M-138 津波で氏族の垣根が低くなった
漁をしながら、ナンタ氏族の島を訪問するという俺達の計画は、氏族会議の席で長老達が諸手を上げて賛成してくれた。
そうなると、俺も俺もと名乗りを上げる連中が出てくるのは仕方が無いのかもしれない。
バレットさんが、残りは3隻だと言わなければ、氏族会議に集まった全員が行くことになったかもしれない。
「ヤグル、同行できるか? 後は、ネイザンとルビナスの友人を1人誘えば十分だ。これが最後にはならんだろうから、世代を変えた船団で向かうぞ」
「毎年、1度ぐらいは行ってみたいな」
「バレット達が帰ったなら、俺達でホクチに向かうのはどうだ?」
大騒ぎが、バレットさんの言葉でさらに盛り上がっている。
長老も隣同士で話し合っているけど、まさか付いて行こうなんて考えていないだろうな。
「長老同士、カヌイ同士が交流を持とうとしておる時代じゃ。漁をする者同士が交流するのに何の問題も無い。たぶん、それをカイト様も考えていたのじゃろう。我等にカタマランを見せてくれたのじゃからな。
カイト様の考えをアオイが引き継いでくれた。ネコ族がニライカナイの名の元に暮らせる日はそれほど遠くではないように思えるのう」
「互いに、交流することで氏族の垣根が低くなるとのお考えですか?」
「カイト様は、ワシ等にそう教えてくれた。当時は何を言っておるのか分からんかったが、今ではその言葉がどんな意味を持っていたのかを十分に理解したつもりじゃ。遥か先を見通せても、我等が動かねば垣根の高さは変らぬ」
「津波がそれを早めたと思っています。災厄に対処するために、氏族の垣根を越えねば大陸の王国に組み込まれかねませんでした」
「新たなリーデン・マイネも出来上がった。ナンタとホクチも持っておるからのう。大砲を乗せずとも、カタパルトを積んだ船をオウミ氏族が2隻作るそうじゃ。西の監視はオウミ氏族と我等で1隻ずつ出すことになるじゃろう」
氏族会議から戻る途中で、浜で遊んでいる子供達に声を掛ける。あまり遅くまで遊んでいると、ナツミさんやマリンダちゃんに叱られるからね。
叱られると、直ぐに隣のトリティさんのところに行くんだよね。
マリンダちゃんが、「母さんが甘やかすから言うことを聞かないにゃ!」とトリティさん達に文句を言ってるけど、トリティさん達は気にしないようだ。
商船から買ってきたお菓子をいつも与えてるんだよね。
俺の婆さんもそんな人だったから、おばあちゃんは皆そうなのかもしれないな。
トリマランに戻ると、グリナスさんのカタマランが見えない。
「グリナスさん達はココナッツを仕入れに行ったわよ。長い航海だろうって、ラビナス達も連れて行ったわ」
「俺も行かなくちゃならないんだけど、木登りは下手だからなぁ。それに、ココナッツって、なんであんな高い木の上にあるんだか」
「アオイ君に取られないように、ということなんじゃない」
そう言って、ナツミさんが笑っている。
いつも笑顔でいてくれるから、俺も気が楽になる。
「アルティ達に声を掛けてきたよ。だけど夕暮れには呼びに行かないといけないだろうな」
「小さなザバンは手に入れたわよ。アウトリガー付きだから、ひっくり返ることは無いと思うけど、まだ早いように思えるんだけど?」
「10歳で最初の銛を貰うそうだ。そろそろ素潜り漁の真似をしても良いんじゃないかな。もちろん銛は持たせないけど、似たようなことはできるだ」
夕暮れにはまだ間があるから、お茶を1杯飲んだところで、背負いカゴを持って再び桟橋を歩いていく。
今度は炭焼きのお爺さん達のところだ。
浜から林に分け入ると、今日も炭を焼いている。
「アオイじゃないか! 今度は遠くに行くらしいな。炭はたっぷりと焼いてある。どれぐらい持って行くんじゃ?」
「いつもの倍でお願いします。ナンタ氏族の島に寄るつもりですから、ナンタの島でも炭は手に入りそうです」
「何じゃと! それなら、そのカゴを貸してみろ」
炭をしまってある小屋に入ると、ごそごそと炭を選んでいるみたいだ。その間に、お爺さん達のアルバイトであるカゴ作りの状況を眺めることにした。
数人のお爺さん達が丁寧にカゴを編んでいる。グリナスさん達は自分でも編めるらしいけど、俺の船に使っているカゴは全てお爺さん達の編んだ品だ。
「あのう……、これを貰っても良いですか?」
「構わんが、銛を作るならもっと太くないとダメだぞ。子供の銛にも使えん品だ。釣竿なら、もっと長いのを持って行った方がいいんじゃないか?」
お爺さんの1人が腕を伸ばした先には、おかず用の釣竿に丁度いい竹竿が干してあった。
俺が最初かと思っていたんだが、どうやら海人さんも桟橋で竿を出していたらしい。
あまり釣りをやる人がいなかったんだが、俺が再び始めたし、グリナスさんやラビナスを通じてトウハ氏族の子供達に広がったみたいだな。
「これぐらいが丁度良いんです。2本頂きますね」
「ああ、持って行け。だが、そうなると短いのも用意しといた方がいいってことになるのか?」
最後の言葉は、隣でカゴを編んでいる老人に向かっての言葉だ。
