M-159 灯りに集まる小魚を釣ろう
大きな箱眼鏡を見て、子供達も大喜びだ。
中に入らないか心配になってしまうほどだが、ナツミさんが中に入ったら見せてあげないと言っていたからだいじょうぶだろう。
夕暮れになると、箱眼鏡の前後にある筒に魔法で作った光球を入れる。
まるで照明灯を付けたように海底が明るく照らし出された。
光に聞き寄せられるかのように小さなアミが集まってくるから、それを目当てに魚も集まってくる。
「早く夕食を作るにゃ! 夜釣は期待できるにゃ」
トリティさん達がカマドに向かったけど、ナツミさんを残しておけば安心できるな。きつくナツミさんが言い聞かせていたけど、子供は探求心の塊だからね。
トリマランの真下に集まる魚を見たトリティさん達が急いで夕食を作ってくれたけど、味を損なわずによく短時間で仕上げたものだと感心してしまう。
お代わりまでして頂くと、俺がお茶を飲んでる間に、ナツミさん達が家形の屋根裏から竿を引き出している。
「このサビキ仕掛けを使ってもいいよね?」
「構わないけど、マルティ達の竿だよ」
「私達だけの竿だと足りないのよ」
ひょっとして4人で釣るつもりなんだろうか?
どれだけ釣れるか、様子を見ていよう。マリンダちゃんが参戦するときには、俺が子供達の面倒をみてればいいだろう。
3人が一斉に仕掛けを投入すると、直ぐに当たりがあったようだ。1分もしない内に魚を釣り上げて、手元のカゴに入れている。
かなり釣れるみたいだから、マリンダちゃんと子守を替わってあげないと恨まれそうだ。
家形の中に入ると、マリンダちゃんに釣りをするように伝えたら、嬉しそうな表情で大きく頷いてくれた。
「たくさん釣って来るにゃ!」
「頼んだよ!」
大きな箱眼鏡で海底を眺めていると、視野の端の方でサビキ仕掛けが動いている。
それに目を付けた小魚が集まっているから、その内に食いつくんだろうな。
見てる傍から、少し大きな奴が食いついた。
直ぐに引き上げられたんだけど、釣り上げたのは誰なんだろう?
大きな根魚が、小魚を狙っているのも見える。50cmは超えていそうだから、銛の良い獲物になりそうだ。明日の素潜りが楽しみだぞ。
ゴトゴト音がするのは、根魚用のリール竿を出しているのかな。
どれ手伝ってやるか!
そう思って立ち上がった時だ。箱眼鏡の視野に動くものがあった。
「ナツミさん! シメノンが来てるぞ」
「何ですって! それなら、小魚釣りは一休みね」
家形の中にトリティさんが入って来た。
俺の代りに子守をしてくれるのかな?
「早く準備をするにゃ! シメノンなら喜ばれるにゃ」
トリティさんに急かされながら家形を出ると、リール竿に餌木を付けた竿をマリンダちゃんに渡す。その後ろに、ナツミさんの竿があるんだよな。
俺は手釣りでいいだろう。タープに立て掛けた竿を、レミネィさんが仕掛けを巻き取りながら、家形の屋根に戻してくれている。
礼は後でいいだろう。先ずは餌木を投げ込み、数を数えて躍らせる。
ナツミさん達も竿先を振っているから、まだ乗ってはいないようだ。
グン! と急に餌木が重くなる。
どうやら、俺が一番のようだ。道糸を手繰って、舷側で墨を吐かせたシメノンを甲板に落とす。
後ろにいるレミネィさんに後を任せて、餌木を再び放り込んだ。
どうやら、水中を照らす灯りの周囲に群がっているような感じだな。
「釣れたにゃ!」
「私も、乗ったわよ。かなり群れてるようね」
どんどん釣り上げる。
シメノンの群れは直ぐに離れてしまうから、時間との闘いでもあるんだよな。
急に当たりがなくなったのは、群れが去った印だろう。
仕掛けを片付けて、小魚とシメノンを捌かなくちゃならない。俺が家形に入ると、すぐにトリティさんがナツミさん達の加勢に向かったけど、どれだけ釣ったんだろう?
