M-153 秤を作らないと
トリマランに戻る途中で、ナツミさん達のところに立ち寄る。
あいにくとナツミさんはアルティ達と海の中だったが、マリンダちゃんはアキロン達と砂山の制作に励んでいた。
マリンダちゃんの作業を一時中断してもらって、小魚の開きがどうなったかをきいてみた。
「あれにゃ。ちょっと面倒な計算だったけど売れたにゃ。大きさで2つに分けるみたいにゃ」
「売れたなら、子供達も喜んでくれんじゃないかな? 欲しいものだってあるかもしれないしね」
「ナツミがちゃんと分けてあげると言ってたにゃ!」
マリンダちゃんが嬉しそうな声で答えてくれた。
子供達だけの漁場を作ってあげても良いんじゃないかな。半人前までの子供達を対象にして一夜干しまでの仕事をしてもらえば、将来の予行演習になりそうだ。
元々が1匹1Lのカマルだからねぇ。10匹で1Lでも十分じゃないかな。
大きさで、2つのグループに分けるらしいが、その区分けも気になるところだ。
トリマランに戻ったところで、タックルボックスを持ち出して甲板の片隅で店開きをする。タープがあるから、直射日光を遮ることができる。船の上は涼しい風がふいているから、家形の中より涼しく感じられる。
購入してきた釣り針は、セイゴ針に似た形だ。軸が少し長めで針先にひねりが無いからシンプルな釣り針と言えるだろう。
針先を洗濯バサミで挟み込めば、仕事がやりやすくなるな。
先ずは、釣り針にハリスを結ぶ。釣り針の大きさが小さいから1.5号で十分だ。この釣り糸はほとんど使わないから、後で困ることも無い。
30cmほどハリスを伸ばしたところで、いよいよ疑似餌に仕上げねばならない。
確か小さな三角形を作るんだったよな。
カマルの干した皮、荷作り用のビニル紐、鳥の羽をハサミで小さく切り取った。風で飛ばないように船尾のベンチの蓋を開けて、その中でハサミを使う。
部屋の中なら良いんだけどね。家形の中も風が通るからダメだろうな。
いくつかは風で飛んでしまったけど、かなりの数を作ったところで、釣り針の結び目に接着剤を塗って、親指の半分ほどの小さな三角形を2、3枚くっ付けた。
まだ接着剤が乾かない内に、三角形の端を絹糸で巻き付ける。その上に再度薄く接着剤を塗れば、サビキ用の疑似針の完成だ。
面倒な作業だけど、慣れるとそれほど難しいものでもない。20本近い擬餌針を作ったところで、パイプを取り出して一休み。
「せいが出るにゃ。今度は何を作ってるのかにゃ?」
「アルティ達の釣竿ですよ。小さなカマルをたくさん釣ってくれましたからね」
声を掛けてくれたのはトリティさんだった。わざわざトリマランまでやってきてココナッツジュースを渡してくれた。
ちゃんと自分のカップも持ってきたところをみると、俺を相手におしゃべりを楽しむつもりのようだ。
「だいぶ釣れたにゃ。でも商船に売るカマルよりだいぶ小さかったにゃ」
「今朝方、商船にマリンダちゃん達が持って行きました。ちゃんと売れたみたいですが、カマルの大きさで2つに区分されたように話してくれました」
「買い取ってくれるなら問題ないにゃ。でないと、今日の夕方にあちこち配らないといけなかったにゃ」
そんな話をしていたんだよね。思わず顔を合わせて苦笑いをしてしまう。
ある意味、結果良しということなんだろう。
「なんだ、母さんもいたのか。アオイに頼まれてた竿はこれで良いのかな?」
グリナスさんとラビナスが10本近い釣竿を担いできた。
トリティさんがグリナスの頭をコツン! と叩いて、カマドに向かう。かつて知ったるというやつなんだろうな。お茶を用意してくれるみたいだ。
「痛てて……。まったく、いつまでも子供扱いなんだからな」
頭を押さえて文句を言ってる。いい音がしたからな。
「炭焼きのお爺さん達はもう少し太い方が良いんじゃないか、と言ってましたけど?」
「これで十分だよ。俺達が使うんじゃないからね。子供達が釣り上げたカマルは商船が引き取ってくれたよ。となれば、子供達の小遣い稼ぎを少しは手伝うのが父親ということになるだろう?」
ラビナスの疑問に答えると、嬉しそうに頷いてくれる。
兄弟が少ないこともあるんだろうな。俺達を兄貴として慕ってくれるから、俺も弟ができたみたいで嬉しくなる。
「竿は俺とラビナスで作るよ。長さは?」
「俺達なら15YM(4.5m)以上欲しいところですが、子供が使うとなれば、10YM(3m)というところでしょうね」
「大物が掛かって竿を取られないように、竿尻に紐も付けておくよ。さすがに子供達が釣られることは無いだろうけどね」
ハリスを1.5号にしてあるから、そんな時にはハリスが切れるはずだ。回遊魚だっているんだからね。上手く釣りあげられれば子供達の間で、英雄になれるんじゃないかな。
