M-164 漁の仕方は似ているようだ
日暮れが近づいたところで、酒盛りを中断して夕食の準備を始める。
あまり飲まなかったけど、夕食を食べれば少しは酔いも納まるだろう。この島の入り江は西に向いているから夕日が落ちるのが良く見える。
トウハ氏族の島の入り江から見る夕日も綺麗だから、ネコ族の人達は夕日が綺麗に見える場所をあえて選んで住んでいるのかもしれないな。
「オウミ氏族の長老に会うんでしょう?」
「迎えに来ると言ってたよ。こちらから明日にでも伺うことを考えてたんだけどねぇ」
「それなりに、課題があるのかしら? サイカ氏族の話は是非とも聞いてきて」
チャーハンの様なご飯にスープの食事を終えたところで、船尾のベンチでお茶を飲む。
トリマランのマストにランタンを1つ上げているから、甲板はそれなりに明るい。
入り江に停泊した動力船も操船楼にランタンを下げている。その光が海面に揺らいでいるから幻想的な光景になるんだよな。
本来なら、お茶ではなくお酒が良いんだけどねぇ。この後のことを考えるとそうもいくまい。
桟橋を歩く、軽い足音が聞こえてきた。
迎えがやって来たのだろうか?
「この船にナツミ様がいると聞いたにゃ?」
やって来たのは、白い貫頭衣を着たおばさんだった。
「私が、ナツミですけど」
ナツミさんがベンチから腰を上げると、おばさんに顔を向けた。
「カヌイの長老達がやって来るにゃ。それを知らせに来たにゃ」
ナツミさんが俺に顔を向けたから、頷くことでナツミさんにお任せすることを伝える。
氏族会議にも呼ばれているけど、それは公式ということなんだろうな。非公式にカヌイのおばさん達はナツミさんと会いたいんだろう。
その裏には、アルティやアキロン達の存在もあるはずだ。一度目にしたいと思っているのだろう。
カヌイのおばさんはナツミさんの了解を聞くと直ぐに帰って行った。その知らせをトリティさんに伝えたら、バタバタと準備が始まってしまった。
トリティさん達にとっては、氏族の長老達よりもカヌイの存在が上になるんだろう。
次に桟橋から聞こえてきたのは、しっかりとした足音だった。
「アオイ殿だな? オウミ氏族の次席グレッドだ。よく来てくれた。案内したいが、準備は良いか」
「では行きますか。本来ならこちらから挨拶に伺わねばならないところです。……出掛けて来るよ!」
3人で色々と始めたナツミさんに、一応断っておく。
頷いてはくれたけど、当人達にも客人が来るんだから俺には構ってられないというところだろう。
「客が来るということで、ちょっとバタバタしてるんです。では行きましょうか?」
俺に向かって頷くと桟橋を歩き始めた。その後ろを俺がついていくんだけど、砂浜近くには小屋が1つしかない。その小屋は商船に持ち込む獲物の数を記録する小屋だと教え てくれた。
他の建物は津波に懲りて島の高台に小屋を移転させたんだろうか。
砂浜の反対側の林には、いくつかの道が作られている。その道の1つにグレッドさんは足を踏み入れた。
少し上り坂で、曲がった道だな。
100mも歩くと小さな広場がある。その広場の南北に小屋が作られていた。どちらも見たことがある建物だ。
南側の建物には周囲を囲う壁が無いし、太い柱には布が巻いてあった。トウハ氏族の島で族長会議を行った建物にそっくりだが、ここの建物はそれよりも一回り大きく見える。
北の建物は、俺達の島の長老達が住んでる小屋にそっくりだ。
グレッドさんが真直ぐに北の小屋に向かったから、やはり長老達が住み、氏族の漁の調整を図っているんだろう。
「入ってくれ。主だった連中はすでに集まっているはずだ」
グレッドさんの言葉に、扉を開くと中に足を踏み入れた。
「トウハ氏族のアオイです。長老の招きで参上しました」
俺の名乗りに、集まっている二十人程の男達視線が俺に向いた。
「来てくれたか! 生憎と津波で足を痛めてしまった。本来ならばワシ等が向かわねばならんのだが、来島した上でここに来てくれたことに感謝するぞ。先ずは、座ってくれ。場所はトウハ氏族に習って我等の右手じゃ」
縄を巻いたような座布団が長老達の席の右手にポツンと置かれてあった。
ここは言いつけを守っておいた方が良いだろうな。言われるままに席に腰を下ろす。
氏族会議の部屋の間取りは、どこも似たようなものだ。
熱帯地方なのに、真ん中に炉が作られている。
この炉は明かりを得るためなんだろう。ランタンを使わないのもおもしろい風習だと思う。
「アオイはトウハ氏族の中堅だが、左腕に聖痕を持つ者でもある。その漁の腕はトウハのバレットさえ感心すると聞いておる。
来て早々、若者達に銛の使い方を教えて貰ったようだ。彼らが他の者に教えるなら、その使い方は我等の漁にも活かされるだろう」
「我等は工夫の文字を知っておっても、それを行う術を知らぬ者ばかり。トウハにはカイト殿という偉大な長老がおったが、アオイ殿も長じてはカイト殿に並ぶであろうよ」
長老達が笑顔で俺を褒めてくれているけど、それが前ぶりだとすればどんな難題を持っているんだろう?
