M-149 貧者のための漁も必要だ
大型の運搬船建造の目的が、ニライカナイとしての国作りを実感させることでもあると知って、ナンタ氏族の長老達は少し胸をなでおろしたようだ。
その先の、防衛艦隊創設はまだ言わずともいいだろう。5つの氏族の会議の場で話し合えば良い。
「族長会議で、各氏族からの共同出資の話があったのはそういう理由じゃったか。どうにか氏族の男達に動力船が行き渡ったからには、その動きに乗るのもおもしろそうじゃな」
「いずれは我等の桟橋に他の氏族の動力船が並ぶと?」
「そうなるじゃろうな。だが、心配はいらんだろう。漁をする獲物と漁法が異なるからのう」
「とはいえ、将来的には互いの漁法が似通ってくるであろう。その時に恥をかかぬようにせねばなるまいな」
あまり他の氏族がやってきても困るだろうな。
その時は、今回のように他氏族の売値は2割を納めるということで何とかなりそうだ。
大型運搬船へ売り込む時には、2割の半分をニライカナイ全体の資金として運用すれば良いだろう。
「恒常的な長老会議の場を作ることで、王国との対応もその時に応じて各氏族の長老を
集める手間も省けます。それだけ早い対応を取れるならば、王国も安易に軍船を派遣することは無いでしょう」
「だが、国力の差で飲み込まれそうじゃな」
「その時は東に向かいましょう。トウハ氏族の東には5つの氏族が暮らせるだけの海域があります。それに、俺達が漁を止めれば困るのは王国側ですからね」
長老達に笑みが浮かぶ。
俺達の取る魚が王国の民衆に獣肉の代りとして供されるのだ。
その流通を停めることになれば、民衆の不満が表にでてくるだろう。まして、俺達に軍を向けた王国以外にはそれまでに増した魚を供することで、不満が倍加しそうだ。
「商会の株を買うのも良さそうじゃな。まあ、それは将来の楽しみとしておこうかのう。トウハ氏族の長老にはよろしく伝えて欲しい。我等ナンタ氏族はトウハ氏族と肩を並べるとな」
咥えていたパイプをタバコ盆に置いて、長老達に頭を下げる。
これで目的は達したということになりそうだ。
「ところで、トウハ氏族からはケネル達がやって来たのだが、ナンタ氏族から期限を限ってトウハ氏族の漁を学びに向かわせても良いじゃろうか?」
「俺の一存では判断できませんから、かえって長老に伝えます。とはいえ、各氏族の漁法については俺達も学びたいところではありますから、恒常的な族長会議の場で今の話を検討すべきとも思いますが?」
たぶん10種以上になるんだろうな。
その中で自分の得意な漁をするのも、漁果を上げる方法の1つに違いない。
漁果が多ければ多い程、俺達の存在意義が出てくるはずだ。それだけ、戦を未然に防ぐ働が期待できるからね。
「あまり急くな、ということじゃな。了解じゃ、ワシ等もそう思うぞ」
「長老、試したのですか?」
集まった男の1人が、諫めるような表情で先ほどの話をした長老に顔を向けている。
「確かにそうじゃな。だが、結果を聞けば安心できる話でもある。さすがは先人の血を引くネコ族の1人じゃ。同じ聖痕の保持者であるグリゴスではそこまでの話はできぬ。10年も過ぎて、我等の隣に腰を落ち着ける時には、アオイ殿のような考えを持って、ナンタ氏族を支えて欲しいものよのう」
「グリゴス殿がアオイ殿よりも劣っておると?」
「そうではない。アオイ殿は、漁よりも我等ネコ族を考えておられるということじゃ。一昨日もバレット殿が言っていたじゃろう? 『腕はまだまだだが、その考えは長老を凌ぐ』とな」
バレットさんには、もう少し持ち上げて欲しかったな。
今の長老の話と合わせると、漁の不得意な聖痕の保持者になってしまいそうだ。
とりあえず、苦笑いで答えておこう。
「先人の血……。それで、子供達に聖印や聖姿が現れたと?」
「カヌイの婆様達は、そう言っておる。ワシ等には、分からぬ龍神からの言い伝えを今まで口伝で伝えてきた婆様達じゃ。その言葉に偽りは無かろう」
そのカヌイのおばさん達が、トウハ氏族の島に毎年集まるような話を聞いたけど、それが何を目的にするかまでは教えて貰わなかった。
ナツミさんが何か考えているんだろうか? あまり関わり合いになると、将来はトウハ氏族のカヌイになってしまいそうだ。
「ときに、あの変わったカタマランは水面に浮かぶのを見たという者がおるのじゃが?」
「あれは見た目はカタマランですが、真ん中にもう1つ船があるんです。トリマランと呼ぶ動力船なのですが、千の島の東を一度見たいということで作りました。速度はカタマランの2倍出すために、水中に翼を付けているんです。
ある意味、酔狂で作ったようなものですから、次に作る時はもう少しまともな船になると思ってます」
そうだと良いんだけど、ナツミさんのことだからね。
トウハ氏族の島に戻れば、商船に新たな船を依頼するんだろうけど、どんな船になるか安心できないんだよね。
「酔狂とな? まったく変わった船じゃが、それもおもしろい話じゃ。同じ船を代々使っているワシ等氏族も、トウハ氏族のカタマランを欲しがる者が、この頃ようやく出てきたようじゃ。話を聞く限り、色々な漁ができそうじゃな。さすがはカイト殿が考案した動力船と感心しておる」
男達の何人かが頷いているのは、カタマランを持った連中なんだろうな。カタマランに似せた魔道機関が1基だけのトリマランが広がるのは時間の問題にも思える。
