M-168 漁獲は増えても維持するのは大変らしい
サイカ氏族の島で2日を過ごし、ホクチ氏族の島で2日間の漁をして、どうにかトウハ氏族の島への帰路についた。
サイカ氏族の連中は、小型の外輪船を使って浅場で釣りをしていた。
10本の枝針が付いた延縄を流して、その近くで5mほどの竿を使って浮き釣りをしている。狙いは中層以上の棚にいる魚となるんだろうが、たまに40cmを超えるブラドが掛かるそうだ。
タモ網は必携だと言ってたけど、サビキ釣りならもう少し深場になりそうだな。
ホクチ氏族の漁は、網と手釣りに素潜り漁だった。
もっとも、滅多なことでは銛は使わないようだな。突いても根魚だけだろう。4m近い銛は3本乗せているようだが、その内の2本はリードル狙いだ。
網と聞いて俺も興味深々で見せて貰ったのだが、海底で大きなカゴを仕掛けた様な感じに見えた。
刺し網とは異なるから、やはりカゴ漁のカゴを網で作ったというのが正しいように思える。
「刺し網は教えなかったの?」
「ロデニル漁のカゴの2倍はある仕掛け網だから、あれで十分なんじゃないかな。釣りは、仕掛けた網に魚が入るまでの時間つぶしに思えるね。一応、3本バリの胴付き仕掛けを教えておいたよ」
これで少しは、漁獲を上げられるんじゃないかな?
被害の少なかったホクチ氏族は、今まで2個の網を仕掛けたらしいけど、3個に増やしたみたいだ。
とはいえ5割増しにはならないと言っていたから、あれで十分なんだろう。
「サイカ氏族がサビキ釣りをするなら、オウミとホクチにも広がるのは時間の問題だ。これで小魚の供給は問題がなくなるんじゃないかな」
「漁師さん達も少しずつ増えてるみたいだし、漁の方法は急に改善するとは思えないけど将来への布石はできたということで良いんじゃないかな?」
子供達は家形の中で海底を覗いているから静かだな。
操船はトリティさん達に任せているけど、豪雨の中だから水中翼船モードで進んでいるわけではない。
自転車が進むぐらいの速度だから、かなり操船楼の2人はストレスが溜まってるんじゃないかと心配になってしまう。
おかげで、甲板のタープの下で3人でお茶を飲んでいられる。たまに、マリンダちゃんが家形の中の3人を扉越しに様子を見ている。
「急には漁獲が上がらないと?」
「上げるのは簡単よ。でもね、それを維持するのが大変ということかな」
「カイト様はいろんな漁を知っていたと母さんが話してくれたにゃ。でも、何でそんな漁があるのか分からないとだんだんと廃れたみたいにゃ」
「同じように作っても上手く行かないと、その方法を使う人はどんどん減るんでしょね。アオイ君の教えた漁法だって、同じような運命を辿るかもしれなわ」
それも寂しい話だな。
海人さんも嫁さん達と一緒にいろんな漁法を広めたんだろう。だけど現在まで残っているのは餌木やヒコウキ仕掛け、それにガムを使った漁法ぐらいだ。
だが、俺が広めた漁法なんてあったかな?
リールだって、ドワーフの爺さんの話しでは昔作ったと言っていたからね。
「編漁は教えないのね?」
「漁場を荒らしそうだ。ホクチ氏族の大きなカゴまでだろうな。その内に誰かが思いつくんじゃないかと思うけど、ネコ族は新たな漁法には懐疑的だからね」
ある意味、保守的なところがあるんだよな。でも俺達2人を氏族の一員として迎え入れてくれたから、排他的ともいえないところがある。
「豊かな村社会は理想だけど、少し貧しくとも伸び伸びと平和な村が良いわ」
「そんな5つの村の繋がりをもう少し持たせようというのが俺達の願いでもあるんだよな」
俺の言葉に2人が頷いてくれた。
俺達3人の思いは一緒ということなんだろうけど、そうなると次は漁協作りということになるんだろうな。
共同購入、共同販売は先ずトウハ氏族で試してみて、その良し悪しを他の氏族に検証してもらうのも1つの方法だろう。
それによって、他の氏族が取り入れることが容易になるはずだ。
粗々の仕組みはナツミさんが考えてくれたらしいから、氏族会議に出掛ける前にレクチャーを受けねばなるまい。
「まったく進んでいないにゃ。このままでは氏族の島に帰るのに、もう2日も掛かってしまうにゃ」
小さな島の砂浜にトリマランを停めて、今夜はここに一泊だ。
昼過ぎに振り始めた豪雨がいまだに続いている。
まだ夕暮れには間があるから、夕食の準備はまだ始まっていない。
恨めしそうに空を見上げたトリティさんの言葉に俺達も思わず頷いてしまう。
「でも、昔はこれぐらいの速さで航海をしてたんでしょう? あれから動力船の船足がだいぶ速まりましたけど、昔の氏族の人達の苦労を分かり合えると思えば腹も立ちませんよ」
