M-140 次の動力船は?
カマルの炊き込みご飯に、唐揚げは久しぶりだ。
皆で美味しく頂いたところで、俺達はオルバスさんにカタマランでワインのカップを傾ける。
「明日にはサンゴの水路を抜けられるだろう。その後はバレット次第だが南西に進むんだろうな」
「ヒョウタンの形に見える島がありますよ。燻製船はたぶん南東にいるんでしょうね」
ラビナスが興味深々に、俺とオルバスさんの話しを聞いている。
水路の南で漁をしたことが無いんだろう。大型がたくさんいるんだけどね。
「前にケネルさんと出会った場所は南西に進んだ場所です。あれからだいぶ経ちましたから、ナンタ氏族が漁をしてるかもしれませんよ」
「それなら、彼等に氏族の島の方角を聞けばいい。バレットが南西と言っていたのはそういうことか」
周囲の島がきちんと描かれていれば良いのだけれど、軍が作ってくれた海図には、小さな島が記載されていないんだよな。
氏族の近場ならば、それなりに追記して海図を共有しているんだが、他の氏族の海域は俺達には知ることができない。
各氏族の海図をオウミ氏族に持ち寄って、全体を明らかにしようとしているらしいが、俺達にそれが手渡されるのは、まだまだ時間が掛かるに違いない。
「将来は海図と磁石で漁場を知ることになるんだろうな。他の氏族の暮らす島も分かるだろうから、氏族の垣根を超えた漁をする者が多くなるだろう」
「そんな時代になっても、トウハの銛の伝統は守りますよ」
俺の返事を聞いて美味そうにワインを飲みながら目を細めている。
ラビナスも頷いているから、俺の真意が分かったかな。
ニライカナイの国に暮らすと言っても、氏族の伝統は忘れてはいけない。銛を使った漁はトウハ氏族ならではのことだ。
突然、法螺貝の音が夜の海に広がる。
だいぶ休んでしまったけど、今夜は夜通し航海するんだった。
嫁さん達が子供を抱えて家形から出てくると、マリンダちゃんが操船楼に上っていく。
トリマランとカタマランを結んだロープを解き、船首のアンカーを引き上げる。
「アオイ! 準備は?」
「出来てるにゃ!」
ネイザンさんが1隻ずつ声を掛けて確認している。
殿の役目は大変だな。
しばらくして再び法螺貝の音が聞こえてきた。いよいよ出発らしい。
半月やや膨らんだ月が中天にかかっている。
俺にも、遠くの島が見えるぐらいだから、マリンダちゃんの目にはもっと細かな部分まで見えているに違いない。
船団が1列になって南に航行を始めると、ナツミさんが家形から出てきた。アルティ達が寝入ったのかな?
「どうにか寝ついたみたい。トリマランの上だと、あまり動かないから疲れないのかしら?」
「結構、家形の中で騒いでたけどね。でも、島の浜辺で遊んでいる時と比べれば運動不足なんだろうな」
トリマランがゆっくりと進むなら甲板に出しても安心なんだけど、かなり速度を出してるからなぁ。可哀そうだけど、家形の中に入れといた方が安心だ。
ナンタ氏族の島の位置が分かったなら漁をするはずだから、その時には、近くの島で子供達を遊ばせてあげよう。
カタマランの上に掲げたランプが並んで見えるのが、何とも幻想的だ。
パイプを手に、ナツミさんと月明かりの下を進む船団を眺めて過ごす。
翌日は、ナツミさんが朝早くから操船楼に上がる。マリンダちゃんはハンモックで休んでいるから、3人の子供達と甲板で過ごす。
タープを張っているし、甲板には涼しい風が吹いている。
舷側に近寄らなければ自由に遊ばせてやってもいいだろう。
アルティ達は、横の棒に並んだ10個の木製のボールを動かして、数を数えているし、アキロンは積み木を高く積み上げようとしている。
今のところ、仲良くしているようだけど、ちょっとしたことでケンカを始めるんだから困った子供達だ。
簡単な昼食が終わると、マリンダちゃんが操船を替わる。
子供達はナツミさんと家形に入ったから、屋根に乗ってマリンダちゃんと世間話をしながら時間を潰すことになった。
5年も経てば、アルティ達も家形の屋根で見張りをすることになるのだろう。
文字と計算を覚えさせようとナツミさんが努力しているけど、果たしてどうなるのだろう。
この世界の文字はローマ字みたいなものだし、掛け算はおぼあさせるのかなぁ? 四則演算ができれば、守り役を手伝うことも出来そうなんだけどね。
「水路が見えてきたにゃ!」
マリンダちゃんの声に前方を見ると、なるほど水路の入り口の石組が見えた。単に石やサンゴを2mほどの高さに積み上げただけだが、水路の両側に立つ石組の間を通れば、誰でもこの水路を航行できる。
「このまま進むみたいにゃ」
「速度を落とすかと思ったんだけどねぇ。バレットさんの嫁さん達だからかな?」
「一緒に、母さんがいるからかもにゃ」
トリティさんに、「あんな場所で速度を落とした……」なんて言われるのが嫌なのかな?
