M-143 神亀に乗って漁をしたらしい
せっかくの獲物を俺達の饗宴に使ってしまい申し訳なく思ってしまう。
ナンタ氏族の島は、ここから西に向かえばすぐに分かると言っていたが、カタマランを1隻道案内に残してくれるらしい。
1日半の距離にあるらしいから、この近くで漁をしたいとバレットさんが許可を求めている。
「同じネコ族なら許可など不要だ。だが、そうなるとナンタ氏族の島に漁果を卸すことになるぞ」
「売値の2割の約定を守るつもりだ。今回は若い連中も同行させている。将来は年に何度かナンタ氏族を尋ねることもあるだろう」
「我等もそうしたいところだ。カタマランの足が速いと言っても、トウハ氏族の住む島は我等にとって遥か先だな」
「たぶんカタマランで6日程度だと思います。将来は一緒に船団を組みたいですね」
大型船を使って、他の氏族と共同で漁をするのはおもしろそうだな。
そんな船団が2つも出来れば漁獲は格段に上がるかもしれない。2割どころか5割増しも夢ではないんじゃないか。
「ところで、やはり曳釣りをするのか?」
「いや、素潜りで銛を使いたい。ナンタ氏族があまり素潜りをしないとなれば大型が突けそうだ」
「なら、ここより少し西に大きな溝がある。我等はそこで曳釣りを行うんだが、溝の崖は急深だし、元々サンゴが不思議と根着かなかった場所だ」
ユーデルさんに教えられた場所の話を聞いて、バレットさん達の顔に笑顔が浮かび始めた。そんな溝の切れ目なら大型がいるだろうからね。
さすがにガルナックはいないだろうけど、ケオと呼ばれるハタはいるんじゃないかな。
早めに宴会を終えると、トリマランに帰る。明日は久しぶりに素潜り漁ができるな。
翌朝。朝食を終えたところで船団は西に向かって進む。
島を1つほど過ぎたところが目的地ということだから、素潜り漁の準備を始めることになったが、銛をどれにするか迷うところだ。
大型がいるなら戦端が外れる方が良いし、中型がたくさんということなら銛先が1本の物が良いだろう。
少し銛を作りすぎたかもしれないな。グリナスさんなら迷うことは無いんじゃないかな?
「迷ってるなら、左手にするといいわよ。右手の銛は私達が使いたいわ」
「ここでも潜るの?」
「トリティさん達が子供の面倒をみてくれるって言ってくれたの」
ナツミさんは楽しそうだな。そうなると、ザバンに2本積んでおけばいいか。
今のうちに氷を保冷庫に入れとけば、獲物を捕らえるころには十分に冷えているだろう。木製の保冷庫だから、あまり性能が良いとは言えないんだよな。
「そろそろ到着にゃ。父さんのカタマランに横付けするにゃ」
操船楼から、マリンダちゃんが教えてくれる。となれば船首に動いていた方がいいだろう。
船首で船団を眺めていると、右手遠くに見える島の東に大きな岩が立っている。どうやらあの島を目指しているようだ。
海底は複雑そうだが、動力船を停める場所があるんだろか?
やがて島を時計回りに船が進み始めると、頷いてしまった。西側に遠浅の砂浜があるようだ。あの近くならトリマランを停めてもだいじょうぶそうだ。
次々とカタマランがアンカーを投げ込んでいる。
オルバスさんのカタマランに横付けしてアンカーを下ろしたところで、今度はザバンを下ろし、アウトリガーを取り付けた。
船尾の甲板に向かってザバンを漕いで行くと、ナツミさんが乗り込む。
「最初は、私ね。場合によってはマリンダちゃんも乗り込むよ」
「あまりトリティさん達に迷惑を掛けるのも……」
「たぶん大丈夫よ。助っ人が来るかもしれないしね」
アルティ達に、釣竿を渡しておこう。
トリティさん達と浜で遊ぶかもしれないし、少しは素潜りだってできるんじゃないかな?