「とりあえずナンタ氏族の漁は、津波の前の漁果に近づいておることは確か。だが、2割増しには届かぬ。ホクチとトウハが頑張ってくれるおかげで、ネコ族全体で昔の漁果まで回復したとみるべきじゃろう。
問題は、サイカとオウミじゃ。特にサイカは半減しておる。サイカを何とかせねば津波前の2割増しは難しいぞ」
「カゴ漁を教えました。それで少しは上向くとは思います。問題は、かつてサイカ氏族が行っていた小魚の漁場が津波で荒らされてしまったことです」
魚の数ではなく、漁果を売った売値を2割増しとしたことが、結果としては俺達に幸いしているけど、小魚の需要はかなりあったに違いない。
その小魚があまり獲れぬということになれば、その代替えとなる魚の数を増やさねば、王国の領民の不満が高まりかねない。
その原因は、王国側にもあるのだが、俺達が安い魚を獲らなくなったと思われかねないんだよな。
「小魚漁じゃな? 小さな釣り針をたくさん付けた延縄で漁をしていたのだが……」
「そのまま食べたのか、何らかの加工をしたのかは分かりませんが、王国の領民が全て、ブラドを食べられたわけではないでしょうね」
「小魚漁を、場合によっては我等が行うと?」
俺と長老の会話に、壮年の男が口を挟んだ。
ちらりと、厳しい目を長老が男に向けたから、恥入って頭を下げている。不作法ということなんだろうな。だけど、それだけ気になる話だと俺も思う。
「場合によっては……。考えるべきでしょう。それは商会と話し合うべき事項だと思っています」
「貧しい者もおるじゃろうな。例え小さなカマルであっても、家族で分け合いながら食べていたことが、ある日を境にできなくなるとなれば不満が出てきそうじゃ。それが我等ネコ族の漁に問題があると言われかねないということじゃな」
俺達だって生活の為に漁をするんだから、なるべく高額となる魚を獲りたいと思うのは当たり前なんだけどね。
だが、大陸王国との流通を考えると、必ずしも……、ということになる。
それに、小魚が成魚なら問題はないが、大きくなる魚の幼魚だとしたら、俺達の首を絞めかねない。
やはりカマル辺りになるのかなぁ。大きくなれば30cmを越えるんだけどね。
「次の族長会議が楽しみじゃな。たぶんサイカ氏族の支援が話題に上るじゃろう」
「5つの氏族の漁法と獲物を良く見極めてください。いらぬ干渉は未然に防ぐに限ります」
「そうじゃな。……まったく、族長会議もトウハ氏族の島にすれば良かったように思えるぞ。だが、それをせぬ意味も分かったつもりじゃ」
笑い声を上げた長老達に頭を下げると、長老の小屋を出ることにした。
ナンタ氏族の長老も、トウハ氏族の長老と同じで私欲がまるでない。氏族を統率
となれば、自分に構ってもいられぬのだろう。
やはり俺には難しいな。どうしても自分を考えてしまいそうだ。よくも海人さんが長老になれたと感心してしまう。
トリマランに帰って来ると、生憎と誰もいない。
南の砂浜に出掛けたのかな? 出漁中はトリマランに閉じ込めてしまうから、漁を休んでいる間は思い切り遊ばせるんだろう。
日が落ちるころには帰って来るだろうから、銛を研いで待っていよう。
「いろんな銛があるんですね?」
振り返ると、2人の少年が俺の銛をジッと見ている。
ナンタ氏族も銛は少し使うと聞いたが、どんな銛を使うんだろう? さすがにリードル狩りに使う銛は同じようなものになるとは思うんだけどね。
「トウハ氏族は銛で魚を獲るんだ。釣りもするけど、乾期は銛で雨期が釣りになるのかな。お茶をごちそうするよ」
俺の招きを聞いて、嬉しそうにトリマランに乗り込んできた。
カタマランよりも大きいし、帆桁が付いているようなカタマランはナンタ氏族の船には無かったからなんだろうか? 興味深気に辺りを見ている。
そんな彼らに、ココナッツのカップを配るとポットからお茶を注いであげた。
「この船は海面に浮かんで進むと、大人達が話してましたけど?」
「確かに浮かぶことは確かだ。カタマランの2倍の速度が出せるからね。だけど、漁をするならカタマランで十分の筈だ。曳釣り、延縄、素潜りと使えるし、獲物も船尾の板を外して出し入れが容易にしている。
この横に張り出した柱を使って、大きな獲物を引き寄せることもできる。4FM(1.2m)を越えると、嫁さん達が引き上げるのに苦労するからね」
感心した様な表情で、少年達が俺の話を聞いている。
その中の1人が、おずおずと質問してきた。
「2FM(60cm)ほどのバルタックを突くならば、どの銛を使うんですか?」
「これだな。2FMを越えるなら、これで良い。だが4FM(1.2m)を越えるとなれば、こっちになるし、1FMを少し出るぐらいなら、この銛になる」
触っても良いぞ、と伝えると嬉しそうに銛を持って構えている。
やはり、ガムの力を使うことは知らないようだな。動かない根魚を狙うならそれでも良いのだろうが、ガムを使えばゆっくり動く魚まで突くことができる。
「銛の柄尻にガムが付いているだろう? この銛は、このガムをこんな形に伸ばして手に持つんだ。獲物に銛先を向けたら、握った手を緩める……」
シュン! と手の中で銛が伸びる。
それを見た少年達の目が一様に輝いているな。やはり知らなかったんだろう。たぶん直ぐに作るんじゃないかな。それで獲物が増えるならばカタマランを少しだけ早く手に入れられるに違いない。