孫がいるんだから、そろそろそんなところで競わなくてもいいと思うんだけどね。
水路を抜けると今度は西に向かう。
直ぐに、ひょうたん島が見えてきた。この海域の良いランドマークになる感じだ。
ひょうたん島の砂浜は大きくはないが、俺達の船団を停泊させるには都合が良い。
今日はここで停泊するみたいだ。
砂浜の沖にトリマランを停泊させると、直ぐに竿を出す。
さすがに今夜は唐揚げにならないだろうけど、新鮮なおかずが増えるのは良いことに違いない。
アルティ達がベンチによじ登って、浮きの動きを見ている。
ピコピコと動いた浮きが海中に引き込まれた瞬間、軽く手首を返すと強い引きが腕に伝わって来た。
思わず笑みを浮かべてアルティ達に顔を向けると、ジッと道糸の先を彼女達は眺めている。
えい! 声を上げてゴボウ抜きにした獲物は40cm近いシーブルだった。
パチパチと手を叩いているアルティ達に、獲物を見せたところで釣り針を外してマリンダちゃんに手渡す。
「この大きさなら、3匹は欲しいにゃ!」
「任せとけ! グリナスさん達も始めたみたいだな」
「釣れるかにゃ?」
兄貴には厳しい評価だな。だけど、すぐに当たりがきたから、竿を出した連中は、釣果がゼロということにはならないんじゃないか?
5匹釣り上げたところで、オルバスさんに2匹をおすそわけすると、トリティさんが大喜びだ。オルバスさんはおかず釣りをしないからね。
久しぶりの焼き魚だ。解したところでご飯の上に乗せてスープを掛けて食べる。
ナツミさんや子供達はお行儀よく食べているけど、この食べ方が一番美味しいんじゃないかな?
「今夜はのんびりなんだよね?」
「明日の朝早くに南西に向かうとネイザンさんが知らせてくれたよ。明日に、ナンタ氏族の動力船を見付けることはできないだろうけど、明後日には可能性が高いんじゃないかな」
ケネルさんがあの場所にいたのは、偶然ということなんだろう。良い溝が走っていたから、溝に沿って東にやって来たに違いない。
食事が終わると、俺達はワインを楽しみ、子供達は家形の中で小さな浮きを蹴って遊んでいる。
家形の中ならいくら騒いでも安心だから、しばらくは好きにさせておこう。
昨夜よりも少し太った月が海面を照らしている。ランプは1つだけだけど、ちょっと風情があるな。
「これからも、ナンタ氏族の島に行くことがあるのかにゃ?」
「あるわよ。何と言っても、このトリマランはニライカナイで一番の速さだもの。場所が分かれば、今度はまっすぐに水中翼を使って訪問できるわ」
ワインを飲みながら2人でそんな話をしている。
このトリマランなら、そうなるだろうな。だけど、作ってからだいぶ経っているのも確かなんだよな。
オルバスさんは10年ごとに動力船を代えるような話をしていたから、そろそろ次の動力船を考えないといけないんじゃないか?
ナツミさんに頼んだ気もするけど、その後どうなってるんだろう。ひょっとして忘れてるんじゃないだろうな。
「次の動力船も、もうすぐにゃ!」
「問題は、この世界の技術で作れるかということなんだけど、トリマランを作ったドワーフさんなら何とかなるかもしれないわ」
ん? すでに製作できるまでに纏まってるということなんだろうか。
咥えていたパイプをしまいこんで、2人の会話を聞いてみる。
「部屋は3つにゃ?」
「それは問題なし! あるとすれば、リビングなんだけど……」
家形にリビングを作るのか?
斬新な考えだけど、そうなると船の大きさはは……、現在の家形の3割から5割増しになるんじゃないか?
どう考えても、同じようなトリマラン構造になってしまいそうだ。
「割れないかにゃ?」
「一応、2重にするし、浸水しても沈没はしないはずよ。左右の水中翼はそれほど長くはないけど、使えるんじゃないかな?」
ナツミさん達が小さなメモ帳に描かれた姿を眺めながら話している。生憎と俺には見えないんだよな。
ナツミさんに任せると言ったから、信用するほかにないけど、かなり変わった動力船ができそうだ。
家形の中から泣き声が聞こえてきた。
ナツミさん達が席を立って家形に入って行くと、マリンダちゃんがワインをカップに注いでくれた。
「さっきの話は、新しい動力船のこと?」
「そうにゃ。そろそろ発注できるってナツミが言ってたにゃ」
「今度も、こんな形の船なのかな?」
「似てるところもあるにゃ。でも今度の船なら良く見えるにゃ!」
大型の見張り台を作るってことかな? トップヘビーになるから上手く作らないと舵を切った時に転覆しないとも限らないってことかな。
あまり変わった船を作って沈没したら氏族の笑いものだぞ。
「心配ないにゃ。でも、出来たら毎日が楽しいにゃ!」
「俺達の漁には問題ないんだよね?」
「ちゃんとナツミが考えてるにゃ」
うんうんと頷きながら教えてくれたけど、だんだん心配になってきたな。
変わった船もおもしろそうだけど、俺達の船は漁船だということも考えて欲しいな。




