M-166 ついでにサビキ釣りも
夕暮れ前に漁場に到着したようだ。
上の操船楼に上がっていたマリンダちゃんが下りてきて、大きな溝がいくつも東西に延びていると教えてくれた。
「良く分かるな。確かにこの場所は東西に溝が走っているのだ。銛も釣りもできる場所なんだが」
「素潜りは明日で良いでしょう。今夜は夜釣りで良いですか?」
「そうなるだろうな。ということなら、大きな溝に動力船を停めたいところだ」
「もう溝の上にゃ。アンカーを下ろしているから、海流に流されるこのも無いにゃ」
マリンダちゃんの話だと、偏向レンズで覗いていたってことかな?
それなら海底尾様子を探りながら操船できたはずだ。
「なら、家形の中の大きな箱眼鏡を開けばすぐに分かるにゃ!」
「今開きますね」
ナツミさんが家形の扉から顔を出して教えてくれた。すぐ後ろにマルティ達が見えたから、子供達も楽しみなのかな。
トリティさんが嬉しそうな表情で、オウミ氏族の女性達を家形の中に招き入れているけど、この船を自分の船のような感じでいるのかな?
一応義理の母親になるんだから問題はないんだろうが、ひょっとして老後は俺達となんて考えているのかもしれないな。
料理上手で、いつも明るいトリティさんならいつでも大歓迎だけど、オルバスさんは渋るかもしれないな。
やがて、予想通りの歓声が家形の中から聞こえてきた。
その声にグレッドさんが俺に顔を向ける。
「ちょっとした仕掛けがあるんです。家形の中に入ればすぐに分かりますから、見て来ると良いですよ。夜釣りの参考になるかもしれません」
「家形の中はどこも同じだと思うが……。とはいっても、この家形は大きいな。確かに一度中を見てみたいとは思っていたんだ」
グレッドさんがカルミナを誘って、家形の中に足を踏み入れた途端、その場で棒立ちしている。
やはり呆れてるんだろうな。
しばらくして棒立ち状態を抜け出すと家形の中に入って行った。
皆で海底を眺めてるんだろう。海上から海底を見ることができるんだからね。
漁具の倉庫からリール竿と仕掛けを出すと、甲板のベンチで一服しながら待つことにした。やがてグレッドさん達が話をしながら家形から出てくる。
前の席に座ると、溜息を吐いて俺を見る。
「ホクチ氏族の連中が船から海底を見て漁をすると聞いたことがあるが、あれの小さなものを使っているんだろうな。それにしても、あれなら海底の状況が潜る前に分かる。素潜りをするにも都合が良いだろうし、釣りの棚をどう取るかも前もってしることができるな」
「夜にはもっと、おもしろいことが分かりますよ。それはその時に教えますけど、これが俺達の夜釣りの道具になります」
2.4mほどのリール竿だ。割った竹を纏めて糸で形を整えたものだから細身だが、腰が強い竿に仕上がっている。
簡単な太鼓リールには組紐の様な道糸が30mほど巻いてあるから、上物釣りもできる優れものだ。
仕掛けは、とりあえず胴付き3本針にしてある。
「餌は、魚の切り身を使っています。底物ならこれで2YM(60cm)程度でも十分に取り込めます」
「商船でリールは見たことがあるが、こんな具合に付けるのか! 糸の先に付けた小さな金具で仕掛けを交換できるのか?」
「根魚ならこれで十分ですが、シーブルの群れだと、浮き釣りに変えられますし、シメノンならこの部分に餌木を付ければ釣ることができます。
俺も手釣りを目指してはいますが、結構バラしてしまいますが、この仕掛けなら魚の引きに応じて竿の弾力で助けて貰えますし、リールの回転に指を添えて負荷を掛ければ魚を弱らせられます」
「竿は竹竿を使っても良さそうだな。竿の弾力を利用するとは考えたものだ」
「桟橋での釣りは釣竿を使いますから、その変形と考えて貰えば分かるかと思います。竿の弾力を利用して大きい獲物でも取り込めたはずです」
2人が頷いているところをみると、桟橋でおかずを釣った経験はあるんだろう。リール竿の使い方も似たようなものだからね。
家形からトリティさんとナツミさんが出てきた。もう直ぐ日暮れだから夕食を作り始めるのかな?
「良い場所にトリマランを停めたにゃ。今夜が楽しみにゃ」
少し遅れて家形から出てきたレミネィさんが嬉しそうに教えてくれた。
「溝に沿ってバルタスが回遊してくる。バヌトスは底だが、バルタスは棚が上だ」
「胴付き3本針ですから、そこそこ釣れると思いますよ。それと、グレッドさんにはちょっと別の仕掛けを試して欲しいんです。
本来なら俺達が直接教えたいところですが、明後日にはホクチ氏族の島に発ちたいと考えてますんで」
あまり長くいると、俺の腕が疑われかねない。
だけど、俺の言葉にグレッドさんが首を捻っている。
早めに仕掛けを見せといた方が良いのかもしれない。ベンチから腰を上げると、家形の屋根裏からサビキ仕掛けの付いた釣竿を取り出した。
「これなんです。サイカ氏族の人達に教えてください。きっと喜ぶんじゃないかと思います」
手渡した竿とそれに巻き付けた仕掛けをジッと見ているけど、使い方が分かるかな?