「基本はカマル釣りですよね?」
「カマルに限ったものではないけど、たぶん掛かるとすればカマルじゃないかな。この釣り針を付けるんだ」
ベンチの蓋を開けて、擬餌針を1本取り出して2人に見せると、トリティさんまで傍にやってきて擬餌針を眺めている。
「釣れるんですか?」
ラビナスの問いが3人の共通した疑問のようだ。その問いに2人とも頷いている。
「釣れますよ。もっとも、魚が群れていることが基本ですけどね。コマセと言って、魚を寄せるための餌を撒くんです。コマセの作り方は仕掛けができたところで教えますよ」
アミが購入できればいいんだけれど、無ければ代用品を探すことになる。
ロデニルの頭を乾燥させて粉にすれば良いんじゃないかな? それに絹糸が手に入るということは、蛹粉があるはずだ。その2つと米糠を混ぜれば使えると思うんだけど、これも試行錯誤の世界になりそうだな。
「ラビナス、手伝ってくれよ。アオイのことだ。油を2度塗りするぐらいのことは言いそうだ」
「それで十分です。子供用の竿とは言っても、ちゃんと氏族の漁果に貢献してもらえるんですからね。大人用と子供用で仕掛けは少し異なりますけど、手を抜くことはできません」
「グリナスの最初の銛もオルバスは何日もかけて作ってたにゃ。ラビナスの銛はアオイが自分で納得するまで調整してたにゃ。漁の道具に手を抜くようなトウハ氏族はいないにゃ」
トリティさんの言葉に俺達が力強く頷いた。
それはこれまでの暮らしで十分に分かっている。俺達が生きる術を与えてくれる漁の道具は、それを使う者の心根が反映されるのだ。
手間をかけてきちんと作った漁具は、その思い通りに答えてくれる。
待っていろよ! と言い残して2人が竿を担いで自分達のカタマランに向かって行く。これで竿は何とかなったから、仕掛け作りを始めようかな。
トリティさんも、自分達のカタマランに戻っていく。お昼は任せるにゃ! と言っていたから、リジィさんと一緒に皆の分を一緒に作るんだろうか?
昼近くになって、ナツミさん達が帰って来た。アルティ達はびしょ濡れだから、家形の中に入って着替えさせている。
「昼食は、皆で一緒と言ってたよ」
「なら、手伝わないと!」
ナツミさんが隣のカタマランに急いだけれど、トリティさん達の調理は終わってるんじゃないかな?
「大きなお魚がいたの。お昼が終わったら潜って釣っても良いでしょう?」
「午後はお昼寝だよ。明日はお父さんが付いて行ってあげるからね」
「ほんとだね!」
マルティ達が歓声を上げている。
もう1日ぐらいは島で休めるだろう。リードル漁が目の前だけれど、その前にもう1回ぐらいは漁に出掛けなければならないだろうな。
ナツミさんがカリンさんやレーデルと一緒に料理を運んできた。子供達を一時的に家形の中に入れて、食事の準備の邪魔にならないようにする。
その後ろから、グリナスさん達が子供を連れてやって来た。今日の昼食も賑やかな食事になりそうだ。
食事が終わったところで、子供達を家形の中に押し込んで昼寝をさせようとマリンダちゃんとカリンさんが努力してるみたいだけれど、はしゃぎまわってる声が甲板に聞こえてくるから、しばらく掛かりそうだな。
そんな中、ナツミさんが小さなカマルの売値を教えてくれた。
「1YM(30cm)を越えたカマルなら1匹1Lなんだけど、それ以下のカマルも引き取りたいと言ってたよ。買値は、1YMの四分の三を越えるなら、10匹で1L。四分の二を越えるなら15匹で1Lと言ってたんだけど」
「数えるのが面倒だね。重さで買い取ってもらいたいな」
「その話を、私も伝えたのよ。その結果だと、半YG(1.5kg)で3Lということになったわ。半YGを越えるなら、六分の一単位で1Lずつ足していくと言ってたわ」
半YGというのが問題だろうな。簡単な天秤ばかりを使っておおよその重さを量らねばならない。バネ秤はないから竿秤ということになるんだろうか?
標準分銅があるなら、ガムで簡単に作れるんだけどね。
「分銅は買えるんだろうか?」
「買って来たよ。重さでというなら必要になるでしょう。半YGを1つだから、これでできるよね?」
できると言うのは、秤ということなんだろう。ガムを使って作ってみるか。
「それなら何とかなりそうだ。今釣竿を作ってる最中だから、それが終わってからでもいいよね」
「それでできるのか? 分銅を俺達も買うとなると、意外と出費が増えそうな気もするけど?」
グリナスさんの話しにラビナスも頷いている。やはり竿秤を考えているようだ。要するに半YGを越えた漁をすればいいんだから、それが分かる秤を作れば十分の筈だ。
ガムの伸び縮みを利用するだけだから、それほど複雑にはならないんだけどね。




