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M-132 聖姿だと?


「元気な子にゃ。中で見て来るといいにゃ!」

 トリティさんが甲板に出て伝えてくれた。

 直ぐに家形の中に入って行くと、マリンダちゃんが小さな男の子を抱いていた。お包みの下からかわいい尻尾が出ているぞ。


「かわいい子だね。何て名前が付けられるのかな? それと、頑張ったね、マリンダちゃん」

「軽く済んで良かったにゃ」


 ネコ族の女性では命をなくす人もいるらしい。

 ナツミさんが難産だったから心配してたんだけど、本当に良かったと龍神に感謝しようと窓から海を眺めたら、入り江の出口の遠くの海が光っていた。


「見えたかにゃ? あの光を見てたら急に楽になったにゃ」

「たぶん龍神なんだろう。マリンダちゃんのことを心配して、きてくれたに違いない」


 ところで、リジィさんが見えないんだが、どこに行ったんだろう?

 しばらくは寝かせてあげようと家形から出ると、すぐにトリティさんが入れ替わりに家形に入って行った。


「良かったわね。これで、老後は安心よ」

「まだ早いんじゃないかな?」


 ナツミさんから、ワインのカップを受けとって乾杯をする。

 リジィさんが見えないと話したら、どうやらカヌイのおばさんを迎えに行ったらしい。


「アルティ達は聖印を持っているでしょう? 次もあるはずだとトリティさん達が言ってたよね。そしたら……」


 やはり印があったらしい。

 それは、左腕から背中に向かう大きなアザだとナツミさんは言っていたけど、それが龍神に見えてしまうということだ。


「女の子だと問題かもしれないけど、男の子だからね。浜で遊ぶ頃になったら、島中の人気者になるかもしれないわ」

「アザが龍神に見えるなんて、そんなことがあるのかな?」

「後で見せて貰いなさい。たぶんカヌイのおばさん達が確かめに来るはずよ」


 ワインを飲み終えるころ、桟橋を急ぐ数人の姿が見えた。

 普段は走ることが無いんだろうな。何度か転びそうな姿が見えたんが、歩こうとは思わないようで、真っ直ぐこちらにやって来る。


「カヌイのおばさん達だね。あんなに急がなくても……」

「アルティの時には生まれる前から家形にいたからねぇ。今回は、出産後に知ったということだからじゃないかな」


 やがて桟橋をバタバタと踏み鳴らしてやって来た一団が、俺達に目もくれずに家形の中に入って行った。

 その慌てた様子に、思わずナツミさんと顔を見合わせてしまった。


「今行けば、見られるはずよ」

「後で、ゆっくり見させてもらうよ。先ずはマリンダちゃんと赤ちゃんをゆっくりさせることが大切なんじゃないかな」


 大慌てで家形に入って行った一団だったが、すぐに家形から出てきた。トリティさんがカヌイのおばさん達をベンチに座らせているから、俺達は余ったベンチに腰を下ろすことにした。

 リジィさんが出てこないのは、マリンダちゃんの傍にいるに違いない。アルティ達は赤ちゃんを飽きもせずに眺めているのだろう。

 トリティさんがカヌイのおばさん達にワインのカップを配り、俺達のカップにもワインを注いでくれた。

 さて、カヌイの長老の判断はどうなるのだろう?


「たぶん、聖姿に違いないにゃ。千年以上も続くカヌイの伝承の中に、断片だけがあるにゃ。……それを龍神の姿と誰もが認識できる、とあったにゃ」

 

 淡々と話す長老の声は、少し寂しいものがある。その顔には戸惑いも見られるんだよな。アルティ達の時には、若い娘さんのようにはしゃいだ感じだったんだが、ひょとして、あまり良くない前兆として伝えられているのだろうか?


「聖姿を持つ男子の出現は、凶報なのでしょうか?」

 俺の言葉に、ナツミさんやトリティさんまで目を見開いて俺に顔を向けた。


「分からないにゃ。遥か昔、私らネコ族が戦に敗れ大陸追われた時、千の島には別の種族が住んでいたにゃ。

 ネコ族に漁を教え、龍神への帰依を勧めてくれたにゃ。どうにか暮らせるようになったころに、その種族は東に旅たっだにゃ。

 最初のカヌイが、去っていく彼らの1人の背中に、その姿を見たという話にゃ」


 聖痕は豊漁をもたらし、宝珠は神亀を呼べるらしい。聖印に至っては龍神さえ呼べるらしいが、これはやらない方がいいだろう。

 だけど、聖姿だけはあるというだけで、その効力が分からないということなんだろうな。

 

「千年以上無かった事にゃ。それが何を意味するかは、カヌイでも分からないにゃ。でも、1つだけ確かなことがあるにゃ。私らネコ族が千の島に根付いたということにゃ」

「住民として、認められたと?」


 ナツミさんの言葉に、カヌイのおばさんが重々しく頷いた。

 この海域の住民としてふさわしいと認めたのは、龍神ということなんだろう。

それなら聖印だけでも良いと思うんだけどね。


「先に住んでいた種族は、今のネコ族のようにいくつもの氏族を持っていなかったにゃ。案外、私ら氏族が、あの赤子の元に一体化するやもしれんにゃ」


 今度は俺が驚く番だった。

 俺とナツミさんが密かに計画している氏族の大連合化が、家形の中ですやすや眠っている赤ちゃんが行えるってことなのか?


