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M-142 とりあえず宴会だ!


 子供達は、舷側近くに座り込んで景色を眺めている。舷側には50cmほどの高さで網を張ってあるし、マリンダちゃんが一緒になって座っているのも安心できる。

 ナツミさんは木箱を甲板に運んで、その上に地図を広げている。たまにミリタリーコンパスで島の位置関係を探って記帳しているようだ。

 

 神亀の甲羅の上に、トリマランが乗ったのはこれで2回目になる。

 昼過ぎてからこんな状態で進んでいるのだが、だいぶ日が傾いている。たまに後ろを振り返ると、バレットさんが家形の屋根に陣取ってパイプを咥えていた。

 普段なら50mほどの間隔を開けて進むのだが、今は30mも離れていない。

 急に神亀が停止したら、衝突は免れないと思うんだけどなぁ。


「もう直ぐ、夕暮れになるよ」

 ミリタリーコンパスを片手に、船尾にやって来たナツミさんに話を向けた。


「後ろも気になるんだよね。急に止まったら衝突確実だ」

「だいじょうぶよ。神亀はネコ族に害を与えない。ネコ族をジッと見守る存在だからね」


 龍神の眷属と位置付けられているけど、ナツミさんには意思を通わせられる大きな亀さん、という存在なんだろう。

 ネコ族の人達の前では、絶対に言わないけどね。ナツミさんにとっては友達の1人ぐらいの感覚なのかな。


「そろそろかな。家形の上で見張ってくれない?」

「了解!」


 だいぶ日が落ちてきた。

 そろそろ停泊場所を探さないといけないんだが、依然として神亀は18ノット近い速度を維持したままだ。


 操船楼のカウンターの端に置いてあるオペラグラスを、家形の屋根から腕を伸ばして取り出す。視野が広いから、双眼鏡よりも使いやすい。

 オペラグラスで眺めたものの、直ぐにカウンターに戻すことにした。

 夕暮れが始まり始めたから、もろに太陽が視野に入ってくるんだよな。目を焼いてしまいそうだ。


 んっ? 沈み始めた太陽に黒いシルエットが浮かんでいる。

 1つだけじゃないな。たくさんあるぞ。あれに神亀は向かっているのか?


「見付けたよ。真っ直ぐに向かってる!」

 大声で甲板のナツミさんに教えると、後続のバレットさんに身振りで伝えているみたいだけど、バレットさんが船首に歩いてきたみたいだな。

 バレットさんが嫁さんに指示したらしく、神亀との距離が少しずつ近づいてくる。

 操船の腕はトリティさんと争うぐらいだから、ほとんど神亀とくっ付くぐらいの距離まで近づいてきた。


「何だと! 後は、任せておけ」

 バレットさんの大声が聞こえたかと思うと、バレットさんのカタマランが横にずれていく。そのまま速度を落として後ろに下がって行ったのは船団の船に知らせているんだろうな。


「ご苦労様。アオイ君はそこで仁王立ちしていればいいわ。アルティ達はマリンダちゃんに頼んできたから心配いらないよ」

「そんなことをしたら驚くんじゃないか?」


「トウハ氏族の聖痕の持ち主でしょう? それぐらいしとかないとね」

 ナツミさんがニコニコしながら、俺を見ている。

 冗談かな? と思っていると隣から大声が聞こえてきた。


「アオイ! ちゃんと立っていろ。トウハ氏族の代表でもあるんだからな」

 バレットさんとオルバスさんが神亀の左右に位置する形でカタマランを進めてきた。

 家形の屋根に仁王立ちしているんだけど、その右手には銛を持っているんだよな。あれが他の氏族の島を訪れる時の正式な形になるんだろうか?

 今更銛を引き出すわけにはいかないから、腕を組んで前方を見据えた。

 すでに、ナンタ氏族の船の形まではっきりと見える。

 少し慌ててるのかな? 船団の形を急いで変えているようにも見える。


 神亀はいまだに潜ろうともせず、トリマランを乗せたままだ。

 神亀が龍神の使いだとネコ族には広く伝わっているから、向こうも少しは安心しているだろうけど、単に目撃したわけではないからなぁ。まして、甲羅の上に船を乗せているなんて初めて見る光景に違いない。


