M-135 近場で漁をしよう
津波の引き波で大陸の汚泥が、千の島に流れ込んだのが原因ではないか、と説明すると、皆半信半疑な表情だな。
「てっきり、火山の影響だと思ったのだが?」
「それもあると思いますよ。ナンタ氏族は、普段よりも東に移動して漁をしてると思います。海流を考えると、大陸に沿って南から来たに流れていますから、サイカ氏族の漁場は2重の責め苦を追ったようなものです」
長老が頷いているのは、ナンタ氏族の漁場の変化をオウミ氏族の島で聞いたのかもしれないな。
「サイカ氏族の漁は小魚釣りだ。前にアオイが変った漁を教えていたようだが、あれを拡大することはできんのか?」
バレットさんは覚えていたようだな。
確かに方法ではある。
「その時に、1つ問題があることを話したはずです。あの漁は、根こそぎに魚を獲ることになりますから、あまり続けると、魚が獲れなくなってしまいます」
「漁の間隔を開けろと言ってたな。それと場所も限定することも言っていた」
バレットさんはちゃんと聞いてたみたいだ。他の連中は、バレットさんの言葉で、その時の光景を思い出そうてしているように見える。
「アオイが示した引き並みの堆積物の位置よりも、大陸近くの海で行っていたようじゃ。となると、新たな場所で行えば良いということにもなるのう?」
「上手い具合に、この堆積物が天然の堤になっているようです。この東には、汚泥や火山の影響も少ないのではないでしょうか?」
南北に連なる堆積物の堤防みたいなものだ。
火山から溶け出した有害物質や汚泥は、この堤に沿って海流により北に流れていくんじゃないかな。
不幸中の幸いともいえるだろう。この堤の東なら影響は少ないに違いない。
だが、堤の東にはマングローブの林がある島が少ないんだよな。砂泥の遠浅の海岸を持つ島は、堤の西に限定されてしまう。いくつか利用できそうな島があるけど、数が少ないなら放っておくほうが良いに違いない。
「それではサイカ氏族の島から東に漁を移せ、ということになるのではないか?」
「そうなりますね。ここは、サイカ氏族にカゴ漁を教えた方が良いようにも思えます。1艘当たりのカゴを3つ程度に限定すれば、東でも小魚を得ることができるでしょう。カゴ漁に合間に延縄漁をすれば、それなりの漁果を得られると考えます」
長老の質問に、カゴ漁の提案をすると男達が少しざわつき始めた。
カゴ漁はロデニル漁の為に海人さんが教えた漁だから、それを他の氏族には教えたくないということなんだろうな。
「静まれ! まったく自分達だけを考えるようではいかんぞ。今はネコ族全体を考える時じゃ。アオイはカゴ漁をサイカ氏族に伝えようとしておるが、我等のように船団を組んだ漁というわけではない。それに1艘に3個程度であれば、小さなカゴになるじゃろう」
「集団でのカゴ漁ではなく、単独でのカゴ漁というわけか? クレーンを使わぬなら、小型のカゴになりそうだが、それで漁ができるのか?」
バレットさんは、小さなカゴということを心配してるのかな? それなりに入るとは思うんだけどね。
「やってみないと何とも言えませんね。カゴ漁に使うカゴを2周りほど小さなものを使って、試した方が良いかもしれません」
「なら、桟橋にでも仕掛けてみるか。サイカ氏族のためであるなら、龍神も許してくれるに違いない」
俺の話に、バレットさんが手を上げる。ここは筆頭漁師に任せておけば良いだろう。
そんなやり取りを長老が満足そうに眺めていた。
「アオイの考えたカタマランはナンタ氏族がありがたがっていたぞ。さすがにカゴ漁はせぬだろうが、曳釣りと延縄に根魚釣りなら外輪船より便利に使えるからのう」
「トウハ氏族の試みを他の氏族も試してみるそうだ。燻製船を作るのではなく、運搬船に興味を持っていたな。外輪船の5倍の保冷庫を持ち、外輪船の5割増しの速度と聞いて目を見開いていたぞ」
一応、一石を投じたことになるのかな?
それが上手く行くなら、氏族の島から離れた漁場での漁が始まるだろう。
「その次の話は、してこんかった。離れた漁場で漁をするならやがて、気付くに違いない。気付かねば、また話をせねばなるまいがのう」
あえて、時を待つということなんだろうか?