「私らカヌイが海を渡ることはあまり無いにゃ。だけど、トウハ氏族に全てのカヌイの代表が集まることになるかもしれないにゃ」

「各氏族のカヌイは閉鎖的に思えたのですが?」


 俺の問いに、カヌイの長老が苦笑いを浮かべながら口を開く。


「アオイの言う通りにゃ。私らは、氏族の者達の安息を常に願っているにゃ。他氏族までに思いが浮かばないにゃ。でも今回は別にゃ、他の氏族のカヌイが別の伝承を伝えているかもしれないにゃ」


 かなり大事になってきたようにも思える。

 今後の対応を尋ねてみたら、今まで通りで十分とのことだった。ちょっと拍子抜けしたけど、カヌイのおばさんにも対応が見えてないと、さっき教えて貰ったんだよね。


「長老には、私らが伝えておくにゃ。いずれ見られる姿だから、興味本位で見に来る者はいないはずにゃ」

 

「しっかり育てるにゃ!」と言い残して、カヌイのおばさん達は帰って行った。

 残った俺達は、桟橋を歩いていく姿をしばらく見送っていたのだが、改めてトリティさんがワインをカップに注いでくれた。


「たいへんかもしれないにゃ。でも今は、無事な出産を祝うにゃ!」

「そうですね。私達の長男ですもの!」


 ナツミさんがトリティさんに賛成しているけど、俺だって同じ気持ちだ。

 アルティ達が眠ったんだろう。リジィさんも家形から出てきたので、4人でカップを掲げてトウハ氏族の新たな男子の誕生を祝った。


 翌日は、朝から大勢がやって来る。

 夫婦や子供連れでやってきても、まだ生まれたばかりだからねぇ。10日過ぎたら見られるよと言うと、残念そうな表情で頷いている。


「次はグリナスさんのところですか?」

「ラビナスのところも早そうだ。どちらにしても、明日は2人で漁に出掛ける。祝いの魚は俺達が突いてくるぞ!」


 義理の兄弟だけど、色々と助けて貰ってる。

 ネイザンさんも、朝早くやってきて祝いの魚を突きに行くと言ってくれたんだよな。

 次は俺が行く番になるんだが、魚が残っているか心配になってきたぞ。


 夕暮れ時に、長老の守り役がやってきて、祝いの宴を3日後に行うと伝えてくれた。

 生まれて5日目ということだな。

 カヌイのおばさん達は、名前になやんでいるんじゃないか?


 明日はいよいよ祝いの日、という夕暮れ時にスマートなカタマランが入り江に入って来た。

 バレットさんの船だな。きっと驚くんじゃないか?

 トリティさんは、「一番忙しい時に帰って来たにゃ!」なんて言ってるけど、嬉しいに決まってる。嫌味を言っているようでも笑顔なんだからね。

 

 リジィさんと隣のカタマランに荷物を移し替えていると、オルバスさんが桟橋を歩いてきた。

 トリティさんが走り寄って、何か教えているようだ。途中で顔を上げたオルバスさんが桟橋を駆けてきたぞ。


「アオイ、本当なのか?」

「聖姿の話しでしたら、本当のようです。俺もはっきりと見たわけではありません。まだ生まれたばかりですからね」

「そうだったな。……明日の夜には、拝むことも出来よう。俺達がいない間に、そんなことが起きてたのか」


 ナツミさんがココナッツのカップにお酒を入れて持って来てくれた。

 足元にはアルティ達が張り付いているのは、トリティさん達がオルバスさんの家形の中を綺麗にしてるからなんだろうな。

 

「奴もやって来たか。まったく直ぐに見られるわけではないのは知ってるだろうが」

 オルバスさんの視線の先には、砂浜を全力疾走しているバレットさんの姿があった。

 ナツミさんも気が付いたようで、お酒のカップをもう1個用意している。


「ところで、オウミ氏族の方は?」

「俺とバレットでは話ももつれそうだが、さすがは長老だけのことはあるな。きちんと説明して、基本的には合意ができたと言っていたぞ」


 連合制の始まりになるんだろうか?

 周辺諸国は王国らしいから、一歩進んだ政治形態となるに違いない。だけど初期の協和国は長続きしなあったんだよな。

 その辺りの対応をどうしたらいいか、俺には思いもよらないがナツミさんの脳裏にはその姿が浮かんでいるのだろうか?


「オルバス、見たのか!」

「まぁ、座れ。アオイでさえ見てないようだ。明日の祝いの席で見ることができるはずだ」


 オルバスさんの隣に腰を下ろして、ナツミさんが手渡した酒のカップを嬉しそうに受け取っている。それでもバレットさんの視線の先は家形の開いた扉に向いているんだよな。


「祝いの魚は誰が向かったんだ?」

「ネイザンさんと、グリナスさんにラビナスです。一昨日に出発してます」


「ネイザンに期待しておこう。聖姿を持つ男子の誕生にブラドの塩焼きでは長老に何を言われるか分かったものじゃない」

「そんなことが他の氏族に知られたら、俺達は笑いものだぞ。今夜中には帰って来るだろうが、場合によっては俺達で明日の朝に近場を巡ることも視野に置かねばならんな」


 そんなものかなぁ。例えカマルであっても、誕生を祝って持って来てくれるのなら嬉しいに違いない。

 結果ではなく、その行為が大切だと俺には思えるんだけどね。


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