するから。でも、2ノッチに魔道機関は上げて欲しいわ」
「だいじょうぶにゃ。2ノッチなら問題ないにゃ」
真ん中の若者の嫁さんなんだろうな。初々しい感じがけど、将来はトリティさんみたいになりそうだ。
カエナルの嫁さんはちょっとおとなしい感じがするな。一番端にいる嫁さんは、ジッとナツミさんを見ている。
「遅れたにゃ! あらら、皆揃ってるにゃ」
トリマランに、ポンっと飛び乗って来たマリンダちゃんが全員に視線を向けたところでナツミさんの隣に腰を下ろした。
ナツミさんが席を立って、保冷庫からココナッツジュースを取り出すと、マリンダちゃんが腰を上げてココナッツのカップの用意を始めた。
ナツミさん達に任せておいて、話を続けることにする。
「明日。漁に出掛けようと思う。場所は南西に1日半というところだ。向こうで3日間漁をするから、一夜干しを作ることになる。その辺りで不足はないかな?」
「昼は素潜りで夜は根魚ということでしょうか?」
「そうだ。ラビナスの話しではシメノンも期待できると言うことだが、シメノンを釣ったことはあるかな?」
俺の問い掛けに小さく手を上げたのはカエナルだけだった。
自信がないような手の上げ方に、詳しく聞いてみると釣ったのは1度だけで、獲物は2匹だけだったらしい。
「これが俺の使う餌木だ。嫁さん連中はリール竿を使うんだが俺は手釣りでやっている。餌木は針以外は自作してるようだから、こんな感じに曲がった流木で作ってみることだ。
重りは、銅貨を2枚括りつければいい。道糸を付けて遠くに投げ込むぐらいは話に聞いたこともあるだろう。
だが、その後に付いては余り聞いたことが無いんじゃないか?
1、2、3と数を数えてから肩でを上に伸ばすようにして手元に寄せるんだ。数を数えるのは長くとも5つまでにしとくんだぞ。それ以上だと、底のサンゴや岩に引っ掛かってしまうからね」
ナツミさんが皆に配ってくれたココナッツジュースを飲んで一息ついた。皆にも飲んでくれと勧めたんだが直ぐに飲まないんだよな。あまり時間を置くと冷たくなくなってしまうぞ。
やがて、1人、2人とカップに手を伸ばす。
タープが張ってあるとはいえ、暑いからねぇ。冷たい飲み物は何よりの御馳走だと思うな。
「シメノン釣りはそんな感じで釣るんですか……。投げ込んで手元に引いてくれば掛かると聞いたんですが」
「ただ引くだけじゃダメなんだ。餌木の泳ぐ深さと引くときに強弱を付けるってことかな。それができれば10匹近く獲れるんじゃないか? シメノンを捌くのはだいじょうぶだろう?」
嫁さん達が力強く頷いてくれたから、後は旦那連中の努力次第ってことかな?
最後に、明日の朝型に黄色の旗を付けて集まるように伝えたところで解散した。