「それはそれにゃ! トウハ氏族の連中で外輪船を使って漁をする連中はもういないにゃ。……でも、サイカはほとんどが外輪船だったにゃ。ナンタやホクチにも外輪船を使っている人もたくさんいたにゃ」
トウハ氏族だけが恵まれているということでもないだろう。
魔不動機関を1つしか持たないカタマランモドキの動力船もいくつか見ることができた。
どちらかというと、氏族の島からあまり離れずに漁をしているからなんだろうな。
島を2日離れて漁をするなど、他の氏族ではあまり考えないのかもしれない。
「このまま進んでも2日で帰れるなら、明日は漁をしましょう。保冷庫が空で帰るのもなんとなく気が進みません」
「そうにゃ! 帰るなら保冷庫に満杯にゃ」
トリティさんとレミネィさんがやる気を出しているけど、このトリマランの保冷庫って前のトリマランよりもかなり大きいんだよな。
思わず頭を抱えてしまったが、ちらりと横目で眺めたナツミさん達は笑みを浮かべていた。
それなら、今夜から始めたいところだけど、生憎と水深3mほどの浅瀬なんだよな。
明日は早起きしないといけないな。1日中潜ればブラドが20は獲れるだろう。
「まだ夕食には早いですから、少し船を移動させましょうか?」
「なら、家形の中の大きな箱眼鏡を使えるようにするにゃ。海底を覗きながら動かせば良い場所に船を停められるにゃ!」
トリティさん達が操船楼に上がって、ナツミさん達は家形の中に入って行く。
家形の片隅にあったパイプは、操船楼との連絡用だったらしい。最初に見た時には速度を上げた時の館内の換気用だと思ってたんだけどね。
子供達はハンモックの中でお昼寝中らしいから、今なら共同作業ができるってことなんだろうな。
トリティさんのアンカー引き上げの指示を聞いて急いで船首に向かった。
引き上げを終えて、操船楼に合図を送ると同時にトリマランが動き出した。
「ありがとうにゃ。後は私等に任せるにゃ」
レミネイさんの言葉に片手を上げて応えると、甲板に下りてパイプに火を点けた。
後は、嫁さん達の任せておけばいい。きっと良い釣場にトリマランを停めてくれるはずだ。
30分も経たずに、アンカーが下ろされたようだ。
家形の中を覗くと、ナツミさんが箱眼鏡の底を眺めながら俺を手招きしている。
「かなり有望な場所よ。ブラドやバルタスがたくさん泳いでるわ」
「夜釣りの棚が少し上になりそうだな。確かに良い漁場だよ」
箱眼鏡で覗く海底にはライトで照らされていくつもの魚が泳いでいるのが良く分かる。
見た感じとしては、40cmを超えていそうだな。夜釣りだけでなく、明日の素潜り漁にも期待がもてる。
「状況は分かったから、蓋をしといた方が良いだろうね。子供達が起きだすと心配だ。とりあえずリール竿を3本出しておくよ」
「なら、餌を作るにゃ!」
マリンダちゃんが家形を出て行った。その後に俺が続くと、ナツミさんが名残惜しそうな顔をしながら箱眼鏡の蓋を閉じている。
3本のリール竿を取りだすと、マリンダちゃんが短冊切りにした餌をザルに入れて持ってきた。俺達のおかずにもならなかったカマルだな。
まだ豪雨の最中だけど、昼に比べればだいぶ穏やかではある。それでも大雨警報が出そうな雨なんだけどね。
「マリンダがその竿を使うなら、この竿を借りるにゃ」
トリティさんが最初に作ってあげたマリンダンちゃん用の竿を手にすると慣れた手つきで枝針に餌を付けて仕掛けを落とし込んだ。
続いてマリンダちゃんが投入して、最後が俺になる。俺は船尾のベンチでの釣りだ。
家形から出てきたナツミさんが大きな調理台を組み立てて包丁を握っている。早めに何匹か釣り上げないとプレッシャーを掛けられそうだな。
グイグイと強い引きが竿に伝わって来た。すかさず竿を立ち上げて道糸を巻き始める。
引きは底物じゃないな。ヒラを打つような振動が時々伝わって来たから、バルタス辺りかもしれないぞ。
いつの間にか、隣にタモ網を持ったレミネィさんが立っている。
レミネィさんが海中に下ろしたタモ網に魚を導くと、「エイ!」と声を上げながらレミネィさんがタモ網を甲板に引き上げる。
バタバタと尾で甲板を叩いているのはバルタスだな。棍棒で静かにさせると、レミネィさんが調理台に尾を掴んで持って行く。
「1YM半(45cm)はありそうですね!」
ナツミさんが嬉しそうに包丁を使っている。次は誰が釣り上げるのかな?
「今度は私にゃ!」
「こっちも掛ったにゃ。釣り上げるのは私の方がきっと早いにゃ」
「こっちは、大きいから時間が掛かるにゃ!」
トリティさんとマリンダちゃんが親子で張り合っている。
さてどっちが先で、どっちが大きいんだろう?




