M-139 長い航海になりそうだ
バレットさんの法螺貝の合図で、船団が入り江を出ていく。
いつもの光景だけど、筆頭漁師と次席漁師が氏族の島から離れても、問題はないんだろうか?
「バレットさんの話しだと、カタマランの3割増しの速度を出しても、ナンタ氏族の島に着くのは4日後と言ってたわよ」
「どんな、島かにゃ?」
操船楼のナツミさんと甲板のマリンダちゃんが、互いの顔も見ずに話をしている。
マリンダちゃんが3人の子供達をベンチに座らせようとしているけど、中々じっとしてないんだよね。
マルティを俺の隣に座らせて、アルティとアキロンを自分の左右に座らせることで、おとなしくさせたようだ。
速度が上がったら、家形の中に入れとかないと心配だな。
一応、甲板の周囲は網で囲っているけど、子供は何をするか分からないからね。
最後尾はオルバスさんのカタマランだ。その前を進む俺達が入り江を出るころには、先頭を進むバレットさんのカタマランは速度を上げているだろう。
「先ずは、水路までまっすぐだろうな。夜も進んで、水路を進むのは明日の昼頃かもしれないよ」
「夜は、私が操船楼に上がるにゃ。このぐらいの速度なら夜でも出せるにゃ」
すでに船団の速度は15ノットちかいんじゃないか?
魔道機関の強化が、トウハ氏族の間で流行しているのも気になるところだ。遠方での漁を考えてのことなんだろうが、それは運搬船で対応できるんだけどねぇ。
しばらく、周囲を眺めていた子供達は飽きてきたのか、家形に入って行った。その後をマリンダちゃんが付いて行く。
朝が早かったから、昼前だけどお昼寝でもするのかな?
子供達が甲板から去ったところで、パイプを取りだしてカマドの熾火で火を点けた。
ハシゴを上って、家形の屋根に腰を下ろし、サングラスを掛ける。
「津波があったとは思えない風景ね」
「やはり、南洋ってことかな。植物の育ちが早いんだろうね」
前は、海面から3mほどの高さまで植物が枯れてしまったが、今では砂浜にまで緑が回復している。
ココナッツが枯れなかったのはありがたいところだ。バナナは少し被害を受けたけど、今では十分に回復している。
「ところで、銛を作るの? まだ早いと思うんだけど」
「あの竹竿かい? あれは釣り竿さ。素潜りをしながらでも釣りはできるんだ。さすがに青物は無理だろうけど、バヌトスなら釣れるんじゃないかな」
ナツミさんが俺の話に首を傾げているから、やったことが無いんだろうな。
短い竿の先に釣り糸と針だけの仕掛けを付ける。じっとして動かない魚の前で、釣り針に餌を付けてひらひらさせれば、がぶりと魚が食いつくはずだ。
「磯場の穴釣りみたいなもの?」
「そんな感じだね。銛はさすがに早いけど、この釣りなら素潜りの訓練にもなりそうだ」
大物は期待できないけど、魚を獲る実感を味わえるはずだ。
おかず釣りも良いけど、長竿だからね。アルティ達の身長位の竹竿なら扱うのも楽に違いない。
「おもしろそうね。私もやってみようかな?」
「アルティ達に借りればいいと思うけど、それなりに奥が深いよ」
子供達なら1匹で大満足だろうけど、大人ではそうもいかないだろうな。
銛で突く数を上回るのは、かなり難しそうだ。
「だいじょうぶよ。釣りだって得意なんだから」
アルティ達のおもちゃ代わりなんだけどなぁ。取り換えしそうな感じだ。ニコニコしながらハミングしてるぐらいだからね。
日差しが強くなったところで甲板に戻ると、お茶をいれた竹の水筒をナツミさんに渡してあげた。保冷庫で冷やしてあるから、暑さには一番だろう。
さて、釣りの仕掛けを作ってみるか。
屋根裏から竹竿を取り出して1.2mほどの長さにする。先は余り細くなくとも十分だ。先に根魚用の太い道糸を結んで、その先に釣り針を結び付けた。
釣り糸の長さは30cmほどだから、魚の前に餌をちらつかせるのは簡単だろうな。
2本作っておかないとケンカをするからね。
同じようにもう1本仕掛けを作って、クルクルと道糸を竿に巻き付けて屋根裏に戻しておいた。
「終わったのかにゃ?」
家形からマリンダちゃんが顔を出した。3人は寝てしまったのかな?
船の揺れは気持ちが良いからね。俺だってたまに寝てしまう時があるくらいだ。
「終わったよ。さすがにアキロンには早いけど、姉さん達は楽しめるんじゃないかな」
「銛はまだ早いにゃ」
「海中で、釣りをするんだ。1匹でも釣れれば大喜びじゃないかな」
その光景が目に浮かぶんだろう。マリンダちゃんが笑みを浮かべた。
そのまま、操船楼に上って行ったから、ナツミさんと操船を替わるんだろうか?
