M-128 あちこちで生まれそうだ
10日近い航海を終えてトウハ氏族の島に帰って来た。
浮き桟橋に商船が停泊していたから、トリマランを桟橋に着けて獲物をナツミさん達が運んで行く。
双子のお守りをしながら2人の帰りを待つことになるんだが、俺達の桟橋にオルバスさんのカタマランとグリナスさんのカタマランが停泊している。俺に手を振っているのはグリナスさんだな。
俺も手を振って応えると、姿が見えなくなった。オルバスさん達に知らせに行ったんだろう。
帰って来た2人に、今夜は皆が集まりそうだと話したら、ナツミさんが背負いカゴからワインのボトルを持ち上げて見せてくれた。
「ワインを3本と蒸留酒を1本買い込んでおいたわ。魚の売値は240Dになったわよ。1日半というところだから、漁場としても十分ね」
「ありがとう。でも宴会なら少し残しとくんだったね」
「ブラドを2匹残してあるにゃ。大きいからだいじょうぶにゃ」
そう言って、マリンダちゃんが「はいにゃ!」とタバコの包を渡してくれた。最後の包を使ってたのを知ってたんだな。
「ありがとう」と礼を言って、タックルボックスの中にしまいこんだ。家形の中だと、双子達が持ち出さないとも限らない。食べたりしたら大変なことになってしまう。
ナツミさんが操船楼に上ったところで、浮き桟橋に結んだロープを解く。トリマランがゆっくりと入り江の南に向かって進んでいく。
「だいぶ長い漁をしてきたな」
「燻製船と一緒に活躍しているカタマランの先を見てきました。詳しい話は食後にでも」
俺の話にオルバスさんが頷いているから、楽しみにしているに違いない。
アンカーを下ろし、舷側のロープを桟橋の杭に結ぶ。
相変わらず桟橋の足場は丸太なんだよな。ずっとそうなのかと思って桟橋に下りると、すぐ近くまで板が張られていた。
しばらく我慢すれば末端まで板が張られるんだろう。北に視線を移すと、石の桟橋もだいぶ沖に伸びている。それでも浮き桟橋までは20m以上開いていそうだ。
「大きなブラドにゃ! 炊き込みにゃ」
マリンダちゃんがトリティさんにブラドを持って行ったようだ。
となると、早めにおかずを釣ろう。大きなカマルなら唐揚げを作ってくれるかもしれないぞ。
夕食作りは、トリティさん達がやってくれる。ナツミさん達はアルティ達を抱いて、後ろから様子をうかがっている。
たまにトリティさん達がおかずを摘まんでアルティ達に味見をさせているから、2人とも嬉しそうにトリティさん達の様子を見ている。
女の子だからね。将来に備えて小さい内から料理を好きになってもらいたいところだ。
数匹の釣果をトリティさん達に渡した後は、トリマランの船尾の甲板でオルバスさんとグリナスさんと一緒にパイプを楽しむ。
酒は食事の後で良いだろう。
「たぶんバレットもやって来るだろう。バレットはアオイと一緒に南に行ったが、その先は見ていないからな」
「ネイザンさんも来るんじゃないかな。出漁して6日目になる。東に向かったんだよな」
グリナスさんは、他の仲間と一緒だったんだろう。カタマランの魔道機関の出力が同じなら問題はないんだろうけど、差があれば一緒に行動できないところが問題だ。
とはいえ、個人的な趣味もあるからねぇ。
久しぶりにトリティさんとリジィさんの夕食を頂いた後は、女性達は子供を伴って家形に入って行った。男達は、まだ3人だけど甲板で酒を酌み交わす。
ポットに並々とココナッツと蒸留酒のお酒が入っているからしばらくは飲んでいられるだろう。
「何だ。もう始まってるのか?」
「遅かったな。ネイザンも一緒か!」
バレットさんはネイザンさんと一緒にやって来た。ラビナスもやって来るかと思ってたんだが、グリナスさんの話しでは北の漁場に仲間と共に向かったらしい。
「1日半で銀貨2枚以上とは、中々の漁場を見付けたもんだ」
俺達の漁果を守り役から聞いたのかな? バレットさんはおもしろそうな口調で呟いた。
「あれは水路の北側ですよ。バレットさんも一緒に漁をしたじゃないですか!」
「あそこか! あまり知ってる奴はいねぇだろうな。直ぐ前に水路があれば、その先に向かうのが普通だ」
「バレット。知ってるのか?」
オルバスさんが笑みを浮かべてたずねている。
「知ってるも何も、水路工事をした場所のすぐ北側だ。大きくえぐられたような穴になってるからな。そこに魚が集まるみたいだ」
「水路を越えなくとも、そんなに取れるのか……。仲間達と行ってみるかな」
グリナスさん達のカタマランでは2日は掛かりそうだが、それなりの漁果は得られるはずだ。
「それで、どうだったんだ?」
改めてバレットさんが問い掛けてきた。