俺だけでも10枚は超えているし、その前に皆で小魚を釣ってたんだよな。
「今度は私が見ていてあげるにゃ。家形の屋根に上ってザルを受け取るにゃ」
「済みませんが、よろしくお願いします」
レミネイさんに礼を言うと、直ぐに甲板に出た。
甲板に並んでいるザルだけでも3枚はあるんだが、まだまだ獲物は多いらしい。
家形の屋根に乗ると、ナツミさんが「よいしょ!」と言いながらザルを持ち上げてくれた。急いで受け取って、家形の屋根に並べていく。
今夜は星が出てるから、雨にはならないだろう。きっと良い一夜干しが出来るんじゃないかな。
屋根に上げたザルの数は5枚にもなってしまった。
仕事が終わったところで、【クリル】の魔法を使って体の汚れを落とす。匂いまでも落ちるから、皆で家形で休んでも魚臭くはならないだろう。
マリンダちゃんが配ってくれたワインを飲みながら、パイプを使う。
大漁の後のワインは、何となく満ち足りた気分にさせてくれるな。
「明日は、朝から大物を突くにゃ。私等が船に残るから、3人で頑張るにゃ」
「そうさせてもらえれば助かります。ひょっとして根魚釣り?」
「あの仕掛けから覗きながら釣るにゃ。おもしろい釣りができるにゃ」
トリティさんの言葉に、レミネィさんもワインのカップを掲げて頷いてくれた。
まあ、マリティ達のお守りをしてくれるんだから、ありがたいと思わなくちゃいけないな。
一応、寝る前に箱眼鏡の中に落ちないように蓋をしておく。
その上に、スノコを乗せれば前のトリマランと同じに見える。
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翌日。まだ日が上らない内に起きて、屋根に干した魚をザルごと下ろす。下ろしたザルから獲物ごとにザルに入れて保冷庫の中に入れると、ナツミさんが魔法で氷を作って保冷庫の温度を下げている。
一夜干しは天候に左右されるけど、昨夜は降らなくて良かったな。今日も、天気は良いようだが、遠くに雨雲が見える。
夕立ちというわけではないだろうが、午後の天気は予想できない感じだ。
ナツミさん達が朝食を作る間は、蓋をした箱眼鏡の蓋を開けて子供達と海底を眺めて過ごすことにした。
ジッと眺めている子供達を見ると、やはりトウハ氏族の子供達だと実感してしまう。
読み書きと算数ぐらいを教えておけば将来の生活に困ることは無いだろうし、どちらかというと暮らしの術を教えないといけないに違いない。
俺は漁を教え、ナツミさんとマリンダちゃんが魚の捌き方と料理を教えればいいはずだ。
10歳になったら、魚の捌き方を教えるとナツミさんが言っていたけど、さてどうなることか。
「父さん、あの割れ目に大きいのがいるんだよ」
「どれどれ、……あれだな。トリティおばさんがあれを釣ろうとしてるんだ。甲板の後ろで応援してあげるんだよ」
ジッと、獲物を見つめながらもマルティが頷いてくれた。
釣れなければ、俺が銛で突いてやろう。かなり大きなバッシェのようだ。
軽めの朝食を頂いたところで、船首に積んであるザバンを下ろし、アウトリガーとフロートを付ける。
甲板から下ろしたロープに繋いだところで、甲板に上がり家形の屋根裏から銛を取り出した。
「ナツミさん達はこれでいいだろう? 銛先が2つだけど中型なら問題なく突けるからね」
「アオイ君は大物狙いってことね。それで行きましょう!」
ココナッツジュースの入った竹の水筒を2つと、ココナッツのカップを入れたカゴをマリンダちゃんがザバンに詰め込んでいる。
一足先のザバンの傍に飛び込んで、ナツミさんが渡してくれる銛をザバンの舷側に結び付けた。
「いつでも行けるぞ! ……トリティさん、マルティ達を頼みます」
ナツミさんに声を掛けたところで、マリンダちゃんの根魚用のリール竿を取り出しているトリティさんにも声を掛けた。
「行ってくるにゃ。こっちも大物を釣り上げるにゃ!」
トリティさんが、片手を上げて答えてくれた。
思わず笑ってしまいそうだけど、箱眼鏡でいるのが分かれば釣りたくなるだろうな。
「行くよ!」
俺に声を掛けたナツミさんが甲板から海に飛び込んだ。俺もうかうかしてられないな。
マスクをかけて海に飛び込む。
数m泳いだところで、ザバンのフロートに掴まってトリマランから離れることにした。
シュノーケルを使いながら水底を眺めると、3mほどの小さな崖が出来ている。それほど大物はいないんじゃないかな。
ザバンが停まったところで、舷側に固定した銛の紐を解いて、船尾にいるナツミさんに手渡す。
「頑張って突くからね!」
そう言って、シュノーケルを海面から突き出してザバンから離れて行った。
ナツミさんよりも多く突かないとな。俺の矜持もある。
銛を手に海底にダイブする。
獲物を片っ端から突けば、数はこなせるだろう。
最初の獲物は、サンゴの裏に隠れたバヌトスだった。50cmほどだから型はまあまあってところだろう。ガムを引いて、左手をバヌトスに差し出すように近付ける。
慎重に狙いを定め、左手を緩めた。
突き刺したバヌトスを引き出して、海面を目指す。海面までは3mもないが、ザバンが頭上にいないことだけはきちんと確認しておかないとな。
海面に上がって周囲を見渡すと、ザバンが近づいてくるのが見えた。銛からバヌトスを外して、近づいてきたザバンに投げ入れる。
「大きいにゃ。まだナツミは突いてこないにゃ」
「今回は俺の方が早かったみたいだね。次も頑張って来るよ」
「期待してるにゃ!」
マリンダちゃんに親指を立てて、努力することを伝える。
次は何が突けるかな?
息を整えると、再び海底にダイブした。