俺がやってもいいんだけど、なぜかやらせてくれないんだよね。
「このままだと、カゴ漁の台船を見るのは昼過ぎになりそうね。昼は、どこかに停まるのかしら?」
「朝方、リジィさんが鍋を渡してくれたから、このまま行くんじゃないかな? 停まるとしても、夕暮れ時になりそうだよ」
あっ! と声を上げて、ナツミさんがカマドにとんで行った。どうやら、カマドに乗せたままだったらしい。
冷えてから保冷庫に入れるはずだったんだろうが、一度沸騰させたスープだから悪くはなっていないんじゃないかな。
変わった料理は色々と食べたけど、いまだにお腹を壊したことが無い。
暑い場所だから料理が痛むのを経験で知っているんだろう。リジィさんもナツミさんの性格は分かっているはずだから、そのままカマドに置いておいても十分だと思うけどね。
「はい、喉が渇いたでしょう?」
ココナッツを2個持って来てくれた。
ナタで割ると、1個を操船楼に持って行く。マリンダちゃんも喉が渇いてるだろうな。
残った1個をカップに2等分して飲む。
あまり冷たくないけど、さっぱりした甘さがいいな。
「そろそろ、アルティ達にダンスを教えようかと思ってるんだけど……」
「あれだろう? ちゃんとした振り付けってあるの」
「何度も見て覚えたのよ。歌もその時にね」
とんだ夢見る少女だったようだ。
何をするにも、手を抜くことはしない性格だから、何度もDVDを見て覚えたんだろうな。
「本当に出てくるんだろうか?」
「やはり、祈る心が大事じゃないかしら? 単に踊って、歌うだけではダメだと思うけど」
良く分からないってことらしい。
海人さんの娘さんは、龍神を2回呼んだときいた。きっとその時は、心を込めて歌ったに違いない。海人さんも好き者だったんだろうな。ちゃんと歌を教えられたんだからね。
でも、あの歌は変な発音だから、何回も歌って練習したに違いない。その時は現れなかったんだろうから、ナツミさんが教えたぐらいでは現れないかもしれないな。
「まぁ、アルティ達はそれで良いけど、アキロンの方はどうなるんだろうな」
「5つの氏族からカヌイのおばさん達が集まってくれたけど、目を見張るばかりなんだもの。全ての氏族のカヌイが聖姿と認めてはくれたんだけど……」
それが、どんな結果をもたらすかは伝わっていないようだ。
どんな結果であっても、俺達の子供には違いないから、立派なトウハ氏族の漁師に育てなければなるまい。
でも、ネコ族の血を色濃く受け継いでいるようだから、大型のリードルを突くには難しそうだな。
海人さんの銛は再び長老の部屋に飾られることになりそうだ。
昼食は、米とバナナを混ぜたチマキの様なものだった。
ナツミさんの作ったスープとよく合う。少し甘いから、アルティ達も喜んで食べている。
子供達の食事が終わるまでは、俺が操船楼に上がる。
1時間にも満たない操船なんだけど、結構ヒヤヒヤし通しだ。前と後ろのカタマランの距離が50mほどだし、時速18ノット近く出てるんだよな。
ナツミさんと操船を交代した時、思わずほっと溜息が出てしまった。
「ありがとう。子供達は、家形で遊ばせるそうよ」
「この速度だからねぇ。落ちたりしたら大変だ」
俺の言葉に笑みを浮かべているけど、落ちることは無いと思ってるのかな?
だけど落ちたりしたら、大変だから浮きでも用意しておくか。少しは泳げるし、浮かぶこともできるから、浮きに掴まっていれば助けに行くのも簡単だからね。
そんなことを考えて、延縄用の浮きを1個屋根裏から下ろしていると、ジッとマルティが俺を見ている。
「浮きで遊びたいの?」
こくこくと頷いているから、少し小さめの浮きを取り出して手渡してあげた。
直ぐに家形の中で、浮きをボール代わりに蹴って遊び始めた。マリンダちゃんには迷惑だったかな?
家形から泣き声が聞こえたけど、アキロンが仲間外れにされたのかもしれないな。困ったお姉ちゃん達だ。
夕暮れが近づくとトリマランの速度が落ち始めた。
夜通し航行するという話だったけど、夕食ぐらいは停まって取るということなんだろう。
小さな島の近くにトリマランが停まったところで、おかず用の竿を取り出した。
何隻かが舷側を合わせているのは、一緒に食事を作るのだろう。トリマランの両舷にオルバスさんとラビナスのカタマランが並ぶ。
嫁さん達は食事の支度だけど、俺とラビナスは船尾で竿を並べる。連れればおかずが増えるんだから頑張らないといけないんだよね。
オルバスさんは、俺達の様子を見ながら酒を飲み始めた。少し早いんじゃないかな。
「これで4匹目です! もう少し釣りあげますか?」
「そうだね。あと3匹は欲しいところだ。唐揚げにしてるだろう?」
ちらりと、ラビナスがカマドを見ている。カマドの後ろに作ったテーブル兼調理台には唐揚げが積まれている。
「みたいですね。俺も大好きなんです!」
嫌いなネコ族を見たことが無い。皆で一斉に食べるから直ぐに無くなってしまうのが問題だ。
あのザルに盛られた唐揚げの山を、もう1つ作れるぐらいは釣らねばなるまい。