「ひょうたん島近くに燻製船が停泊していました。周囲にはカタマランが全く見えませんでしたが、帰りに1隻を見付けました。ラビナスの友人でファンデルと名乗ってくれました。3YM近くのシーブルをたくさん上げてましたよ」
脱線しながらも、一通り航海で知りえたことを話したんだが……。
「ケネルに会っただと!」
「ええ、ナンタ氏族の若者に曳釣りを教えていました。一緒に出掛けたカタマラン5隻にもナンタ氏族が乗り込んでいました。俺も半日、曳釣りを教えましたけど、4YMを越えるフルンネを釣ることができました」
「ナンタ氏族にも、新たな漁の方法が伝わったということになるな。その上魚影が濃いなら漁獲高を大幅に上げられるんじゃないか?」
「違いねぇ。ケネルなら上手く伝えられるだろう。だが問題もありそうだ」
やはり、筆頭だけあって直ぐに気が付いたようだ。
ナンタ氏族は余りカタマランを使わないんだよな。たぶん10隻にも満たないんじゃないか? 今でも主流は外輪船を使っているようだ。
「気が付きましたか? 外輪船は漁にはあまり適しません。かと言ってカタマランは値段が高すぎます。急にカタマランを増やすことは無理な漁に繋がりかねません。
そこで、こんな船を考えてみました。見た目はカタマランですが、トリマランです」
ベンチの蓋を開けて、ナツミさんが描いたメモを取り出す。
真ん中に魔道機関を搭載するだけの船が付くんだけど、その位置は、家形の後部の真ん中に位置するんだけど、家形の扉の位置を変えれば出入りに不便は生じないはずだ。
「魔石は6個、もしくは8個になるんだな。グリナスのカタマランに近いから金貨7枚となるんだが、魔道機関が1基であればその分安くなるってことか……」
「金貨5枚以上、6枚未満と考えてます。それならある程度早くにカタマランを手に入れることができるでしょう。元々は、商船を改造した母船に追従するカタマランとして考えていたんですが」
ジッとメモに描かれたカタマランを皆が眺めている。
曳釣り延縄、根魚釣り、それに素潜りにも適した構造だ。意外と、トウハ氏族にも欲しがる連中が出てくるんじゃないかな。
「族長会議に出掛ける長老に託せば、他の氏族にも伝わるか……。漁獲を上げるには漁に適した船ってことだ。カイト様が考えたカタマランはトウハ氏族だけで使うのは確かに問題だろうな」
「俺達は、今のままでいいぞ。あの走りはトリティのお気に入りだからな」
「レミネイ達だって、そうだ。今更、他のカタマランを欲しがりはしないだろうさ。だが、今の船を譲る時が来たら、このトリマランで氏族の島の周りを巡るのも良さそうだ」
バレットさん達の話は、老後をどうやって過ごそうかという感じだな。それはそれで良いのかもしれないけど、今はネコ族全体に目を向けるべきだろう。
安価なカタマランができるということを知らせるだけでも、他の氏族は喜んでくれるんじゃないかな。
「しかし、そうなるとだ。最初に持つカタマランはこれでも良いんじゃねぇか? 少なくとも、若者が早くに動力船を持てる。カタマラン並みの速度は出ねぇだろうが、外輪船よりは早く漁場に到着できそうだ」
「近場の漁で腕を上げてから、本格的なカタマランで離れた漁場に向かうということだな? 近場は若者に開放するというのは、俺も賛成だ」
氏族会議での議題にもなりそうだな。
それも1つの方法に違いない。かつてのトウハ氏族の若者はかなり早くに外輪船を手に入れたらしいからね。
「話は変わるが、マリンダもお腹が大きくなったようだな。カリンも2人目らしい。ネイザンのところはどうなんだ?」
「クネールが次になる。次の雨期というところだろう」
どんどん子供が生まれるみたいだ。
それだけ俺達が歳を重ねたのだろうが、生まれてくる子供の性別は女の子が多いんだよな。子供がたくさん生まれる割には、ネコ族の総人口が増えない原因はここにある。
男女が同じ数なら、たちまちニライカナイから溢れ出しかねないから、これはこれで良いのだろう。
2日程体を休めて、今度は皆で水路の手前で漁をすることになった。
バレットさん達は、長老と新たなカタマランについて相談するようだから、商船にでも行ってみようかな?
子供達の新しいおもちゃを作ってもらえるか相談してみよう。
すでにソロバンのような形のものは商人や守り役の人達が使っているから、それに似た物になるんだろう。
でも、子供達に数を覚えさせるのは最適だと思うな。
翌日は、ナツミさん達も一緒になって3人で商船に向かう。
双子のお守りはトリティさん達が引き受けてくれた。トリティさんやリジィさんは子供好きで助かってしまう。
アルティ達も、2人のおばさんが大好きみたいだ。
おばさん達と手を繋いで、俺達がザバンで出掛けるのを見送ってくれる。