ここは長老に従うことにしたいが、俺達が商船を改造すれば、否応なく他の氏族に漁果を運ぶことも出て来るぞ。
「俺達が、他の氏族に近い場所で漁をして、その漁果を近くの氏族の島に届けるのは、問題ないと言っていたな。その場合の取り分を2割としたのが良かったのかもな」
「我等は氏族に2割を上納しているが、他の氏族は違うのか?」
集まった男達の1人が大声を上げる。
また、小屋の中が騒がしくなる。税金に近い徴収だから、やはり少ないに越したことは無いんだろう。
「トウハとホクチは2割だが、ナンタとオウミは1割だ。サイカは3割だと言っていたぞ。俺達も津波前は1割だった。これは、もうしばらくは続くかもしれん。ナンタとオウミが少ないように思えるが、魔石の上納は現状で5個と言っていた。各氏族ともしばらくは苦労するに違いない」
長老の言葉に小屋が静まる。
この間のリードル漁の時に納めた魔石は3個だったからね。俺は無理に受け取って貰ったけど、これはサイカ氏族やナンタ氏族に動力船をなるべく早く渡すためだ。次の動力船についてはナツミさんが考えているんだろうけど、まだまだ先で良い。
「金貨40枚は必要らしい。まだまだトウハ氏族としても商船を手に入れられぬ」
「話を戻すが、小さなカゴでそれなりならば、サイカ氏族に誰かが行かねばならんぞ」
「それは中堅で良いであろう。ワシらで人選をしておく」
どうやら会議に目途が立ったようだ。
外に出ると、すでに昼近くになっている。早く戻って食事にしよう。
「なるほどね。時期尚早ということか……」
俺の話を聞いてナツミさんが頷いている。
「とはいっても、他の氏族に漁果を卸すことはできるみたいだ。だけど、生まれたばかりだからねぇ。あまり無理はできないよ」
甲板で蒸かしたバナナを食べながら、氏族会議の話をナツミさんにしてあげた。
マリンダちゃんは赤ちゃんと家形の中だし、アルティ達はグリナスさんが息子のマディスと一緒に浜で遊んでくれているらしい。
「そうなると、近くのサンゴの穴で素潜りになるのかな? 夜は根魚を釣れそうね」
「遠出をするのは雨期まで待つことになりそうだ」
これがトウハ氏族で延々と繰り返されてきた暮らしなんだろう。
30歳を過ぎれば子供も大きくなるから、思う存分漁ができそうだけどね。
それまでは、のんびりと漁をして過ごそうかな。
午後は銛を研いで、根魚釣りの仕掛けを点検する。
ナツミさんが食料は買い込んでくれたようだから、明日には出発できそうだ。
トリティさん達が作ってくれた夕食を頂いたところで、ゆっくりとワインを楽しむ。
オルバスさん達は、明後日にグリナスさん達を率いて出掛けるらしい。
「産後であれば遠くには出掛けない方が良いだろう。だが、南の島の先とはだいぶ近いんじゃないか?」
「無理をせずに漁をします。あの辺りで漁をする人はほとんどいませんからね。俺としては狙い目なのでは、と考えてます」
上手そうに酒を飲みながらオルバスさんが頷いている。オルバスさん達は、水路の入り口近くに出掛けるようだ。
確かにあの辺りなら、豊漁を期待できるだろうな。
「次の雨期を過ぎれば、遠出ができるだろう。それまでは無理をせずに漁をするのは頷けるのだが……、例の話しで、ネイザンの仲間をサイカ氏族に派遣するそうだ。本来ならネイザンを行かせたいが、あそこももう少しで生まれそうだからな」
それを言ったら、グリナスさんのところもだけど、トリティさん達が傍にいれば安心できると言うことなんだろう。
あれからの氏族会議で、そこまで話が付いていたとは思わなかったな。
そうなると、明日からネイザンさん達はカゴ作りで忙しくなるんじゃないか?
「ホクチ氏族の連中も何か考えてくれるだろう。ネコ族同士助け合うことに異存はない。俺達が困ることだってあるだろうからな」
互助会のような話だな。
だけど、そう考えて困った人を助けるのは悪くない考え方だ。
無視するということはしないんだから、ネコ族の結束力は俺が考えるよりも深いのだろう。
翌日。朝食を頂いて、その上お弁当まで持たされた俺達は南の島に向かってトリマランを進めた。
入り江を出ると、すぐ南にある島だが、氏族の島からこの島までは禁漁区になっている。おかげで魚が豊富なんだけど、なぜかこの島を通り過ぎて遠くに漁に向かうんだよな。
漁のポイントが少ない漁場だからなんだろうが、上手く魚の回遊に出会うとシメノンまで狙える漁場でもあるのだ。
1時間もしないで島の南側に着いたところでサンゴの穴を探す。
津波の後は、たくさんのサンゴが散らばっていたけど、今では少しずつ回復しているようだ。
とは言っても、サンゴの残骸で埋まった穴は元には戻らない。
「この辺りで漁をしましょう。サンゴの穴はないけど、あちこちにサンゴが山になってるわ」
ナツミさんの言葉に、偏向レンズのサングラスを掛けて水底を見ると、海流が運んだサンゴの堆積があちこちに散らばっている。大きなところは海底から1mほどにサンゴのかけらが集まっている。確かにサンゴの山に見えるけど、10年も経てば、津波による爪痕とは誰も思わないんじゃないかな。
「いいね! アンカーを下ろして漁を始めるよ」
ハシゴを上りナツミさんに伝えると、アンカーを下ろしに船首に向かう。
アンカーの石に結んだロープは5mにも達しない。
根魚を釣るよりは、青物を狙った方が良いかもしれないな。




