M-157 豪雨を押しての船出
翌日は、朝から豪雨になってしまった。
せっかくの出航なんだけどなぁ。先行きが不安になって来たけれど、新しいトリマランの甲板は大きなタープで覆われているから、100m先が見えないよな豪雨であっても濡れることは無い。
雨期の豪雨だから、いつ止むとも分からないんだけれど、つかの間の晴れ間が出ることもある。
まだ、雨が残っている中を、カゴを背負って桟橋を走って来たのはレミネィさんだった。
急いで家形の中に入ってもらい、着替えて貰う。背負いカゴの上に樹脂で目を潰したザルを乗せていたから、カゴの中は濡れることは無いと言ってたけど、止むまで待てなかったのかな?
続いて、同じような出で立ちでトリティさんがやって来た。
確かにライバル同士だな。気が合う2人ということなんだろう。思わず、ベンチに座っていた俺とナツミさんが顔を見合わせてしまったくらいだ。
「これで、一応揃ったということになるから、出発しても良いんだよね?」
「オルバスさんにも伝えてあるし、レミネィさんが来たってことはバレットさんだって知ってるはずだ。いつでも出掛けられるよ」
「出発するのかにゃ? 最初はマリンダに譲るけど、安定したら隣に乗せて欲しいにゃ」
トリティさんが着替えを終えて、レミネィさんと一緒に甲板に現れた。
一応、ナツミさんとマリンダちゃんに操船を任せて、慣れたところで隣に座ろうとしているんだろうな。
ナツミさんも頷いてるから、そろそろロープを解くことにするか。
マルティ達が甲板に出てきても、トリティさん達がいてくれるから安心できる。一応、甲板の周囲には網を張ってはいるんだけど、目を離せないからなぁ。
雨に濡れるのもお構いなしに、桟橋のロープを解いて、船首のアンカーを引き上げた。アンカーが動かないように木枠が拵えてあるのは、ちょっとした改良ということなんだろう。
家形の屋根を伝って甲板に戻る途中で、操船楼のナツミさん達に準備完了を伝える。
「最初はゆっくり進むからね」
微笑みながら伝えてくれたけど、それってその内に速度を上げるってことなんだろうな。
安心はできないけど、信頼はできるから頷くことで答えておく。
ハシゴを下りて、タープの隙間から甲板に下りた時にはびしょ濡れだった。
雨期だか諦める外ないようだ。髪と顔をタオルで拭いて、船尾のベンチに腰を下ろす。
トリティさん達は子供達と一緒に甲板の真ん中で、スゴロクをやっている。周囲を板で囲んであるから、サイコロがどこかにとんで行くことも無さそうだ。
数を数えながら氏族の島めぐりをしているんだろう。
「動き出したにゃ!」
「真横に移動してるにゃ!」
トリティさん達が驚いて操船楼を見上げてるんだけど、生憎とタープで隠れている。
早速、可変スラスタを使っているようだな。確かに桟橋への移動や離岸には適しているかもしれない。
桟橋から離れたところで、位置を変えずに船体が回頭を始めた。
オルバスさんやグリナスさんが甲板で棒立ちになって眺めているのが見えた。とりあえず、手を振って出掛けることを伝えると、向こうも了解したと手を振ってくれる。
ゆっくりと入り江の出口に向かって進むころには、入り江に停泊していた動力船から俺達に手を振ってくれる人がだんだんと増えてきた。そんな人達が見えなくなるまで手を振っていると、いつの間にか俺の後ろで子供達とトリティさん達も手を振っている。
入り江を出ると、北に向かって進む。
目印となる島は何度も教えて貰っているし、何と言ってもトリティさん達が一緒だからね。
族長会議に何度も長老達をオウミ氏族の島に乗せて行っているから、航路自体には何の心配もないはずだ。
「雨が強いと、速く走れないにゃ」
恨めしそうに、タープを叩くように降っている豪雨に文句を言ってる。
トリティさん達は、軽快な水上走行を楽しみにしていたんだろうな。だけど、雨期の雨は長く続くんだけど1日中降り続けることは無かったから、昼過ぎにはこの船の実力が分かるんじゃないかな。
それまでは、マリティ達とスゴロクで遊んであげて欲しい。
豪雨の中、マルティ達のスゴロクを見ながらパイプを楽しむ。
時速10ノットというところだろう。これぐらいの速度なら安心できるんだけどねぇ。もう少し速度が遅ければ曳釣りでもするところだけれど、オウミ氏族の島には外輪船で10日は掛かると言ってたから、ナツミさんとしては少しでも速度を上げたいに違いない。
マリンダちゃんが操船楼から下りてくると、トリティさんが直ぐに上がって行った。ちょっと羨ましそうにレミネィさんが操船楼の方に顔を向けていたけど、マリンダちゃんと共にカマドの方に行ったから、昼食の準備をするのだろう。
マルティ達は人数が減ったからちょっと面白くなさそうだな。家形の中に入って、積み木の入ったカゴを持ち出してようだ。
四角い積み木の片側に掛かれた文字を繋げて、言葉遊びをするのがお気に入りらしい。アキロンも一緒だから、文字を覚えるのが結構早いんじゃないかな?