ナツミさんが子供達の首に水中眼鏡を付けているし、足に靴下を履かせている。
「危なくないかな?」
「だいじょうぶ。だいぶ潜れるようになってきたから」
ナツミさんの返事を聞いて余計に心配になってきた。
トリティさんが一緒なら、たぶん過保護にはなるだろうけどね。
「皆、出掛けたにゃ! 大きいのを突いてくるにゃ」
マリンダちゃんの激励を聞いて、俺達も他のザバンを追って島の南を目指す。
砂浜が直ぐに岩まじりになって、崖が現れた。
「崖の近くにザバンを停めておくわ。先に行って!」
「了解、大きいのを突いてくるよ」
マスクをかぶって海中に飛び込む。
ザバンの舷側に結んだ銛を下ろして、崖に沿って泳ぐと海中に小魚が泳いでいる。
これなら、大型も期待できそうだ。
息を整えて海中にダイブすると、崖の至る所にくぼみや亀裂がある。あまりサンゴは着いていないようだ。10mほどの海底にサンゴの残骸が散らばっているから、津波で壊されたのかもしれないな。
いくつかの大きな亀裂に、魚が潜んでいることを確認したところで、いったん海面に上がった。
銛のゴムを引き絞ると、息を整える。俺達のザバンを見ると、ナツミさんの姿が見えないから、近くに潜っているんだろう。
どれ、俺も頑張るか。
海底に勢いよくダイブする。
大きな割れ目を見付けたところで中を探ると、こちらを睨んでいる奴がいる。
カサゴかハタの一種なんだろうな。銛を伸ばして左手を緩めると、銛が勢いよく獲物に突き立った。
柄を持ってグイっと強く引いた。打ち込んだ銛が魚体の中で回転したから、これで外れることは無い。
最初は暴れていたが、かなり血を流したらしく割れ目の海水の色が変わる。それと共におとなしくなった獲物をどうにか引き出す。
海面に浮上すると、ナツミさんがザバンに乗っていた。
銛から獲物を外してザバンに投げ込むと、ナツミさんに片手を振ってザバンを離れる。
獲物は、ケオだった。3YM(90cm)近いから、良い値が付くんじゃないかな。
数回、獲物をザバンに運んだところでトリマランに戻る。
マリンダちゃんがココナッツを冷やして待っていてくれた。
「大きいにゃ。ケオとバルタスにゃ。バルタックもいるにゃ!」
何度もザバンとトリマランの保冷庫を往復しているのは、獲物が大きいから1匹ずつ運んでいるからだろう。
バルタックはナツミさんが突いたんだろうか? 50cmは超えてるんじゃないか。
「今度はマリンダちゃんの番よ。ところで子供達は?」
「神亀と一緒にゃ。母さんが喜んで乗ってたにゃ」
「神亀に乗って行ったって!」
「遊びに来たんでしょう? 仲良くしたいんじゃないかしら」
危なくないんだろうか? 海人さんも神亀に乗った話は聞いてないけど、子供達は神亀といつも遊んでいたらしい。
少しは注意するように言わないといけないかな?
そんなことを考えていた時だ。
「帰って来たにゃ!」
「獲物もあるようね」
ナツミさんの話しを聞いて、2人が眺めている先を見ると甲羅に乗った4人がこっちにやって来ている。
アキロンはトリティさんと手を繋いで、アルティ達は作ってあげた釣竿を持っているんだが、その先の方に魚が付いているな。
潜って、やってみたんだろうか? 教えなくとも使い方が分かるんだからたいしたものだ。
「楽しかったにゃ!」
トリマランの隣にやって来た甲羅から、トリティさんがアキロンを抱えて甲板に跳び下りた。
アルティ達からナツミさんが竿を受け取って、マリンダちゃんが手を伸ばしておりしてあげている。
4人が下りると、ゆっくりと神亀がトリマランから離れて行った。
「すでに去ったと思ってたんだけどなぁ。よほどアルティ達を気に入ったんだろうね」
「聖印の保持者よ。それにアキロンまでいるんですもの」
「そのまま潜り始めた時には驚いたにゃ。でも、全然苦しくなかったにゃ」
神亀と一緒なら、息苦しくならないってことなんだろうか?
本来ならあり得ないことなんだけど、この世界には魔法もあるからね。何らかの保護作用がアルティ達に働いたに違いない。
「トリティさんが釣り竿の使い方を教えたんでしょう?」
「昔、おばあちゃんが教えてくれたにゃ。その時と同じ竿だから直ぐに分かったにゃ」
そういうことか。海人さんが作って教えてあげたんだろう。あまり広まらなかったんだろう。海中の釣りを覚えるなら、銛を覚えたいってことかもしれないな。
「アオイも頑張って獲物を突くにゃ。バレット達が数を上げてたにゃ!」
「そうですね。子供達をお願いします」
今度は3人だからな。効率よく突けるだろう。
ザバンにナツミさん達が乗り込んでいるから、トリマランから銛を持って飛び込んだ。
今度は、大きいのを選ぼうとせずに、見付けた魚を突いていく。
少し牛刀にも思える銛だけど、たまに大きいのもいるからな。
もう1つ銛を作った方が良いのかな? ナツミさん達が使っている銛を少し大きくすれば1mを越える獲物も容易に突けるんじゃないか?
この銛は1.5m越えの獲物に特化した方が良いのかもしれない。
海面に戻ったら、ザバンがいない。浮きにマリンダちゃんが掴まっていた。
俺を見付けて、浮きの片方を譲ってくれたけど、元々が延縄の目印用だからね。せいぜい1人が良いところだ。
遠慮して、フィンを動かしながらナツミさんが戻るのを待つことにした。
「獲物を届けに行ったにゃ。今日は大漁にゃ!」
「もう少し、大きい浮きを作ろうね。これだと2人は無理だし、疲れちゃうよ」
やがて戻って来たザバンのアウトリガーの浮きに腰を下ろして、お茶を頂く。
マリンダちゃんがザバンに乗り込んで、ナツミさんが海に飛び込んだ。今度はナツミさんが潜るんだろう。
「30匹は超えてるよ。昼過ぎに漁を終えるんでしょうけど、皆、頑張ってるみたいね」
「曳釣りの漁場らしいけど、もったいないな。銛が使えればよりどりみどりだ」
得意な漁法以外の方法を取らないのも問題に違いない。
やはり、氏族間で纏まった移民を行うことは、漁果を上げる効果があるだろう。
とは言っても、氏族の誇りって奴が邪魔をしそうにも思えるな。




