M-155 魔道機関が6基だと!
リードル漁前の漁から戻ってくると、氏族の島の入り江にはたくさんのカタマランが停泊していた。
浮き桟橋に停泊した商船は出掛ける前の商船より少し大きいものだ。このまま俺達がリードル漁を終えるのを待つんだろう。
明日はリードル漁に出航するという前の晩、嫁さん達と3人で甲板で就寝前のワインを楽しんでいると、ナツミさんが思いがけない報告をしてくれた。
「たぶん、リードル漁が終わるころに私達の船がやってくると思うよ。今度は少しおとなしい感じだから、アオイ君も気に入るはずよ」
思わず口に含んでいたワインを噴き出すところだったが、ごくりと無理やり飲み込んだところで、ナツミさんに顔を向けた。
「操船はナツミさん任せだから、問題はないと思うけど……。今度も浮き上がるの?」
速さを狙ったなら、水中翼船だろうな。軽快な操船ならバウ・スラスタを多用するはずだ。
「ちなみに、魔道機関の数は?」
「大型が2個に中型が2個、小型が2個の6基になるわ。もっとも小型はウインチ専用だから」
慰めにもならない数だ。確か、このトリマランは大型が2個に小型が1個だったはず。バウ・スラスタを強化するってことなんだろうか?
ウインチは大型を突いた時に必要になるだろうから頷けるんだけど、2個はいらないんじゃないか?
「大きさは2.4mほど船体が長くなったけど、横幅は90cmの拡張に抑えたの。必要な時には船体の長さを3m長くできるよ。操船は操船楼と、その上の櫓の2カ所で行えるわ。アオイ君にはトローリング用のクルーザーと言えば理解できるかもね」
通常航行と、漁をするときで操船位置を変えるってことかな?
まあ、それは何となく理解できるんだけど、船の長さが変わるってのが理解に苦しむんだよね。
本人は、他の船とそれほど変わらないようなことを言ってるけど、どう考えても身だちそうな船だな。
「一応、漁船なんだよね?」
「漁船であると同時に私達の暮らす家でもあるわ。ちゃんと理解してるから」
今度は、マリンダちゃんまで頷いている。
事前にマリンダちゃんの監修は受けているということになるんだろうな。だけど、トリティさんの薫陶を受けて育った女性だから、動力船は速さということになっているのかもしれない。
「子供達も大きくなったんだから、船も大きくするのは問題ないはずだ。それにこのトリマランを手に入れてからだいぶ経つからね。問題があるとすればこのトリマランの引き渡し先かな?」
「カヌイのおばさんが欲しがってるの。このまま引き渡してくれれば良いと言ってたわ」
さすがに、それはオルバスさん達に確認してからの方が良いだろうな。
ナツミさんの話しに同意はしないでおこう。
それでも、オルバスさんと相談しておくと言ったら、頷いてくれたからナツミさんも少しは考えるものがあったに違いない。
トウハ氏族の動力船の分配は氏族会議で決めると昔聞いたことがあるのを、ナツミさんも覚えていたんだろう。
不安を持って臨んだリードル漁だったけど、不漁にはならなかった。
守るべきことをきちんと守れば、リードル漁は恐れるものではないんだよな。
津波の後は、魔石の三分の一を氏族に渡したこともあったけど、今では上級魔石を1個だけだ。
他を考えて中級にと、オルバスさんは言ってくれるけど、今後のことを考えれば資金はいくらあっても足りないだろう。
大型の船が手に入るんだから、それに見合った乗員も確保する必要がある。その給与を払うのは氏族ということを考えれば、軌道に乗るまでの面倒をみるのは、それを考えた俺達の責任範囲にも思える。
大型船と俺達の船のどちらが早いかを、話を聞いたグリナスさんが友人達とワイン1ビンを賭けていたようだが、出来たのは大型船の方が早かったようだ。
「父さん達が人選に悩んでいるよ。まあ俺達には当分関係ない話だ」
「今夜の集まりに呼ばれてるのは、それもあるんだろうな。だが、俺はまだ中堅だぞ」
トリマランのタープの下に、ネイザンさんやグリナスさん、それにラビナスまで集まってグリナスさんが賭けで手に入れたワインを飲んでいる。
ありがたく頂いてるけど、結構味が良いワインだ。
「それで、このトリマランはカヌイの婆さん達に渡すことになったのか?」
「氏族会議で決定したようです。魔道機関の魔石はカヌイのおばさん達で交換すると言ってました」
昔からの貯えを使ったんだろうか? ナツミさんが交換してからと言ってたらしいけど、そこまでは必要ないと言われたようだ。
「5つの氏族を合わせても、最速の船だからな。母さんが、カヌイになる楽しみができたって言ってたよ」
トリティさんだからねぇ。海人さんの血を引いていると言ってたから、案外カヌイの候補なのかもしれない。
とりあえず、場所塞ぎになる大型船は入り江の北にアンカーを下ろして停泊している。ザバンが何艘か接舷しているのは、船内の確認をしているんだろう。
たまに、皆の視線が大型船に向かうのは仕方がないことなんだろうな。
「ネイザンさんが大型船に乗るのかな?」
「それはいくら何でも早いだろう。とはいえ、父さん達はリーデン・マイネを動かそうとしてるんだよな。案外、アオイの呼び出しもあるかもしれないぞ」
それは無いだろう。少なくとも船団の構成は長老達の判断だ。前に大型船を中核にした船団構成を話してあるから、その辺りの人選は長老達で行うべきだろう。
「おい、あれはなんだ?」
グリナスさんが腕を伸ばした先には、商船に曳かれた白いカタマランに見える船が曳かれている。
出来たのか? となると、ナツミさん達が浜から戻ってきそうだ。
「どうやら、俺の船ができたみたいです。ナツミさんは他のカタマランとそれほど違わないと言ってましたけど、かなり違いますね」
操船楼が2つあるのが一番奇異に見えるな。それで変わって見えるんだろうか?