かえって構えてしまうな。
「あまり褒められると、その気になってしまいます。元々が小心者で怠け者。それがちょっとした工夫に繋がっているようなものです」
「あまり卑下するのも、問題じゃ。ワシ等は、アオイ殿の存在をトウハ氏族という枠を考えぬようにしておる。昔であれば、初めて会う若者に銛の秘密を教えることなどなかったはず。それも我等の銛とアオイ殿の銛を若者に見比べさせてその違いと、理由まで教えて貰っておるようじゃ」
漁師仲間での秘密主義は爺様がはなしてくれた。
職業漁師ではそれもあるんだろうけど、俺達は趣味の世界の拡張的なところもあるからだろうか?
その辺りのことは、オルバスさんやトウハ氏族の長老とも話しておかねばなるまい。
「俺がオウミ氏族の島に立ち寄ったのは、3つ理由があります。
1つは、漁をした際に他の氏族の島に下ろすことができるかどうか。その時の上納が取り決め通りに行われるか。
2つ目は、漁獲高を2割上げることに問題がないか。
3つ目は、オウミ氏族であればサイカ氏族の人達が立ち寄ることもあるかと思い、彼ら向けに使えそうな漁を教えようと思っていました」
俺の前に世話役が酒のカップを置いてくれた。
一口飲んでみると、ココナッツジュースに蒸留酒を混ぜたものだ。飲み口が良いから、ついつい飲みすぎてしまうんだよな。
カップの酒を一口飲み、パイプにタバコを詰め込んで炉で火を点ける。
あれほど饒舌だった長老達が、無言で何度も頷いている。
長老の前に並んだ十数人の男達は小声で周囲の者達とぼそぼそと話し込んでいた。
「やはりのう……。カイト殿の再来とトウハ氏族の長老が称える通りの男じゃ。聖痕の持ち主とは、本来そうあるべきかも知れぬ。我等ネコ族全体を見守る存在が聖痕の持ち主ということじゃろうな。
父親にして、その志を持つことから生まれる子に聖印や聖姿があるのかも知れぬ」
「カヌイの婆様達も騒いでおるじゃろうな。まあ、それも分かるつもりじゃ」
少しずつ会話が重なってくる。一時は通夜みたいな雰囲気だったからね。
「来島の目的は理解したつもりじゃ。1つ目は、すでに獲物を商船に運んでおるから、結果は分かっているであろう。2割の上納と最初に聞いたときには驚いたが、それだけ獲物が獲れるのであれば容易い話でもある。オウミ氏族の漁師達が他の島に荷を下ろす時代もそれほど遠くはないだろうよ」
「2つ目よりも、3つ目が先になる。確かにアオイ殿が言うように我等の漁を学ぼうと3家族が来ておる。彼らにはわし等で伝えておこう。明日の昼にでもアオイ殿を訪ねれば良かろう」
簡単な話が先に出てきたということは、やはり漁に問題があるのだろう。
銛の改良で少しは獲物が増えるだろうけど、それ以外にどんな漁をしてるかによるな。
「津波からすでに6年が過ぎている。あの災厄でオウミ氏族でも50人を超える犠牲があった。それに動力船の三分の二が壊れたのだが、どうにか津波以前の姿に戻りつつある。王国と交わした2割増しにはまだまだ届かんのが現状」
「オウミ氏族の漁は、銛に釣りとなる。ナンタやトウハは曳釣りをしているようじゃが、魚の大きさを考えればその辺りが無難じゃろう」
素潜りと釣りということだな。
釣りは、上物と底物の両者になるんだろう。
「トウハ氏族の漁のやり方がそのまま使えるとは思いません。それでも津波の後は、動力船に残った妻達も根魚を釣るようになってきました。場合によっては銛を持って漁をする妻達もおります」
ナツミさん達のように漁をするなら直ぐに2割増しになりそうだが、ネコ族の女性が必ずしも漁ができるとは限らない。
「我等の妻達も釣りには加わってもらっている。さすがに銛を持って飛び込むまでにはいかぬが、それでどうにか現状の漁獲なのだ」
「失礼ですが、釣りは手釣り、それとも……」
「手釣りだ。半人前辺りから仕込んでいる」
答えてくれたのはグレッドさんだった。
次席だけあって、他の連中の漁獲量を常に見てるんだろう。
手返しの良さでは手釣りが一番だが、慣れを必要とするんだよな。バラシが多いからリール竿を作ったんだけど、マリンダちゃんは小さいころから使ってたんだよね。
「バラしてしまうことがあるんじゃないですか? それを減らせば少しは漁獲を上げられるのではないでしょうか」
「俺達なら1晩で2、3匹だが、妻達となると数匹ではきかんだろうな」
「なら、取り込みを容易にする手立てはありますよ。まあ、最終的にはタモ網を使うことになりますけどね。
それに、上物狙いも容易です。シーブルの引きはそれなりですけど、3YM程度なら俺の嫁さん達も取り込んでますから」
3YMどころか4YM以上の物まで取り込んでるんだよな。さすがにそれは言わない方が良いだろう。
それに、この近くでそれほど大きな魚がいるとも思えない。




