M-178 若手の育成だって!
乾期の漁は素潜りが中心だ。
バレットさん達が何人かの男達を率いて、1か月おきにオウミ氏族の島に出掛けたから、トウハ氏族の腕の良い漁師が減ったことになるんだよな。
砲船が3隻に監視船が2隻と聞いたけど、常時西の海で監視を行っているわけでは無さそうだ。
大陸の王国が海への版図を広げようとしなければ良いんだけどね。
おかげで100人近い漁師が漁から離れることになってしまう。
待機している時には、小さな船を出して釣りをすると言っていたけど、サイカ氏族の不漁を少し改善するぐらいだろう。
ニライカナイ全体で考えると、やはり問題だよな。
「長老の話しでは、トウハ氏族の漁獲高はどうにか以前の2割を超えたらしいが、バレット達が軍船に乗ったとなれば、その帳尻を俺達が合わせなければならない。アオイ達には、そろそろ若手を指導して欲しいところだ」
漁を終えると、3日程休んで次の漁に向かうのが俺達の日常だ。
次はどこに向かおうかと、グリナスさん達と相談しているところにオルバスさんがやってきて、さっきの話が始まった。
「それって、俺が数隻を率いるってことになるのか?」
グリナスさんの問いに、ラビナスも頷いている。俺もオルバスさんに顔を向けて答えを待つことにした。
「初めてカタマランを持った連中が対象だ。親について漁をしているようだが、その親達は燻製船を中心に漁をしているからなぁ。1年ほど漁を教えたところで大型船の船団に加えてやりたいのだ」
そういうことか。若い内に、いろんな漁を経験させてやりたいということなんだろう。
燻製船や大型船ではどうしても漁法が偏ってしまいそうだ。
俺達なら、ある意味自由に漁をしていると言えるのかもしれないな。
将来は、自分達の漁の腕に納得したところで、いくつかの船団に加われば良いということなんだろう。
「俺にできるでしょうか?」
不安げな表情でラビナスが聞いている。
「十分に中堅だ。最初からアオイと一緒に漁をしてきたのだ。それを若手に伝えるのはお前達の役目だと思うぞ。かつてのカイト様にしても一緒に漁をしていた者達がその漁法を伝えてくれたおかげで俺達はカタマランを持てるようになったんだからな」
漁法は紙に書いて残すこともできるだろうけど、実際にそれを体験した方が確実だし、自分なりの改良も加えられる。
もっとも、ネコ族の人達は余り改造をしないんだよな。教えられたことを忠実に行うというところがある。
その辺りを2人に注意しておく必要がありそうだ。
「アオイのやっていた漁法で、俺達が覚えたことを教えればいいってことなら何とかなりそうだ。それに漁のたびごとに若手を交代すれば不満も出ないだろうからね。カタマランで2日の距離を目安に3日の漁でいいんじゃないか? 場所は重ならないように帰島した時に調整できそうだ」
「道具は、俺達で準備することになるんでしょうか?」
「中にはカタマランをどうにか手に入れた者もいるだろう。少しは手伝ってやるんだぞ。
もっとも、銛を作って渡すようなことはしないでいい。ちょっとした釣りの仕掛けぐらいなら用意してやるんだな。
とはいえ、お前達のことだ。これで不足分は何とかしてやってくれ」
銀貨を2枚ずつ渡してくれたけど、少し多い気もするな。それだけ若手の育成を長老は気にしているということなんだろうけどね。
「残ったなら、皆で飲んでしまうことだ。返さずとも良いと長老の言葉があった。後はお前達に任せるが、状況はたまに俺とバレットが付いて行くことになっている。それ以外は、1航海ごとにグリナスが氏族会議で報告すればいい」
「俺がか? アオイの間違いじゃ……」
グリナスさんが驚いてオルバスさんに問いかけている。
俺とラビナスも驚いたけど、ある意味正解だと思うな。俺達3人の中ではグリナスさんが年長者で俺達の義兄でもある。
本来は俺達を率いる立場なんだからね。長老達もそれを気にしているのかもしれない。
年功序列は村社会の常だと爺様が言ってたからなぁ。ネコ族もそんな社会性を持っているんだろう。
「グリナスさん。俺達も協力しますから」
「そうか? 最初から前に出てくれればいいんだが、義兄の辛いところかもしれないな。上手く支えてくれよ」
俺達3人が固く手を握るのを見て、オルバスさんが笑みを浮かべている。
トリティさんがいたなら辛辣な言葉が入りそうだけど、マリンダちゃんと子供を連れて浜に遊びに出掛けたし、ナツミさんはカヌイのおばさん達と何やら相談をしてるんだよな。
今までカヌイのおばさん達は、ネコ族の表に出ては来なかったようだが、今後は必ずしもということなんだろう。
その辺りは長老との間で裏の動きがあるようだ、とバレットさんが前に教えてくれた。
「それで、実際は何人になるんでしょうか?」
「今夜、トリマランに集まるように伝えてある。13隻になるはずだ。それじゃあ、後は頼んだぞ。次の乾期のリードル漁までは、お前達が面倒をみるんだぞ」
オルバスさんがトリマランを下りて桟橋を歩いて行ったのは、長老への報告ということなんだろうか?