頷いているから、いろんな種類の竹竿を用意してくれるかもしれないな。
小屋から出てきたお爺さんに、10Lとタバコの包を1つ手渡す。
丁寧に頭を下げて、カゴを担いでトリマランに戻る。
炭はかなり上等な物ばかりだ。ナンタ氏族の老人達も炭を焼いているはずだから、炭を見る機会があるかもしれないということなんだろう。
粗末な炭を見せたりして、トウハ氏族の名を下げたくないという心情なんだろうな。
短い竹竿を屋根裏にしまうと、炭を小さなカゴに入れておく。残りは船体内にある炭の保管場所に入れておけば燃料に心配はしないで済む。
夕暮れが近づいたころ、グリナスさん達が帰って来た。
背負いカゴ1つに入りきれないほどのココナッツやバナナを貰ったけど、どこまで採りに行ったんだろうな。
トリティさん達と一緒にナツミさん達が夕食の準備を始めたのを見て、アルティ達を迎えに行く。
どうにか俺の腰に届く身長だけど、日焼けした顔は健康そのものだ。ナツミさんに似た顔の作りだから、将来は美人確定ってことなんだろうな。
アキロンは、活発な姉さん達の後ろにいつも隠れている気がするけど、同世代の子供達と比べると体格がいい。
バレットさんみたいな筋肉質になるんだろうか? 将来の銛の腕には期待したいところだな。
「潜れる子供達は銛を持ってるんだよ。私達にも銛を作ってよ!」
「銛は、そうだな……、雨期が2回やってきてからかな。そしたら、良い銛を作ってあげるよ。それまでは銛はダメだけど、それに代わるものを作ってあげるからね」
急に、アルティ達の目が輝きだした。
マルティとどんなものかを話しているけど、マルティに手を引かれたアキロンは、姉さん達のはしゃぎぶりにちょっと戸惑っている感じもする。
グリナスさんとラビナスの家族に俺達とオルバスさん達が一緒の食事だから、トリマランの甲板がいくら広くても足りないくらいだ。
早々に食事を済ませると、オルバスさんの船に男達が集まって酒を飲みながらパイプを楽しむ。
「ラビナスの友人を1隻誘うことになるのか。それは、ひと騒ぎ起きそうだな」
「バレットの指示だ。たぶん2回目、3回目を視野に入れてのことだろう。俺も悪い話ではないと思う。クジでも作って選ぶんだな」
雨期辺りなら丁度良いかもしれない。表敬訪問を続けるなら、ナンタ氏族の方からもやって来るに違いない。その時はケネルさん達とナンタ氏族に向かった男達が最初の船団を率いてくるんだろうな。
「出発は明後日だ。明日中に準備をしておくんだぞ」
「嫁さん達にも伝えておきます」
すでに準備は終わってるんじゃないかな? とはいえ、俺の仕事は水運びになりそうだ。
「アオイがケネルと会った辺りで漁をすればいいだろう。ケネルもそれほど遠くまでカタマランを出したわけではあるまい。そこから2日も掛からずにナンタ氏族の島に着くはずだ」
「大物を運ばねば、トウハの矜持が保てねぇ、とバレットさんが言いそうですね」
「4YM(1.2m)ほどのフルンネがいたんだろう? 是非とも突かねばな」
たっぷりと航行時間があるんだから、銛を研いでおかねばなるまい。
それに、ヒコウキと潜水板も作っておきたいところだ。弓角も作っておいた方が良いのかもしれない。それは商船次第だ。
明日にでも商船が来たなら、ドワーフの職人に分けて貰おうかな。
翌日は、朝から大忙しだ。
とりあえず水汲みを始めたんだが、背負いカゴと両手を使って一度に3個の容器で水を運ぶ。
グリナスさんも手伝ってくれたけど、3隻の動力船にたっぷりと積まねばならないから、何度も往復することになってしまった。
昼を過ぎたところで、商船が入り江に入って来た。
今度は、野菜や果物をナツミさんが買い出しに出掛ける。
子供達はまとめて浜で遊ばせているから、安心できるんだよね。年長の子供達が、しっかりと面倒をみてくれている。
とりあえず俺達の仕事が終わったから、ベンチでグリナスさんとパイプを楽しむことにした。
「ラビナスは友人を選んだのかな?」
「たぶん今頃は、大騒ぎをしてるんじゃないか? だけど、次の機会もあるんだから、準備と子供達の状況で左右されるかもしれないな」
ラビナスのところも子供が2人だからな。その友人ともなれば子育て真っ最中の連中もいるだろう。
案外すんなりと決まるかもしれないな。
「水を運んでいただいて、申し訳ありません」
「どうだ。決まったのか?」
「モーデスが同行してくれます。というか、モーデス以外は子供が小さすぎて……」
やはりね。とはいえ、これで全員ということなんだろう。
ネイザンさんのところも気にはなるけど、友人達がしっかり結束しているようだから心配はいらないな。
「やはり嫁さん達は買物なのか?」
「そうです。俺も、炭を買わねばなりませんから、ちょっと出掛けてきます!」
トリマランに足を乗せることなく、カゴを背負って桟橋を歩いて行った。
本来なら、頑張って漁をしないといけないんだろうが、雨期明けのリードル漁で俺達の懐も温かいし、まだまだ動力船を買い直す必要もないからね。
さて、明日は何時頃に出掛けるんだろう?




