M-141 神亀に乗せられて
氏族の島を出て3日目は、南西に進路を取る。
先頭を進むバレットさんにとっては2回目の航行だから、慣れたもので船足も速い。
ナツミさんは水中翼が作動する少し手前の速度なのが気に入らないらしい。
船尾のベンチでパイプを楽しむ俺にまで、ぶつぶつと文句を言っているのが聞こえてくる。
マリンダちゃんは、家形の中ではしゃぎまわる子供達のお相手をしているから、操船よりも疲れるんじゃないかな?
一服を終えたら、代わってあげないと気の毒になってしまう。
もっとも、本人も一種になって騒いでいるようにも思えるんだけどな。
「あの岩山には見覚えがあるわ。あれが見えた次の日に、ケネルさんに出会ったのよ」
「やはり今日は無理だろうね。特徴のある島が夕暮れに見つかればいいんだけど」
バレットさんのことだ。このまま18ノット近い速度で南西に航行し、明日は西に進路を変えるんじゃないかな。
その舵を切る印となる島は、帰りを考えると直ぐに見つかる島が一番だ。
操船楼でナツミさんは簡単な海図を書いていると言っていたが、俺達が持っている海図は少し大きいんだよな。
もう少し、小さければ操船楼のカウンターに広げておけるんだろうけどね。
一服を終えたところで、家形に入りマリンダちゃんと交替する。
子供達は勝手に遊んでいるから、甲板に出るための扉近くに俺が座っていれば問題ない。
一応、柵で扉は塞いであるから、居眠りしてもだいじょうぶだろう。
もう少し大きくならないと、甲板に1人で出せないよなぁ。
夕暮れ近くに、島の中ほどが大きな岩山になっている島を見付けることができた。どうやら、その島で一晩過ごすことになるらしい。
周囲の島との位置関係をナツミさんがミリタリーコンパスで確認してメモ書きしている。
停泊までの操船をマリンダちゃんが行って、俺は子供達と甲板で周囲を眺めている。
ほとんど歩くほどの速度なら、お転婆のマルティが甲板から落ちても直ぐに立しけに行けるからね。
トリマランが停泊しても、まだ夕暮れまでには時間がある。ナツミさんのお願いで、ザバンを下ろしてあげると、子供達を乗せて浜に漕いで行った。
グリナスさん達の嫁さん達も、ザバンを漕いで子供達と浜に向かっている。
1時間ほどしか遊べないと思うけど、子供達は嬉しそうだな。
その間に、おかずを釣っておこうかな。
マリンダちゃんも、トリティさんが漕いできたザバンに乗って浜に行ってしまったからね。
パイプを咥えながらの釣りだけど、すぐに当たりが出る。
10匹近く釣り上げたところで、カップにワインを注いで飲み始めた。隣のカタマランのルビナスも、釣りを止めてパイプを咥えている。
その夜。夕食が終わったところで俺達のトリマランに男達が集まってくる。
ナツミさん達はさっさと家形の中に入って、子供達と遊んでいるようだ。
「ここまでが、俺が来た南端になる。これから西に向かうつもりだが、アオイがケネルに会ったのは、まだ先になるのか?」
「そうですね。この島に見覚えはありませんから、少し西にそれているんじゃないかと思います。速度が前より出ていませんが、航行日数を考えれば、さらに南西方向だと思います」
「そうなると、もう1日、南西に向かうことになりそうだな」
俺の返事に、オルバスさんがバレットさんに顔を向けて呟いた。
ネイザンさん達は、ジッと俺達の話を聞きながらココナッツのカップに入った酒を飲んでいる。
「う~む。だが、ナンタ氏族の島はオウミ氏族の真南の筈だ。だいぶ南に来ているから、西に向かった方が早くにナンタの連中と会えそうな気もするなぁ」
「確かに、曳釣りは氏族の島近くでは行わないでしょうからね。俺も、バレットさんに賛成です」
バレットさんがランプの下に広げた海図には、氏族の島の位置が描かれている。
だけど、目だった島だけを書いているのが問題で、現在地が良く分からないんだよね。トウハ氏族の島周辺は、色々と書き足しているから、かなり詳しく場所が分かるんだけど、遠くで漁をする上では、正確な海図が絶対に必要になりそうだ。
「オウミ氏族の島に寄って、南に向かうのが間違いねぇんだが、それだと遠回りだからな。今回の航海で、その航路が分かればめっけもんだ」
「ナツミさんが、きちんと海図に落としてました。バレットさん達もですか?」
驚いたように、オルバスさんが俺を見る。
「当たり前だ。初めての航海は、海図を正す目的もあるからな。ネイザン達もちゃんとやっているのか?」
きまりが悪そうな表情で俯いてしまったから、周囲を眺めてばかりだということだな。
他の連中の表情を見て、困った奴だとバレットさんと一緒に頷いている。
「30を過ぎれば中堅に入る。そろそろ氏族にとって何が大事かを考える歳なんだぞ。まぁ、そうは言っても俺達も長老達に色々と言われてたからなぁ。オルバスも、あまり小言は言わんほうが良いぞ」