「釣り針が小さいな。釣り針に付けたのは魚の皮のようだが……」
「夜になったら、舷側に箱眼鏡を利用した水中を照らす灯りを沈めます。その灯りで、小魚が寄ってきますから、この仕掛けで釣ることができますよ」
首を捻っているから、擬餌針に懐疑的なんだろう。まあ、釣ってみればすぐに分かるはずだ。
夕食のご飯にはバナナが入っていた。スープは香草と魚肉団子が入っている。トリティさんの漬物が出てきたところで笑みが浮かんでしまう。
アキロン達もトリティさんに団子を割って貰ってスプーンで美味しそうに食べているから、作ったトリティさんにも笑顔が浮かんでいる。
「明日はロデニルを捕まえて来るにゃ!」
トリティさんの指示に思わず頷いてしまった。焼くと美味しいからなぁ。そう言えば、この前食べたのはいつだったんだろう?
お茶を飲みながら一休み。
パイプを咥えたグレッドさんがカルネアと一緒に背負いカゴから根魚釣りの道具を取り出している。
木の枠に巻いた太い道糸の先に胴付き2本針の仕掛けが付いている。下針が少し長いのが特徴だな。重りは俺と一緒に小石を使っている。
「これが俺達の仕掛けだ。アオイはさっきの竿を使うのか?」
「あれは嫁さんの竿なんです。俺のはこれですね」
漁具倉庫の奥から俺の竿を取り出した。両軸リールにカーボンロッドの短竿だが、1m近い魚でも釣り上げられるぞ。
細身の竿だから、かなり疑っているな。だけど、これで吊り上げた魚の数はすでに数えられないほどだ。
「それで折れないのか?」
「だいじょうぶです。それに海面近くまで魚を上げればタモ網が使えますからね」
漁具倉庫の扉にあるタモ網を見て、納得したようだ。
「光球を作って中に入れたよ。舷側に下ろしてくれない?」
「甲板寄りで良いよね。グレッドさんにサビキ釣りをしてもらうつもりなんだ」
「そうね。それでサイカ氏族に伝わると思うわ」
トリティさん達は子供達を連れて家形に入って行く。
根魚釣りは、マリンダちゃんとグレッドさん達の嫁さんが始めるみたいだな。ナツミさんは自分の竿を取り出して、浮き釣り仕掛けを遠くに投げ込んでいる。シーブルを狙ってるのだろうか?
「父さん。たくさん集まって来たにゃ!」
「ありがとう! 頑張って釣るからな」
家形の扉から顔だけ出して俺に教えてくれたのはマルティに違いない。双子だから声も似てるんだよな。服も同じものを着せるから良く間違えてしまうんだけど、少し見てるとおとなしいのがアルティだと分かるんだけどね。
「さて、始めますか。この仕掛けはこのまま下ろすだけではダメなんです。こんな風に小さく動かさないといけません」
改めて2人にサビキ竿を渡して舷側から竿を下ろすと、小さく竿を上下させる。
海中ではサビキ針が踊っておるに違いない。
急に、竿先が小刻みに動き出した。
竿を上げると、20cmほどのカマルが針に掛かっている。
「ほう。そのクラスが掛かるのか」
俺が2匹目を釣り上げる前に、2人とも同じような大きさのカマルを釣り上げた。
釣れると分かると、途端に釣れだすのは2人の腕が良いからなんだろう。
10匹以上釣り上げたところで、後を2人に任せて竿を畳んだ。次は根魚を狙わないとね。
子供達が寝たらしく、トリティさん達が甲板に出てきた。
一端釣りを中断して、皆でお茶を頂く。
小魚はすでにカゴに一杯になっているし、根魚も10匹近く釣り上げたみたいだ、ナツミさんが投げ込んだ仕掛けにもシーブルが掛かったから、この辺りの漁場の魚が濃いということなんだろう。
「明かりに小魚が集まるとはなぁ……。確かにサイカ氏族なら喜ぶに違いない」
「竿と、あの明かりの道具は?」
「お渡しします。サイカ氏族の2割増しには遠いでしょうが、少しは役に立つんじゃないかと」
「聖痕の持ち主は自らの氏族を超えるのだな。前にグリゴス殿にも会って話をしたが、やはりネコ族全体に気を配っていた。そんな者達の中から龍神は聖痕の持ち主を選んだいるのだろう」
「今度は皆で根魚を釣るにゃ! まだ月が沈んでないにゃ」
マリンダちゃんの提案に、休みを終えて釣りを始める。俺とマリンダちゃんの仕掛けをグレッドさん達の嫁さんに使わせてあげる。
俺は手釣りもできるし、ナツミさん達は今まで釣り上げた魚を捌かないといけないだろう。
早速、大きなバヌトスを釣り上げた嫁さんが、リール竿の操作性に喜んでいる。
「これなら、簡単に釣りあげられるにゃ!」
「商船の棚にあったな。カルミナ、良く竿とリールを見ておくんだぞ。氏族の島に帰ったら俺達も作ってみよう」
「そうですね。作りは理解したつもりですが、色々と凝ったところがあるみたいです」
そんな話をしながら魚を釣り上げている。
たまに魚をバラしているけど、リール竿を使っている嫁さん達にはそれがない。
その性能に目を奪われていたからなぁ。




