M-165 リール釣りを教えよう
オウミ氏族の根魚釣りは、動力船からだけでなくザバンまでも使って行っているらしい。
長老の話しを聞く限るでは、釣りが7で素潜りが3というところだろう。
「リール竿を教えれば良いのかな? 銛にガムを付けるやり方は昨日も近くの若い連中に教えたんだけどね」
「ある意味、正式に教えるということになるんでしょうね。何家族が来るの?」
「2家族なら一緒に漁ができると伝えたけど……」
ナツミさんが少し頭を傾けて考えている。
この家形なら十分に数家族は寝られるんじゃないか?
かつては床に雑魚寝だったらしいが、海人さんがハンモックを作ってからは漁の間はハンモックで寝ることになったようだ。
長老達や炭焼きの老人達もハンモックで休むと聞いたことがあるから、ある意味、ネコ族お気に入りの寝具になるんだろうな。
「食料は何とかなりそうね。水も朝に汲んであるから問題なし。いつ来ても、出発できるよ」
「たぶん、昼過ぎだよ。その前に、商船に行ってくるね」
銛が出来ていると良いんだけどね。
途中に付ける浮きは、船体の舷側に下げる干渉用のカゴを使うことにした。炭を買うためにマリンダちゃんが出掛けたから、ついでに頼んでおいた。ロープの末端はトリマランの船首に結ぶから、最後はトリマランを曳くことになるのだろう。
とはいえ、あまり強く引くようなら銛先が回転しても肉切れを起こしかねないからな。
目印の浮きの動きを見ながら操船することになるんじゃないか。
商船に向かって歩く道すがら、そんなことを考える。
何度かビデオでも見たし、爺様に話を聞いたことがあるけど、突きんぼ漁では突いたら直ぐに電気を流して感電させるのが俺達のいた世界の漁だった。
電気銛ができる以前は、さぞかし勇壮な漁だったに違いない。詳しい話を爺様に何度もせがんだけど、笑っていただけだった。
爺様も、憧れてはいたんだろうが、自らやったことは無かったということだろう。
「アオイですが、頼んだ物はできているでしょうか?」
「ちょっとお待ちください」
商船の1階の店内はいると直ぐにカウンターの店員に確認する。
やがてカウンターの上に出てきたのは、先端が3つに別れた太い鉄の棒と、竹を割って作った長さ12YM(3.6m)の銛の柄、それに銛先が3つと親指が入るほどの輪の付いた金具が2つだった。
これで何を作るかを想像できるものはいないだろうな。
「組紐は細めを100YM(30m)でよろしいのでしたね。これになります。最後に防水用の樹脂と滑り止めになります」
「さすがは商船の工房だけありますね。これなら問題ありません」
銀貨6枚は、銛の値段としては破格に違いない。だけど準備だけはしとかないとな。
今まで見たことも無いけど、この海域にいないとも言い切れまい。
トリマランに戻って買い込んだ品を屋根裏と漁具倉庫にしまい込んでおく。
航行中の暇つぶしには丁度いい。じっくりと作り上げてみよう。
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少し早めに昼食をとる。
午後は漁場への移動しなければならない。誰が同行してくるのか少し心配だけど、他氏族から漁を学ぼうということだからそれなりの人物なんだろうけどね。
「ぞろぞろとこっちにやって来るにゃ!」
上の操船楼で掃除をしていたマリンダちゃんが、甲板に板俺達に教えてくれた。
とりあえず、甲板を片付けて家形の中に子供達をトリティさん達が押し込んでいる。
やって来たのは、グレッドさん夫婦3人と若い夫婦が1組だ。
かなり若そうだから、自分の船を持って直ぐなんじゃないかな?