しっかりと小言を言っているように思えるんだけどね。
それだけネイザンさん達に期待している、ということになるんだろうな。
翌日は、真っ直ぐ西を目指す。
上手く運べば、夕暮れ前にナンタ氏族の連中に会うことができるんじゃないかな。
朝から操船していたナツミさんに代わってマリンダちゃんが交代する。
操船楼から下りてきたナツミさんは、家形の中で遊んでいる子供達に笑顔を見せると、俺にお茶を入れてくれた。
「サンゴがかなり壊れているけど、それほど危ないことは無いみたい」
「いくつもサンゴの穴が開いていたんだろうね。たまに大きな穴を見ることができるよ」
「良い漁場だったんでしょうね。水深もあるし、曳釣りや延縄も期待できそうよ」
アチチと言いながらお茶を飲んでいる。
南洋なんだろうけど、不思議と生水は飲まないんだよね。沸かしたお茶をそのままか、保冷庫で冷やして飲んでいる。
「今日は、ナンタ氏族の人達に会えるかな?」
「私の勘は午後を知らせてるわよ」
そう言ってにこりと微笑むと、家形の中に入って行った。
午後ねぇ。ナツミさんの勘はあたるからな。
どんな漁をしてるんだろうな。ケネルさん達が率いる曳釣りの船団に出会うかもしれないぞ。
およそ18ノット近い速度で、船団は西を目指す。
昼食は交代で頂けるように、蒸したバナナとスープのセットだ。
たまに子供達が甲板に出て来るけど、常にナツミさんかマリンダちゃんが付いている。その上俺もいるからね。舷側に寄りかかるようなら直ぐに注意して止めさせないといけない。
昼寝を終えた3人の子供が甲板に出てきた。困ったような表情のマリンダちゃんが後に付いてくる。
「外に出たいと騒ぎだしたにゃ」
「家形の中だと、飽きちゃうんだろうね。俺もいるから、だいじょうぶだよ」
困り顔のマリンダちゃんに、笑みを浮かべて答えたんだが、子供達の様子がいつもと違っていた。
なぜか、3人揃って南を眺めている。
家形で騒いでいたと言ってたけど、ジッと南をながめているんだよな。
「神亀よ! あっちを同じ速さで並走してるわ」
ナツミさんが俺達に顔を向けて、大声を出した。
ひょっとして、この子供達は神亀の接近を感じたのか?
子供達が見つめる海から、子供達に目を向けた時だ。
今度は3人して飛び上がりながら手を振りだした。
「神亀にゃ!」
マリンダちゃんの視線の先には、海を割るようにして甲羅を現した神亀がいた。
俺達の船団はかなりの速度を出しているんだが、それにぴったりと寄り添うように進んでいる。
気のせいか、トリマランに少しずつ近づいているようにも思える。
「だいぶ近づいているわ。このままだと接触するわよ。子供達をお願いね!」
ナツミさんの声に、操船楼に顔を向けて頷いた。
確かにだいぶ近づいている。5mほど左手に大きな甲羅だけが浮かんでる。
「マリンダちゃん。子供達を中に!」
「だいじょうぶにゃ。神亀は子供達が大好きにゃ」
そうなのか? ちょっと不安なんだけどな。
思わず操船楼を見上げると、さっきとはうって変わったナツミさんの顔があった。
「手伝ってくれるそうよ。少し揺れるかもしれないから、子供達をお願いね!」
急にそう言われてもねぇ。とりあえずアルティとマルティを抱えて、甲板の真ん中に腰を下ろした。
すぐ隣にアキロンを抱いたマリンダちゃんが座り込む。
そういえば、ナツミさんは神亀と話ができるようなことを言っていた。
これから起きることが分かったということかな?
「神亀が消えたにゃ!」
海を見ていたマリンダちゃんが大声を上げる。
その途端、トリマランが持ち上がった。一瞬、水中翼船モードに変わったのかと思ったけど、それよりも高さがある。
後ろを進んでいたオルバスさんのカタマランの操船楼で、トリティさんが驚いて見上げていた。
「どうなったにゃ?」
「神亀の背中に乗ったみたいだ。ちょっと待ってくれ、船団を少し離れているぞ!」
「だいじょうぶよ。このまま連れて行ってもらいましょう。ナンタ氏族が漁をしている場所を知ってるみたい」
トリマランを甲羅に乗せたまま、神亀はゆっくりと船団を追い越していく。
皆がカタマランから俺達を見上げてるから、子供達が舷側から手を振っている。
ナツミさんも操船楼から下りてきたから、のんびりと船尾でパイプを使えそうだ。
「アオイ、どうなってるんだ?」
「神亀についてきてください。どうやら俺達にナンタ氏族の漁の場所を教えてくれるみたいです」
「何だと! それなら早く言え」
神亀が船団を率いるバレットさんのカタマランの前に出る。
ナツミさんが操船楼のレミネィさんに手を振っているから、レミネイさんも手を振って、神亀の後ろにピタリと付いてきた。
これが今朝方、ナツミさんの言ってたことなんだろうか?
でも、神亀と共にトウハ氏族の船団が現れたら、ナンタ氏族の連中が大騒ぎになるんじゃないか?