残った俺達は、さてどうするかと顔を見合わせることになった。
とりあえず、お茶を飲んで頭を整理しようと、ラビナスがココナッツのカップにお茶を注いでくれた。
タバコ盆を真ん中に置いてパイプに火を点けても、良い案は直ぐに浮かばないんだよなぁ。
「13人ということですよね。俺達3人の割り振りで揉めませんか?」
「確かにありそうだな。順番だと知っていても、最初が肝心と思っているからなぁ」
若者13人が騒いだらさぞかし煩いに違いない。
ここは、奴らの運も試してみようかな。
「クジ引きをさせてみましょう。あまり知らないかもしれませんけど、竹の短い棒を人数分作ります。それに印を付けておけば引く者達だって不満はないでしょう」
「おもしろそうだな。それはアオイに任せるぞ。俺とラビナスで酒は用意しておく。カップ1杯なら先ほどの銀貨は必要ない」
「俺も賛成です。そうなると、最初の漁場を考えないといけませんね」
乾期からの指導で良かったと思う。何と言っても素潜り漁がトウハの売りだからね。夕方から根魚を釣れば、それなりの漁果を得ることができるだろう。
1か月で銀貨3枚程度の漁になるようにしなければならない。ラビナスぐらいの腕があれば良いんだが……。
「それなら、東か南になるぞ。水路の北側はかなり期待できる」
「東もサンゴの穴が点在してます。その先を中堅の人達は目指しますから、この辺りでの漁はブラドの数が期待できますよ」
グリナスさんとラビナスがタバコ盆を氏族の島にみたてて、漁場の選定を始めた。
なるほどねぇ。俺達はトリマランの足の速さで少し外側を巡りすぎたようだ。近場で若手を鍛えるのが俺には一番向いて無さそうだぞ。
「俺はどこに行けばいいかな? 近場で漁をする機会があまり無かったんだよな」
「なら、ここに向かっては? 溝の長さは短いんですけど、獲物はそれなりです。俺もたまに仲間と出掛けたんですけど、かなりの確率でシメノンの群れに遭遇できるんです」
ラビナスが示した場所は、島の南西だった。
俺にとっても初めての場所になるな。だけどシメノンはブラド並に取引される。若手にとってありがたい獲物に違いない。
「ありがとう。なら、最初はそこに行ってみるよ。だけどカタマランで2日以内なんだろう?」
「魔石6個のカタマランでも2日は掛かりません。1日半というところでしょう。近くに大きな島がありますから直ぐに分かりますよ」
大きな島と言ってもねぇ。俺にはピンとこないんだよな。
とりあえずナツミさん達に確認すれば良いだろう。案外海図を見て分かるかもしれないな。
「素潜りに、根魚というところか。リール竿を持っているとは思えないが、仕掛けぐらいは作っておくか。手釣りでもタモ網があれば、ばらすことは少ないだろう」
「餌木も確認しといた方がいいですよ。1つ持っていればシメノンの群れを残念な気持ちで見ることもありません」
「そうなると、おかず用の竿も渡しておきたいな。船を停めたらおかず釣りが俺達の基本だろう?」
俺の話に、ラビナスが頷いている。グリナスさんが笑って、「俺が準備しとくよ」と言ってくれたから、出掛ける前には渡せるかもしれないな。仕掛けはタックルボックスの中身で何とかなるだろう。
夕暮れ前に帰って来たナツミさん達に、オルバスさんから聞かされた俺達3人の役目を話すと皆が喜んでくれた。
もっとも、トリティさんとリジィさんは少し心配そうな表情をしていたけどね。
「一応、指導する立場になったことも確かだ。長老の肝入りでもある」
「私達が付いていくのはできないのかにゃ?」
やはりトリティさんにとっては、出来の悪い息子というイメージなんだろうな。
隣のリジィさんが頷いているのも同じような理由なんだろうか? 母親はいつまでも子離れができないらしい。
「ラビナス君やグリナスさんも立派なトウハの銛打ちです。ちゃんと指導できますよ」
「そうかにゃ? グリナスが指導したと聞いて、笑われるのが気の毒になってしまうにゃ」
トリティさんにとってのグリナスさんは、トウハで最低の銛打ちということになってしまいそうだ。
だけど仲間と協力してガルナックを氏族の島に運んできたこともあるぐらいなんだから、その辺りをきちんと評価してあげないと可哀そうな気もするな。
「だいじょうぶですよ。カリンさんも付いてますし、マディスさんだっていざとなればグリナスさんを蹴飛ばすことができますからね。オルバスさんの名を辱めることはないと思います」
ナツミさんの言葉も、何気にグリナスさんの評価が低く感じてしまう。それでも、トリティさんはナツミさんに笑みを浮かべていた。
「確かに、カリン達がいるにゃ。グリナスにはもったいない嫁達にゃ」
うんうんと頷いている。
隣のリジィさんも似た感じだから、本人よりも嫁さん達に期待してるってことかな? となれば、トリティさんは俺の腕よりもナツミさん達に信頼を置いているってことになりかねないぞ。
「アオイにはナツミがいるにゃ。分からないところはマリンダが補佐すれば十分にゃ」
やはり思った通りの評価だった。
オルバスさんが、食事前の酒を飲みながら笑い声を押し殺そうと努力しているのが恨めしく思えてしまう。
2時間ほど経てば、若手が集まってくる。
果たしてどんな連中がやって来るんだろう。