「俺の息子夫婦だ。カルネアとネルミナ。俺の妻のケイラにオルテナになる」
「初めまして。トウハ氏族のアオイです。妻のナツミにマリンダ。少し遠征した漁をした関係で、トウハ氏族の筆頭の妻であるラミネィと次席の妻であるトルティの同行をして頂いております。どうぞお座りください。直ぐにお茶を用意します」
とりあえず、ベンチに腰を下ろして貰うと、ナツミさん達がお茶を配ってくれた。
さて、どこに向かうかだよな。
「良い漁場を教えて頂けるとありがたいのですが?」
「今夜に夜釣をして、明日の朝から素潜りということで良いのか?」
俺が頷くのを見たグレッドさんがカルネアに視線を向ける。
ちょっと驚いた表情をしていたカルネアだけど、俺に視線を向けて答えてくれた。
「だったら、南ですね。今から進めば夜半になってしまいますが、周囲の島を見れば漁場の位置が分かります」
「南で良いんですね。できれば嫁さんの1人を操船楼に上げて操船を手伝っていただけるとありがたいんですが」
「この船の操船にゃ! 最初は私があんないするにゃ」
嬉しそうな声で答えてくれたのはグレッドさんの嫁さんの1人だ。確かケイラさんだったな。
「でしたら、直ぐに出発しましょう。漁の道具は家形の入り口近くに置いておけばだいじょうぶです。念の為に、ロープで帆柱に結わえておいてください」
どちらにしても乗りの良い嫁さんだ。互いに顔を見合わせて苦笑いを浮かべたのは仕方のないことだろう。
カルネアが背負いカゴの1つを帆柱に括りつけて、もう1つをマリンダちゃんに手渡している。どうやら果物を持って来てくれたみたいだ。礼を言ってお辞儀をしていた。
「済みません。助かります」
「こっちこそ、ありがたい話だ。あれぐらいで礼を言われるとこっちが困ってしまう」
船尾のベンチにグレッドさん達に座ってもらい、船首に行ってアンカーを引き上げた。帰る途中で桟橋の杭に結んだロープを解きながら、干渉用のカゴを引き上げた。
「準備完了。いつでも発てるぞ!」
「了解! 回頭するわよ」
ゆっくりとトリマランが桟橋をはなれる。
横に移動していくから、グレッドさん達が思わず立ち上がってなる雪を見守っている。
「ネルミナ、家形に上って様子を見てた方が為になるかもしれないぞ」
カルネアが嫁さんに伝えると、すぐに家形の屋根に上って操船楼の中を覗いている。
勉強熱心なのは良いけれど、この船の動きをさせるには魔道機関がたくさん必要になるんだよね。
「驚いた。船が横滑りするとはな。さすがにトウハ氏族の聖痕の持主が乗る船だけのことはある」
「その妻も、カヌイの長老が頭を下げる人物にゃ。話を聞いて驚いたにゃ」
グレッドさん夫婦はそんな話をしながら成り行きを見守っている。
桟橋から20mほど離れたところで、その場で回頭を行い入り江の出口に進んでいく。
桟橋やカタマランから、大勢の人がこの船を見てるんだよな。
真っ白に塗装したから目立つのも問題だと思うのは、俺だけなんだろうか?
入り江を出たところで南に舵を取り、少しずつ速度を上げ始めた。
たぶん巡航速度までは上げるんだろう。3時間も掛からないはずだから、パイプに火を点けてのんびりと待てばいい。
「この速度は、かなりなものだ。それにさらに速度が上がっていくぞ!」
いつもの速度ではないと、グレッドさん達も気が付いたんだろう。
「今、浮かんだ気がするんですが!」
カルネアの表情が強張っている。かなりショックを受けているのかもしれないな。
だとすれば、早めに理由を教えておいた方が良いのかもしれない。
「この船はカタマランではなく、真ん中にもう1つ船体が付いたトリマランなんです。使っている魔道機関の数は6個。一番大きなものは魔石10個を使っています。色々と便利なように改造していたらこんな形になってしまいました。
皆さんの使っているカタマランと一番大きな違いは、船底に付けた翼にあるんです。船の速度をある程度上げると、翼の力で海面に浮かびあがり、さらに速度を増すことができます」
元々は、千の島の東端を探る目的で、若い時分に考えたものだと説明しておく。
そんな説明が一番納得できることのようだ。
「確かに、千の島の端を見たいと思う時はあったが、それを実際に行うためにどうすれば良いかを考えることは無かったな。
ネコ族なら誰もが考えることだが、それを実行することができるものが聖痕の保持者なのかもしれんな」
既存の殻を破る手立てを模索できる人物ということなんだろうか?
ナンタ氏族のグリゴスさんは、どちらかというとネコ族のまじめな漁師という感じだな。だけど、自分の氏族だけでなくサイカ氏族についても色々と考えを巡らせている。
聖痕の持ち主にも、色々とタイプがあるということなんだろう。
このまま行けば、氏族筆頭になれなかった初めての聖痕の保持者になりそうな気もするが、他で補えば良いってことに違いない。
「私達の操船楼とまるで違うにゃ。レバーもたくさんあって、小さな舵も付いてたにゃ」
「魔道機関が6基だそうだ。離岸時の不思議な動きもそれで行うんだろう。我等には操船することも難しいだろうな」
「そうでもないにゃ。今操船してるのはケイラ母さんにゃ」
「何だと! ……まあ、ケイラなら喜ぶかもしれんな。トウハのトリティ、レミネィの操船にあこがれていたからなあ。ん! 確か、その2人が乗っていると言ったな?」
「はあ、オウミ氏族の島とホクチ氏族の島に行くと言ったら……。夜も進めますから、ありがたい話です」
俺の肩をグレッドさんがポンと叩いてくれた。
苦労してると思ってくれたのかな?
「やっとお昼寝してくれたにゃ」
トリティさん達が家形から出てくると、グレッドさんに気が付いたみたいだ。直ぐに挨拶しているから何度かあっているんだろうな。
「トリティとレミネィが同行してるなら、バレット達が困ってるんじゃないのか?」
「近場で漁をするなら問題はないにゃ。カタマランを更新して3割増しの速度を出せても、この船にはかなわないにゃ」
やはりという感じで2人を見ている。
とりあえずは、漁場まで何もすることは無い。
タープの下でお茶を飲みながら世間話で暇つぶしだ。