昼食は、近くの島に一時トリマランを停めて頂く。ちょっと塩味の効いたスープだったけど、軽く炒めたご飯に掛けると丁度いい感じだ。
軽く1杯頂いた後は、ココナッツジュースを飲む。
豪雨もいつの間にか、止んでいた。西にの空には日に光さえ見えている。
「止んだかにゃ? このまま進めば明日の朝には回頭をする島が見えて来るにゃ」
「2倍で進めば、夜半ということですか?」
トリティさんの呟きに、ナツミさんが確認するように聞いている。トリティさんが頷いているところをみると、その通りということなんだろう。
リードル漁を終えて、まだ間がないか月明かりは余り期待できない。
となると、このまま速度を上げずに進んだ方が良いように思えるんだけどね。
「丁度雨も止んだことですし、最大船速を試してみますか?」
ナツミさんの提案にマリンダちゃんが笑顔になったし、トリティさん達の目が輝いてるんだよな。
「急に、そんな速度を出してもだいじょうぶなの?」
「だいじょうぶよ。前のトリマランとそれほど変えてないもの。前のトリマランで、それほど長い水中翼が必要ないことが分かったから、強度的にはこっちのトリマランの方が上になるわ」
やはり、高速船を狙ってはいたんだな。
バウ・スラスタは使えないだろうから、前のトリマランと同じような操船になるんだろうか?
ナツミさんとマリンダちゃんが操船楼に上がって行ったので、急いで船首のアンカーを引き上げに向かった。
トリマランは再び北に向かって進んでいく。
「船足をあげるよ!」
操船楼からのナツミさんの声に、思わず身構えてしまった。マルティ達は急いで家形の中に入って、開かれた扉から甲板の俺達を眺めている。
さて、どうなるかな……。
突然、トリマランが速度を上げた。
軽い浮遊感が直ぐにやって来たから、一気に水中翼船モードに移行したんだろう。
航跡が長く伸びているけど、前のトリマランよりも水飛沫が少ないように思える。それだけ、水の抵抗を減らすことができたんだろうか?
となると、それだけ速度を増すことができるはずだ。すでに20ノットを越えているようだけど、どこまで速度を上げるんだろう。
「現在で、2ノッチよ。短時間だけど3ノッチを試してみるね!」
ナツミさんの声が終わると同時に、グン! と速度が上がった。30ノットは出てるんじゃないか?
確かに前のトリマランよりも速そうだけど、舵はどうするんだろう?
「少し揺れるよ。スラロームを試してみるね!」
途端にトリマランが傾いた。
あまり傾くことがない船体構造だから、ほんの少しの傾きでも大きく感じるのかもしれない。
それでも、ちょっと心配になる動きだな。
大きく回頭したり、小さく回頭したりと何度か繰り返していたけど、回頭時はやはり速度が落ちてしまうな。
回頭時の舵取りは舵を使わずに、左右の魔道機関の出力調整で行っているのかもしれない。
どうにかスラロームの試験を終えたようで、トリマランが再び北に向かって速度を上げ始めた。
マリンダちゃんが操船楼を下りてきたのを見たトリティさんが、ハシゴを上って行った。舵を握らせてもらうのかな?
俺達にマリンダちゃんがお茶を出してくれたので、水中翼船モードに変わった時の舵取りを聞いてみたら、やはり左右の魔道機関の出力を調整して舵を取ったと教えてくれた。
「前のトリマランよりも小回りが利くにゃ。魚を突く時にはこれほど速くなくてもだいじょうぶだとナツミが言ってたにゃ」
「動力船から、飛び込んだら置いていかれちゃうにゃ?」
「ナツミは船の上から突くと言ってたにゃ」
ん? 今の話だと、トリマランの甲板から直接銛で魚を突くってことになるぞ。
そんな漁法は……、まさか、突きんぼ漁ってことか?
あれは、海面近くを泳ぐ大型の魚を銛で直接突くんだが、確か舳先に立って銛を打つんだよな。その魚を追い掛けたり見つけたりするために、高い場所で操船ができるように……。待てよ。確かにこのトリマランには高い場所にもう1つの操船櫓がある。それに舳先にお立ち台の様なものがあったんだよな。
このトリマランでやるつもりなのか?
「そんな漁があるのかにゃ?」
「一応、あることはあるんです。でも、出来るかどうかは、やってみないと分かりませんし、道具も少し変わってるんです。オウミ氏族の島に商船がいたら、ドワーフの職人に作ってもらいますよ」
ナツミさんのことだから、今ある銛でも行けると思ってるに違いない。突きんぼ漁に使う銛先は、鋭い銛が数本に纏まっていたんだよな。柄と銛先は分離するし、銛には長いロープも付けられていたはずだ。途中に、いくつか浮きだってあったんじゃなかったか?
銛の柄だって回収しなければならないだろうから、少し面倒な作りになりそうだ。
オウミ氏族の島までは時間があるだろうから、簡単な絵を描いておいた方がいいだろう。
ナツミさんのことだから、突然に大物を追い掛けたりしないとも限らないし。