 距離が200mほどに近づいたところで、急速に速度が落ちる。50mほどに近づいた時には、歩くほどまでに速度が落ちた。

 そんな中、バレットさんとオルバスさんのカタマランが神亀の前に向かうと、神亀がゆっくりと体を沈めて行く。

 俺達の前に並んだナンタ氏族の船に立った男達が呆然とした表情でその光景を見守っている。


「トウハ氏族筆頭のバレットだ。ナンタ氏族の島を表敬しようと思っているのだが……」

 バレットさんが、ナンタ氏族にやって来た目的を伝えている。

 飲兵衛だけではないんだな。ちゃんとした挨拶もできるんだ。


「分かった! 仲間に伝えよう」

 どうやら、合意に達したようだ。オルバスさんのカタマランが方向を変えると、後ろに下がりながら、仲間の船に知らせを伝えているようだ。

 俺達の船にはバレットさんの船が近づいてきた。


「近くの島で宴会だ! 準備ができたら案内すると言ってたな。残念ながら、グリゴスじゃなかったな。次席のユーデルが率いている」

 宴会が楽しみなのか、ナンタ氏族を見付けたのが嬉しいのか微妙なところだけど、いかにも嬉しそうな表情で俺達に教えてくれた。

 やがて、船団の後ろから笛の音が聞こえてきた。

 バレットさんが答えるように法螺貝を吹きならすと、1隻のカタマランがナンタ氏族の船団から離れて俺達の前に位置する。


「少し遅れて進むぞ。アオイは俺の後ろで構わん」

「了解です。俺達も準備は必要ですか?」

「酒はたっぷりとあるから心配するな。それより、氏族の島が近ければ明日は漁をすることになるぞ」


 ナンタ氏族が向かう先にはそれほど大きくない島がある。その島の南岸には大きな砂浜が広がっている。

 なるほど、あの島なら30隻を越える動力船も停泊できそうだ。


 ナンタ氏族が、浜の南岸に船を停めると、ザバンを下ろしているのが見えた。

 焚き火の準備を始めるのだろう。漁果の一部も供されると思うと、少し済まない気もちも出て来るな。


 ナツミさんがトリマランを停めたところでアンカーを投げ入れる。

 水深は3m近いから干潮になっても水中翼を破損することは無いだろう。

 急いでザバンを下ろして待機した。しきたりもあるだろうからバレットさん達の指示通りにしていれば良いだろう。


「迎えを寄越すそうだ。アオイは一足先に島に向かってくれ。嫁さん連中は島を往復することになるが、レミネィ達と一緒に行けば子供を預けられるぞ」

「了解です!」


 それなら、パイプを持って行くだけで済みそうだ。

 いつの間にか、浜に2つの焚き火ができている。男達と嫁さん達で囲む焚き火が違うのかな?

 そんな中、数隻のザバンが俺達の船に近づいてきた。

 1隻のザバンがトリマランに近づいてくる。


「大きな船にゃ! 迎えに来たにゃ」

「ありがとう。ナツミさん、先に行ってるよ。子供達を頼んだよ」

「だいじょうぶ。あまり飲まされないようにね」

 そう言ってくれたけど、信用はしてないようだな。


 若い娘さんが乗ったザバンに乗り込むと、直ぐに浜に向かってザバンが進む。

 バレットさん達を乗せたザバンはすでに浜に到着しているようだ。


「あの大きな焚き火にゃ!」

「ありがとう助かったよ」


 焚き火に向かって歩いていくと、太い丸太を椅子代わりにして男達が酒を飲んでいた。

 俺を目ざとく見つけた、オルバスさんが手招きして、座る場所を指示してくれた。

 次々とトウハ氏族の男達が集まってくる。彼らの席を指示しているのはネイザンさんだ。焚き火の席に座らずに浜を眺めながら、やって来る男達を眺めている。

 

 ネイザンさんがバレットさんに耳打ちして、空いた席に座った。

 どうやら、全員が集まったということになる。


「トウハ氏族筆頭のバレットだ。隣が次席のオルバス、そして聖痕の保持者であるアオイになる。率いてきたのはトウハの中堅達だ」

「ナンタ氏族のユーデルだ。アオイの話はグリゴスから聞いていたが、まさか神亀に乗って来たとは思わんかったな。神亀を見ただけでも氏族の中では自慢ができる」


 ナンタ氏族の若い嫁さん達が、俺達にココナッツのアップに入った酒を配ってくれた。

 全員に酒のカップが配られたところで、ユーデルさんが席を立ってトウハ氏族の豊漁を祈って酒を飲む。

 それに続いて、バレットさんが席を立つとナンタ氏族の豊漁を祈って酒を飲んだ。

 中々しきたりが面倒みたいだと思っていると、今度は全員が席を立つ。

 オルバスさんが、全員に龍神の加護があることを祈ってカップの酒を飲んだ。皆が一様にカップの酒を飲んでいるから、俺もそれに倣うことにする。

 席に着いたら、ナツミさん達がポットに入れた酒を、皆のカップに注ぎまわっている。


「トウハには龍神の加護があると聞いてはいたが、神亀が一緒とは思わんかったな」

 やはり驚いていたんだろう。

 ナンタ氏族のユーデルさんはグリゴスさんと同じ年頃に見える。ネイザンさんより年上でバレットさん達より遥かに若い。

 それでも日に焼けた褐色の肌と少し筋肉質の体格は、バレットさんよりも立派に見えるな。

 それにひきかえ、俺は余り筋肉が付かないんだよな。マッチョになれないのは食生活だけなんだろうか?


「トウハも似たようなものだ。だが、アオイが船団に混じると少し変わってくる。ネコ族の血も混じってはいるようだが、先人の血の方が濃いのかもしれんな」

「人間族に見えるが、確かに聖痕だ。あの災厄に備えてトウハ氏族に龍神が用意してくれたに違いない。あの時は、色々と助けられた」


 ユーデルさんがバレットさんに頭を下げるから、バレットさんが慌てている。


「ネコ族は1つの国を作っている。助けるのは当たり前だ。同じ種族だからな。それに、俺達が少し準備できたのは、アオイの嫁の指示でもある。こいつらには色々と助けて貰ったが、それは俺達だけではないはずだ」


「ケネル達が俺達に教えてくれた漁法で、漁果もだいぶ上がっている。それに俺達の中でもカタマランに乗り換える連中もだいぶ出てきている」

「漁をするには都合が良いからな。燻製船の話はケネルから聞いてるか?」


 嬉しそうに頷いているから、ナンタ氏族の間でも建造計画が持ち上がっているんだろうな。

 それが運用されると、運搬船が欲しくなるはずだ。

 だけど、商船を改造しようとは思わないに違いない。待てよ、商船の改造は試行なのかもしれない。

 ナツミさんの脳裏には、氏族の枠を乗り越えた、多国籍企業の思惑もあるんじゃないか?


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