「操船楼が2つあるのが不思議に思えるんだが?」
「通常は下を使って、曳釣りの時に上を使うんです。俺達にとっては見慣れた構造なんですけどね」
マストに張り付いた感じに見えるのは、強度的なものがあるからなんだろう。船尾に伸びた帆桁はクレーン代り、屋根代わりなのは同じなんだな。
「あれもトリマランなのか?」
「たぶんそうだと思います。甲板も一回り大きくなってるんじゃないかと思うんですが、ナツミさんにお任せですから」
3人が頷いてるのは、船を新調するときは嫁さんの意見が重要視されるということなんだろう。
海人さんの場合も、3人の嫁さんの意見を聞いたらカタマランになったらしい。
桟橋を駆けて来る音が聞こえてきた。やはりナツミさん達だ。マリンダちゃんがマルティ達の手を引いて、ナツミさんはアキロンを小脇に抱えている。
そんなに急がなくても逃げないと思うんだけどね。
「出来たみたい! 子供達を頼んだわよ」
家形の中に飛び込むと、小さなバッグを持って、マリンダちゃんと再び桟橋を駆けて行った。
俺達は顔を見合わせながらため息を吐く。
「まったく、お前の嫁さんは元気だな。だが悪いことではないぞ。銛の腕も俺達に並ぶんだからな」
「おかげで聖痕が霞んでしまいます」
そう言ってアキロンを手招きする。お姉ちゃん達とあまり遊ばないんだよな。
俺の隣にちょこんと座ると、マルティ達は保冷庫からココナッツを持ってきた。割ってほしいらしい。
そんなマルティ達の願いを、ネイザンさんがかなえてくれている。
ちゃんと、ありがとうと礼を言っているから、ネイザンさんが頭を撫でている。
「だいぶ大きくなったな。俺のところも銛を作ってやる歳になった。グリナスも用意しておくんだぞ。1年は直ぐに経ってしまう」
「銛先は用意してありますよ。最初の銛はガムを付けないで良いんでしょう?」
「1年はそのままで、翌年にガムを付ける親が殆どらしい。とはいっても、漁は期待できないだろうな」
銛を持って2年が過ぎれば半人前だ。大人の半額の報酬が払われる。それもそんなに先の話しではないんだろう。
俺達も歳をとるわけだな。
しばらくすると、大きな動力船がトリマランに横付けされた。
舷側の緩衝材はラビナスが手際よく入れてくれたし、船首と舷側をロープで繋ぐのはグリナスさん達が手伝ってくれた。
「これか! この船より大きいんじゃないか?」
「一回り大きくなってます。子供達も大きくなりましたからね。船尾から獲物を引き上げる時に役立ちそうだと、ウインチという仕掛けを付けてます。魔道機関で動くロクロの様なものです」
これか……、なんて言いながら、巻き取ってあるロープを見ている。
ウインチがあれば、ガルナックの大型も引き上げるのが楽になるだろう。問題は、もう1つのウインチだよな。どこに付けたんだろう?
「かなり操船が楽になったわ。これで、カジキも釣れそうよ」
曳釣りの大型となればカジキなんだろうけど、せいぜい1.5mほどのハリオかフルンネじゃないかな?
「引っ越しにゃ! 手伝いに来たにゃ」
トリティさんとリジィさんは、それを名目に見学ってことらしい。場合によっては一緒に漁に行かないと満足してくれないんじゃないかな?
グリナスさんとラビナスが自分の船に走っていく。
やがて子供の手を引いた嫁さん達が現れたから、アルティ達を浜で遊ばせてくれるみたいだ。ありがたく頭を下げて桟橋を歩いていく嫁さん達を見送った。
すでに引っ越しの段取りが終わったらしく、ネイザンさんもマリンダちゃんの指示で銛を運んでくれていた。
色々と運ばなくちゃならないからね。10年近く暮らした船だから、こまごましたものがいつの間にか増えていたようだ。




